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ホラスは、ダイラの外に出たことはない。
あの夢を見るまでは、『砂漠』という言葉を聞けば、ありふれた砂浜がどこまでものっぺりと続いていくような光景を思い浮かべたものだった。だが、あの夢──砂漠のただ中でなにかを殺す、あの夢に見る砂漠は、そんな貧弱な想像とは比べものにならない、まさに異世界だった。
雲ひとつない空。木陰ひとつない荒野。夜には海のような、昼には劫火のような荒漠。空を遮るものがないせいで、まるで今にも、天空がこの世界を押しつぶそうとしているかのように感じられる。
夢に見たからと言って、実際に存在する場所だという保証はない。だがマタルの話では、ただの人間にも少しは月の力が備わっているものなのだという。そのせいで予知夢を見たり、不思議な勘が働いたりするのだと。確かに、日夜、魔法に接する審問官がそうした現象に悩まされるのは、決してめずらしいことではない。身内の死を予見した者や、月の力に目覚めてしまった者も、過去にはいた。だからホラスには、今では既視感さえ抱くようになったあの光景が、ただの想像であると考える方が難しかった。
夢の中の光景を忘れてしまいたくて、ホラスは見慣れたダイラの風景を、目に焼き付けるように眺めた。生い茂る緑の木々。踏み固められた土の道。道端の他愛ない野花。苔むして崩れかけた石垣と、妖精に捧げられた小さな積み石。
これが、俺の世界だ。
ホーウッドの屋敷は、デンズウィック郊外のノルヴィルにある。西の市門から、馬で半刻足らずと言ったところだ。ホラスとマタルは、埃っぽい路を馬で並んでノルヴィルを目指した。ホラスのリジンが先頭を行き、少し小柄なマタルの馬、クタイバがその後に続いた。
悪夢に消耗したせいで、口数は少ない。というよりも、いつも口数の少ないホラスに話しかけるマタルが静かなのだ。同じ屋根の下で暮らすマタルにも、魘される声が届いてしまっているのはわかっていた。静かなのは、きっとそのせいだろう。
ホラスにとって、眠りが悪夢と対峙する時間になったのは、マギーの死がきっかけだった。
苦しむ息子を助けようと、父は何人もの魔女や怪しげな占術師に意見を求めたが、原因はわからずじまいだった。結婚について考えないままこの歳まで来たのは、マギーへの淡い思慕を後生大事に抱えているからではない。この悪夢と連れ添うことを選ぶ人間がいるとは思えないからだ。小さな頃から顔見知りのマーサは、全て知った上で放っておいてくれているが、同じ寝台に眠る相手ともなれば、そうもいかない。
マタルにも、初めのうちは怯えたような目で見られた。だがそのうち、そっとしておいてくれるようになった。おそらく、マーサが諭してくれたのではないかと思う。
情けないと思いながらも、皆の気遣いは嬉しい。
ホラスはため息をつき、胸にわだかまっていた悪夢の残滓を追い払った。
ノルヴィルは、デンズウィックから西へ走る街道沿いにある小さな村だ。代々の領主たちは、ここを有象無象の集まる宿場町にさせないために、聖堂以外の建築物を許可しなかった。そのせいで、国中を繋ぐ街道である〈王の道〉からすぐ見えるところにありながら、ノルヴィルにはどこか俗世と切り離されたような雰囲気があった。
こぢんまりとした聖堂が運営している果樹園は極早生の林檎の収穫期を迎えていて、籠を抱えた僧たちが、穏やかな陽気の中、のんびりと収穫にいそしんでいる。のどかな風景のさらに向こう側にはバリーシャーの森が横たわり、空の淡い青を背景に新緑を揺らしていた。
ちらりと後ろを振り向くと、思った通り、マタルは森を視界に入れまいと、わずかに俯いている。
マタル=サーリヤ以上に大胆不敵な者はそうそういるものではないと思っていたから、彼が森を怖がっていることを知ったとき、ホラスは思わず笑いそうになった(そういうことをすると半日は機嫌を損ねるので、なんとか堪えたが)。
その恐怖も致し方ないと思い直したのは、あの夢を知っているからだ。
あんな世界で生きてきたものにとっては、鬱蒼と茂る森はいかにも得体が知れないように感じるだろう。それに、ダイラの森は確かに危険が多い。都会が近いこのあたりではそうでもないが、人里離れた場所にある自然は妖精の格好の住み処で、不用意に森に立ち入って拐かされた人間は一人や二人ではない。妖精に招かれた人間を取り戻す方法は、まずないと言っていい。エミリアの失踪に妖精が絡んでいるのでなければいいが。もしそうなら、彼女は二度と見つからないだろう。少なくとも、ホラスたちが生きている間には。
「マタル」ホラスは肩越しに呼びかけた。「見えるか? あれが黒獅子館だ」
すると、有能な助手は顔を上げ、問題の屋敷を目にして顔を歪めた。
「うわ」マタルは言い、焔語で何かを呟いた。
彼から少しずつ習い覚えた焔語の知識で解読してみたところ、どうやらマタルは、『茸が生えた犬の糞』と言ったらしい。
ホラスはつい口元を緩めた。思ったことを口と顔に出すのは諍いの元だと何度も窘めておきながらも、ホラスは心のどこかで、彼の反応を愉しんでいた。
それに、マタルの表現は的を射ていた。ずっしりとした母屋に、太さも長さも異なる無数の塔が寄り添う外観は、初めて見るものをぎょっとさせる。
「定住民はこれだから」マタルは軽蔑を込めて呟いた。
かつてこの館に住んでいたガーフォードという一族が建てたのがこの黒獅子館である。黒い煉瓦はここより北のピルボローの特産品だ。マルディラでも似た色の煉瓦が作られることから、マルディラ煉瓦とも呼ばれている。
ガーフォードは、九年前の王子暗殺未遂の際の不手際を追求されて領地と爵位を召し上げられた元貴族だ。下手人であったマルディラ人の間諜は、国内に入り込むために、ガーフォード家が所有していた商船に潜り込んだのだ。
だが実のところは、王都の目と鼻の先にマルディラ風の屋敷を建てたのが王の不興を買ったのだとも言われている。そうして、豊かな領地と立派な屋敷はホーウッド家のものとなった。
ホーウッドはまず、質実剛健を重んじる王の好みに合わせるように屋敷を改装した。いくつかの塔と温室を取り潰し、正面に施された絢爛な装飾を取り去ってダイラ風に近づけはしたものの、どうもちぐはぐな印象を与えている。だが、少なくとも王の機嫌を損ねてはいない。王港長官という役職を保持し、王族との結婚も控えているのだから、改装はいい手だったと言うべきなのだろう。たとえ茸が生えた犬の糞に住むことになったとしても、だ。
召使いに来訪を告げると、ホラスとマタルは馬と一緒に屋敷の裏手へと案内された。ホブソンと名乗る召使いは横柄な男だった。彼はふたりの風体に目を走らせたあと、丸三日立ちっぱなしで待機していたと言いたげな重々しい口調で「お待ちしておりました」と告げ、頑なに表情を変えないまま、二人を裏手に案内した。おそらく、愛嬌を振りまくことが出来ない教義上の理由でもあるのだろう。相手が普通の客ならばその場できびすを返すほどの対応だが、審問官を正面玄関から迎えたくない気持ちは理解できる。
審問庁が、度を超した異端狩りや嘘の告発による逮捕、拷問による自白強要を行っていた時代は二百年ほど前の改革をもって終わりを迎えた。名君と名高いマウリス明心王が審問庁を無力化し、ナドカと〈協定〉の擁護を〈クラン〉の人狼たちの手に委ねたことで、国を挙げて行われた魔女狩りの時代が終わったのだ。
やがて力を盛り返した審問庁はかつての悪評を払拭するために力を尽くしてはいるが、審問官に家の戸を叩かれるのはこの上ない不名誉だという考え方は今も変わっていない。
ホラス自身はこうした出迎えにはもう慣れていたが、祭司から審問官になったばかりの者は誰しも驚く。それまで当たり前のように享受してきた尊敬が、いとも容易く軽蔑に変わることに失望する者も少なくはない。だからこそ、審問庁はいつでも人手不足なのだ。
屋敷の裏庭で手綱を預かろうと待っていた厩番の少年は、まずホラスの仕着せに怯えた表情を見せ、それからマタルの姿にぽかんと口を開けた。アシュモール人を見るのは初めてなのだろう。ホラスが視線で釘を刺す前に、マタルはそ知らぬ振りをして、少年に身を寄せた。
「俺の顔に何かついてるか、少年?」
低い声で囁きかけると、少年は小刻みに首を横に振った。
「そうか」マタルは頷いた。「馬の世話をしっかり頼むぞ。ついでに、俺が帰るときまでに礼儀ってものを思い出せたら、エメル銅貨を二枚くれてやる。わかったな?」
少年は、今度は縦に何度も首を振った。
満足したマタルは、何事もなかったかのようにホラスに追いついた。
「マタル……」
「こうしておけば、アシュモール人には優しくしろって噂が広まるだろ。あなたもやってみるといい。いつの日か正面玄関から温かく迎え入れて貰えるかも」
放し飼いにされている家畜が踏み荒らした泥濘みを踏みしめながら、ホラスは言った。
「その前に破産するだろうな」
†
出迎えの冷たさとは打って変わって、屋敷の中でのもてなしは普通だった。普通、というのは、ダイラでの普通だ。アシュモール人は、たとえ相手が敵であっても、もてなしのためにとっておきの羊を屠って食卓に並べるし、井戸水の最後の一滴まで喜んで与える。マタルが国を出たばかりの頃は、外の国のやり方はずいぶん冷たく感じられたものだった。
ニコラス・ホーウッドという男は善良な人間に見えた。この男が二十年前に、仲間とよってたかって少女を焼き殺したことを知らなかったら、『高い身分にある人間にしてはマシな方』とさえ評したかも知れない。
だが、娘の行方がわからなくなったのも、そのせいで憔悴しているように見えるのも、マタルには単なる巡り合わせだとしか思えなかった。光神は時々、こういう計らいをするのだ。
二人は応接間に通され、そこでニコラスと、彼の背後の壁に掛かっている一族の肖像画、そして、壁に刻まれた金の聖句──信仰が鞋、智識は杖なり。汝が前に神の道はあり──と向かい合った。
ニコラスの身なりは、貴族にしては質素だった。濃紺の長衣やシャツは上等な布地で仕立てられていたが、実用性のない飾りや、無駄な布は使われていない。背後に掲げられている肖像画と比べてしまうせいかも知れないが、王港長官という立場ならば、肩幅を大きくみせるための仕立てをしたり、これでもかと袖を膨らませたり、服にやたらと宝石や房飾りをつけたりしていてもおかしくない。マタルの目には、この男はすでに喪に服しているようにさえ見えた。
「ホラス・サムウェル上級審問官です。こちらは助手のマタル」
ニコラスは小さく頷いた。「アシュモール人か」
だったら何だ?
