悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
48 / 384
1、贖罪のスピネル

45、わたくし、あなたに雇い主を裏切ってほしいのだけど

しおりを挟む
 真実は、見えた。

「こ、これは? 殿下は、陛下は。この呪術師に、互いが罪を犯したとなすりつけられていたのですか? そして、それを信じてしまった?」
 ミランダが震える声で口を覆っている。
 シューエンも声を重ねる。
「えっ、青王陛下が燃えちゃいましたが!? なんか、あやしい奴が陛下になってましたが!?」
 
(お父様)
 どくん、どくんと胸で鼓動が騒ぐ。
 父は、殺されていた。
(いつから? わたくし、わたくし……、わからない)
 
 父との記憶が頭に蘇る。幾つも。幾つも。
 燃やされた父は、入れ替わったときの青王は、今とそう変わらない姿に見えた。でもフィロシュネーは知っている。父青王は、不老症だ。フィロシュネーが生まれたときから、外見年齢の変化がないと聞いている。
 
 フィロシュネーは動揺を抑えつつ、青王に雇われている傭兵、『黒の英雄』を見た。
 サイラスの黒い瞳は鋭く冷たい光を放ち、呪術師を見つめていた。

「サイラス。あなたは青王に雇われているのよね」
 声をかけると、サイラスはぴくりと肩を揺らした。

 フィロシュネーは座っている彼のすぐ隣まで移動した。視線が自分を追いかけてくることに、心地よさを感じながら。
(わたくしは王族であり、雇い主の娘であり、護衛対象。なら、わたくしが迷える子羊ちゃんなサイラスに『この後どうすればいいか』を毅然とした態度で示してあげるのがよいでしょう)
「わたくし、あなたに雇い主を裏切ってほしいのだけど、お願いできるかしら?」

 傭兵はしばしば「金で動く」と表現される。彼らは自分たちの生計を立てるために戦争や戦闘に参加し、金銭的報酬に大きな価値を置くことが一般的だ。そのため、彼らが裏切る可能性がある状況はいくつかある。

 まず、傭兵は雇用条件に不満がある場合には裏切ることがある。例えば、報酬が支払われない、約束された待遇や装備が与えられない、または任務が危険すぎると感じた場合など。また、他の雇用主からより高い報酬を提示された場合には、忠誠心が揺らぐこともある。
 
 室内に流れていた奇跡の映像が途絶えて、現実の時間だけが過ぎていく。ミランダとシューエンが緊張した眼差しで見守る中、サイラスは頷いた。

「ありがとう。わたくし、たくさんの褒賞を与えます。約束しますわ」   
 フィロシュネーは、じっとサイラスを見つめた。

「あなたの無礼を許します。過去の罪も許します。お金をあげます。地位をあげます。家名もあげる……お兄様におねだりをして、国で一番偉い騎士にしてあげてもいい」
 それから、それから?
「あなたのための騎士団をつくって騎士団長にしてあげる。真っ青の綺麗なマントに青玉の耳飾り、サークレットに指輪……お揃いの装飾品って素敵ね……綺麗な衣装を着せて、着せ替えをして格好良くしてあげる。剣の柄を飾るのは、わたくしが贈った刺しゅう入りのリボン……」
「俺を着せ替え人形になさりたいのですか、姫?」

 いけない。途中から願望が混ざったわ。
 フィロシュネーは慌てて首を振った。
 
「それに、それに……わ、……わたくしともう一度婚約させてあげてもよくってよ」

 なんといっても、わたくしたちは実は前世で恋仲だったのです。
 あなたはご存じないけれど。わたくしだけの秘密ですけれど!
 なかなか運命的で、ロマンチックで、恋愛物語みたいじゃなくて?
 
