だれにもわたしがわからない

しゅすか

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1.種火

影の罪、影の中の罪

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神経質な数日が過ぎた。あの火曜日の全校集会があった日の翌日、同じ中学の二年生が姿をくらました。もはや子どもたちの警戒だけに頼るわけにいかなかった。警官が近辺のパトロールを重点的に行い、また男性住民らによる自主的なパトロールも行われた。それでも、だ。それでも、さらにその翌日、今度は三年生の女子が消えた。生徒たちのあいだでは、怪談じみた話まで出回り始めた。大人たちも、自制して口に出すことこそなかれ、多くの人の脳裏には「神隠し」という言葉がよぎった。

「早く犯人、捕まるといいね……」
「うん……」

送迎の車内のなかのミコとシノの会話のトーンも、かなり暗いものになっていた。立て続けに同じ中学の生徒が姿を消している上、みな女子生徒なのだ。次に標的となるのは自分たちかもしれないという不安が、二人の胸を占めていた。

張り詰めた空気の中、授業を受け、家に帰る。ミコはこの日、シノの父親の車で家まで送ってもらった。家にはまだ自分以外誰もいない。母は今日は、夜までパートに入っているのだ。自室に入り、ベッドの上に仰向けになる。そわそわして何もする気になれない。と、そこに、携帯の着信音が鳴り響く。見てみると、アリサからのLINEだった。いわく「今日貸したノート持って帰ってない??」と。困り顔の絵文字が最後に二つ連なっている。急いで鞄の中を確認してみると、たしかにそこには、自分のものではないノートが入っていた。数学の時間、どうにもぼーっとしてしまって、写しきれなかった問題があったのだが、アリサのほうがノートに取っていたのでそれを借りたのだった(不良めいているように見えて、アリサは少なくとも勉学に関しては真面目だった)。

「『ごめん、持って帰ってた……宿題とかやるのに、ないと困るよね?』っと……」
返信はすぐに来た。

「うん、月曜の宿題もやんなくちゃいけないし」
それから、猫のキャラクターが頭を下げてお願いをしているスタンプ。

幸い、アリサの家の場所はわかっているし、そんなに離れてもいない。少し遅い時間帯だが、走って行けば大丈夫だろうと考えた。

「今から家まで持ってくね」

そうメッセージを送って、ミコは家を出た。空はすでに薄暗く、端が橙に染まっていた。不安な気持ちをごまかすように、ミコはアリサの家まで全力で走った。息を切らしながら、玄関のインターホンを押すと、しばらくして扉が開く。アリサが立っていた。

「おお、だいぶ走ってきたみたいだな。ウチが取りに行くから待っててってLINEしたんだけど……」
とアリサが笑いながら言う。

「え!? ほんと? ごめん、全然見てなかった……」

「帰りはウチが送ってくよ、ほら、今物騒だし。それにその息の切れよう、かなり怖がってるみたいだし」

「こ、怖がってなんかないよ! てか、わたしのこと送ったら今度はアリサが一人で帰ることになるし、ほんと大丈夫だから」

「まあまあ、それは気にしないで。ウチはほら、こんなナリだし、小中学生狙ってるようなロリコンは、まず目つけないだろうから。ミコりんはこう……制服着てなかったら完全小学生だし、ちょっと危ないよなーって……」

「なっ……否定できないけど」

そして結局、ノートを返した後、ミコはアリサと二人で家まで帰ることとなったのだ。一人ではないとなると、少しばかり気も楽になり、二人は談笑しながらゆっくりと歩いていった。

突然、ミコの体が彼女の横にある塀の方へグッと傾いた。ミコは、自分の置かれている状況がまったく理解できなかった。何かに躓いたとかではない。明らかに誰かに引っ張られている感じなのだ。いや、それどころか、実際に誰かに引っ張られている。壁から手が生え、それがミコの手首を掴んで引っ張っているのだ。まったく頭がはたらかず、抵抗する間もないままに、一気にミコは引っ張られた。そして本来であればぶつかるはずの壁を、彼女の手は、腕は、肩は、空気のようにすり抜けていく。

「ミコりん!?」
と叫んで、アリサがとっさにミコのもう一方の手を掴む。引き戻そうとしたのだろうが、そんな余裕すら与えられず、二人まとめて壁の中へ一気に引き込まれてしまった。