にらみつけた視線が届くよりも早く、ホラスがニコラスに話しかけた。
「四カ国語を操り、ナドカの事情にも通じています」そして、ニコラスからは見えぬように、爪先でマタルの踵を小突いた。「彼の能力と身元はわたしが保証します」
ようやく納得したと見えて、ニコラスが着席を勧めた。天鵞絨張りの椅子にはたっぷりと綿が詰め込まれていた。首まで沈み込む前に、マタルは手すりにしがみついた。
「来てくれて感謝する」ニコラスは言った。「ブライア卿から聞いているだろうが……」
口ごもったニコラスに代わって、ホラスが言う。
「ご息女が行方不明だとか」
ニコラスはこちらが当惑するほどの安堵の表情を浮かべた。
「ああ」そして、祈るように両手を組み合わせる。「ああ、そうなのだ」
「魔女の素質があったと聞いています」
ホラスの言葉にどう反応するか、マタルはじっと見つめていた。ニコラスはその場で床に膝を突いて「わたしの罪が招いた不幸だ」と嘆くことも、マーガレットに許しを請おうと懺悔することもなかった。ただ哀しげに瞬きをひとつしただけだった。
「ああ、その通りだ」
「最初に確認したいのですが」ホラスは言った。「〈クラン〉に助けを求めるという手もあります。彼らは文字通り鼻が利く」
「〈クラン〉には頼めない」ニコラスは、追い詰められた鹿のように目を瞠った。「このことを外部に漏らすわけには行かないのだ。セオン──ブライア卿もそれを承知で、内密に君を寄越してくれたのだと思っていたが」
「もちろん、わたしはあなたのご意向に従います」ホラスは言った。「確認しただけですので、ご安心を」
「そうか」ニコラスは安堵の深いため息をついた。「それなら良い」
この国で魔女になる方法は三通りある。
最も理想的なのが、親から魔女の力を受け継ぐことだ。もうひとつは、魔女たちの共同体である〈集会〉に加わり、契約の儀式でもって月の祝福を受け、他の魔女から魔法を体得すること。最後のひとつは、ただ何の前触れもなく、月の力──すなわち魔力に目覚めてしまうことだ。
失踪したエミリアは三つ目だったのだろう。だが、たとえどんなきっかけであろうと、身内に魔女が生まれることは貴族にとっては大変な醜聞で、王族との婚姻関係を結ぶ妨げとなるのは間違いない。
つまりこの親父は、娘より家の安定をとったわけだ。
「エミリアが居なくなった時の様子を教えてください」ホラスが言った。
ニコラスは両手で顔を擦り、深いため息をついた。寝不足なのだろう。目は血走っているし肌にも張りがない。それが娘を心配しているからなのか、家の存続を危ぶんでいるからなのかはわからない。
「失踪は五日前でしたね」
「そうだ。あの日、娘は布地を買うために街へ出ていた」ニコラスは言った。「店の者を屋敷へ呼べばいいと言ったのだが、娘は街が好きだったから、口実を見つけては外出をしていたのだ。好奇心が旺盛で」
「それで?」
「供の者をつけて、ウェンブリーの生地屋に向かった。護衛が一人と、侍女が一人だ。娘はふたりに、店の前で待つよう言いつけた後、こっそり裏口から出て行ったそうだ」
ホラスが身を乗り出した。「十五歳の娘が、従者を捲いて消えたんですか?」
「そうだ。ここまでの足取りはわたしの部下に調べさせた。店主が言うには、気分が悪いからほんの少しだけ裏庭の空気を吸わせて欲しいと言ったそうだ」
「しかし、それきり戻らなかった」
ニコラスは頷いた。
「彼女が居なくなってから、何かを要求する手紙や言付けが届いたことは?」
「なかった」
では、身代金目的の誘拐ではない。だが、若い娘を拐かす理由は、知らなければ良かったと思うほど沢山ある。
「彼女につきまとっていた者はいませんでしたか?」
「外出するときには召使いと護衛をつけさせたし、社交界への披露目もまだだ。家庭教師や出入りの商人以外には、あの子を知る者はいない。それでも、充分ではなかったのかもしれないが」
聞けば聞くほど、鉄の防壁に守られた少女であるという印象が深まる。だとすれば、やはり本人の意思で姿を消したのだろうか。
「彼女が行きそうな場所に心当たりは?」
「書店と聖堂は調べさせた。だが、どちらにも行った形跡はなかった」
マタルは言った。「年頃の娘が従者を捲いてまで行く場所が、書店や聖堂とは考えづらい」
ニコラスは、異教徒の助手が主人の許可も得ずに目上の人間に話しかけたことに一瞬驚いたようだったが、驚きはすぐに、自信がなさそうな表情に取って代わられた。従者が口をきいただけで激昂する貴族もいるが、この男はそういう手合いではないようだ。
「娘は……どうも奥手で──」しどろもどろに、ニコラスが言う。「まさか、あの子が魔女だなどとは想像も……」
まるで、魔女になるのは素行の悪い娘だけだと言わんばかりの悲嘆ぶりだ。
だが、月女神──この国では月神と言うけれど──の祝福は多かれ少なかれ、すべての人間の中にあるものだ。自分は普通の人間だと思っていた者がある日いきなりナドカに変わることを、アシュモールでは『月に呼ばれる』と言う。誰がいつ、どうして『呼ばれる』のかは誰にもわからない。誰だってナドカになる可能性がある。結局のところ、自分を『人間』だと思っているのは人間だけだ。
「魔女だとわかったのは、どうしてですか?」ホラスは静かな声で尋ねた。
「エミリアの姉のビアトリスが、そう聞いたと。前々から相談を受けていたらしい」
「彼女にも話を伺えますか」
ニコラスは、またしても怯えた表情を浮かべた。「聞いていないのか? 娘はゲラード殿下との結婚を控えているのだ」
「ええ、ですが──」
「ビアトリスはエレノア王女付きの侍女だ。王城にいる」
「ならば、ブライア卿から取り次いでいただけるでしょう」
ニコラスの顔からみるみる血の気が引いていく。
「内密に進めるようにいたします」念を押すように、ホラスは言った。「ご安心を」
「そうしてくれ。なんとしてでも」ニコラスの声はほとんど震えていた。
「まず、エミリア殿の私室を調べさせて頂きたい。それから、他に娘さんと交流のあった人物を教えてください」
「案内しよう」ニコラスは言い、立ち上がった。「交流のあった者についてだが……すでに呼んである。もうじき着くだろう」
†
ニコラスは屋敷を離れる用事があるというので、ホラスたちは「なんでも自由に見てくれ」という言葉と共に、召使いの監視付きでエミリアの部屋に残された。
部屋には、書き物机と寝台、窓辺に置かれた座椅子がひとつと、暖炉があった。見事な薔薇の彫刻が施された四柱式寝台は必要最低限の広さのもので、控えめな刺繍がされた白いリネンには染みひとつない。オーク材の鏡板にも、梁にも派手な装飾はなかった。高価な手鏡や白粉だとか、刺繍のための道具だとか、由緒正しい家の、年頃の娘の部屋にありそうなものはあまりない。失踪した少女の部屋だと言われなかったら、この部屋の主は神官を志しているのかとさえ思っただろう。
召使いのホブソンは扉の前に立って、ホラスとマタルが部屋を検めていく様子を見守っていた。不服そうな表情はもとからか、それとも、よそ者が彼女の部屋に入ったからなのかはわからない。こういう手合いは、口では語らない代わりに頭の中には多くの考えを持っているものだ。
ホラスは彼に話しかけた。「エミリア殿の行方に心当たりは?」
ホブソンは、いきなりの質問に息を吹き返した木像のように目を見開いた。そして、やや不自然な間を置いてから答えた。
「わたしにはわかりかねます」
わかりかねるが、思うところはある?
