悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

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2、協奏のキャストライト

135、空国主従の再会とハルシオンの優雅な夜遊び

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 雛星ひなぼしを抱く天のては、艶やかな漆黒の夜闇に沈んでいる。
 碧々あおあおとした月の光が見守る夜の迎賓館『ローズウッド・マナー』には、空国の陣営も迎えられていた。
 
 空王アルブレヒトの部屋には、兄ハルシオンがいる。
 
 湖水より明るく澄んだ双眸は、弟との再会に喜色を浮かべていた。
 
「アル。久しぶりだねえ。これが兄様が開発した解呪魔導具だよ。んふふ」
 ハルシオンは胡散臭い笑みをこぼしながらカントループ商会の新商品を取り出した。

 アルブレヒトの手には、青国の預言者から返してもらった石があった。
 空国の預言者ネネイだ。
 ハルシオンが見抜いて、アルブレヒトに知らせたのだ。

「兄上、素晴らしい……っ! では、その魔導具を使い、ネネイを元に戻してください!」
「んっふふ。だぁめ」
「はっ?」
 
 ハルシオンは、イジワルな顔をした。
 
「王子様はキッスで呪いを解くんですぅ! アルの情熱的なキッスを兄様は見てみたい! そーれ、キッス! キッス!」
「あ、あ、兄上ぇ……っ」
 ハルシオンはハイテンションだ。
 久しぶりに弟に構えて嬉しいのか、あるいはサイラス関連でストレスが溜まっていたのか。両方か。

「チュウだよアル。アルは得意だよねぇ。ちゅ~」 
「兄上! 下品です!」
「っははは!! アルが下品だって! 自分は妃と緊縛プレイを楽しんたりしてるのに、上品ぶるのぉ……? 青国のアーサー王とは、どんな仲ぁ? 仲良くなって兄様は、寂しいいぃぃ……、はぁ……」

 あるいは、嫉妬があるのか。
 ともかく、ハルシオンは機嫌が悪かった。その手がテーブルにあったグラスを取り、クイッと煽る。葡萄酒がとぷんと揺れるさまが、アルブレヒトにはどことなく不穏に思えてならない。

 その犠牲者となったアルブレヒトは「むぐぐ」と唸りつつ、兄に声を荒げたりはしなかった。この兄には、何を言ってもあまり意味がないのだ。感情的になるだけ無駄なのだ。
「キスで呪いが解けたら苦労しないでしょうに」
 ブツクサと言いながらも、アルブレヒトは石にキスをした。別に減るものでもない。一回言う通りにすれば満足するかと思ったのだ。
「はい、しましたよ。満足なさったら、解呪の魔導具を使ってください……っ、なんだ!?」
 
 アルブレヒトがハルシオンに視線を向けた時。
 室内にパァッと光があふれる。

 光の中で、石が輪郭をぶらして、人になる。
 王族の血統を思わせる白銀の髪に、移り気な空の青チェンジリング・ブルーの瞳。
 小柄な少女の姿をした預言者ネネイの姿に。

「おおっ、アルぅ。やったじゃないかぁ」
「えっ、はっ? や、やったのですかっ?」 

 兄弟のちょっと間抜けな声が揃う。

「ほらぁー! 兄様の言った通りだった♪  アルは兄様を信じないといけないんだ♪ 兄様は正しいんだ。アルはそのことを忘れてはいけないよ……」
 ハルシオンが調子に乗ってはしゃいでいるが、アルブレヒトはもうそれどころではなかった。

「あ……アルブレヒト、さま」
 ネネイが人間の体の調子を確かめるようにパチパチと瞬きをして、貴い主君の名前を呼ぶ。
 
「ネネイ……!」
 アルブレヒトは兄ハルシオンの存在を忘れて、ネネイを抱きしめた。

「我が国の至宝、私の導き手、我が預言者……ああ、私が至らぬ王ですまなかった……許してくれ」

 ずっと、謝りたかったのだ。

「……アルブレヒト様……!」

 ネネイがほろほろと泣きながらアルブレヒトにしがみつく。
「わ、わ、私が。私が悪いのです……私に勇気がなくて……」

「空国の民は、こんな私でも支持してくれた。だから、私は心を入れ替えて良い空王として国家のため、民のためにこの人生を捧げたい。預言者よ、どうか我が国のために戻ってきてほしい……」
「アルブレヒト様……っ」

 主従の感動の再会を背景に、ハルシオンは肩をすくめて窓からひっそりと出ていった。
 

 * * *
 

「わ、私の存在感が……うすぅい……」

 夜空には満天の星が煌めいて、ハルシオンの嫌いな二つの月が寄り添っている。

「くふふ……いいよ。お幸せに……私以外のみんなが幸せで、私は幸せですよう……」
 
 ハルシオンはふわりと浮いて、緑豊かな大地の上を風と一体になったように翔けていく。
 花々の梢を撫でゆく風は熟れた花の香りをたっぷり含み、甘やかだった。
 
 やがて、紅国の騎士団の野営地が見えてきた。
 青王アーサーにけしかけられた第一師団だ。
 彼ら騎士団が何をしているかというと、すぐ近くにあるフレイムドラゴンの巣を攻略しようとしているのだろう。
 
