悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
131 / 384
2、協奏のキャストライト

128、だから、俺を捨てないでほしい

しおりを挟む
 その時、フィロシュネーは奇跡のような現実の中にいた。
 
「へ、陛下……」 
「ダーウッド、お父様とお母様よ! 守ってくれているのよ!」
「アッ、姫殿下。お、お、おちついてください、ひ、ひめ……すとっぷ、すとっぷでございます」 
 ぐすぐすと涙声で言いながらダーウッドのローブをひっつかんでグイグイ揺らせば、ダーウッドは目を回すようにしながら背中に腕をまわしてくる。
「はう……目が回って死んでしまいそうです」
「わぁ、死なないで……」 
 他愛のないやり取りの間に、じわじわと実感が湧いてくる。  
 
 父と母が守ってくれている。
 ――二人だけではない。

 白くもやもやとした半透明の死霊たちが増えていく。
 そして……雪崩のようにフレイムドラゴンへと押し寄せていく。

「ギャアアアアアアアッ!!」
 フレイムドラゴンが悲鳴をあげた。

 それが、第一波。
 
 続いて、山の表層から死霊以外の巨体が大空へと飛び上がる。
 こちらもまた、白い。見覚えのある生き物だ。

「ミストドラゴンだわ……ダーウッド、死霊とミストドラゴンがフレイムドラゴンにぶつかっていってる……」
「そ、そのようで……これは……これは……」
 ダーウッドはおぼつかない口調で首をかしげる。
「く、クラストス様はやはり特別な王の器をお持ちで、亡くなられた後に神格を得られて死霊たちの王として君臨なさったとか、でしょうか?」
 夢みるような声だった。
「私は死後におそばに侍ることを許されるのでしょうか? いや……許されようと思うのがおこがましい……私は何を……」
「ちょ、ちょっと。しっかりして……その後ろ向きな感じ、やめてぇ」
  
 抱き合う姿勢で現実に動揺する主従の視線の先で、ミストドラゴンと死霊の群れがフレイムドラゴンに体当たりするように突進していく。
 フレイムドラゴンの群れは目に見えて動揺し、散り散りになって逃げだした。
 
 ミストドラゴンの群れの中から二体が声に反応するように首をめぐらせ、こちらを見る。
「くるるぅ」
 石にされていた子ドラゴンたちだ。
「あの子たち、わたくしを覚えてくれているみたい――あっ、……」
 
 フィロシュネーたちを守るように背中を向けて浮かんでいた父と母が、ふわふわと降りてくる。
 
「お……お父様。お母様……」
 フィロシュネーには、二人がにっこりと微笑むのがわかった。同時にふわりと手を振ってくれるから、フィロシュネーは涙を拭って笑顔を返した。そして、隣で自分にしがみついて「どうしたらいいかわからない」といった雰囲気でいるダーウッドの手を握った。
「ほら、手を振るのよ。一緒に」
「ひ、姫殿下」 
 握った手を揺らすと、父と母は楽しそうに笑っている。

「ふふ、うふふ」 
 フィロシュネーは嬉しくなった。
 
 二人の存在が薄くなって、消えていく。
 
「……守ってくださってありがとうございました」
 ずっとこうしてはいられないのだ。
 二人がどういう状態なのかは詳しく知らないけれど、一般的に死んだあとの家族とはお別れをするものだ。
 死霊になってずっとそばにいるなんて、聞いたことがない。
 
 フィロシュネーは神聖な気持ちになった。
「わたくし、健やかです。もう大人です。大丈夫です……」
 父の気にする気配を感じ取って、フィロシュネーは無言でぼんやりとしているダーウッドの頬をふにふにとつついた。
 わたくしの隣でぼんやりしている人は、大丈夫じゃないかもしれないけど。
「わたくしたち、大丈夫です。そうよね」
 そう仰い、と促せば、ダーウッドはハッとした様子で頷いた。
「は、はい。もちろん。それは、もちろん……」
  
 二人が嬉しそうに頷いたのがわかったので、フィロシュネーはホッとした。
 二人の姿はやがて見えなくなったけれど、後に残ったのはあたたかな感情だった。

「ねえ、このミストドラゴンたちって、お兄様のところにも連れていけないかしら。すごい援軍になると思うの」
  
 死霊たちがふわふわと漂い、ミストドラゴンが「自分たちの縄張りを守ったぞ」という気配で群れている。
 名案を思い付いたとき、フィロシュネーは遠くから近づいてくる青国の騎士団に気付いた。

「姫殿下、……援軍は必要ないのかもしれませんな……?」
  
 
「シュネー!」
 凄まじい勢いで先頭の馬が駆けてくる。
 騎士たちを置いて激走してくるのは、兄である青王アーサーだった。

 葦毛の馬を駆るアーサーは、とても心配してくれているようだった。
 二人を見るとパッと顔を輝かせて、かけがえのない宝物を見つけた少年のような顔で笑った。

「無事だったか!? ドラゴンの群れをお前が釣っていったときは、心臓が止まるかと思ったぞ……」 
「お兄様……きゃっ!!」
 
 清廉な魂の象徴めいた白銀の髪が、さらりと揺れる。
 同じ色が三人分、同じ風に吹かれている。
 
 馬から颯爽さっそうと降りたアーサーは、ガバッと二人をまとめて抱きしめた。

 傾いた陽光が空の色を変えていく。
 夕映えの世界は、美しかった。
 
 フィロシュネーの耳には久しぶりに会った兄の優しい声が届く。

「帰ろう」

 大切そうに抱きしめて、兄はささやくのだった。

「青国に帰ろう。兄さん、迎えにきたから」

 断らないでほしい、というように、熱のこもった声を響かせるのだった。

「兄さんは青王で、神様だ。預言者が選んだ特別な王様なんだ。ダーウッドが神にしてくれたんだぞ……」

 厳かに、神のような威厳をみせて、言うのだった。
 
「神である俺は、とても強いぞ。なんでもできるぞ。けれど、家族であり最も頼りにできる臣下であるお前たちがあまり離れていると、寂しいのだ。心配になるのだ」

 不安を押し隠そうとして、余裕なふりをしようとして、うまくできない青年の声でつぶやくのだった。
 
「……だから、俺を捨てないでほしい」
 
 これから夜へと向かう見事な夕映えの中で、たったひとりの兄アーサーは、そう訴えるのだった。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

手放したのは、貴方の方です

空月そらら
恋愛
侯爵令嬢アリアナは、第一王子に尽くすも「地味で華がない」と一方的に婚約破棄される。 侮辱と共に隣国の"冷徹公爵"ライオネルへの嫁入りを嘲笑されるが、その公爵本人から才能を見込まれ、本当に縁談が舞い込む。 隣国で、それまで隠してきた類稀なる才能を開花させ、ライオネルからの敬意と不器用な愛を受け、輝き始めるアリアナ。 一方、彼女という宝を手放したことに気づかず、国を傾かせ始めた元婚約者の王子。 彼がその重大な過ちに気づき後悔した時には、もう遅かった。 手放したのは、貴方の方です――アリアナは過去を振り切り、隣国で確かな幸せを掴んでいた。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

処理中です...