「彼女が失踪したときについていた者は、いまこの屋敷にいるか? 確か、護衛が一人と……?」
「侍女が一人です」ホブソンが言った。「ふたりとも、今は屋敷にはおりません」
「いつ戻る? 話が聞きたい」
ホブソンは目を泳がせた。「それは……無理かと存じます。旦那様はあの二人に暇を出されました」
おや。『思うところ』に行き当たったか?
「そうか、ならば、二人の名前と、住んでいる場所が知りたい」
「護衛はトレヴァー・ギボンズ。エドマンド街の靴屋の隣に住んでおりましたが……」
「どうかしたのか」
「酒場での喧嘩が元で死んだと聞きました」
ホラスは唸った。「では、侍女の方は?」
「シューレス通りの母親の家に戻ったそうです。名前はジョーン・ギブズ」
ホラスは頷いた。「よくわかった。ありがとう」
尋問から解放されて、ホブソンはホッとした表情を浮かべた。もっと叩けば埃が出そうだが、ホラスは引き下がり、改めて部屋の中を検めた。
書き物机の上には本が立てかけてあった。『マウリス王』『いかさま師と道化』『白百合物語』『太陽の騎士』といった戯曲の脚本が何冊か。
「芝居が好きだったらしいな」本をパラパラとめくりながら、マタルは言った。「趣味は悪くない」
それから、几帳面な細い字が並んだ日記があった。
「若い娘が、部屋に入れるものなら誰でも見られるところに日記を置くだろうか」
ホラスの手の中を覗き込んで、マタルが言った。
「別に読まれたって構わなかったんじゃないか? 芝居の感想ばかりだし。失踪するくらいなら、悩みのひとつも書いてあるかと思ったけどな」
ホラスはフム、と呟いた。
「マタル、この部屋におかしなところはないか探してくれ」
「どうかしたのか?」
「もう一度、その日記をよく見てみろ」
試されていることに気づいて、マタルの目が輝いた。もう一度日記に目を落とし、しっかりと読みはじめる。
「確かに、ちょっとおかしいな」
「何故そう感じた?」
「芝居のことばかり……というか、それしかない。何処の劇場で、何時から、何が上演されたのか。役者は誰か。どういう筋か……エミリアじゃない別の誰かが書いたって言われてもおかしくないくらい、本人のことが一切書かれてない」
ホラスは頷いた。「わたしもそう思う。日記というものには生活がにじみ出る。若い娘ならなおさらそうだろう。だが、これには見られない」
「ああ。まるで……誰かに読まれることを意識してるみたいだ」マタルはハッとして、ホラスの顔を見た。「もしかしたら、もう一冊、別の日記があるんじゃないか」
「そうだな」ホラスは頷いた。「その日記の表紙に、微かに日焼けの痕がある」
マタルが本を閉じる。日記が他の本と重なっていた部分だけが日に焼けずに、濃い色を保っていた。だが、一致する大きさの本は、机の上には見当たらなかった。
「どこかに隠されているはずだ」
二人して部屋の中をくまなく探した。暖炉の中やマットレスの裏、壁の鏡板をひとつずつ叩き、全ての本のページをめくり、床板に目をこらしたが、何処にもない。
マタルは扉の前に居座る召使いを忌々しげに見ていた。あの仏頂面が消えてくれれば、魔法を使って探すことが出来るのにと思っているのだろう。
その時ノックの音が聞こえて、マタルがあわてて扉から目をそらした。
「わたしだ、ホブソン」低く豊かな声が言った。「ホーウッド卿に呼ばれて来た」
「ウィッカム様」
召使いは直ちに扉を開け、やはり生気のない歓迎ぶりで客を部屋に入れた。
「さて」
ウィッカムと呼ばれた男はホラスとマタルを見て、一方の肌の色にあからさまな警戒を浮かべた。
「では、君たちが調査を行う審問官か? 君たち二人が?」
「わたしはそうです」ホラスが前に進み出た。「ホラス・サムウェル上級審問官。お見知りおきを。こちらは助手のマタルです」
「バーナード・ウィッカム」彼は言った。「ホーウッド卿の部下で、デンズウィックの王港管理官を務めている」
彼はそうして自己紹介をしながらも、見るからに異教徒であるマタルに油断のない視線を投げた。
ウィッカムは、よく日に焼けた魅力的な男だった。焦げ茶の髪に、冬の海を思わせる薄緑色の瞳。太く豊かな声は役者としても通用しそうだ。人目を引く相貌に似合いの憂いの表情は、計算づくのものかと勘ぐりたくなるほど完成されていた。
身なりも熟れていた。光沢あるブロケードの上着にはふんだんに切り込みが施され、全ての縁に小さな宝石をあしらった刺繍がなされている。シャツの襟や袖に縫い付けられた精巧なレースは純白で、今朝おろしたばかりなのかと思うほどだ。
「エミリア殿とはどういったご関係ですか」
「婚約者だ」
ウィッカムは即座に答えた。そうすることで、より信憑性が増すとでも言うように。
「婚約者、ですか」
十五歳のエミリアの婚約者としてはかなり年を食っているようだ。見たところ三十歳はとうに超えている。ホラス自身と同じか、少し下といったところだ。
「婚約者だった、だな」ウィッカムはため息をついて、首筋に手をやった。「こんなことにならなければよかったんだが」
それは、彼女が魔女だったからか? それとも、失踪したから?
