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1.種火
影たちは動き出す
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謎の発火があってから二日がたったが、ミコの親はそのことについて感づいている様子もなかった。とくに問いただされることもなく、ミコは週末を迎えた。
「あー、やばいやばい!」
ミコは慌てながら鏡の前で寝癖を直していた。彼女は今日、シノとアリサを誘い、遊びに行く約束をしていたのだ。目覚ましをかけていたにも関わらず、学校がないという油断から二度寝してしまい、待ち合わせの時間に完全遅刻が確定した状態で、詫びのLINEをシノとアリサに送りつつ支度をしているというのが、現在の状況。
家を飛び出し待ち合わせ場所にしていた駅の方へと急ぐ。シノはともかくアリサのほうは、まだ知り合ってから日が浅い。ここで遅刻とか、印象悪くしちゃうな、などと考えつつ、それでもできるだけ早く着こうとミコは走った。だが、その焦りが災いし、ミコは曲がり角から現れた女性にぶつかってしまった。鈍い音の衝突の後、二人とも地面に尻をついた。
「ごっ、ごめんなさい!」
と、とっさにミコが謝る。相手も尻をついたまま、「いえ、こちらこそ……」と申し訳なさそうに言う。
しっとりとした、ストレートの黒髪が肩にかかるくらいに伸びていた。白く、袖と裾にレース地のフリルがあしらわれたブラウスに、薄い水色で厚手のロングスカートを身にまとっている、おっとりとした感じの人だ。
「あの……お怪我ありませんか?」
と、その女性がたずねてくる。
「いえ、大丈夫です。ほんとうにすみませんでした!」
「いえいえ、私のほうも注意不足でしたし、そんなに謝らなくてかまいませんよ。お怪我ないようなら、よかったです」
と笑いながら女性が言う。優しい人でよかった、と思いながらミコは立ち上がり、自分のスカートを軽くはたいて砂を落とした。相手のほうも手をついて立ち上がろうとしたのだが、そこで少し、痛みに顔をしかめた。
「あ、あの、もしかして……」
と、心配になりながらミコが近寄る。
「どうも私のほうは、手をついたときに少しくじいちゃったみたいですね……」
「あ、え、えーっと、ほんとうにごめんなさい!救急車!救急車呼びますね!」
とミコが半ばパニックになりながら申し出ると、その女性はくじいていないほうの手で口を覆いながら、クスッと笑った。
「ふふ、落ち着いてください。たいした怪我ではありませんから。これくらいでしたら自宅に帰って処置すればすむことです。そう心配しないでください」
「えっと……なんというか、ありがとうございます!立てますか?」
と言って、ミコは女性のほうへ手を伸ばし、くじいたほうの腕をつかんで、立ち上がるのを手伝った。
「ありがとうございます。もうあとはひとりでなんとかできますから、大丈夫ですよ」
と笑いながら女性は言う。
そこでミコは、女性の目が自分の手袋のほうに向いているのに気づいた。しばしば起こることとはいえ、やはり見られていると少し気にしてしまう。そして女性のほうも、ミコが自分の視線に気づいたことを悟ったのか、慌てて目をそらした。
「ご、ごめんなさい……じろじろと見てしまって、失礼でしたね……」
「あ、いや、全然気にしてないし大丈夫ですよ!むしろ慣れっこというか!」
と、ミコは愛想笑いでもって応える。
「あ、というかお急ぎのようですし、こんなにお引き止めするべきではなかったですね。そろそろ失礼します。どうぞお気をつけて」
と笑いながら言って、女性は去っていった。
それから数時間後、ミコは友人たちとカラオケにいたのだが、シノやアリサが歌っているあいだ、なぜか今朝ぶつかった女性のことが気にかかって、なかなか選曲どころではなかった。
「おい、ミコー。ぼーっとしてないで、曲入れろよなー」
と、アリサが促す。
「あはは、ごめんごめん」
「ミコちゃん、何かあったの?こんなに考え事してるの珍しいよね」
「え、何それ!?わたしがふだんは何も考えてなさそうってこと?ひどいよシノー!」
そんなやりとりをかわしつつ、ミコはこのことについてこれ以上考えるのはやめようと決めた。自分の不注意で迷惑をかけたとはいえ、向こうが気にしなくていいと言ってくれたんだし、それに自分とは歳も離れてそうだから、きっとこれから先深く関わりあうこともないだろう。そう楽観的に決め込んで、カラオケを楽しもうと決めたのだ。
