悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
138 / 384
2、協奏のキャストライト

135、空国主従の再会とハルシオンの優雅な夜遊び

しおりを挟む
 雛星ひなぼしを抱く天のては、艶やかな漆黒の夜闇に沈んでいる。
 碧々あおあおとした月の光が見守る夜の迎賓館『ローズウッド・マナー』には、空国の陣営も迎えられていた。
 
 空王アルブレヒトの部屋には、兄ハルシオンがいる。
 
 湖水より明るく澄んだ双眸は、弟との再会に喜色を浮かべていた。
 
「アル。久しぶりだねえ。これが兄様が開発した解呪魔導具だよ。んふふ」
 ハルシオンは胡散臭い笑みをこぼしながらカントループ商会の新商品を取り出した。

 アルブレヒトの手には、青国の預言者から返してもらった石があった。
 空国の預言者ネネイだ。
 ハルシオンが見抜いて、アルブレヒトに知らせたのだ。

「兄上、素晴らしい……っ! では、その魔導具を使い、ネネイを元に戻してください!」
「んっふふ。だぁめ」
「はっ?」
 
 ハルシオンは、イジワルな顔をした。
 
「王子様はキッスで呪いを解くんですぅ! アルの情熱的なキッスを兄様は見てみたい! そーれ、キッス! キッス!」
「あ、あ、兄上ぇ……っ」
 ハルシオンはハイテンションだ。
 久しぶりに弟に構えて嬉しいのか、あるいはサイラス関連でストレスが溜まっていたのか。両方か。

「チュウだよアル。アルは得意だよねぇ。ちゅ~」 
「兄上! 下品です!」
「っははは!! アルが下品だって! 自分は妃と緊縛プレイを楽しんたりしてるのに、上品ぶるのぉ……? 青国のアーサー王とは、どんな仲ぁ? 仲良くなって兄様は、寂しいいぃぃ……、はぁ……」

 あるいは、嫉妬があるのか。
 ともかく、ハルシオンは機嫌が悪かった。その手がテーブルにあったグラスを取り、クイッと煽る。葡萄酒がとぷんと揺れるさまが、アルブレヒトにはどことなく不穏に思えてならない。

 その犠牲者となったアルブレヒトは「むぐぐ」と唸りつつ、兄に声を荒げたりはしなかった。この兄には、何を言ってもあまり意味がないのだ。感情的になるだけ無駄なのだ。
「キスで呪いが解けたら苦労しないでしょうに」
 ブツクサと言いながらも、アルブレヒトは石にキスをした。別に減るものでもない。一回言う通りにすれば満足するかと思ったのだ。
「はい、しましたよ。満足なさったら、解呪の魔導具を使ってください……っ、なんだ!?」
 
 アルブレヒトがハルシオンに視線を向けた時。
 室内にパァッと光があふれる。

 光の中で、石が輪郭をぶらして、人になる。
 王族の血統を思わせる白銀の髪に、移り気な空の青チェンジリング・ブルーの瞳。
 小柄な少女の姿をした預言者ネネイの姿に。

「おおっ、アルぅ。やったじゃないかぁ」
「えっ、はっ? や、やったのですかっ?」 

 兄弟のちょっと間抜けな声が揃う。

「ほらぁー! 兄様の言った通りだった♪  アルは兄様を信じないといけないんだ♪ 兄様は正しいんだ。アルはそのことを忘れてはいけないよ……」
 ハルシオンが調子に乗ってはしゃいでいるが、アルブレヒトはもうそれどころではなかった。

「あ……アルブレヒト、さま」
 ネネイが人間の体の調子を確かめるようにパチパチと瞬きをして、貴い主君の名前を呼ぶ。
 
「ネネイ……!」
 アルブレヒトは兄ハルシオンの存在を忘れて、ネネイを抱きしめた。

「我が国の至宝、私の導き手、我が預言者……ああ、私が至らぬ王ですまなかった……許してくれ」

 ずっと、謝りたかったのだ。

「……アルブレヒト様……!」

 ネネイがほろほろと泣きながらアルブレヒトにしがみつく。
「わ、わ、私が。私が悪いのです……私に勇気がなくて……」

「空国の民は、こんな私でも支持してくれた。だから、私は心を入れ替えて良い空王として国家のため、民のためにこの人生を捧げたい。預言者よ、どうか我が国のために戻ってきてほしい……」
「アルブレヒト様……っ」

 主従の感動の再会を背景に、ハルシオンは肩をすくめて窓からひっそりと出ていった。
 

 * * *
 

「わ、私の存在感が……うすぅい……」

 夜空には満天の星が煌めいて、ハルシオンの嫌いな二つの月が寄り添っている。

「くふふ……いいよ。お幸せに……私以外のみんなが幸せで、私は幸せですよう……」
 
 ハルシオンはふわりと浮いて、緑豊かな大地の上を風と一体になったように翔けていく。
 花々の梢を撫でゆく風は熟れた花の香りをたっぷり含み、甘やかだった。
 
 やがて、紅国の騎士団の野営地が見えてきた。
 青王アーサーにけしかけられた第一師団だ。
 彼ら騎士団が何をしているかというと、すぐ近くにあるフレイムドラゴンの巣を攻略しようとしているのだろう。
 