「わかりました」ホラスは言った。「いくつかお聞きしたいことがあるのですが、構いませんか?」
「なんなりと協力させてくれ」
それからホラスは、審問官の規定に定められた一通りの質問を行った。本名、職業、年収──ここまでは受け答えに怪しいところはない。だが、質問が家族構成に到ると、ウィッカムは答えを渋った。
「そんなことまで話す必要があるのか?」
「ええ、お願いします。思わぬ繋がりがあるかも知れません」
釣り糸が引き攣るような感覚に、ホラスも内心「おや」と思ったが、それを顔には出さなかった。ウィッカムは、部屋の中に逃げ場を探すように視線を彷徨わせてから、ようやく言った。
「実は、息子が二人いる」
「以前ご結婚をされていたのですか」
「いいや……」ウィッカムは目をそらし、鼻の横を掻いた。「いわゆる私生児でね。若気の至りという奴だ。だが、どの子の面倒もしっかりと見ているつもりだ」
『いわゆる私生児』。まるで、世間一般に言う私生児とは別ものだと言いたげだ。
マタルが反感を顔に出しすぎていたので、また爪先で踵をつついた。
「では、エミリア嬢とのご結婚が初めての婚姻になるはずだった、と」ホラスは言った。「彼女が失踪した理由に、何か思い当たる節はありますか?」
「魔女だということ以外に?」ウィッカムは言った。「さあ……この年寄りとの結婚が嫌になったのかも知れないな」
年寄りと言う言葉に一瞬どきりとさせられるが、すぐに脇に追いやる。
ウィッカムをかばいたいわけではなかったが、ホラスは言った。
「魔女であることを言い出せぬまま行方をくらませる娘は、実に多いものです」
人間が、ある日いきなりナドカに変容するのは──何百年も前に比べれば減少したとは言え──めずらしいことではない。街道を旅していて野良人狼に噛まれれば、運悪く人狼になることもあり得る。面白半分に人間を掴まえては仲間にするのを好む吸血鬼もいるし、春の目覚めと共に魔女や魔法使いとしての能力が開花してしまう子供は後を絶たない。
対して、自分の子供がナドカとして目覚めたと知ったときに親や家族が取る行動は三種類ある。ひとつは、事実を受け入れ、かれらがナドカとして生きやすい環境へ導くこと。もう一つは、縁を切って家から追い出すこと。そして、最も畏れられる最後のひとつが、矯正院に入院させることだ。中でもデンズウィックの南西、イーヴァリン街にあるグロウェル矯正院は、貴族出身のナドカたちのための、実質的な収容所だ。
「彼女が行く先に、何かお心当たりは?」
ウィッカムはしばらく考え込んだ後、力なく首を振った。
「思いつかない。母方のハリントン家はモンブリーに住んでいるが、一人で行くには遠すぎる」
「確かに、そうですね」
モンブリーか矯正院かと尋ねられれば、百人中百人がモンブリーを選ぶだろうが、あえて口には出すまいとホラスは思った。
「なあ、ホラス」
マタルを振り向くと、彼は書き物机の下に潜り込んで、机の天板を見上げていた。
「ここに、なにかある」
「みせてくれ」
ウィッカムと並んで天板の下に頭を突っ込んで見てみると、たしかに、板の中央に切れ目が入っているのが見えた。穴の空いた小さな金具は、鍵穴だろう。
「それは……秘密の物入れか?」ウィッカムは呟いた。
「でかした。開けられそうか?」
「さあな」
そういいながらも、マタルは腰に帯びた小物入れから針金の束を取り出すと、そのうちの一本を選び出し、慣れた手つきで鍵穴に差し込んだ。捻ったり、回転させたりするうちに、キリキリという音に、時折何かが噛み合ったようなカチリという音が混ざる。それを何度か繰り返したあとで、マタルが小さく快哉を叫んだ。
「よし!」
しかし、引き出された箱の中を見てみると、そこには日記ではなく、麻織の赤い袋が入っていた。中身は四種類の植物が編み合わされた他愛ない護符で、市や露店でよく目にする類いのものだ。
「これだけかね」ウィッカムはそう言いながらも、小さく聖印を切った。「よくある、恋かなにかの呪いのように見えるが……」
「ええ、そうですね」ホラスは腕を組み、机の上に乗った護符を見つめた。
「エミリアが、どこかの〈集会〉に加わったと言うことはないだろうか」ウィッカムはおずおずと尋ねた。「エミリアはよい家系の娘だ。魔女たちも、まさか彼女を拒まないだろう? きっと、そこなら安全にやっていけるはずだ。違うか?」
「可能性はあります」痛々しいほどの希望から目を背けて、ホラスは言った。
ある日突然魔法に目覚めた者が、それまでの居場所を失うとき、彼らを受け入れるのが魔女たちの〈集会〉だ。だが、〈集会〉は、長年の迫害をうけて年々閉鎖的になっている。彼女たちの居場所を知ることはおろか、連絡をとることさえ至難の業だから、加わることが出来た者は幸運だ。魔女になりたての娘たちのほとんどは街を彷徨い、身を持ち崩し、サウゼイの売春宿に流れ着く。貴族であろうとなかろうと、人間がナドカになった瞬間、血筋や家は意味を失う。
ウィッカムも、そのことは理解していただろう。放蕩ぶりからみて、サウゼイの事情にも通じているはずだ。
彼は自分が口にした希望の空々しさに打ちひしがれたように俯いた。
「何故、エミリアが」ウィッカムは呟いた。「あの子は敬虔な陽神の子だった。安息日ごとに聖堂に行って祈りを捧げているような娘だったのに」
「ここから最も近いところと言えば──あの聖堂ですか? ここに来るとき、我々も通りがかりました」
「いいや。彼女がよく行っていたのは、プロフィテイア聖堂だった」
「プロフィテイア、ですか?」ホラスは思わず聞き返していた。「なるほど、わかりました」
ちらりとマタルを見ると、思った通り、彼は今の一瞬の動揺を機敏に嗅ぎつけて、ホラスを観察していた。きっと、あとで問いただされるだろう。
「まずはそこからあたってみることにします」
ホラスは言い、エミリアの部屋を出た。
「エミリアの母親は、いま何を?」
「彼女は亡くなっている。ほんの一年前に、流行病で」
「そうですか。気の毒に」
二人は静かに聖印を切った。
「あの子は母親のことを深く愛していた。芝居好きも母親の影響なんだ。亡くなってしばらくは部屋に籠もりきりになったりしたものだよ。わたしとビアトリスで、どうにかして彼女を外に連れ出したりしてね。なんとか元気になってはくれたが……」
その努力も無駄だった、と言いたいのだろうか。ホラスはウィッカムの横顔を見つめたが、そこに答えはなかった。
ニコラスは公務に出たきりだったので、ウィッカムに暇を乞い、屋敷を後にすることにした。
厩番の少年にたっぷり甘やかされて上機嫌の馬たちを引き取り──マタルはちゃんと銅貨を支払った──黒獅子館を後にする。
屋敷の外に出て初めて、あの場所に充満していた、喉を締め付けるような重苦しさに気づいた。夏の風が吹き抜け、仕着せに染みこんだ嫌な汗が冷えてゆく。たとえ快晴とは言えない曇り空でも、だいぶ気分が持ち直す。
「娘の婚約者が、あれでいいのか?」屋敷が充分に遠ざかってから、マタルが言った。
「歳はずいぶんと上だな。子供もいるとなれば、品行方正というわけでもない」
「歳は気にならなかったけど」マタルはすかさず訂正した。「いかにも洒落者って格好だった。辛気くさい顔を作っていても、遊び人なのを隠そうともしてない」
「貴族なら、別段めずらしくもないだろう」
マタルは不服そうに鼻を鳴らした。「父親も気に入らないな。娘が消えたってのにおどおどして。ウィッカムの方がよっぽど堂々としてたぞ」
「姉のことを考えれば、醜聞に怯えるのも致し方ないんだろう。宮廷での仕事も、他のこともあるとなれば」
「そういうものか?」
マタルは不満げに呟いた。彼はしばらく黙り込んでいたが、ノルヴィルの村境を過ぎると、再び口を開いた。
「それで、プロフィテイア聖堂にどんな因縁があるんだ?」
思ったよりも早く追及の手が伸びてきたな。
ホラスは馬上で、息を深く吸い込んだ。
「俺が祭司になるまで修行していた聖堂だ」ホラスは言った。「審問官になるには、祭司以上の位階が必要だからな」
その言葉で、マタルも少し納得がいったらしい。「なるほど」
それ以上聞かれたくない雰囲気を感じ取ったのか、マタルはいきなり話題を変えた。
「なあ。あの護符、持ってるだろ」
「ああ」
ホラスは預かった護符を腰の小物入れから取り出した。四種類の植物の枝が、綺麗に編み合わされている。
「ラベンダーに、ヒソップ。これはパチョリか。それと……」
「ルーじゃないか」マタルが、背後から声を上げた。
「よくわかったな」
「おなじみの護符だ。腕のいい魔女が作ったものなら、効果の程は……悪くない」マタルは言った。「だが、それはどう見ても素人の仕事だ。俺にはエミリア本人が作ったんじゃないかって気がする」
「なんの呪いだ?」
「問題はそこだよ」マタルは言った。「彼女は……」
急に言葉が途切れたので、ホラスは振り向いた。
「マタル?」
彼は森を見ていた。普段は目に入れることさえ嫌がるはずなのに。視線を追って、木立の間の暗がりに目を凝らすと、下生えをガサガサと揺らすものの後ろ姿をチラリと捕らえた。
森に射貫くような眼差しを向けたまま、マタルが言った。「尾けられてた」
「顔を見たか?」
「いや。一瞬で見えなかった」マタルは首を振った。「気に入らないな」
「ああ」ホラスは言った。「用心しよう。一筋縄ではいかない気がしてきた」
それから二人は、再び王都を目指した。
市門にたどり着く頃には、日が暮れかかっていた。門の前には、市内に戻る人々が列を成していた。残り物を売り切ってしまおうと、物売りが列の傍で声を張り上げ、肩がぶつかった者同士が道ばたで喧嘩を始めようとしている。退屈しきった旅人に歌謡売りがすり寄り、売り物の歌の冒頭を朗々と披露していた。
この街は喧噪によって息をしている。ホラスはほっと息をついた。こんな騒々しさに心が安らぐとは、自分でも滑稽だと思うが。
二人は城壁を横目に、家へと続く道を辿った。
「さっきの護符のことだけど」隣に馬を寄せて、マタルが言った。
「ああ」
「あれは邪悪なものから身を守るための護符だ」マタルは声を落とした。「エミリア・ホーウッドは身の危険を感じていたらしい」