二人はそのまま引っ張られた方向に倒れ込んでしまった。しかしそこにあったのは、むき出しの地面でもアスファルトでもなく、カーペットの敷かれた床だった。

「あーあ、目当てじゃないのまで引っ張ってきちゃったよ」
そう、ミコとアリサの前に立つ男がぼやく。

「てめえ、何だよ!! だいたいここは……えっ!!?」
と、食ってかかったのはアリサだ。しかし、立ち上がって見た部屋の異様な光景に、言葉を失う。床には、二人の少女が裸で転がっていた。一人はもはや茫然自失という感じで、あらぬ方を見つめている。もう一人の少女は、嗚咽を漏らしながら、男の方を怯えた様子で伺っている。

「だからさ、君は目当てじゃないの!」
男はアリサに対して怒気をあらわに、声を張り上げた。

「やばい……逃げるぞ!」
そう言って、アリサは倒れたままのミコの手を再び掴み、半ば引きずるように、自分たちが引き込まれたところへ、扉へと向かう。そしてドアノブに手をかけて、押したり引いたりしてみるも、ドアはまったく動かない。

「あっはっは! やっぱそう考えるよね! でもごめんね……それ、僕以外開けられないんだ」
そう言いながら、男は二人のほうへ歩み寄る。

「で、君には用がないから、殺すわ」

男はポケットからナイフを取り出し、それでアリサを突き刺そうとする。とっさに、ミコがあらん限りの声で叫ぶ。

「やめてください!」

その声に驚いてか、男は手を止める。

「お願いです、その子、大事な友達なんです。わたしにできることなら、なんでも聞きますから、殺すのだけは……」

「はぁ……はぁ……僕好みの子に言われると、ふふふ……聞いてあげたくなっちゃうなぁ」
そう言いながらも、ナイフはしまわず、アリサの髪を掴んで部屋の中へと引っ張っていった。

「おい! 痛ェ! やめろ!」
そう叫びながら抵抗するアリサの目にも、もはや気の強さは見られない。

「アイリちゃん、アイリちゃん!」
そう、虚ろな目の少女に呼びかけるが、彼女は上の空で返事をしない。

「あー、もう壊れちゃってるかぁ……反応すらしないんじゃダメだな。結構好みだったのに」
ぶつくさ言いながら、もう一人の少女のほうに向き直る。

「リリちゃん、こいつが変なことしないように、抑えててくれるかな?」

そう呼ばれた少女は、弱々しい声で「はい……」と答えた。アリサは男に地面に組み伏せられ、そしてリリと呼ばれた少女が、「ごめんなさい……」と言いながらアリサの上に跨り、抑えつけた。

「さてと……まずはいらなくなったのを片さなきゃなぁ」
そう言いながら、男はアイリと呼ばれた少女のほうに歩み寄った。そして、持っていたナイフを彼女の首筋にあてがうと、一気に引ききった。アリサも、ミコも反応できない、一瞬の出来事だった。首筋から勢いよく血が吹き出した。虚ろだった少女の目から、完全に光が失われた。不思議なことに、吹き出した血は、男の服にも、床にも、壁にも、まったく痕を残さなかった。男は少女を引きずって、壁際にあるベビーベッドまで運んだ。そうして、少女の体をベッドの柵に沿って引きずり上げ、腰を支えてから柵の向こう側に彼女の全身を落とし込んだ。そもそも小さなベッドに彼女の体が収まりきるはずはないのだが、なぜか彼女の体は頭のほうからベッドへと、文字通り吸い込まれていった。つまり、ミコとアリサがこの部屋に引きずり込まれたときのように。

アイリの体は、どこかへ消えてしまった。アリサもミコも、その現実離れした光景から目を離すことができなかった。ミコは怯えた表情で、腰を抜かして動けなくなってしまっていた。そしてアリサを抑えているリリという少女も、おそらく初めてではないのだろう、驚愕の表情こそ浮かべないものの、恐怖を隠せないでいた。

「ふふ、驚かせちゃってごめんね。すごいでしょ、これ?」
そう言って、不気味な笑みを浮かべながら男はミコのほうに近づいてくる。

「彼女はね、どこでもないところに行ったんだ。ちょうど、この部屋みたいなね。この部屋は、この世の『どこでもない』。誰も勝手に入ってくることはできないし、出ていくこともできない。ただ僕だけが出入りできて、他人の出入りを許可することができる。この部屋で起こったことは、誰にもバレない……万が一バレたとしても、誰も僕を捕まえられやしない。言ってること……わかるかな?」

