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2、協奏のキャストライト

72、アインベルグ家が新青王と脳筋バトルをした話

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 後日、青国にはひとつの事件が起きた。
 アインベルグ侯爵家が、新青王アーサーと揉めたのである。
 
「ふんっ! ふんっ!」
 アインベルグ侯爵家の庭先に暑苦しくむさくるしい声がいくつも響く。
 
 アインベルグ侯爵家は、由緒正しき武門の名家だ。
 そんな名家の広大な敷地内にある庭先で、当主とその令息たちがスクワットをしながら家族会議を開いていた。
 なぜ庭先かというと、屋敷の中で集まっていたらむさ苦しい、外でやれ、という侯爵夫人からの拒絶があったからなのだが。

「お前たちのアドバイスのせいで、シューエン坊が婚約者候補の資格をはく奪されたのだぞ」
 ヘルマン・アインベルグ侯爵騎士団長は令息たちを叱責しながら、自身も「ふんっ! ふんっ!」とスクワットをしている。スクワットは罰ではない。話す間の時間も無駄にすることなく体を鍛えようという筋肉系アインベルグ侯爵家男子の心意気なのである。

「思えばシューエン坊は、女児に恵まれない妻が『もうこの子を女の子だと思って育てましょう』などと言ったせいで幼少期は女装などをさせられていて、そりゃもう可愛かったが、なよなよしくて将来を心配していたのだ」
 
 話す間も「ふんっ! ふんっ!」という雄々しい鼻息だか掛け声だかが混ざっている。
 応える令息たちは、「本物の妹みたいだった」だの「可愛い妹ほしいな」だの好き勝手言っている。
「七男という立場もあって、ひとりぐらい女装していてもいいか、くらいに思っていたよな」
「母上も嬉しそうだったしな」
 
 そんな扱いの影響か、物心ついてからシューエン坊は、覇気のない子供だった。
 体も兄たちと比べれば未成熟で、発育速度も遅め。
 内向的でおとなしく、武術にはあまり関心がない。向上心や負けん気が皆無。
 競争しようぜと言った瞬間に敗北宣言をするような、そんな子供がシューエン坊だった。
 例えるなら、獅子の一家に一匹だけ可愛い猫がいるような。
 
 だが。
 
「皆、思い出せッ、俺たちのシューエン坊が男として目覚めた日のことを!」
 長男が熱苦しく叫ぶのを耳にして、全員が思い出す。

 ああ、母侯爵夫人の着せ替え人形となっていた、可愛らしくも将来が不安な弟シューエン坊が!
 ドレスとリボンとお人形を手にお絵描きなどをしていて、武門の家の男児のくせに鍛錬嫌いだった、あのシューエン坊が!
 偶然、父が持ってきた王女の姿絵に釘付けになって、呟いたのだ。『可愛い』と。
 恐らくあの時、恋をしたのだ。全員がその瞬間、顔を見合わせた。

 おい、大変だ。
 俺たちの弟が、なんと初恋をしたらしい! ……と。

『僕、お姫様じゃない。お姫様は、この子だ』
 母にはっきりと告げたシューエン坊の声は、あどけなくも男らしく、凛としていた。男という性の発露を感じさせた。
『母上。僕は、女の子じゃないんです。ドレスはもう着ません』

 兄たちの一部が残念そうな顔をして、一部は拳を握って頷いた。
「いいぞ、弟よ! そうだ、お前は雄なのだ!! 俺たちと共におとこの道を歩もうではないかッ!!」

 その日から、シューエン坊は変わった。
 ドレスを脱ぎ、髪を切り、男装をして、生まれ変わったように鍛錬に打ち込んだ。
 それだけではない。
 従者を使って王太子アーサーの動向や人となりを調べ上げ、うまいこと接近して取り巻きの一団に混ざり、うろちょろして名前と顔をアピールし、騎士の忠誠を誓った。
 そして気付けば、婚約者候補として推薦までしてもらっていた。