しかし、彼女との再会は早くも、それから二日後の月曜日に訪れた。それも、予期せぬ場所で。
「あら、おはようございます?あのぅ……私のこと覚えていらっしゃいますか?」
学校の廊下で前から歩いてきた生徒にそう声をかけられたとき、ミコは一瞬それが誰なのかまったく気づかなかった。わずかばかりの時をおいて、ミコがその顔を思い出す。
「あ、え、えっ!?もしかして一昨日ぶつかっちゃった……そ、その節はほんとにすみませんでした!!あと、気づかなくってごめんなさい!あの、大人びてたので、まさか中学生だなんておもわなくって……」
と、二度勢いよく頭を下げ、平謝りする。
「いえ、本当に大丈夫だったので、そう謝らないでください。ですがこんなところでお会いできるなんて……あ、なんだか私にとってはちょっと嬉しい偶然ですね。まだ二回しか顔を合わせてないのにこんなことを言うのも、なんというか変に思われるかもしれないんですけど……せっかくですし、お友達になっていただけませんか?」
彼女は少し頬を赤らめながら、照れくさそうにそう言った。
「え、ええ!もちろんです!わたしなんかでよければ!」
「ふふ、よかったです。あ、私、三年の戸吹と言います。戸吹ユナです」
「三年生だったんですね。わたしは萌木ミコって言います!よろしくお願いします、戸吹先輩!あ、じゃあわたし次の授業あるんで、そろそろ行きますね!あ、でもでも、ちゃちゃっと連絡先交換しときます?」
「ええ、よろしくお願いしますね」
三年生にしてもずいぶんと大人びた、高校生、あるいは大学生と言われても納得してしまいそうな感じの人だったなぁ、とミコは数学の授業中にも考えていた。それでいて、ちょっと自分との距離の詰め方の性急さには、違和感を抱かずにはいられなかった。とはいえ、けっして悪い人でもなさそうだ。
「だから、いわゆるコミュ障って人なのかなー、ってちょっと思っちゃったんだよねー。ほら、あんま友達いないのかなーって」
休み時間に入り、ここ数日のユナとの経緯をアリサとカノに語るミコ。
「コミュ障って、ミコりんはもうちょっとオブラートに包みなよ。三年生なんだろ、その人」
と、アリサが笑いながらミコの発言をたしなめる。
「それに、コミュ障ならここに正真正銘のがいるじゃんか」
と付け足しながら、カノのほうを見やる。意地の悪い笑みを浮かべつつ。
「なっ……俺はただ単純に本が好きなだけだし、話そうと思えば普通に話せる」
「どうだか。ウチら二人以外と話してるとこほとんど見たことないんだけどなー」
「にしても、その戸吹先輩って人も、なんでまたミコみたいなバカを友達に選んだんだろうな」
「おーい、カノくーん、ウチの質問を無視しないでもらえるかなー?」
「もー、バカってひどいなぁ、カノくんは。ふふふ、きっと運命ってやつ、感じたんだよ!なんかこう、文学少女って感じびんびんに出てたし!」
「運命ねえ……だとしたら戸吹先輩は今不幸の星に導かれてるってことだな」
「カノくん、それどういうつもり?ちょーっとひどいんじゃない?わたしもそろそろ怒っちゃうかもよー」
「おー、ミコりん、いったれいったれ!このムカつく読書バカにも、そろそろ世の中の厳しさってやつを叩き込んでやらなきゃだ!」
そんな雑談の最中、開いた教室の扉からユナがミコたちのほうを見やり、すぐに立ち去っていったことなど、誰も気づかなかった。
明朝、ミコが二階の自分の部屋から降りてゆくと、両親が何やら険しい面持ちで話していた。
「あら、ちょうどいいところに来た。ミコ、さっきニュースでやってたんだけどね、また一人、うちの市で女の子が行方不明になってるらしいの。しかも今度はあんたと同じ中学校の子らしくって……ちょっと偶然とは言えないし、やっぱりしばらくのあいだ送り迎えしようと思うのよ。シノちゃんのとこのご両親にも電話したんだけど、交代で送り迎えしようと思ってね」
「え、同じ中学の子が!?そっか……」
実際学校についてみると、校門で待ち構えていた先生が来る生徒みなに、体育館に集まるよう指示していた。そこで臨時の全校集会が開かれ、「ニュースなどですでに知っている人もいるかもしれませんが……」という前置きの後、二件相次いでおこった行方不明事件について話された。両方誘拐の可能性も考えられるということで、登下校の際や休日出かける際にはなるべく複数人で行動し、周囲に十分警戒するよう呼びかけられた。行方不明になった女の子のクラスのあたりはひじょうにざわついており、担任の先生が何度も静かにするよう注意していた。