「姫くらいのお年頃の娘さんは、そういうのがお好きですね」
「あら、わたくし口に出していました? やだ……」
「俺の妹もよく、白馬に乗った王子様と夢の中で出会ったとか語っていました」

 サイラスは「妹のためにその王子様を探そうとしたが見つからなかった」と呟いて思い出に浸っている。
 恥ずかしい。
 フィロシュネーが上気する頬をおさえて恥じらっていると、シューエンが悲鳴をあげた。

「フィロシュネー殿下! ご自分を安売りなさってはいけません! そのような馬の骨に軽々しく婚約など、やだやだでございます」
「やだやだって。軽々しくですって? わたくし、軽い気持ちではなく真剣です」
 
 フィロシュネーはむすっとした。

「馬の骨は、フィロシュネー殿下より十四歳も歳が離れているのでございますよ! 今は格好良くても、すぐおじいちゃんになってしまいますう! 傭兵仕事に明け暮れていた男など、あっという間に体にガタがきてフィロシュネー殿下をおひとりにしてしまいますぅ!」
「な、な、なんてことをっ」

 本人を目の前にして、なんてことを言うの。わたくしもちょっと年齢差は気にしていたのにっ。
 フィロシュネーはショックを受けて、サイラスを抱きしめた。

「かわいそう! なんてことを言うのシューエン。今の発言は、だめよ。わたくし、そういうことを言うのは許さないわ。二度と言わないで。絶対。絶対よ」
 
 サイラスは、置物のように大人しかった。
 思考を止めたような無表情で、何も聞いてませんといった顔だ。

 真っ黒の髪は、撫でてみるとなかなか触り心地がいい。
 ぎゅうっと抱きしめて髪を撫でると、自分のものという感覚が湧いてくる。フィロシュネーはぬいぐるみを愛でるような慈愛の眼差しを注いだ。
 
 この男は、わたくしのものなの。
 わたくしがいい子いい子して、可愛がるの。
 
「それも口に出ています」 
「大丈夫よ、サイラス。あなたが体を壊したり老いて働けなくなっても介護してあげる。長生きできるよう、労わるわ。あなたが亡くなったらいっぱい泣いて悲しんであげる……後追いして一緒のお墓に入ってあげても構わないの」
「姫、陶酔なさってますね」

 返ってくる声は微妙に呆れた温度感だ。
 わたくし、とっても素晴らしいことを言っているのに。響かないの?
 
「わたくし、わたくし……あなたを看取る覚悟ができておりますわ」
「姫の愛読書には、そういう本もあるのでしょうね」
「今度貸してあげる……」 

 フィロシュネーの本棚には、そういう本もあった。
 余命わずかの令嬢だったり、寿命が異なる異種族恋愛だったりするのだ。

「愛し合う二人って、ハッピーエンドだけじゃないのよ。だから尊いの。わかる?」
「休憩しましょうか? 姫?」
「特に、冷遇していたヒーローがヒロインの死後に後悔して泣いちゃうお話がね、『おれがわるかった』っていう心情にね、わたくしはハンカチを握りしめて『そうよそうよおばかさん』って思って」
「休憩しましょう」
 
 褒賞はともあれ、サイラスは協力してくれるようだった。

「劇をご覧になられたでしょう? あれは創り話ですが、一部は真実でもあります。俺はあの紅国で確かにあの呪術師を以前、取り逃がしたのです」
  
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

手放したのは、貴方の方です

空月そらら
恋愛
侯爵令嬢アリアナは、第一王子に尽くすも「地味で華がない」と一方的に婚約破棄される。 侮辱と共に隣国の"冷徹公爵"ライオネルへの嫁入りを嘲笑されるが、その公爵本人から才能を見込まれ、本当に縁談が舞い込む。 隣国で、それまで隠してきた類稀なる才能を開花させ、ライオネルからの敬意と不器用な愛を受け、輝き始めるアリアナ。 一方、彼女という宝を手放したことに気づかず、国を傾かせ始めた元婚約者の王子。 彼がその重大な過ちに気づき後悔した時には、もう遅かった。 手放したのは、貴方の方です――アリアナは過去を振り切り、隣国で確かな幸せを掴んでいた。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...