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2、協奏のキャストライト

92、わたくしたちは真実を闇に葬らないといけない

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 フィロシュネーが見守る中、新しい文章が追加される。
『オルーサ様や預言者について知っているメンバー』
 
「移ろいの術は使えませんが、真実を知っている者です。これも殺しましょう」
「物騒な言葉が出ましたわね」
「抹殺いたしましょう」
「言い直しても同じっ」

 紙に『アンネ・ブラックタロン』という名前と、『半分排除済み』という文字が書かれる。
「半分ってなあに?」
「生きているけど無力化済み、という意味ですかな」
 それはどういう状態かしら? フィロシュネーはちょっぴり怖くなった。

 続いて、『ソラベル・モンテローザ公爵』という名前が書かれる。
「わが国の大貴族じゃない」
 モンテローザ派は、青国で最大権力を握る派閥だ。モンテローザ公爵家はその筆頭で、王族との婚姻も多く、代々の預言者を頻繁に輩出してきた名門中の名門なのだ。
「姫殿下、ご安心ください。モンテローザ公爵はアーサー陛下に同情的で、愛国の徒でもございますからして」
「み、味方なのね。でもあなたさっき『これも殺しましょう』って言ってなかった?」
 
 ダーウッドは否定しなかった。
「このメンバーを滅ぼせば、わが国や空国が詐欺師の預言者により王の選定をされてきたという事実や、歴代の王がオルーサ様に成り代わられてきたという歴史が永遠に闇に葬られるので」
 
 フィロシュネーは「なるほど」と思ってしまった。
 オルーサという悪しき呪術師が暗躍して青国と空国を戦争させようとしたことまでしか、一般の者は知らないのだ。
(まあ、そうね。預言者が特別でもなんでもないってなったら、王様の権力も弱くなってしまう。それどころか、預言者が悪い呪術師と共犯だったとわかれば、国は荒れてしまうでしょうね……とはいえ、味方の公爵、殺すのぉ……?)

「真実を隠したほうがいい、というのは理解しましたわ」
「姫殿下。紅国の指導のもと、青国の政治体制は将来的には紅国寄りの、特別な神性を必要とせぬ人間の王が治める体制になることでしょう。しかし、今は……」
 
 ダーウッドの声は真剣だった。この『預言者』には青国への愛国心がある。その点は間違いないのだ。
 
「変革期を治めるアーサー陛下には『邪悪な詐欺師が選んだ単なる人間の王』という事実よりも『真なる預言者が選んだ特別な王である』というハッタリが必要なのです」

 頷いたら、目の前の預言者が邪悪な詐欺師だと認めることにもならないかしら?
 フィロシュネーは迷った。
 
「代々の青王陛下は預言者に王として選ばれることでご自分が選ばれし特別な王者だと思い込んでいたのです」
 
 ダーウッドは後ろめたさのような感情を瞳にのぼらせた。
 
「気弱なご気性だったクラストス様のお子とは思えぬほどアーサー様はやんちゃで強気なご気性です。けれど、預言者が邪悪な詐欺師だとわかれば、青王としての自信をなくされるかもしれません。もしご本人が平気でも、周囲の見る眼は確実に変わることでしょう」

「お兄様は大変なお立場ですものね」
 
「真実を知る者を消す。そして、ボロを出す前に偽物の預言者が引退して、めでたしめでたしでございます。これにより、私たちの青国と青王アーサー陛下が守られるのです」

 オルーサはもういない。だから、今の預言者が引退したあと、次の預言者が現れることはない。青国はこれから預言者という存在がいない国に変わり、遠い将来には預言者が実在したかどうかあやしい伝説上の生き物のように語られるかもしれない。

「アーサー陛下は、預言者に選ばれた最後の青王として歴史に名を残すことでしょう」

 ――世の中はこうして変わるのだ。
 当たり前だったものが、ひっくり返るのだ。
 そんな感覚を肌で感じて、フィロシュネーはぞくぞくした。

「引退はわかるとして、その後のダーウッドはどうなさるの? 悠々自適な隠居生活?」
 
 フィロシュネーは父になりすましていたオルーサが冗談めかして「パパはそろそろアーサーに王位を譲って死ぬよ」と言っていたのを思い出した。
 不老症で長く生きた人は、「もう十分生きたからそろそろ死のうと思う」と挨拶をしてその人生に好きなタイミングで幕を下ろす人が多いのだ。

「わ、わたくし、紅国って未知の文化が多くて刺激的だと思うの……わたくしと紅国で新生活、します?」
「考えてみますかな」
「ええ、ええ。そうなさって」
 返ってきた声は、占いを求められて「吉です」と返したのと同じぐらい熱意が感じられない気配だった。
 
(この人、あんまりこれ以上生きるつもりがないのだわ)
 フィロシュネーはそんな気配を感じてドキドキした。
 
 * * *
 
 歓迎会までは二日ある。
 翌日、フィロシュネーは学友たちと話し合った。

 人数分の紅茶とお菓子がメインテーブルに並び、サイドテーブルには学友たちが紅都でお買い物した品々が置かれる。

「姫様、セリーナのために戦うなんて格好よいですわ」
 オリヴィアが言うので、フィロシュネーは首を振った。
「いいえ、わたくし辞退を」
「姫様、セリーナのために戦うなんて格好よいですわ」
 
 二回言った! これは暗に「戦え」と言われている……?
 
「ありがとうございます姫様、私、もうなんと言ったらいいか」
「あっ、セリーナ……」
 外堀が埋められていく!

「ご立派でございますフィロシュネー殿下! 僕はそんなフィロシュネー殿下に騎士として勝利を誓いましょうっ」
 シューエンまで一緒になって埋めに来る!

「シューエン、あなたは当日、セリーナの名誉のために戦うセリーナの騎士なのではなくて? そこは大事よ」

 フィロシュネーが言うと、セリーナが気を使う様子で眉を下げる。
 
「あっ、ひ、姫様、私のことは気にしないでください。シューエン様は、姫様のために剣を捧げたいのです。私、そのお気持ちがわかります」
 
 セリーナの優しい言葉に、シューエンは慌てて頭をさげた。
 
「セ、セリーナ嬢。大変な失礼をいたしました。僕、反省します。ちゃんとセリーナ嬢の名誉のために戦って、勝利しますので!!」
「あっ、そんなシューエン様っ。頭を下げたりなさらないでくださいっ、私がすみません、私の婚約者がすみません!」 
 
(二人して謝り合戦になっちゃったわ)
「ええと、二人とも落ち着いて。お茶を楽しみましょう?」
 
 フィロシュネーは話を変えようと、子ドラゴンを帰した話をした。
 
「お気を悪くなさらないでね」
 学友たちは気を悪くすることもなく、喜んでくれた。
「子ドラゴンちゃんがおうちに帰れてよかったですわ」
「私もおうちが恋しくなってきました」

 わたくしのお友だちは、みんな優しくて良い子!
 フィロシュネーはニコニコした。
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