あの夢を見るまでは、『砂漠』という言葉を聞けば、ありふれた砂浜がどこまでものっぺりと続いていくような光景を思い浮かべたものだった。だが、あの夢──砂漠のただ中でなにかを殺す、あの夢に見る砂漠は、そんな貧弱な想像とは比べものにならない、まさに異世界だった。
雲ひとつない空。木陰ひとつない荒野。夜には海のような、昼には劫火のような荒漠。空を遮るものがないせいで、まるで今にも、天空がこの世界を押しつぶそうとしているかのように感じられる。
夢に見たからと言って、実際に存在する場所だという保証はない。だがマタルの話では、ただの人間にも少しは月の力が備わっているものなのだという。そのせいで予知夢を見たり、不思議な勘が働いたりするのだと。確かに、日夜、魔法に接する審問官がそうした現象に悩まされるのは、決してめずらしいことではない。身内の死を予見した者や、月の力に目覚めてしまった者も、過去にはいた。だからホラスには、今では既視感さえ抱くようになったあの光景が、ただの想像であると考える方が難しかった。
夢の中の光景を忘れてしまいたくて、ホラスは見慣れたダイラの風景を、目に焼き付けるように眺めた。生い茂る緑の木々。踏み固められた土の道。道端の他愛ない野花。苔むして崩れかけた石垣と、妖精に捧げられた小さな積み石。
これが、俺の世界だ。
ホーウッドの屋敷は、デンズウィック郊外のノルヴィルにある。西の市門から、馬で半刻足らずと言ったところだ。ホラスとマタルは、埃っぽい路を馬で並んでノルヴィルを目指した。ホラスのリジンが先頭を行き、少し小柄なマタルの馬、クタイバがその後に続いた。
悪夢に消耗したせいで、口数は少ない。というよりも、いつも口数の少ないホラスに話しかけるマタルが静かなのだ。同じ屋根の下で暮らすマタルにも、魘される声が届いてしまっているのはわかっていた。静かなのは、きっとそのせいだろう。
ホラスにとって、眠りが悪夢と対峙する時間になったのは、マギーの死がきっかけだった。
苦しむ息子を助けようと、父は何人もの魔女や怪しげな占術師に意見を求めたが、原因はわからずじまいだった。結婚について考えないままこの歳まで来たのは、マギーへの淡い思慕を後生大事に抱えているからではない。この悪夢と連れ添うことを選ぶ人間がいるとは思えないからだ。小さな頃から顔見知りのマーサは、全て知った上で放っておいてくれているが、同じ寝台に眠る相手ともなれば、そうもいかない。
マタルにも、初めのうちは怯えたような目で見られた。だがそのうち、そっとしておいてくれるようになった。おそらく、マーサが諭してくれたのではないかと思う。
情けないと思いながらも、皆の気遣いは嬉しい。
ホラスはため息をつき、胸にわだかまっていた悪夢の残滓を追い払った。
ノルヴィルは、デンズウィックから西へ走る街道沿いにある小さな村だ。代々の領主たちは、ここを有象無象の集まる宿場町にさせないために、聖堂以外の建築物を許可しなかった。そのせいで、国中を繋ぐ街道である〈王の道〉からすぐ見えるところにありながら、ノルヴィルにはどこか俗世と切り離されたような雰囲気があった。
こぢんまりとした聖堂が運営している果樹園は極早生の林檎の収穫期を迎えていて、籠を抱えた僧たちが、穏やかな陽気の中、のんびりと収穫にいそしんでいる。のどかな風景のさらに向こう側にはバリーシャーの森が横たわり、空の淡い青を背景に新緑を揺らしていた。
ちらりと後ろを振り向くと、思った通り、マタルは森を視界に入れまいと、わずかに俯いている。
マタル=サーリヤ以上に大胆不敵な者はそうそういるものではないと思っていたから、彼が森を怖がっていることを知ったとき、ホラスは思わず笑いそうになった(そういうことをすると半日は機嫌を損ねるので、なんとか堪えたが)。
その恐怖も致し方ないと思い直したのは、あの夢を知っているからだ。
あんな世界で生きてきたものにとっては、鬱蒼と茂る森はいかにも得体が知れないように感じるだろう。それに、ダイラの森は確かに危険が多い。都会が近いこのあたりではそうでもないが、人里離れた場所にある自然は妖精の格好の住み処で、不用意に森に立ち入って拐かされた人間は一人や二人ではない。妖精に招かれた人間を取り戻す方法は、まずないと言っていい。エミリアの失踪に妖精が絡んでいるのでなければいいが。もしそうなら、彼女は二度と見つからないだろう。少なくとも、ホラスたちが生きている間には。
「マタル」ホラスは肩越しに呼びかけた。「見えるか? あれが黒獅子館だ」
すると、有能な助手は顔を上げ、問題の屋敷を目にして顔を歪めた。
「うわ」マタルは言い、焔語で何かを呟いた。
彼から少しずつ習い覚えた焔語の知識で解読してみたところ、どうやらマタルは、『茸が生えた犬の糞』と言ったらしい。
ホラスはつい口元を緩めた。思ったことを口と顔に出すのは諍いの元だと何度も窘めておきながらも、ホラスは心のどこかで、彼の反応を愉しんでいた。
それに、マタルの表現は的を射ていた。ずっしりとした母屋に、太さも長さも異なる無数の塔が寄り添う外観は、初めて見るものをぎょっとさせる。
「定住民はこれだから」マタルは軽蔑を込めて呟いた。
かつてこの館に住んでいたガーフォードという一族が建てたのがこの黒獅子館である。黒い煉瓦はここより北のピルボローの特産品だ。マルディラでも似た色の煉瓦が作られることから、マルディラ煉瓦とも呼ばれている。
ガーフォードは、九年前の王子暗殺未遂の際の不手際を追求されて領地と爵位を召し上げられた元貴族だ。下手人であったマルディラ人の間諜は、国内に入り込むために、ガーフォード家が所有していた商船に潜り込んだのだ。
だが実のところは、王都の目と鼻の先にマルディラ風の屋敷を建てたのが王の不興を買ったのだとも言われている。そうして、豊かな領地と立派な屋敷はホーウッド家のものとなった。
ホーウッドはまず、質実剛健を重んじる王の好みに合わせるように屋敷を改装した。いくつかの塔と温室を取り潰し、正面に施された絢爛な装飾を取り去ってダイラ風に近づけはしたものの、どうもちぐはぐな印象を与えている。だが、少なくとも王の機嫌を損ねてはいない。王港長官という役職を保持し、王族との結婚も控えているのだから、改装はいい手だったと言うべきなのだろう。たとえ茸が生えた犬の糞に住むことになったとしても、だ。
召使いに来訪を告げると、ホラスとマタルは馬と一緒に屋敷の裏手へと案内された。ホブソンと名乗る召使いは横柄な男だった。彼はふたりの風体に目を走らせたあと、丸三日立ちっぱなしで待機していたと言いたげな重々しい口調で「お待ちしておりました」と告げ、頑なに表情を変えないまま、二人を裏手に案内した。おそらく、愛嬌を振りまくことが出来ない教義上の理由でもあるのだろう。相手が普通の客ならばその場できびすを返すほどの対応だが、審問官を正面玄関から迎えたくない気持ちは理解できる。
審問庁が、度を超した異端狩りや嘘の告発による逮捕、拷問による自白強要を行っていた時代は二百年ほど前の改革をもって終わりを迎えた。名君と名高いマウリス明心王が審問庁を無力化し、ナドカと〈協定〉の擁護を〈クラン〉の人狼たちの手に委ねたことで、国を挙げて行われた魔女狩りの時代が終わったのだ。
やがて力を盛り返した審問庁はかつての悪評を払拭するために力を尽くしてはいるが、審問官に家の戸を叩かれるのはこの上ない不名誉だという考え方は今も変わっていない。
ホラス自身はこうした出迎えにはもう慣れていたが、祭司から審問官になったばかりの者は誰しも驚く。それまで当たり前のように享受してきた尊敬が、いとも容易く軽蔑に変わることに失望する者も少なくはない。だからこそ、審問庁はいつでも人手不足なのだ。
屋敷の裏庭で手綱を預かろうと待っていた厩番の少年は、まずホラスの仕着せに怯えた表情を見せ、それからマタルの姿にぽかんと口を開けた。アシュモール人を見るのは初めてなのだろう。ホラスが視線で釘を刺す前に、マタルはそ知らぬ振りをして、少年に身を寄せた。
「俺の顔に何かついてるか、少年?」
低い声で囁きかけると、少年は小刻みに首を横に振った。
「そうか」マタルは頷いた。「馬の世話をしっかり頼むぞ。ついでに、俺が帰るときまでに礼儀ってものを思い出せたら、エメル銅貨を二枚くれてやる。わかったな?」
少年は、今度は縦に何度も首を振った。
満足したマタルは、何事もなかったかのようにホラスに追いついた。
「マタル……」
「こうしておけば、アシュモール人には優しくしろって噂が広まるだろ。あなたもやってみるといい。いつの日か正面玄関から温かく迎え入れて貰えるかも」
放し飼いにされている家畜が踏み荒らした泥濘みを踏みしめながら、ホラスは言った。
「その前に破産するだろうな」
†
出迎えの冷たさとは打って変わって、屋敷の中でのもてなしは普通だった。普通、というのは、ダイラでの普通だ。アシュモール人は、たとえ相手が敵であっても、もてなしのためにとっておきの羊を屠って食卓に並べるし、井戸水の最後の一滴まで喜んで与える。マタルが国を出たばかりの頃は、外の国のやり方はずいぶん冷たく感じられたものだった。
ニコラス・ホーウッドという男は善良な人間に見えた。この男が二十年前に、仲間とよってたかって少女を焼き殺したことを知らなかったら、『高い身分にある人間にしてはマシな方』とさえ評したかも知れない。
だが、娘の行方がわからなくなったのも、そのせいで憔悴しているように見えるのも、マタルには単なる巡り合わせだとしか思えなかった。光神は時々、こういう計らいをするのだ。
二人は応接間に通され、そこでニコラスと、彼の背後の壁に掛かっている一族の肖像画、そして、壁に刻まれた金の聖句──信仰が鞋、智識は杖なり。汝が前に神の道はあり──と向かい合った。
ニコラスの身なりは、貴族にしては質素だった。濃紺の長衣やシャツは上等な布地で仕立てられていたが、実用性のない飾りや、無駄な布は使われていない。背後に掲げられている肖像画と比べてしまうせいかも知れないが、王港長官という立場ならば、肩幅を大きくみせるための仕立てをしたり、これでもかと袖を膨らませたり、服にやたらと宝石や房飾りをつけたりしていてもおかしくない。マタルの目には、この男はすでに喪に服しているようにさえ見えた。
「ホラス・サムウェル上級審問官です。こちらは助手のマタル」
ニコラスは小さく頷いた。「アシュモール人か」
だったら何だ?
