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1.種火

だれもわたしをみつけないで

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そのこどもは、昼寝をする妹の面倒を見るよう言いつけられている。寝息をたてる妹の横で漫画を読みながら、ふと妹の体のことについて考える。そのこどもにとって、自分以外の誰かの体は、不思議のかたまりだった。一緒に風呂に入るときに見る父の体、母の体、そして自分の体。どうしてこんなに違うんだろう、とそのこどもは思う。妹の服を脱がせてみる。上半身は自分とそんなに変わるところがないように見える。下半身には、自分や父についているものがなく、父や母に生えているものもなかった。そこには一筋の割れ目が走っていた。そっとその割れ目に指を沿わせてみる。そのこどもは、割れ目の一部に、より深みへと続く部分があることに気づく。その先には、なんだかわからないが恐ろしいものが待ち受けているような気がする。だが好奇心の方がまさり、指をさらに奥の方へと入れてゆく。その後ろで、いつの間に帰ってきたのか、母が立っている。母は何かを喚き散らしながら、そのこどもの襟首を掴み、妹から引き離し、両頬をぶつ。そのこどもには、わからない。どうして自分が叩かれているのか、どうして母が怒っているのか。
―――――――――――――――

「へぇ……アイリちゃんって言うんだ」

学生証をまじまじと眺めながら、男は言った。それから、美術品の鑑定でもするかのように、腰を抜かして怯えている、制服姿の少女のほうへ近づいて、じっくりと視線でもって舐めまわす。少女は後ずさろうとするが、すでに後ろには壁しかなく、無駄なあがきでしかなかった。部屋はピンクを基調とした壁紙やカーペットで覆われており、あちらこちらに絵本、少女漫画、ぬいぐるみや人形といった、雑多にも思える、しかし少女趣味の品が転がっていた。アイリが追い詰められているのと反対の壁際には、空っぽのベビーベッドが、そしてそこから少し離れた場所に、全裸の少女が涙を流しながら倒れていた。

「そんなに怖がらないでよ……その制服、よく似合ってるよ。とっても可愛い……あぁ、アイリちゃんみたいな子と、中学生のときに制服セックスしたかったなぁ。時間が巻き戻せないのが残念だなぁ。アイリちゃん、二年生なんだよね。もうヤったことあるの?」

アイリと呼ばれた少女は、しかし恐怖からか羞恥からか、何も答えなかった。

「ねぇ……セックスしたことあるかきいてるんだけど、わかんなかったかな?」

男は怒りを滲ませながら、少女の首に両手をかけ、軽く体重を乗せた。恐怖の表情が一層色濃く、アイリの顔に表れた。男が手を話すと少し咳き込み、必死に首に横に振り、それから消え入りそうな声で、「あ、ありません……」と答えた。

「そっかぁ、じゃあ処女なんだね! そこに転がってる子、あの子小学生のくせに、一回ヤってるらしくってさぁ……ちょっと萎えちゃったんだよね。ほんと最近の子どもはませてて困るよなぁ……ねぇ、アイリちゃんは嘘ついたりしてないよね? もしついてるなら、正直に言っといたほうがいいよぉ? きついお仕置きしなきゃいけなくなるからさぁ……」

アイリは「ついてないです、本当に……」と、涙を浮かべながら首を横に振った。

「夢みたいだ」と男は、21歳の河合レンは考えた。SNSで知り合った一人目の少女をホテルに連れ込んで、彼女とセックスしたまではよかった。自分の欲望を果たすことができたという満足感で一杯だった。あとは、彼女は自分の本名も知らないし、自分は遠方から来ているから、少女を送ってさっさと逃げ帰ればいいだけだと、そう思っていた。

彼女を車に乗せて、適当なところまで送る途中で、警察に呼び止められてしまった。おそらく一時不停止か何かだろう。そこに、援交相手の小学生を乗せているということで、レンは完全に気を動転させてしまったのだ。少女と適当に話を合わせて(少女のほうにしても援交がバレるのはできれば避けたいはずだ)歳の離れた兄妹か何かだと嘘でもついておけば、まだなんとかなったかもしれないものを、判断を誤りアクセルを踏んで逃げることを選んでしまったのだ。少女のほうはレンが半ば正気を失っているとわかると、車を止めるように要求したが、レンにしてみれば一度逃走し始めた以上、後に引けなくなっていた。もう、警察を振り切ることしか頭になかったのだ(もちろん、きっとナンバーなどが控えられる以上、それは彼のような素人には土台無理なことだったのだが)。凄まじいスピードでもって、パトカーのその場の追跡は振り切ったが、ハンドルの操作を誤ったために、車は猛スピードのまま電柱に突っ込んでいった。

「死ぬかもしれない」と思った。警察に見つかったその瞬間は、この世から消えてしまったほうがいっそ楽なのに、とも考えてしまったが、いざ死を目の前にして、その痛み、自分の全存在が無に帰してしまうことに想像を巡らせてみると、恐怖に襲われ、死を強く拒絶した。スローモーションで電柱が迫る。走馬灯が巡る。21年の、冴えない生涯の。そして、ひときわ鮮明な映像が目に映る。それは女性の陰部。誰の? たぶん、一時間ほど前に見たばかりの、少女の? いや、もっと忌々しい記憶と、自分がこれまでないものとして扱ってきた記憶と結びついた――次の瞬間、レンと少女は部屋の中にいた。

ここは、いわゆるあの世というやつなのだろうか? レンは霊的なものの存在など信じていなかった。だが、あの状況から一転、意識を保ったまま別な空間に移動しているという事態は、そんな非科学的な世界を前提しなければ考えられない。少女は、自分の置かれた状況を理解するより先に(きっと、レンが暴走し始めたときから、彼から逃れることだけを考えていたのだろう)、部屋についているたった一つの扉へ駆け寄り、それを開けて外に出ようと試みた。しかしドアは、びくとも動かない。ノブの下についている鍵をがちゃがちゃと回し、何度も試してみるもやはり開かない。

レンはまだ状況が飲み込めないでいた。しかし、何となく自分の欲するままに、少女の方へ歩み寄り、彼女の体をつかんだ。そこにはしっかりとした肉の感覚と、体温が感じられた。彼は少女を部屋の中央まで引き戻し、押し倒す。

「ちょっと! ねえ! やめて!! こんなときに! あんたもあたしも、こっから出なきゃダメでしょ!? ね? ほんと……ね、冗談でしょ?」

少女はだんだん涙声になりながら訴え、抵抗したが、レンは暴れる彼女を抑えつけ、何度か殴った。彼女が抵抗を諦め、おとなしくなったと見るや、彼女の服を強引に脱がし、前戯もなしに自身の男根をいきなり挿入した。

「ちょ、ま……ね、ゴム!ゴムはつけてよ!ねえ!」

涙を流しながら少女は叫んだが、レンはまったく応えることなく腰を動かした。それから何度も、少女のまだ幼い膣を、白濁で汚した。少女は途中から半ば意識が混濁したような状態で、まるでぼろ人形のように力なく、レンのピストンに合わせて揺さぶられていた。レンは、根拠のない全能感に満たされていた。この部屋でなら、何をしても許される。きっと誰にも見つからない。



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