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第一章 再び始まった戦争

第一話 新型機強奪事件

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 ドミニア帝国とエニシエト連邦、その2カ国での戦いはロンギヌス要塞での戦いで休戦となった。その休戦協定が結ばれている最中に、パイロットとして戦闘に参加していなかった少女は、長い金髪を揺らし軍病院の白い廊下を歩いていた。本当は今すぐにでも走り出したかったが、強い自制心で抑える。しかし彼女の心はとてもざわついており、生体モニタの音ですら鬱陶しかった。

「エミリア様。」

 その彼女の後ろを、彼女より少し年上の女性将校、エマソン・エチュート少佐が気を使いながら足早で追いかける。

「アルの、デグレア少尉の容態は?」

 エミリア・アークウィン少佐は女性将校に対して落ち着かない様子で尋ねる。

「少尉は現在手術中です。ただ、どれくらいかかるかは……。」
「アル……。」

 その声は悲痛にも似たものだった。軍人だからいつかはこうなるかもしれない、そんなことは分かっていた。
 だからと言ってこんなに早くこの時が来るとは彼女は思ってもいなかった。そしてそうならないために動いていたはずだった。
 そんなことを考えているうちに手術中と赤いランプがついた部屋の前に立つ。
現代の技術では基本的に簡単な手術はロボットが行い、複雑で難しい手術は人間が行うものだった。そして今彼女が立っている目の前にある手術室は後者だった。

「まだ終わっていないようですね。」

 エマソンの言葉に彼女は近くにあった椅子に座ると両手を組む。彼女自身敬虔な信徒などでは無かったが、この状況では祈る他に無かった。もし彼女がなにかすることが出来るのならば、その命を賭してでもなにかをしたのだろうが、それが出来ない。だからこそ、彼女は祈りをささげる。
 祈りを捧げ続ける。
 そうして彼女にとって数十日のように感じられた数十分が経過すると手術室のドアが開いた。

「先生!」

 エミリアが執刀を担当していた医師の元に向かう。

「エミリア様。アークウィン辺境伯の娘であるあなたがどうして……。」

 医師は少し驚いた顔をする。

「今そんなことはどうでもいいわ。それよりも彼の状態は!?」

 普段は物腰が柔らかく、相手への敬意を忘れないエミリアであったが、この時ばかりは鬼気迫る表情で医者に尋ねる。その迫力に押され、医者は少したじろぎながらも口を開く。

「手術は成功しました。」
「良かった。」

 その言葉にエミリアは安堵の表情になり、目尻に涙を浮かべる。一方でその医師の顔は暗かった。

「ただ頭部への外傷が酷く、場合によってはこれから悪化する可能性もあります。そのためこれから集中治療室に搬送して経過観察をした後に病室に入れます。少尉が覚醒し次第看護師から連絡を入れますので今日のところはお帰りください。」

 エミリアはその前に一目だけ彼の姿を見たいのであろうことを悟った医師はストレッチャーを彼女の前に少しだけ止めると再び搬送する指示を出した。

「アル……。」

 彼女は胸の前で両手を組むと不安そうに彼の移動を見守った。



 それから丁度一年の月日が過ぎ去った。
 帝国にある七つの辺境伯家、そのうちの一つであるアークウィン辺境伯の長女エミリア・アークウィンは外の風景をぼんやりと眺めていた。目の前には普段見慣れている風景に加え、かつての敵国だった連邦製の式典用キャスターがあちこちに駐機していた。
 今の帝国と連邦二国間の体制が正しいかどうかは彼女には分からなかったが、それでも今ある平和だけは出来る限り続いて欲しいと思う。

「こうして並べられている式典用の機体を見ると圧巻ですね。」

 エミリアはその声に金髪の髪を揺らして顔を上げる。

「そうね。こんな光景は数年前まではありえないものだったし。」
「前の大戦ってどんな感じだったのですか?」

 そう尋ねる目の前の黒髪の青年に一度だけ言葉を詰まらせる。

 (記憶は無いけど、記録は知ってるから気になるのね。)

 エミリアは前の戦いで記憶を失ってしまったアルバートの問いかけに

「端的に言ってしまえば最初は帝国が開発した機体が強奪されたことから始まったのよ。そのときに機体を強奪したのはアイン・ダール。現在のエニシエト連邦辺境伯エフゲニー・バラノフの養子となったアイン・バラノフね。そのせいで戦争が始まったのと同時に私たちの運命も大きく変わったのよ、アルバート。」