にらみつけた視線が届くよりも早く、ホラスがニコラスに話しかけた。
「四カ国語を操り、ナドカの事情にも通じています」そして、ニコラスからは見えぬように、爪先でマタルの踵を小突いた。「彼の能力と身元はわたしが保証します」
ようやく納得したと見えて、ニコラスが着席を勧めた。天鵞絨張りの椅子にはたっぷりと綿が詰め込まれていた。首まで沈み込む前に、マタルは手すりにしがみついた。
「来てくれて感謝する」ニコラスは言った。「ブライア卿から聞いているだろうが……」
口ごもったニコラスに代わって、ホラスが言う。
「ご息女が行方不明だとか」
ニコラスはこちらが当惑するほどの安堵の表情を浮かべた。
「ああ」そして、祈るように両手を組み合わせる。「ああ、そうなのだ」
「魔女の素質があったと聞いています」
ホラスの言葉にどう反応するか、マタルはじっと見つめていた。ニコラスはその場で床に膝を突いて「わたしの罪が招いた不幸だ」と嘆くことも、マーガレットに許しを請おうと懺悔することもなかった。ただ哀しげに瞬きをひとつしただけだった。
「ああ、その通りだ」
「最初に確認したいのですが」ホラスは言った。「〈クラン〉に助けを求めるという手もあります。彼らは文字通り鼻が利く」
「〈クラン〉には頼めない」ニコラスは、追い詰められた鹿のように目を瞠った。「このことを外部に漏らすわけには行かないのだ。セオン──ブライア卿もそれを承知で、内密に君を寄越してくれたのだと思っていたが」
「もちろん、わたしはあなたのご意向に従います」ホラスは言った。「確認しただけですので、ご安心を」
「そうか」ニコラスは安堵の深いため息をついた。「それなら良い」
この国で魔女になる方法は三通りある。
最も理想的なのが、親から魔女の力を受け継ぐことだ。もうひとつは、魔女たちの共同体である〈集会〉に加わり、契約の儀式でもって月の祝福を受け、他の魔女から魔法を体得すること。最後のひとつは、ただ何の前触れもなく、月の力──すなわち魔力に目覚めてしまうことだ。
失踪したエミリアは三つ目だったのだろう。だが、たとえどんなきっかけであろうと、身内に魔女が生まれることは貴族にとっては大変な醜聞で、王族との婚姻関係を結ぶ妨げとなるのは間違いない。
つまりこの親父は、娘より家の安定をとったわけだ。
「エミリアが居なくなった時の様子を教えてください」ホラスが言った。
ニコラスは両手で顔を擦り、深いため息をついた。寝不足なのだろう。目は血走っているし肌にも張りがない。それが娘を心配しているからなのか、家の存続を危ぶんでいるからなのかはわからない。
「失踪は五日前でしたね」
「そうだ。あの日、娘は布地を買うために街へ出ていた」ニコラスは言った。「店の者を屋敷へ呼べばいいと言ったのだが、娘は街が好きだったから、口実を見つけては外出をしていたのだ。好奇心が旺盛で」
「それで?」
「供の者をつけて、ウェンブリーの生地屋に向かった。護衛が一人と、侍女が一人だ。娘はふたりに、店の前で待つよう言いつけた後、こっそり裏口から出て行ったそうだ」
ホラスが身を乗り出した。「十五歳の娘が、従者を捲いて消えたんですか?」
「そうだ。ここまでの足取りはわたしの部下に調べさせた。店主が言うには、気分が悪いからほんの少しだけ裏庭の空気を吸わせて欲しいと言ったそうだ」
「しかし、それきり戻らなかった」
ニコラスは頷いた。
「彼女が居なくなってから、何かを要求する手紙や言付けが届いたことは?」
「なかった」
では、身代金目的の誘拐ではない。だが、若い娘を拐かす理由は、知らなければ良かったと思うほど沢山ある。
「彼女につきまとっていた者はいませんでしたか?」
「外出するときには召使いと護衛をつけさせたし、社交界への披露目もまだだ。家庭教師や出入りの商人以外には、あの子を知る者はいない。それでも、充分ではなかったのかもしれないが」
聞けば聞くほど、鉄の防壁に守られた少女であるという印象が深まる。だとすれば、やはり本人の意思で姿を消したのだろうか。
「彼女が行きそうな場所に心当たりは?」
「書店と聖堂は調べさせた。だが、どちらにも行った形跡はなかった」
マタルは言った。「年頃の娘が従者を捲いてまで行く場所が、書店や聖堂とは考えづらい」
ニコラスは、異教徒の助手が主人の許可も得ずに目上の人間に話しかけたことに一瞬驚いたようだったが、驚きはすぐに、自信がなさそうな表情に取って代わられた。従者が口をきいただけで激昂する貴族もいるが、この男はそういう手合いではないようだ。
「娘は……どうも奥手で──」しどろもどろに、ニコラスが言う。「まさか、あの子が魔女だなどとは想像も……」
まるで、魔女になるのは素行の悪い娘だけだと言わんばかりの悲嘆ぶりだ。
だが、月女神──この国では月神と言うけれど──の祝福は多かれ少なかれ、すべての人間の中にあるものだ。自分は普通の人間だと思っていた者がある日いきなりナドカに変わることを、アシュモールでは『月に呼ばれる』と言う。誰がいつ、どうして『呼ばれる』のかは誰にもわからない。誰だってナドカになる可能性がある。結局のところ、自分を『人間』だと思っているのは人間だけだ。
「魔女だとわかったのは、どうしてですか?」ホラスは静かな声で尋ねた。
「エミリアの姉のビアトリスが、そう聞いたと。前々から相談を受けていたらしい」
「彼女にも話を伺えますか」
ニコラスは、またしても怯えた表情を浮かべた。「聞いていないのか? 娘はゲラード殿下との結婚を控えているのだ」
「ええ、ですが──」
「ビアトリスはエレノア王女付きの侍女だ。王城にいる」
「ならば、ブライア卿から取り次いでいただけるでしょう」
ニコラスの顔からみるみる血の気が引いていく。
「内密に進めるようにいたします」念を押すように、ホラスは言った。「ご安心を」
「そうしてくれ。なんとしてでも」ニコラスの声はほとんど震えていた。
「まず、エミリア殿の私室を調べさせて頂きたい。それから、他に娘さんと交流のあった人物を教えてください」
「案内しよう」ニコラスは言い、立ち上がった。「交流のあった者についてだが……すでに呼んである。もうじき着くだろう」
†
ニコラスは屋敷を離れる用事があるというので、ホラスたちは「なんでも自由に見てくれ」という言葉と共に、召使いの監視付きでエミリアの部屋に残された。
部屋には、書き物机と寝台、窓辺に置かれた座椅子がひとつと、暖炉があった。見事な薔薇の彫刻が施された四柱式寝台は必要最低限の広さのもので、控えめな刺繍がされた白いリネンには染みひとつない。オーク材の鏡板にも、梁にも派手な装飾はなかった。高価な手鏡や白粉だとか、刺繍のための道具だとか、由緒正しい家の、年頃の娘の部屋にありそうなものはあまりない。失踪した少女の部屋だと言われなかったら、この部屋の主は神官を志しているのかとさえ思っただろう。
召使いのホブソンは扉の前に立って、ホラスとマタルが部屋を検めていく様子を見守っていた。不服そうな表情はもとからか、それとも、よそ者が彼女の部屋に入ったからなのかはわからない。こういう手合いは、口では語らない代わりに頭の中には多くの考えを持っているものだ。
ホラスは彼に話しかけた。「エミリア殿の行方に心当たりは?」
ホブソンは、いきなりの質問に息を吹き返した木像のように目を見開いた。そして、やや不自然な間を置いてから答えた。
「わたしにはわかりかねます」
わかりかねるが、思うところはある?