「朝になったら攻略しようってお考えでしょうかぁ? ふふん、お先に失礼……!」
  
 ハルシオンは騎士団の頭上を一気に通過して、フレイムドラゴンの巣に飛び込んだ。

「グルルルルッ!?」

 侵入者に気付いて、フレイムドラゴンが警戒の唸り声をあげる。

「んふふふ! ごきげんよう、フレイムドラゴンのみなさぁん!」
 
 ハルシオンは優雅に一礼してみせた。
 その瞳は凍てつく温度感で、冴え冴えとしている。
 
 自分たちより遥かに小さな生き物であるハルシオンへと視線を集中させるフレイムドラゴンには、一体一体に見た者を圧倒するような迫力があった。  
 炎を纏う肉体は頑健で、絶対的な支配者の風格があって、自信に満ち溢れていて。
 まるで「我らこそが全ての中で最強であり、人間などは矮小な存在」と言わんばかりの……、

「ト、カ、ゲ」

 ハルシオンはにっこりと見下した。
 
「っふふ、あなたたちは、人間が自分より下等だと思ってる! 自分たちが世の中で一番強いと思っているっ! ――だから、潰してやりたくなるんですぅ……!!」

 甘ったるい声で挑戦的に言い放てば、フレイムドラゴンたちは宣戦布告を理解したようだった。
 
「グオオオオオオオッ!!」 
 一帯の空気をびりびりと震わす吠え声をとどろかせ、フレイムドラゴンたちが炎のブレスを吐く。
 一部始終を見ていた騎士団の誰もがハルシオンの死を予想した。
 だが。

「なっ!?」
 炎は、ハルシオンの手前でことごとく空気に溶けるように消えた。
 ハルシオンに届くのは、そよそよとした穏やかで優しい夜風だけだ。
 
「火遊びですかぁ? 生意気ですねえ! いいですねえ、お前たち……くふふ、ふふ……――あははははっ!」
 
 ゾッとするような狂気に染まった笑い声が、夜に響く。
 殺気をみせて好戦的に言葉を放つのに、屈託のない笑顔が、見る者に寒気を誘う。
 
 美貌の面輪おもわが凄絶な色香と殺気を纏って、目撃者の胸に恐怖という感情の花を咲かせる。
  
「私は、あなたたちと遊びましょうっ! わぁーーい! 悪いトカゲさんたちを討伐するのは、正義――狩り放題ですよぉ……っ!」
 
 凄まじい魔力が、積もりに積もった鬱憤を晴らすようにぶちまけられる。

「駄目なトカゲさん、んっふふ、略して駄トカゲさんと呼びましょうね。正義を執行しまぁすっ、はぁっ、っははは! 罪状は、『生意気』!! 『私の姫を追いかけて、怯えさせた』!! 『私がむしゃくしゃしているから』!!」

 ドォン、と派手な音が鳴り響く。
 地面が大きく揺れて、現場には人とドラゴンの悲鳴が溢れた。
 
「なんだ、あの呪術師は」
「とんでもない――……とんでもない……っ!!」 
 
 異常な力がフレイムドラゴンたちを滅ぼしていく。
 余波で一帯の地形が破壊されていく。
 紅国の騎士たちは、慌てて逃げ出した。

「……退避! 退避ーっ!!」

 
 そうして、人間たちもドラゴンもいなくなった跡地には虚無を感じさせる沈黙が降りた。
 
 星が瞬き、夜空をスルリとすべり落ちる。
 気付けば、月は厚ぼったい雲の向こう側に隠れてしまっていた。

 地形が大きくえぐれるように変わり果てた地で、ひとり残ったハルシオンは、ほうと息をついた。
 月滴を垂らしたような繊細な白銀の髪が、しゃらりと風に遊ばれる。
 
「ふう……」 
 ハルシオンは、ふと柳眉を顰めた。
「紅国の騎士団って、ちょっと情けなくないかなぁ……? あんなに怯えて」
 
 ――騎士といえば。
 脳裏にライバルの姿がよぎり、ハルシオンは紅都の方角を見た。

「そもそも、私の気がいまいち晴れないのは、あの男のせいなのに」
 
 夜空の頂点を写し取ったような色の男が思い出される。
 その仕草に静謐さと鋭利さを同居させる、前世からの知人──『英雄』。

「ノイエスタルさんは、すやすやと安眠してたりするのかな。ムカつくなそれ……私がこんなにもやもやしているのに、すやすやしていたら腹立たしいな」
 
 ちょっと様子を見にいこう。
 寝ていたら安眠を邪魔して、紅国の騎士が情けないですよとクレームをつけてやろう。

 ハルシオンはそう思い付いて、紅都へと翔け戻った。
 
 風が少しずつ雲を流して、空の色がまた移ろいを見せる。
 
 紫陽花の花びらのような淡い赤紫や、薄紫。
 青みがかったミントのような爽涼な青緑。
 日没の思い出を抱きしめて眠るような橙めいた白い色。
 
 様々なグラデーションを描きながら、夜と朝が交代の時を迎える。
 
 世界を覆っていた眠りと沈黙のヴェールは日差しとともに溶け落ちて、起き出した生命たちの奏でる音が協演を始める。
 
 可憐にさえずる鳥たちの声。
 行き交う働き者の馬車の音。
 人々のざわめき。
 
 そんな世界の片隅で。

 爽やかな朝の光に包まれて目覚めるフィロシュネーの元には、なぜかサイラスとハルシオンからのお揃いのメッセージカードが届くのだった。
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