 エミリアは目の前の黒髪の青年を見てはっきりとそう言う。

「機体強奪のときにはじめて実戦でキャスターを操作したあなたはその腕を買われて親衛隊に入隊。そしてその戦争を通して敵のキャスターだけでなく、エースパイロットや実験機、専用機。そしてキャスターの原点であり最強と言われている天使シリーズを破壊したの。」
「天使シリーズ?」

 アルバートの問いかけにエミリアは深々と頷いた。

「さっきも言った通り初期のキャスターを現在の技術でリメイクした機体群の名称よ。元々初期に開発されたキャスターというのは現行のものよりもかなり出力が高かったの。一応聞いておくけどキャスターの基本原理は理解しているわよね?」
「はい。キャスター内部に搭載されているジェネレータからの電力を私たち魔術師が各エネルギーパスに対して適切なエネルギーを流すスイッチの役割をしています。」
「そう。そしてその電気回路は私たちが使いやすいように人間の神経とほぼ同じような構造をしているから、私たちはキャスターを自分の体を動かすようにして動かすことが出来るの。だけど初期のキャスターはその元となるジェネレータの出力がとても大きかったのよ。だからこそ私たち魔術師が制御しなければならないエネルギーの量も膨大になる。だけど、その制御できるエネルギーにも限界があるの。当時はそういうことは分からなかったらしいけど。だけど知っての通りその許容量を上回るエネルギーを使用すると、肉体的にも精神的にも負担は大きいの。現にキャスターのパイロットは段々疲弊していったそうよ。心も身体も。そして最終的には廃人のようになって若くして亡くなったと聞いているわ。」

 昔アルバートが学校で聞いた通りの説明をエミリアはしていた。そして彼は以前に聞いたときから疑問に思っていたことを口にした。

「ですが、現在の技術ならある程度低減できるんじゃないですか。」
「確かにその通りで、研究が進んだ現在では大分パイロットの負担も少なく使えるようになったわ。だけど今度は違う問題が発生したの。それがパイロットへの適性よ。大出力のジェネレータとそれを扱う操縦系が完成したのはいいものの、今度はその操縦系の使用にパイロットとしての適性が必要となったの。高い反射神経、動体視力、そして思考力。この三つを同時にこなすこと、それが必要となったの。しかもそのどれもが後天的に成長したものであるのと同時に先天的にもかなり高い能力が必要だった。」
「それだったら扱えるパイロットもかなり限られるのでは?」
「しかもジェネレータの種類毎に適性が異なるのよ。それが分かっていてなお連邦はスパイを送ってきた。その機体を操れるような。」

 ここがエミリアがずっと引っかかっている懸念点だった。

「つまり連邦もまだ初期シリーズとなる機体の開発を継続して行っているでしょうね。そして完成したら。」
「もう一度戦争が起きるかもしれないということですか。」
「そうよ。だからこそ今日は気を付けなさい。」

 そう確信を持ったエミリアの声にアルバートは頷いた。



 ドミニア帝国が有する基地の中でもトップクラスの防御力を誇るイルキア基地のキャスター格納庫では銃撃戦が起きていた。そこは今日の式典でお披露目をするはずの3機の新型が格納されている場所だった。僅か三人の少年兵に格納庫内にいた兵士たちは為す術もなく蹂躙されていく。