「彼女が失踪したときについていた者は、いまこの屋敷にいるか? 確か、護衛が一人と……?」
「侍女が一人です」ホブソンが言った。「ふたりとも、今は屋敷にはおりません」
「いつ戻る? 話が聞きたい」
ホブソンは目を泳がせた。「それは……無理かと存じます。旦那様はあの二人に暇を出されました」
おや。『思うところ』に行き当たったか?
「そうか、ならば、二人の名前と、住んでいる場所が知りたい」
「護衛はトレヴァー・ギボンズ。エドマンド街の靴屋の隣に住んでおりましたが……」
「どうかしたのか」
「酒場での喧嘩が元で死んだと聞きました」
ホラスは唸った。「では、侍女の方は?」
「シューレス通りの母親の家に戻ったそうです。名前はジョーン・ギブズ」
ホラスは頷いた。「よくわかった。ありがとう」
尋問から解放されて、ホブソンはホッとした表情を浮かべた。もっと叩けば埃が出そうだが、ホラスは引き下がり、改めて部屋の中を検めた。
書き物机の上には本が立てかけてあった。『マウリス王』『いかさま師と道化』『白百合物語』『太陽の騎士』といった戯曲の脚本が何冊か。
「芝居が好きだったらしいな」本をパラパラとめくりながら、マタルは言った。「趣味は悪くない」
それから、几帳面な細い字が並んだ日記があった。
「若い娘が、部屋に入れるものなら誰でも見られるところに日記を置くだろうか」
ホラスの手の中を覗き込んで、マタルが言った。
「別に読まれたって構わなかったんじゃないか? 芝居の感想ばかりだし。失踪するくらいなら、悩みのひとつも書いてあるかと思ったけどな」
ホラスはフム、と呟いた。
「マタル、この部屋におかしなところはないか探してくれ」
「どうかしたのか?」
「もう一度、その日記をよく見てみろ」
試されていることに気づいて、マタルの目が輝いた。もう一度日記に目を落とし、しっかりと読みはじめる。
「確かに、ちょっとおかしいな」
「何故そう感じた?」
「芝居のことばかり……というか、それしかない。何処の劇場で、何時から、何が上演されたのか。役者は誰か。どういう筋か……エミリアじゃない別の誰かが書いたって言われてもおかしくないくらい、本人のことが一切書かれてない」
ホラスは頷いた。「わたしもそう思う。日記というものには生活がにじみ出る。若い娘ならなおさらそうだろう。だが、これには見られない」
「ああ。まるで……誰かに読まれることを意識してるみたいだ」マタルはハッとして、ホラスの顔を見た。「もしかしたら、もう一冊、別の日記があるんじゃないか」
「そうだな」ホラスは頷いた。「その日記の表紙に、微かに日焼けの痕がある」
マタルが本を閉じる。日記が他の本と重なっていた部分だけが日に焼けずに、濃い色を保っていた。だが、一致する大きさの本は、机の上には見当たらなかった。
「どこかに隠されているはずだ」
二人して部屋の中をくまなく探した。暖炉の中やマットレスの裏、壁の鏡板をひとつずつ叩き、全ての本のページをめくり、床板に目をこらしたが、何処にもない。
マタルは扉の前に居座る召使いを忌々しげに見ていた。あの仏頂面が消えてくれれば、魔法を使って探すことが出来るのにと思っているのだろう。
その時ノックの音が聞こえて、マタルがあわてて扉から目をそらした。
「わたしだ、ホブソン」低く豊かな声が言った。「ホーウッド卿に呼ばれて来た」
「ウィッカム様」
召使いは直ちに扉を開け、やはり生気のない歓迎ぶりで客を部屋に入れた。
「さて」
ウィッカムと呼ばれた男はホラスとマタルを見て、一方の肌の色にあからさまな警戒を浮かべた。
「では、君たちが調査を行う審問官か? 君たち二人が?」
「わたしはそうです」ホラスが前に進み出た。「ホラス・サムウェル上級審問官。お見知りおきを。こちらは助手のマタルです」
「バーナード・ウィッカム」彼は言った。「ホーウッド卿の部下で、デンズウィックの王港管理官を務めている」
彼はそうして自己紹介をしながらも、見るからに異教徒であるマタルに油断のない視線を投げた。
ウィッカムは、よく日に焼けた魅力的な男だった。焦げ茶の髪に、冬の海を思わせる薄緑色の瞳。太く豊かな声は役者としても通用しそうだ。人目を引く相貌に似合いの憂いの表情は、計算づくのものかと勘ぐりたくなるほど完成されていた。
身なりも熟れていた。光沢あるブロケードの上着にはふんだんに切り込みが施され、全ての縁に小さな宝石をあしらった刺繍がなされている。シャツの襟や袖に縫い付けられた精巧なレースは純白で、今朝おろしたばかりなのかと思うほどだ。
「エミリア殿とはどういったご関係ですか」
「婚約者だ」
ウィッカムは即座に答えた。そうすることで、より信憑性が増すとでも言うように。
「婚約者、ですか」
十五歳のエミリアの婚約者としてはかなり年を食っているようだ。見たところ三十歳はとうに超えている。ホラス自身と同じか、少し下といったところだ。
「婚約者だった、だな」ウィッカムはため息をついて、首筋に手をやった。「こんなことにならなければよかったんだが」
それは、彼女が魔女だったからか? それとも、失踪したから?
