完結【日月の歌語りⅡ】日輪と徒花

あかつき雨垂

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 暗闇の中に、金色の雫がしたたる。
 金の雫が零れ、ゆっくりと、自分を満たしてゆく。その暗闇は意識の外側にありながら、同時に自分の内側にも存在していた。
 金色の雫が滴るたび波紋を投げかける、暗闇の世界を一人歩く。そうして気づくと、この世の果てまで続く砂漠のただ中に、ホラスは立っている。
 ああ、またこの夢なのか。
 理由もわからないまま、ひどい焦燥に苛まれている。心をかき乱すのは、『終わり』を囁きかけてくるもの全て。船底にあいた穴、あるいは、今にも千切れそうな命綱のようなもの。
 自分の周りで、戦が渦を捲いている。怒号が飛び交い、血しぶきが舞い、白刃がひらめく。ここにあるのは混沌と破壊ばかり。
 今すぐに逃げ出したい。だが走れない。夢の中では、自由がきかない。この脚も、手も、声も、自分のものではなかったから。
 止めなければならない。と、声が言う。止めなければならない。今すぐに。二度とわたしヽヽヽの前に立ち塞がることが出来ぬように。
 地平線の向こうで、大気が揺らぐ。地物ちぶつは歓呼の歌を唱い、それを待ちわびている。冷たい夜を焼き滅ぼすものが、もう間もなくやってくる。
 いま、荒野が目覚め、色彩を取り戻そうとしている。
 止めなければならない。
 あれを、ここに来させてはならない。
 大気中にあまねく可能性を束ねて手を掛けると、そこには顔が、か細い首がる。実体をもたぬものの実体をへし折る力が、わたしヽヽヽにはある。まだ、ある。だが、急がねばならない。
 静まりかえった世界に、壮絶な悲鳴が響く。
 哀惜のような、懇願のような、呪詛のようなその慟哭に砂という砂が震え、滑らかな地表に波紋が現れる。九重ここのえに連なる波の中心に、ふたりはいた。
 どれ程声を限りに叫んでも、悲鳴は砂に吸い込まれ、誰の耳にも届かない。軍勢は死に絶えた。周りを取り囲むのは、糸の切れた傀儡のようなむくろばかり。
 終わりだ。これで、おわりだ。
 声が途切れ、喘鳴に取って代わる。
 首を掴む腕をかきむしる、指先が、腕が、肉体が、憎悪の炎に燃え上がっていた。
 やがて轟くような歌が、空気という空気を揺るがす。
 
  誰ぞ
  べよ 吾が名を
  東の方 地平の果て
  吾は俘囚ふしゅう
  無明むみょうひとや
 
 それは言った。
「必ずや、そなたにむくいを受けさせよう」
 わたしヽヽヽは微笑む。そして言うのだ。何万ものげんを束ねたような声で。
億万劫おくまんごうの彼方で、待っている」
 それは覚悟したように目を閉じ──再び目を開けたとき、その顔は焼けただれたの顔に変わった。
 マーガレット。
 今度は、が悲鳴を上げる番だった。
 驚いて手を引こうとするが、指先が首に埋まってしまって、引き抜けない。逃げることさえ出来ずにいる内に、ホラスはあの夜の姿に戻っている。十五歳の頃の自分に。
 焦げた血の滲む唇が、軋みながら開く。
「ホラス」
 千々に引き裂かれた喉からこみ上げる声は、記憶の通りに優しい。残酷なまでに。
「ホラス、ホラス、ホラス」
 耳を塞ぎたいが、できない。その言葉を聞いてはいけないと思う。
 その言葉で、全てを終わらせて欲しいとも思う。
「ホラス、どうしてわたしを──」
 
 そして、夜が明けた。
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