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1、贖罪のスピネル
45、わたくし、あなたに雇い主を裏切ってほしいのだけど
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真実は、見えた。
「こ、これは? 殿下は、陛下は。この呪術師に、互いが罪を犯したとなすりつけられていたのですか? そして、それを信じてしまった?」
ミランダが震える声で口を覆っている。
シューエンも声を重ねる。
「えっ、青王陛下が燃えちゃいましたが!? なんか、あやしい奴が陛下になってましたが!?」
(お父様)
どくん、どくんと胸で鼓動が騒ぐ。
父は、殺されていた。
(いつから? わたくし、わたくし……、わからない)
父との記憶が頭に蘇る。幾つも。幾つも。
燃やされた父は、入れ替わったときの青王は、今とそう変わらない姿に見えた。でもフィロシュネーは知っている。父青王は、不老症だ。フィロシュネーが生まれたときから、外見年齢の変化がないと聞いている。
フィロシュネーは動揺を抑えつつ、青王に雇われている傭兵、『黒の英雄』を見た。
サイラスの黒い瞳は鋭く冷たい光を放ち、呪術師を見つめていた。
「サイラス。あなたは青王に雇われているのよね」
声をかけると、サイラスはぴくりと肩を揺らした。
フィロシュネーは座っている彼のすぐ隣まで移動した。視線が自分を追いかけてくることに、心地よさを感じながら。
(わたくしは王族であり、雇い主の娘であり、護衛対象。なら、わたくしが迷える子羊ちゃんなサイラスに『この後どうすればいいか』を毅然とした態度で示してあげるのがよいでしょう)
「わたくし、あなたに雇い主を裏切ってほしいのだけど、お願いできるかしら?」
傭兵はしばしば「金で動く」と表現される。彼らは自分たちの生計を立てるために戦争や戦闘に参加し、金銭的報酬に大きな価値を置くことが一般的だ。そのため、彼らが裏切る可能性がある状況はいくつかある。
まず、傭兵は雇用条件に不満がある場合には裏切ることがある。例えば、報酬が支払われない、約束された待遇や装備が与えられない、または任務が危険すぎると感じた場合など。また、他の雇用主からより高い報酬を提示された場合には、忠誠心が揺らぐこともある。
室内に流れていた奇跡の映像が途絶えて、現実の時間だけが過ぎていく。ミランダとシューエンが緊張した眼差しで見守る中、サイラスは頷いた。
「ありがとう。わたくし、たくさんの褒賞を与えます。約束しますわ」
フィロシュネーは、じっとサイラスを見つめた。
「あなたの無礼を許します。過去の罪も許します。お金をあげます。地位をあげます。家名もあげる……お兄様におねだりをして、国で一番偉い騎士にしてあげてもいい」
それから、それから?
「あなたのための騎士団をつくって騎士団長にしてあげる。真っ青の綺麗なマントに青玉の耳飾り、サークレットに指輪……お揃いの装飾品って素敵ね……綺麗な衣装を着せて、着せ替えをして格好良くしてあげる。剣の柄を飾るのは、わたくしが贈った刺しゅう入りのリボン……」
「俺を着せ替え人形になさりたいのですか、姫?」
いけない。途中から願望が混ざったわ。
フィロシュネーは慌てて首を振った。
「それに、それに……わ、……わたくしともう一度婚約させてあげてもよくってよ」
なんといっても、わたくしたちは実は前世で恋仲だったのです。
あなたはご存じないけれど。わたくしだけの秘密ですけれど!
なかなか運命的で、ロマンチックで、恋愛物語みたいじゃなくて?