「朝になったら攻略しようってお考えでしょうかぁ? ふふん、お先に失礼……!」
  
 ハルシオンは騎士団の頭上を一気に通過して、フレイムドラゴンの巣に飛び込んだ。

「グルルルルッ!?」

 侵入者に気付いて、フレイムドラゴンが警戒の唸り声をあげる。

「んふふふ! ごきげんよう、フレイムドラゴンのみなさぁん!」
 
 ハルシオンは優雅に一礼してみせた。
 その瞳は凍てつく温度感で、冴え冴えとしている。
 
 自分たちより遥かに小さな生き物であるハルシオンへと視線を集中させるフレイムドラゴンには、一体一体に見た者を圧倒するような迫力があった。  
 炎を纏う肉体は頑健で、絶対的な支配者の風格があって、自信に満ち溢れていて。
 まるで「我らこそが全ての中で最強であり、人間などは矮小な存在」と言わんばかりの……、

「ト、カ、ゲ」

 ハルシオンはにっこりと見下した。
 
「っふふ、あなたたちは、人間が自分より下等だと思ってる! 自分たちが世の中で一番強いと思っているっ! ――だから、潰してやりたくなるんですぅ……!!」

 甘ったるい声で挑戦的に言い放てば、フレイムドラゴンたちは宣戦布告を理解したようだった。
 
「グオオオオオオオッ!!」 
 一帯の空気をびりびりと震わす吠え声をとどろかせ、フレイムドラゴンたちが炎のブレスを吐く。
 一部始終を見ていた騎士団の誰もがハルシオンの死を予想した。
 だが。

「なっ!?」
 炎は、ハルシオンの手前でことごとく空気に溶けるように消えた。
 ハルシオンに届くのは、そよそよとした穏やかで優しい夜風だけだ。
 
「火遊びですかぁ? 生意気ですねえ! いいですねえ、お前たち……くふふ、ふふ……――あははははっ!」
 
 ゾッとするような狂気に染まった笑い声が、夜に響く。
 殺気をみせて好戦的に言葉を放つのに、屈託のない笑顔が、見る者に寒気を誘う。
 
 美貌の面輪おもわが凄絶な色香と殺気を纏って、目撃者の胸に恐怖という感情の花を咲かせる。
  
「私は、あなたたちと遊びましょうっ! わぁーーい! 悪いトカゲさんたちを討伐するのは、正義――狩り放題ですよぉ……っ!」
 
 凄まじい魔力が、積もりに積もった鬱憤を晴らすようにぶちまけられる。

「駄目なトカゲさん、んっふふ、略して駄トカゲさんと呼びましょうね。正義を執行しまぁすっ、はぁっ、っははは! 罪状は、『生意気』!! 『私の姫を追いかけて、怯えさせた』!! 『私がむしゃくしゃしているから』!!」

 ドォン、と派手な音が鳴り響く。
 地面が大きく揺れて、現場には人とドラゴンの悲鳴が溢れた。
 
「なんだ、あの呪術師は」
「とんでもない――……とんでもない……っ!!」 
 
 異常な力がフレイムドラゴンたちを滅ぼしていく。
 余波で一帯の地形が破壊されていく。
 紅国の騎士たちは、慌てて逃げ出した。

「……退避! 退避ーっ!!」

 
 そうして、人間たちもドラゴンもいなくなった跡地には虚無を感じさせる沈黙が降りた。
 
 星が瞬き、夜空をスルリとすべり落ちる。
 気付けば、月は厚ぼったい雲の向こう側に隠れてしまっていた。

 地形が大きくえぐれるように変わり果てた地で、ひとり残ったハルシオンは、ほうと息をついた。
 月滴を垂らしたような繊細な白銀の髪が、しゃらりと風に遊ばれる。
 
「ふう……」 
 ハルシオンは、ふと柳眉を顰めた。
「紅国の騎士団って、ちょっと情けなくないかなぁ……? あんなに怯えて」
 
 ――騎士といえば。
 脳裏にライバルの姿がよぎり、ハルシオンは紅都の方角を見た。

「そもそも、私の気がいまいち晴れないのは、あの男のせいなのに」
 
 夜空の頂点を写し取ったような色の男が思い出される。
 その仕草に静謐さと鋭利さを同居させる、前世からの知人──『英雄』。

「ノイエスタルさんは、すやすやと安眠してたりするのかな。ムカつくなそれ……私がこんなにもやもやしているのに、すやすやしていたら腹立たしいな」
 
 ちょっと様子を見にいこう。
 寝ていたら安眠を邪魔して、紅国の騎士が情けないですよとクレームをつけてやろう。

 ハルシオンはそう思い付いて、紅都へと翔け戻った。
 
 風が少しずつ雲を流して、空の色がまた移ろいを見せる。
 
 紫陽花の花びらのような淡い赤紫や、薄紫。
 青みがかったミントのような爽涼な青緑。
 日没の思い出を抱きしめて眠るような橙めいた白い色。
 
 様々なグラデーションを描きながら、夜と朝が交代の時を迎える。
 
 世界を覆っていた眠りと沈黙のヴェールは日差しとともに溶け落ちて、起き出した生命たちの奏でる音が協演を始める。
 
 可憐にさえずる鳥たちの声。
 行き交う働き者の馬車の音。
 人々のざわめき。
 
 そんな世界の片隅で。

 爽やかな朝の光に包まれて目覚めるフィロシュネーの元には、なぜかサイラスとハルシオンからのお揃いのメッセージカードが届くのだった。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています

日向はび
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。 自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。 しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━? 「おかえりなさいませ、皇太子殿下」 「は? 皇太子? 誰が?」 「俺と婚約してほしいんだが」 「はい?」 なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

処理中です...