「わかりました」ホラスは言った。「いくつかお聞きしたいことがあるのですが、構いませんか?」
「なんなりと協力させてくれ」
それからホラスは、審問官の規定に定められた一通りの質問を行った。本名、職業、年収──ここまでは受け答えに怪しいところはない。だが、質問が家族構成に到ると、ウィッカムは答えを渋った。
「そんなことまで話す必要があるのか?」
「ええ、お願いします。思わぬ繋がりがあるかも知れません」
釣り糸が引き攣るような感覚に、ホラスも内心「おや」と思ったが、それを顔には出さなかった。ウィッカムは、部屋の中に逃げ場を探すように視線を彷徨わせてから、ようやく言った。
「実は、息子が二人いる」
「以前ご結婚をされていたのですか」
「いいや……」ウィッカムは目をそらし、鼻の横を掻いた。「いわゆる私生児でね。若気の至りという奴だ。だが、どの子の面倒もしっかりと見ているつもりだ」
『いわゆる私生児』。まるで、世間一般に言う私生児とは別ものだと言いたげだ。
マタルが反感を顔に出しすぎていたので、また爪先で踵をつついた。
「では、エミリア嬢とのご結婚が初めての婚姻になるはずだった、と」ホラスは言った。「彼女が失踪した理由に、何か思い当たる節はありますか?」
「魔女だということ以外に?」ウィッカムは言った。「さあ……この年寄りとの結婚が嫌になったのかも知れないな」
年寄りと言う言葉に一瞬どきりとさせられるが、すぐに脇に追いやる。
ウィッカムをかばいたいわけではなかったが、ホラスは言った。
「魔女であることを言い出せぬまま行方をくらませる娘は、実に多いものです」
人間が、ある日いきなりナドカに変容するのは──何百年も前に比べれば減少したとは言え──めずらしいことではない。街道を旅していて野良人狼に噛まれれば、運悪く人狼になることもあり得る。面白半分に人間を掴まえては仲間にするのを好む吸血鬼もいるし、春の目覚めと共に魔女や魔法使いとしての能力が開花してしまう子供は後を絶たない。
対して、自分の子供がナドカとして目覚めたと知ったときに親や家族が取る行動は三種類ある。ひとつは、事実を受け入れ、かれらがナドカとして生きやすい環境へ導くこと。もう一つは、縁を切って家から追い出すこと。そして、最も畏れられる最後のひとつが、矯正院に入院させることだ。中でもデンズウィックの南西、イーヴァリン街にあるグロウェル矯正院は、貴族出身のナドカたちのための、実質的な収容所だ。
「彼女が行く先に、何かお心当たりは?」
ウィッカムはしばらく考え込んだ後、力なく首を振った。
「思いつかない。母方のハリントン家はモンブリーに住んでいるが、一人で行くには遠すぎる」
「確かに、そうですね」
モンブリーか矯正院かと尋ねられれば、百人中百人がモンブリーを選ぶだろうが、あえて口には出すまいとホラスは思った。
「なあ、ホラス」
マタルを振り向くと、彼は書き物机の下に潜り込んで、机の天板を見上げていた。
「ここに、なにかある」
「みせてくれ」
ウィッカムと並んで天板の下に頭を突っ込んで見てみると、たしかに、板の中央に切れ目が入っているのが見えた。穴の空いた小さな金具は、鍵穴だろう。
「それは……秘密の物入れか?」ウィッカムは呟いた。
「でかした。開けられそうか?」
「さあな」
そういいながらも、マタルは腰に帯びた小物入れから針金の束を取り出すと、そのうちの一本を選び出し、慣れた手つきで鍵穴に差し込んだ。捻ったり、回転させたりするうちに、キリキリという音に、時折何かが噛み合ったようなカチリという音が混ざる。それを何度か繰り返したあとで、マタルが小さく快哉を叫んだ。
「よし!」
しかし、引き出された箱の中を見てみると、そこには日記ではなく、麻織の赤い袋が入っていた。中身は四種類の植物が編み合わされた他愛ない護符で、市や露店でよく目にする類いのものだ。
「これだけかね」ウィッカムはそう言いながらも、小さく聖印を切った。「よくある、恋かなにかの呪いのように見えるが……」
「ええ、そうですね」ホラスは腕を組み、机の上に乗った護符を見つめた。
「エミリアが、どこかの〈集会〉に加わったと言うことはないだろうか」ウィッカムはおずおずと尋ねた。「エミリアはよい家系の娘だ。魔女たちも、まさか彼女を拒まないだろう? きっと、そこなら安全にやっていけるはずだ。違うか?」
「可能性はあります」痛々しいほどの希望から目を背けて、ホラスは言った。
ある日突然魔法に目覚めた者が、それまでの居場所を失うとき、彼らを受け入れるのが魔女たちの〈集会〉だ。だが、〈集会〉は、長年の迫害をうけて年々閉鎖的になっている。彼女たちの居場所を知ることはおろか、連絡をとることさえ至難の業だから、加わることが出来た者は幸運だ。魔女になりたての娘たちのほとんどは街を彷徨い、身を持ち崩し、サウゼイの売春宿に流れ着く。貴族であろうとなかろうと、人間がナドカになった瞬間、血筋や家は意味を失う。
ウィッカムも、そのことは理解していただろう。放蕩ぶりからみて、サウゼイの事情にも通じているはずだ。
彼は自分が口にした希望の空々しさに打ちひしがれたように俯いた。
「何故、エミリアが」ウィッカムは呟いた。「あの子は敬虔な陽神の子だった。安息日ごとに聖堂に行って祈りを捧げているような娘だったのに」
「ここから最も近いところと言えば──あの聖堂ですか? ここに来るとき、我々も通りがかりました」
「いいや。彼女がよく行っていたのは、プロフィテイア聖堂だった」
「プロフィテイア、ですか?」ホラスは思わず聞き返していた。「なるほど、わかりました」
ちらりとマタルを見ると、思った通り、彼は今の一瞬の動揺を機敏に嗅ぎつけて、ホラスを観察していた。きっと、あとで問いただされるだろう。
「まずはそこからあたってみることにします」
ホラスは言い、エミリアの部屋を出た。
「エミリアの母親は、いま何を?」
「彼女は亡くなっている。ほんの一年前に、流行病で」
「そうですか。気の毒に」
二人は静かに聖印を切った。
「あの子は母親のことを深く愛していた。芝居好きも母親の影響なんだ。亡くなってしばらくは部屋に籠もりきりになったりしたものだよ。わたしとビアトリスで、どうにかして彼女を外に連れ出したりしてね。なんとか元気になってはくれたが……」
その努力も無駄だった、と言いたいのだろうか。ホラスはウィッカムの横顔を見つめたが、そこに答えはなかった。
ニコラスは公務に出たきりだったので、ウィッカムに暇を乞い、屋敷を後にすることにした。
厩番の少年にたっぷり甘やかされて上機嫌の馬たちを引き取り──マタルはちゃんと銅貨を支払った──黒獅子館を後にする。
屋敷の外に出て初めて、あの場所に充満していた、喉を締め付けるような重苦しさに気づいた。夏の風が吹き抜け、仕着せに染みこんだ嫌な汗が冷えてゆく。たとえ快晴とは言えない曇り空でも、だいぶ気分が持ち直す。
「娘の婚約者が、あれでいいのか?」屋敷が充分に遠ざかってから、マタルが言った。
「歳はずいぶんと上だな。子供もいるとなれば、品行方正というわけでもない」
「歳は気にならなかったけど」マタルはすかさず訂正した。「いかにも洒落者って格好だった。辛気くさい顔を作っていても、遊び人なのを隠そうともしてない」
「貴族なら、別段めずらしくもないだろう」
マタルは不服そうに鼻を鳴らした。「父親も気に入らないな。娘が消えたってのにおどおどして。ウィッカムの方がよっぽど堂々としてたぞ」
「姉のことを考えれば、醜聞に怯えるのも致し方ないんだろう。宮廷での仕事も、他のこともあるとなれば」
「そういうものか?」
マタルは不満げに呟いた。彼はしばらく黙り込んでいたが、ノルヴィルの村境を過ぎると、再び口を開いた。
「それで、プロフィテイア聖堂にどんな因縁があるんだ?」
思ったよりも早く追及の手が伸びてきたな。
ホラスは馬上で、息を深く吸い込んだ。
「俺が祭司になるまで修行していた聖堂だ」ホラスは言った。「審問官になるには、祭司以上の位階が必要だからな」
その言葉で、マタルも少し納得がいったらしい。「なるほど」
それ以上聞かれたくない雰囲気を感じ取ったのか、マタルはいきなり話題を変えた。
「なあ。あの護符、持ってるだろ」
「ああ」
ホラスは預かった護符を腰の小物入れから取り出した。四種類の植物の枝が、綺麗に編み合わされている。
「ラベンダーに、ヒソップ。これはパチョリか。それと……」
「ルーじゃないか」マタルが、背後から声を上げた。
「よくわかったな」
「おなじみの護符だ。腕のいい魔女が作ったものなら、効果の程は……悪くない」マタルは言った。「だが、それはどう見ても素人の仕事だ。俺にはエミリア本人が作ったんじゃないかって気がする」
「なんの呪いだ?」
「問題はそこだよ」マタルは言った。「彼女は……」
急に言葉が途切れたので、ホラスは振り向いた。
「マタル?」
彼は森を見ていた。普段は目に入れることさえ嫌がるはずなのに。視線を追って、木立の間の暗がりに目を凝らすと、下生えをガサガサと揺らすものの後ろ姿をチラリと捕らえた。
森に射貫くような眼差しを向けたまま、マタルが言った。「尾けられてた」
「顔を見たか?」
「いや。一瞬で見えなかった」マタルは首を振った。「気に入らないな」
「ああ」ホラスは言った。「用心しよう。一筋縄ではいかない気がしてきた」
それから二人は、再び王都を目指した。
市門にたどり着く頃には、日が暮れかかっていた。門の前には、市内に戻る人々が列を成していた。残り物を売り切ってしまおうと、物売りが列の傍で声を張り上げ、肩がぶつかった者同士が道ばたで喧嘩を始めようとしている。退屈しきった旅人に歌謡売りがすり寄り、売り物の歌の冒頭を朗々と披露していた。
この街は喧噪によって息をしている。ホラスはほっと息をついた。こんな騒々しさに心が安らぐとは、自分でも滑稽だと思うが。
二人は城壁を横目に、家へと続く道を辿った。
「さっきの護符のことだけど」隣に馬を寄せて、マタルが言った。
「ああ」
「あれは邪悪なものから身を守るための護符だ」マタルは声を落とした。「エミリア・ホーウッドは身の危険を感じていたらしい」
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