ミコは、へたり込んで震えるばかりで、答えを返すことができない。

「わかんないかぁ……つまりさ、もう君も、君の友達も、逃げられないってこと。もしかしたら、どうにか逃げようって考えてるのかもしれないけど、そんなのとうてい無理ってことだよ。君は、お友達が殺されるのを、身を賭して助けようとしたわけだけど、残念ながらそれは無駄だったね。むしろ……そのまま見殺しにしてあげたほうがよかったのかもしれないね」

「てめっ……どういうことだ!」
アリサがリリの下で身をよじりながら叫ぶ。

「この子が犯されるの、目の前で見てもらうんだよ。この子は、君を助けるためなら何されてもいいって言ったわけだからね。その友情の証を、とくと目の前で眺めてもらおうってわけ」

ミコは目に涙を浮かべ、弱々しく首を横に振る。

「おいおい、今さら約束破っちゃだめだよ。それとも、やっぱり君の友達は殺しちゃって、その死体の前でセックスする? あんまそういう猟奇趣味はないんだけどなぁ……」

「……り…ます……から」
吐息と区別できないほど小さな声で、ミコは言った。
「だから……アリサには何もしないでください」

「ふーん、あの友達はアリサっていうの? まあ、僕はあんなクソガキは嫌いだし興味ないんだけどね。いいよ、お友達には手出さないから、こっちにおいで」
男はミコの方に手を差し出した。ミコはそれに掴まる。

「おい! そんなこと……!!」
アリサは涙目になりながら叫ぶが、この異様な密室を脱出する術が思いつかないうえに、下手に男を挑発すると、ミコにまで危害が及びかねないため、それ以上何か言うこともできなかった。

ミコは操り人形のような足取りで、部屋の中央へ、アリサの目の前へと連れられてくる。アリサの目には、恐怖とも、屈辱とも、悔しさとも、怒りともつかない、あまりにも暗い感情による涙が満ちていた。

「ごめんな、ミコりん……ウチが不甲斐ないばっかりに」

「わたしこそ、間抜けだった……ごめん」
そう言うと同時に、ミコの目から涙がどっと溢れ出した。アリサを前にしてはじめて、恐怖よりも後悔の念が、そして罪悪感が押し寄せてきたのだ。もしあの時、親が帰ってくるのを待ってから車で送ってもらっていたら……いや、写し終わった後ちゃんとノートを返していたら、板書をちゃんと取ってノートを借りずに済んでいたら……。

「いやぁ、アリサを生かしといてよかったなぁ。これはかなり興奮しちゃうよ。んで君は? ミコりん? ミコって名前なの?」

「はい……」

「あぁ、もうそういう感じの涙たまんないよ。勃ってきちゃったし……ミコちゃん、しごいてよ」
そう語る男の股間は、ジーンズの上からでもわかるほど膨らんでいた。男はベルトを外し、ジーンズとパンツを下ろした。怒張したペニスが露出される。ミコは初めて見る勃起した男性器に怯え、泣くことしかできない。

「ミコちゃん、わかってるよね。これ、その小さな手でシコシコして、気持ちよくしてよ、ね? ああ、もしかしてまだわかんない? ふふ、ミコちゃんは他の子と違って純情でいいなぁ……とにかくさ、握ってよ」

「やめろ! もう、ウチのことなんてどうでもいいから、なんとか逃げろ、おい!」
とアリサが叫ぶも、その叫びもミコには何の意味もなさなかった。友人の命と自分の純潔を天秤にかけられるほど、冷酷にはなれなかった。目をつぶって、男の股間へ左手を伸ばした。せめて目の前にあるこの醜悪な物体を見ないで、男の言うことにしたがって、さっさとことをすませようと思った。さっさと済ませて、それから? それから自分たちは解放されるのか? いや、たぶん無理なんだろう。男がこの部屋から出してくれるはずがない。誰も彼の許可なしに出入りできないとはいえ、外界に証拠を遺すような真似はしないはずだ。きっと、自分たちよりも先にいた少女たちのように、(ミコにはまだ具体的に想像できなかったが)体を弄ばれ、そして壊れたらあのベビーベッドの中へと捨てられてしまうのだろう。

自分の人生が、こんなところで終わってしまうのだろうか? 何ということのない自分の不注意のせいで。まだろくに恋もしたことがないのに。目の前にいるこのあばた面の男に、親友の目の前で辱められ、得体の知れない空間へと消えていってしまうのだろうか。嫌だ。そんなのは嫌だ、嫌だ、嫌だ……でも、助かる術は見つからなかった。その無力感が、さらにミコの心の中の「嫌だ」を加速させた。

