夜想兎

小作

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第10話 故郷

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「布夜? どうしたのそれ?」

 帰宅した布夜の着ていた服が、まるで漂白したみたいに色が落ちているのを見て里紗は言った。
 黒地の服はまだらに色が白くなっていた。おそらく少女の振戦を食らったせいだろう。
 無言で買い物袋を妹に手渡すと、中身を見ていぶかしげに里紗は言った。

「何でこんなの買ってきたの?」

 買い物袋の中に入っていた野菜はどれも萎びれていた。葱もほうれん草も黄色くなっていた。

「わけありのやつをもらったんだ」

 レシートに値段書いてあるじゃない。
 言葉に出かけたのを里紗は堪えた。


 ――布夜の気配が違う。


 そこには今までのような得体の知れない恐怖は感じなかった。
 恐怖は感じない、だけど。

 里紗は、そのまま部屋に閉じこもった兄の背中に、何かが終わりを告げたのを感じた。
 それは二人で何とか支え合ってきた、不可思議な距離感でもあり、里紗にとっての自分の役割でもあった。


 ――私がしっかりしなきゃ。


 ずっとそう思ってやってきた。

 しかし、布夜は一人でそれを葬り去った。


 扉が閉まる音が鳴った。
 もう二度と開かないんじゃないか――。

 置いて行かれる者の気持ちが、里紗はこのとき初めてわかったような気がした。



 布夜は部屋に入ると、棚のファイルから一枚の用紙を取り出した。


 “不可視の衝撃だった。あれは振戦で間違いないだろう”


 用紙の真ん中くらいに、それが短く書かれていた。
 誰かの日記のようにも見える。


「……振戦」


 独り言のようにそう言うと、今日の出来事を思い出した。


 布夜はこれまでに、学校でただ一度だけ、生徒たちの前で瑞陣を放ったことがあった。

 ある日、校門の前で、学校への登り坂の途中で来客の車のタイヤが側溝にはまってしまうという騒ぎが起きた。
 教師たちが何人かで押したり引いたりしていたが、それはびくともせず、後からやってきた体育の教師によってそれはあっさりと解決された。

 彼は大丈夫だ、と言って運転席に座りエンジンをかけ、前方の人だかりに離れるように言った。
 するとその直後に、車体の下からドン、という音が鳴り、車が五メートルほど押し出され、側溝からは抜け出せたが何故か辺りに急激に嫌な気配が広がった。

 灼体が爆発した音だった。

 その直後に、車から降りた体育教師に生徒の一人が掴みかかった。


 「うるっせぇんだよおおおおお!!!」


 突然、胸ぐらを掴んだ生徒に対して、まるで準備をしていたかのように教師はその生徒を地面に抑えつけた。
 辺りには座り込んで泣き出す生徒や、そのまま坂を下りて帰ってしまう生徒まで何人か見られた。

 布夜は悪魔の気配を感じ、生徒をその場で押さえつけている教師を右手で張り飛ばした。
 重い図体が宙に浮いた後、教師はそのまま気を失った。

 灼体の副作用から元に戻すには、その人間にショックを与えて戻すのが一番良いとされている。
 景色を急変させて生徒たちを驚かせた布夜はこのあと、生徒たちから化け物扱いされるようになってしまった。
 しかし、何故か布夜の瑞陣を受けた教師だけは布夜をかばった。
 布夜は咎められることはなかった。


 夜兎と一般の人間のあいだにはこれだけの差がある。彼らが一般人から理解を得ることは難しい。
 だから通常、夜兎は自分がそうであるということを明かさない。

 布夜がこのときに感じたのは言葉には尽くし難いほどの孤独感だった。

 ――誰にもわからない。



 気がつくと台所の方で夕飯の支度をしている音が聞こえてきた。
 里紗が心配している。何か言ってやらなくては。

 そのとき、椅子にかけた服の上着が何となく目に映った。
 まだらに色が薄まっている。
 まるで雪を降らせたみたいな模様に見えた。

 左手には、まだあのときの感触が残っている。何の妨げもない女の子の体の感触だった。


 手加減はしなかった。

 いやな気分になった。


  “うさぎは、寂しいとしんじゃうから”


 遠くでまた、あの声が聞こえたような気がした。
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