「姫くらいのお年頃の娘さんは、そういうのがお好きですね」
「あら、わたくし口に出していました? やだ……」
「俺の妹もよく、白馬に乗った王子様と夢の中で出会ったとか語っていました」
サイラスは「妹のためにその王子様を探そうとしたが見つからなかった」と呟いて思い出に浸っている。
恥ずかしい。
フィロシュネーが上気する頬をおさえて恥じらっていると、シューエンが悲鳴をあげた。
「フィロシュネー殿下! ご自分を安売りなさってはいけません! そのような馬の骨に軽々しく婚約など、やだやだでございます」
「やだやだって。軽々しくですって? わたくし、軽い気持ちではなく真剣です」
フィロシュネーはむすっとした。
「馬の骨は、フィロシュネー殿下より十四歳も歳が離れているのでございますよ! 今は格好良くても、すぐおじいちゃんになってしまいますう! 傭兵仕事に明け暮れていた男など、あっという間に体にガタがきてフィロシュネー殿下をおひとりにしてしまいますぅ!」
「な、な、なんてことをっ」
本人を目の前にして、なんてことを言うの。わたくしもちょっと年齢差は気にしていたのにっ。
フィロシュネーはショックを受けて、サイラスを抱きしめた。
「かわいそう! なんてことを言うのシューエン。今の発言は、だめよ。わたくし、そういうことを言うのは許さないわ。二度と言わないで。絶対。絶対よ」
サイラスは、置物のように大人しかった。
思考を止めたような無表情で、何も聞いてませんといった顔だ。
真っ黒の髪は、撫でてみるとなかなか触り心地がいい。
ぎゅうっと抱きしめて髪を撫でると、自分のものという感覚が湧いてくる。フィロシュネーはぬいぐるみを愛でるような慈愛の眼差しを注いだ。
この男は、わたくしのものなの。
わたくしがいい子いい子して、可愛がるの。
「それも口に出ています」
「大丈夫よ、サイラス。あなたが体を壊したり老いて働けなくなっても介護してあげる。長生きできるよう、労わるわ。あなたが亡くなったらいっぱい泣いて悲しんであげる……後追いして一緒のお墓に入ってあげても構わないの」
「姫、陶酔なさってますね」
返ってくる声は微妙に呆れた温度感だ。
わたくし、とっても素晴らしいことを言っているのに。響かないの?
「わたくし、わたくし……あなたを看取る覚悟ができておりますわ」
「姫の愛読書には、そういう本もあるのでしょうね」
「今度貸してあげる……」
フィロシュネーの本棚には、そういう本もあった。
余命わずかの令嬢だったり、寿命が異なる異種族恋愛だったりするのだ。
「愛し合う二人って、ハッピーエンドだけじゃないのよ。だから尊いの。わかる?」
「休憩しましょうか? 姫?」
「特に、冷遇していたヒーローがヒロインの死後に後悔して泣いちゃうお話がね、『おれがわるかった』っていう心情にね、わたくしはハンカチを握りしめて『そうよそうよおばかさん』って思って」
「休憩しましょう」
褒賞はともあれ、サイラスは協力してくれるようだった。
「劇をご覧になられたでしょう? あれは創り話ですが、一部は真実でもあります。俺はあの紅国で確かにあの呪術師を以前、取り逃がしたのです」
「こ、これは? 殿下は、陛下は。この呪術師に、互いが罪を犯したとなすりつけられていたのですか? そして、それを信じてしまった?」
ミランダが震える声で口を覆っている。
シューエンも声を重ねる。
「えっ、青王陛下が燃えちゃいましたが!? なんか、あやしい奴が陛下になってましたが!?」
(お父様)
どくん、どくんと胸で鼓動が騒ぐ。
父は、殺されていた。
(いつから? わたくし、わたくし……、わからない)
父との記憶が頭に蘇る。幾つも。幾つも。
燃やされた父は、入れ替わったときの青王は、今とそう変わらない姿に見えた。でもフィロシュネーは知っている。父青王は、不老症だ。フィロシュネーが生まれたときから、外見年齢の変化がないと聞いている。
フィロシュネーは動揺を抑えつつ、青王に雇われている傭兵、『黒の英雄』を見た。
サイラスの黒い瞳は鋭く冷たい光を放ち、呪術師を見つめていた。
「サイラス。あなたは青王に雇われているのよね」
声をかけると、サイラスはぴくりと肩を揺らした。
フィロシュネーは座っている彼のすぐ隣まで移動した。視線が自分を追いかけてくることに、心地よさを感じながら。
(わたくしは王族であり、雇い主の娘であり、護衛対象。なら、わたくしが迷える子羊ちゃんなサイラスに『この後どうすればいいか』を毅然とした態度で示してあげるのがよいでしょう)
「わたくし、あなたに雇い主を裏切ってほしいのだけど、お願いできるかしら?」
傭兵はしばしば「金で動く」と表現される。彼らは自分たちの生計を立てるために戦争や戦闘に参加し、金銭的報酬に大きな価値を置くことが一般的だ。そのため、彼らが裏切る可能性がある状況はいくつかある。
まず、傭兵は雇用条件に不満がある場合には裏切ることがある。例えば、報酬が支払われない、約束された待遇や装備が与えられない、または任務が危険すぎると感じた場合など。また、他の雇用主からより高い報酬を提示された場合には、忠誠心が揺らぐこともある。
室内に流れていた奇跡の映像が途絶えて、現実の時間だけが過ぎていく。ミランダとシューエンが緊張した眼差しで見守る中、サイラスは頷いた。
「ありがとう。わたくし、たくさんの褒賞を与えます。約束しますわ」
フィロシュネーは、じっとサイラスを見つめた。
「あなたの無礼を許します。過去の罪も許します。お金をあげます。地位をあげます。家名もあげる……お兄様におねだりをして、国で一番偉い騎士にしてあげてもいい」
それから、それから?