「あー、やばいやばい!」
ミコは慌てながら鏡の前で寝癖を直していた。彼女は今日、シノとアリサを誘い、遊びに行く約束をしていたのだ。目覚ましをかけていたにも関わらず、学校がないという油断から二度寝してしまい、待ち合わせの時間に完全遅刻が確定した状態で、詫びのLINEをシノとアリサに送りつつ支度をしているというのが、現在の状況。
家を飛び出し待ち合わせ場所にしていた駅の方へと急ぐ。シノはともかくアリサのほうは、まだ知り合ってから日が浅い。ここで遅刻とか、印象悪くしちゃうな、などと考えつつ、それでもできるだけ早く着こうとミコは走った。だが、その焦りが災いし、ミコは曲がり角から現れた女性にぶつかってしまった。鈍い音の衝突の後、二人とも地面に尻をついた。
「ごっ、ごめんなさい!」
と、とっさにミコが謝る。相手も尻をついたまま、「いえ、こちらこそ……」と申し訳なさそうに言う。
しっとりとした、ストレートの黒髪が肩にかかるくらいに伸びていた。白く、袖と裾にレース地のフリルがあしらわれたブラウスに、薄い水色で厚手のロングスカートを身にまとっている、おっとりとした感じの人だ。
「あの……お怪我ありませんか?」
と、その女性がたずねてくる。
「いえ、大丈夫です。ほんとうにすみませんでした!」
「いえいえ、私のほうも注意不足でしたし、そんなに謝らなくてかまいませんよ。お怪我ないようなら、よかったです」
と笑いながら女性が言う。優しい人でよかった、と思いながらミコは立ち上がり、自分のスカートを軽くはたいて砂を落とした。相手のほうも手をついて立ち上がろうとしたのだが、そこで少し、痛みに顔をしかめた。
「あ、あの、もしかして……」
と、心配になりながらミコが近寄る。
「どうも私のほうは、手をついたときに少しくじいちゃったみたいですね……」
「あ、え、えーっと、ほんとうにごめんなさい!救急車!救急車呼びますね!」
とミコが半ばパニックになりながら申し出ると、その女性はくじいていないほうの手で口を覆いながら、クスッと笑った。
「ふふ、落ち着いてください。たいした怪我ではありませんから。これくらいでしたら自宅に帰って処置すればすむことです。そう心配しないでください」
「えっと……なんというか、ありがとうございます!立てますか?」
と言って、ミコは女性のほうへ手を伸ばし、くじいたほうの腕をつかんで、立ち上がるのを手伝った。
「ありがとうございます。もうあとはひとりでなんとかできますから、大丈夫ですよ」
と笑いながら女性は言う。
そこでミコは、女性の目が自分の手袋のほうに向いているのに気づいた。しばしば起こることとはいえ、やはり見られていると少し気にしてしまう。そして女性のほうも、ミコが自分の視線に気づいたことを悟ったのか、慌てて目をそらした。
「ご、ごめんなさい……じろじろと見てしまって、失礼でしたね……」
「あ、いや、全然気にしてないし大丈夫ですよ!むしろ慣れっこというか!」
と、ミコは愛想笑いでもって応える。
「あ、というかお急ぎのようですし、こんなにお引き止めするべきではなかったですね。そろそろ失礼します。どうぞお気をつけて」
と笑いながら言って、女性は去っていった。
それから数時間後、ミコは友人たちとカラオケにいたのだが、シノやアリサが歌っているあいだ、なぜか今朝ぶつかった女性のことが気にかかって、なかなか選曲どころではなかった。
「おい、ミコー。ぼーっとしてないで、曲入れろよなー」
と、アリサが促す。
「あはは、ごめんごめん」
「ミコちゃん、何かあったの?こんなに考え事してるの珍しいよね」
「え、何それ!?わたしがふだんは何も考えてなさそうってこと?ひどいよシノー!」
そんなやりとりをかわしつつ、ミコはこのことについてこれ以上考えるのはやめようと決めた。自分の不注意で迷惑をかけたとはいえ、向こうが気にしなくていいと言ってくれたんだし、それに自分とは歳も離れてそうだから、きっとこれから先深く関わりあうこともないだろう。そう楽観的に決め込んで、カラオケを楽しもうと決めたのだ。
しかし、彼女との再会は早くも、それから二日後の月曜日に訪れた。それも、予期せぬ場所で。
「あら、おはようございます?あのぅ……私のこと覚えていらっしゃいますか?」