「やるじゃないか弟ォッ!」
「さすが俺たちの弟だーーーッ!!」

 努力し、成果をあげる弟に兄たちは狂喜乱舞した。そして、調子に乗りすぎたのだった。

「なんて可哀想なシューエン坊。俺はもう、俺はもう……死を覚悟で青王陛下に会ってくるッ」
 六男が狂おしく叫んで立ち上がる。汗に濡れた筋肉が日差しにつやつやしていた。
「お前だけは逝かせないぞ。俺だって!」
「弟たちよ、それなら兄も逝こうぞ!」
 
 熱が熱を煽り、アインベルグ家の兄弟たちはほとばしるパッションのままに馬に乗って駆け出そうとした。そして、父に止められた。

「さすが我が家の男子たち。弟のために王に立ち向かうその姿勢、よし! ……と言ってやりたいが、いかん。血がのぼった頭を冷やすがよい。我が家は国家の忠臣、青王陛下の剣であり盾であることを誇りとする騎士の家であるぞ。自覚せよ」
 父は令息たちを宥めつつ、王城へと早馬を走らせた。そして数日後、アインベルグ家の父子は青王と面会を果たしたのである。

 
 父子がずらりと並び、槍を選ぶ。
 この日のため、父ヘルマン・アインベルグ侯爵騎士団長は青王に訴状を送った。
 内容は。
「うちの七男が可哀想ではないですかね! 許してくれませんかね! 我が家は忠臣の家系ですが、皆血の気が多くてですね! 七男は我が家で愛されているので、ひどい扱いをされると忠誠心よりも家族愛がまさってしまうかもしれませんね! この感情、シスコンの陛下ならわかるのではないですかね! 即位したての陛下は、もちろん今後我が家を頼っていただいて構わないのですが、そのためにもうちの子を贔屓ひいきしてくださいませんかね!」
 というものである。

 それに対して、青王アーサーは果たし状を送りつけてきた。
「青王は神である。神の妹は女神である。女神に夜這いを企てておいて、許せだと? 逆に謝れ、全力で謝れ。全員かかってこい、俺が正義を執行してやるから」

 こうして君臣の激闘が始まった。

「呼ばれてきてみれば、これは何事でございますか!?」 
 途中で呼ばれてきたシューエンが目を瞠る。

「来たな俺の騎士シューエン・アインベルグ。お前はどっちの味方だ? 家族か、王か? 三秒以内に立ち位置を決めて参戦せよ」
 青王アーサーに究極の選択を迫られ、シューエンは即決した。
「僕はアーサー陛下の騎士でございます!」
 シューエンはもともと、家族へのコンプレックスがあってあまり家族が好きではないのである。迷いはなかった。

「家族よりも主君への忠義、その心意気やよし! では、俺は観戦しているから父と兄に勝つがいい!」
「へっ!?」
 青王アーサーはそう言って距離を取り、シューエンをぐいっと前に出した。
「い、一緒に戦うわけではないのですかっ……? 僕、ひとり……っ!?」

 涙目でぷるぷる震えつつ剣を構えるシューエンに、家族は盛り上がった。
「いいぞ、シューエン坊! 槍の腕がどれだけ上がったか、みてやろう!」
「いっちょ揉んでやるか」 
「兄さんが実力の違いをわからせてやるぜ」
「泣いてる弟かわいい」
 アインベルグ家の父と兄たちは遠慮がなかった。
 
「ひあああ!!」
 シューエンはなぜ自分がこんな目に遭うのだろうと思いながら、家族に寄ってたかってぼこぼこにされた。傍から見ていると単なる虐待のようにも見えてしまうやられっぷりであった。
 
 青王アーサーはそこまでを見守って、止めに入った。
「そこまで! お前の罪をこれで帳消しにしてやろう。婚約者候補の資格も戻してやるが、くれぐれも節度ある接し方を心得るように」
 
 ……こうして家族たちの愛により、シューエンは無事、婚約者候補の地位に戻ったのである。

「それは大変だったわね、シューエン」
 王女フィロシュネーはさすがに可哀想に思ったようで、治癒魔法をかけてくれた。
「けれど、そそのかされたからと言って罪に手を染めてはだめよ。未遂だったけれど……未遂でも、次はわたくしが鞭を打って罰します」

 それはある種のご褒美ではないか――聞いていた侍女のジーナは茶化したくなる気持ちをぐっと堪えて、紅茶を淹れたのだった。 
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