「あなたのための騎士団をつくって騎士団長にしてあげる。真っ青の綺麗なマントに青玉の耳飾り、サークレットに指輪……お揃いの装飾品って素敵ね……綺麗な衣装を着せて、着せ替えをして格好良くしてあげる。剣の柄を飾るのは、わたくしが贈った刺しゅう入りのリボン……」
「俺を着せ替え人形になさりたいのですか、姫?」
いけない。途中から願望が混ざったわ。
フィロシュネーは慌てて首を振った。
「それに、それに……わ、……わたくしともう一度婚約させてあげてもよくってよ」
なんといっても、わたくしたちは実は前世で恋仲だったのです。
あなたはご存じないけれど。わたくしだけの秘密ですけれど!
なかなか運命的で、ロマンチックで、恋愛物語みたいじゃなくて?
「姫くらいのお年頃の娘さんは、そういうのがお好きですね」
「あら、わたくし口に出していました? やだ……」
「俺の妹もよく、白馬に乗った王子様と夢の中で出会ったとか語っていました」
サイラスは「妹のためにその王子様を探そうとしたが見つからなかった」と呟いて思い出に浸っている。
恥ずかしい。
フィロシュネーが上気する頬をおさえて恥じらっていると、シューエンが悲鳴をあげた。
「フィロシュネー殿下! ご自分を安売りなさってはいけません! そのような馬の骨に軽々しく婚約など、やだやだでございます」
「やだやだって。軽々しくですって? わたくし、軽い気持ちではなく真剣です」
フィロシュネーはむすっとした。
「馬の骨は、フィロシュネー殿下より十四歳も歳が離れているのでございますよ! 今は格好良くても、すぐおじいちゃんになってしまいますう! 傭兵仕事に明け暮れていた男など、あっという間に体にガタがきてフィロシュネー殿下をおひとりにしてしまいますぅ!」
「な、な、なんてことをっ」
本人を目の前にして、なんてことを言うの。わたくしもちょっと年齢差は気にしていたのにっ。
フィロシュネーはショックを受けて、サイラスを抱きしめた。
「かわいそう! なんてことを言うのシューエン。今の発言は、だめよ。わたくし、そういうことを言うのは許さないわ。二度と言わないで。絶対。絶対よ」
サイラスは、置物のように大人しかった。
思考を止めたような無表情で、何も聞いてませんといった顔だ。
真っ黒の髪は、撫でてみるとなかなか触り心地がいい。
ぎゅうっと抱きしめて髪を撫でると、自分のものという感覚が湧いてくる。フィロシュネーはぬいぐるみを愛でるような慈愛の眼差しを注いだ。
この男は、わたくしのものなの。
わたくしがいい子いい子して、可愛がるの。
「それも口に出ています」
「大丈夫よ、サイラス。あなたが体を壊したり老いて働けなくなっても介護してあげる。長生きできるよう、労わるわ。あなたが亡くなったらいっぱい泣いて悲しんであげる……後追いして一緒のお墓に入ってあげても構わないの」
「姫、陶酔なさってますね」
返ってくる声は微妙に呆れた温度感だ。
わたくし、とっても素晴らしいことを言っているのに。響かないの?
「わたくし、わたくし……あなたを看取る覚悟ができておりますわ」
「姫の愛読書には、そういう本もあるのでしょうね」
「今度貸してあげる……」
フィロシュネーの本棚には、そういう本もあった。
余命わずかの令嬢だったり、寿命が異なる異種族恋愛だったりするのだ。
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「休憩しましょうか? 姫?」
「特に、冷遇していたヒーローがヒロインの死後に後悔して泣いちゃうお話がね、『おれがわるかった』っていう心情にね、わたくしはハンカチを握りしめて『そうよそうよおばかさん』って思って」
「休憩しましょう」
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