学校の廊下で前から歩いてきた生徒にそう声をかけられたとき、ミコは一瞬それが誰なのかまったく気づかなかった。わずかばかりの時をおいて、ミコがその顔を思い出す。
「あ、え、えっ!?もしかして一昨日ぶつかっちゃった……そ、その節はほんとにすみませんでした!!あと、気づかなくってごめんなさい!あの、大人びてたので、まさか中学生だなんておもわなくって……」
と、二度勢いよく頭を下げ、平謝りする。
「いえ、本当に大丈夫だったので、そう謝らないでください。ですがこんなところでお会いできるなんて……あ、なんだか私にとってはちょっと嬉しい偶然ですね。まだ二回しか顔を合わせてないのにこんなことを言うのも、なんというか変に思われるかもしれないんですけど……せっかくですし、お友達になっていただけませんか?」
彼女は少し頬を赤らめながら、照れくさそうにそう言った。
「え、ええ!もちろんです!わたしなんかでよければ!」
「ふふ、よかったです。あ、私、三年の戸吹と言います。戸吹ユナです」
「三年生だったんですね。わたしは萌木ミコって言います!よろしくお願いします、戸吹先輩!あ、じゃあわたし次の授業あるんで、そろそろ行きますね!あ、でもでも、ちゃちゃっと連絡先交換しときます?」
「ええ、よろしくお願いしますね」
三年生にしてもずいぶんと大人びた、高校生、あるいは大学生と言われても納得してしまいそうな感じの人だったなぁ、とミコは数学の授業中にも考えていた。それでいて、ちょっと自分との距離の詰め方の性急さには、違和感を抱かずにはいられなかった。とはいえ、けっして悪い人でもなさそうだ。
「だから、いわゆるコミュ障って人なのかなー、ってちょっと思っちゃったんだよねー。ほら、あんま友達いないのかなーって」
休み時間に入り、ここ数日のユナとの経緯をアリサとカノに語るミコ。
「コミュ障って、ミコりんはもうちょっとオブラートに包みなよ。三年生なんだろ、その人」
と、アリサが笑いながらミコの発言をたしなめる。
「それに、コミュ障ならここに正真正銘のがいるじゃんか」
と付け足しながら、カノのほうを見やる。意地の悪い笑みを浮かべつつ。
「なっ……俺はただ単純に本が好きなだけだし、話そうと思えば普通に話せる」
「どうだか。ウチら二人以外と話してるとこほとんど見たことないんだけどなー」
「にしても、その戸吹先輩って人も、なんでまたミコみたいなバカを友達に選んだんだろうな」
「おーい、カノくーん、ウチの質問を無視しないでもらえるかなー?」
「もー、バカってひどいなぁ、カノくんは。ふふふ、きっと運命ってやつ、感じたんだよ!なんかこう、文学少女って感じびんびんに出てたし!」
「運命ねえ……だとしたら戸吹先輩は今不幸の星に導かれてるってことだな」
「カノくん、それどういうつもり?ちょーっとひどいんじゃない?わたしもそろそろ怒っちゃうかもよー」
「おー、ミコりん、いったれいったれ!このムカつく読書バカにも、そろそろ世の中の厳しさってやつを叩き込んでやらなきゃだ!」
そんな雑談の最中、開いた教室の扉からユナがミコたちのほうを見やり、すぐに立ち去っていったことなど、誰も気づかなかった。
明朝、ミコが二階の自分の部屋から降りてゆくと、両親が何やら険しい面持ちで話していた。
「あら、ちょうどいいところに来た。ミコ、さっきニュースでやってたんだけどね、また一人、うちの市で女の子が行方不明になってるらしいの。しかも今度はあんたと同じ中学校の子らしくって……ちょっと偶然とは言えないし、やっぱりしばらくのあいだ送り迎えしようと思うのよ。シノちゃんのとこのご両親にも電話したんだけど、交代で送り迎えしようと思ってね」
「え、同じ中学の子が!?そっか……」
実際学校についてみると、校門で待ち構えていた先生が来る生徒みなに、体育館に集まるよう指示していた。そこで臨時の全校集会が開かれ、「ニュースなどですでに知っている人もいるかもしれませんが……」という前置きの後、二件相次いでおこった行方不明事件について話された。両方誘拐の可能性も考えられるということで、登下校の際や休日出かける際にはなるべく複数人で行動し、周囲に十分警戒するよう呼びかけられた。行方不明になった女の子のクラスのあたりはひじょうにざわついており、担任の先生が何度も静かにするよう注意していた。
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