「クリア!」
「こっちもクリア!」

 二人の声にまだ十六にもなっていないリーダー格であったアドハム・ナセルは頷く。

「二人とも機体に乗り込め!」

 アドナムはそう大声を出すと一目散にハッチが空いているコックピットが空いている機体に飛び乗る。

「これが帝国の機体。コンソール類は与えられた情報通りのものか。」

 ハッチを閉めると同時に基地内にアラート音が鳴り響いた。周囲を確認すると一人の整備兵が非常ボタンの上で倒れていた。

「一匹殺し損ねたか。まぁ問題はない。システム起動。ご丁寧に弾薬まで用意してあるとは。機体名は、ブラギか。」

 機体のセットアップを確認すると通信回線を開く。

「二人とも機体の方はどうだ?」
『起動を確認。いつでもいけるぜ。』
『こっちも起動に成功したわ。』
「よし。ここからが本番だ。派手に成功させるとしよう。」

 アドハムはそう言うとブラギの右腕に持っていたエネルギーライフルを格納庫の壁に向けて撃つ。

「凄い。これが帝国の機体。出力が桁違いだ。」
『これなら作戦を成功させられそうだな。』
「あぁ。」

 三機は格納庫の空いた穴から当たり一面へ攻撃を始めた。



「今回はよろしく頼むよ。アークウィン大佐。」

 ドミニア帝国の皇帝カーバインの前でエミリア・アークウィンは最敬礼をする。アルバートとエマソンもそれに倣って最敬礼をする。

「勿体無きお言葉。私の命に換えてでも皇帝陛下の身の安全を保障いたします。」
「別にそこまで気を張らなくていい。」

 カーバインは優雅な仕草でそうプレッシャーにならないように言葉を重ねる。しかし人によってはこの言葉に対し不満を抱くものもいるのであろうが、エミリアはそれに対し人目を惹く仕事用の笑顔を張り付けたまま変えなかった。カーバインは彼女を満足そうに見ると今度はアルバートの方を向く。

「君がデグレア少佐か。君の噂はよく聞くよ。」
「ありがとうございます。」

 一方でアルバートは緊張のため、かなり張り詰めた表情をしていた。

「そんなに固くならなくていい。」

 そうは言うものの、彼の表情は1ミリも変わらない。カーバインはそれに対して少し笑ってしまう。だが、そのすぐ後にとても優しそうな目をして彼に語り掛ける。

「だが、君には期待しているよ。アレニスの息子だしかなりいいパイロットになると私は信じているよ。」

 そういってアルバートの肩をポンポンと叩くとカーバインは進路を変えた。

「こちらへどうぞ。」

 カーバインの護衛がそう言って式典会場へ連れていこうとした時だった。
基地内に耳をつんざくような大きなアラート音が響く。

「アラート? どこから!?」

 エミリアがその詳細を確認しようとした瞬間だった。
 基地内に大きな爆発音が響く。

『十三番ハンガーにて爆発を確認!』

 十三番ハンガーはこれから式典でお披露目をする新型機が入っているハンガーだった。

『同時に何者かの攻撃を受けている模様! 保安部隊は速やかに事態の収拾を行って下さい!』

 その声と同時にカーバインの周りを護衛が囲い込む。その表情は皆緊張のある面持ちだった。そしてエミリアも仕事用の笑顔を辞め、真面目な顔でこの場での対処を考える。

「避難シェルターはあっちの方です。エチュート少佐、案内を! 私はこれより事態の収拾にあたります。」
「分かりました。」

 エマソンはエミリアの言葉に頷くとすぐに護衛に道順を示す。エミリアもそれを確認すると格納庫の方へ走りだそうとした。

「気を付けていきなさい。」

 それを見てカーバインはアルバートとエミリアにはっきりと聞こえるように少し大きな声を出して言う。

「ありがとうございます!」

 カーバインの言葉に頷くとエミリアはアルバートとともに自身のキャスターに乗り込むべく格納庫に走り込む。
 格納庫内はオイルの臭いが充満していたが、そんなことを気にする余裕もなく、エミリアはパイロットスーツに着替えることなく既にコックピットが開いている自身の乗機の目の前に設置されているはしご車のような乗降用の自動スロープを使い乗り込む。

「システム起動。司令部、現在の状況を。」

 乗機であるキャスター、アレースが起動するまでの間に戦況を把握する。

『奪取された三機は現在基地内部で既に出ている式典用の機体と交戦しています。ただ戦況としてはかなり不利です。』
「敵の目標は帝国と連邦の上層部?」
『現状そこまでは確定は出来ませんが、その可能性が高いと思います。』

 オペレータと話をしている間に敵機となった元帝国の機体の位置を転送する。

「各部異常なし。デグレア少佐。」
『こちらも問題ありません。』
「了解。アレース、発進します。」

 エミリアはそういうと乗機である白色のアレースを格納庫から歩いて外に出すとメインスラスターを噴かし、上昇した。

「また戦争が始まるか。」

 エミリアはコックピットの中で下を向き一人そう呟く。

「だけど今度こそ。」

 そしてすぐにモニターに向き直るとそう決心を決める。
 今度の戦争こそアルバートが無事のまま終わらせると、彼女は最愛の人を護るため決意を固めた。
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