「おい! なに目つぶってやがる! それに何だよこの手袋! そんなに僕のを触るのが嫌だってのか!?」
男はそれまでの猫なで声から一変して、激昂し、片手でうつむいていたミコの頭を掴んで自分のほうへ向けさせるとともに、もう一方の手で伸ばされてきていたミコの手の手袋を外した。いまだに残る火傷の跡が、姿を見せた。だが、男がその火傷跡に気づくよりも早く、ミコが叫んだ。

「嫌だ!!」
それはついさっきまで彼女の心の中で渦巻いていた感情が、声という形に結晶したものだった。

ボゥ、という音。ミコは目を閉じていたから、それが何の音なのかわからなかった。

「な! おま、おい! やめろ! おい! うぁっ!!」
その男の叫びで、ミコは目を開けた。最初は手袋を外された自分の手に驚いているのかと思ったが、すぐに違うとわかった。男の下半身が燃え上がっていた。驚いて、後ずさる。

「おい! 何だよこれ! あ゛、熱い!」

アリサも、それを上から抑えるリリも、突然の出来事に言葉を失っていた。そしてミコは、先週の自分の部屋での出来事を思い出していた。火の気のないところからの、突然の出火。そして、二つの怪奇現象の奇妙な共通点。それは、自分が立ち会っていることだ。考えたくはないが、一つの答えがミコの頭に浮かび上がってきていた。そして、男の方も何かを感づいたらしい。

「お前か!? なあ、おい! 止めろ! 頼むから、なあ!! 外に出してやるから! 頼む!!! 止めてくれ!!」
男は叫びながらミコの方に近づこうとしたが、ミコはさらに怯え、壁際まで後ずさった。どうしてよいかわからなかった。火を止める方法など自分にはわからないし、何より、これが自分のせいだなどと考えたくはなかった。だから、必死に首を横に振った。火は消えるどころか、ますます激しく燃え上がり、男の体を包み込んだ。男は床に倒れこみ、転げ回った。最初は地獄の底から噴き出して来るような叫びを上げていたが、喉が焼けてしまったのか、すぐさま声は出なくなり、喉を掻きむしっていた。ミコはその光景から目を離すことができなかった。リリはすぐさまアリサから離れ、部屋の隅のほうに逃げて、男の方を見ないように背を向け、耳を塞いだ。自由になったアリサはミコのほうに駆け寄った。何も声をかけることはできず、男に背を向けてミコに抱きつき、震えていた。


どれくらいの時間が経ったのだろう。気がつくと、ミコとそれに抱きついていたアリサ、そして部屋の隅に逃げていたリリは、あの男の部屋に引き込まれた壁のところ、電柱の影にいた。日はすっかり暮れてしまっていた。三人ともあの時の格好のままで、ミコの足元にはさっき男に外された片方の手袋が落ちていた。アリサがすっと立ち上がり、全裸のままのリリのほうを向く。

「ごめん! できればウチらのことは話さないでくれ!」
そう言うとアリサはミコの手袋を拾い、ミコの手を掴み、ミコの家の方へ駆け出した。後ろから「えっ? 待って、ねえ!」と涙声で訴えかけられていたが、アリサは振り向かず走った。

「ミコりん、今日のことは、とりあえず大人から聞かれるまでウチらは黙っとこう。直接被害受けたあの子には悪いけど……まあ、大人らがパトロールしてるらしいから、すぐに保護されるんじゃないかな。なんか、あんな出来事きっと誰も信じてくれないし、ウチはできれば巻き込まれたくない。それに、ミコりんにも」
走りながらそう言うアリサに、ミコはただ涙目のまま頷いた。その返答は、先を走るアリサには伝わらなかったが。

家の前に着くと、アリサが遅くなったことの言い訳を適当に考えようかと提案してきた。スマホを見ると、時間は18時半を回ったところだった。母親はまだ帰って来ていないはずだ。ミコはその申し出を断り、アリサと別れ、玄関の鍵を開けて家に入った。電気はついておらず、真っ暗だった。やはり両親ともにまだ帰ってないらしい。二階にあがり、自分の部屋に入る。電気もつけずに、机の一番下の引き出しを開け、頭の焦げたクマのぬいぐるみを取り出す。カーテンが開いたままの窓の外からの光に照らされ、黒い瞳が妖しく輝いた。
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