悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

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3、変革のシトリン

205、青薔薇公爵は妻を愛しているので

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 夕暮れ時。
 月隠と海底火山の海域が近づく客船は調査隊の壮行パーティを予定していて、空国の使用人たちは準備に追われていた。
 
 そんな忙しい雰囲気の船内で、空国の王兄ハルシオンに仕えるルーンフォークは、兄フェリシエンの部屋に向かっている。

(兄さん、あんなことをして。そりゃあ、前々から素行は悪かったし、物騒な噂が尽きなかったし、あやしい組織で何をやってるんだかわかったもんじゃなかったけど)

 甲板には霧が出ている。
 自然に発生した霧は、濃密な魔力を帯びていて、人の心を惑わすこともあるのだという。

「夫が殿方と浮気だなんて……カピバラくんだなんて……」
「ウィスカ様、お気を確かに」
「カピバラくんってなんですの?」

 ご婦人方とすれ違う耳に、名前が聞こえる。

「フェリシエン・ブラックタロン様がカピバラくんですの」
「モンテローザ公爵と恋仲ですの……」

(兄さん、兄さん! ひどすぎじゃないか? なんだよカピバラくんって。なんだよ恋仲って)

 ――コンコン、……ガン!
 ルーンフォークは兄の部屋の扉を叩いた。最後は蹴った。足が痛い。

「……」
 
 兄が扉を開けて、ルーンフォークを見つけて嫌そうな顔をする。
 世界で一番嫌いな虫ケラを見てしまったような顔だ。
 そんな顔を懐かしく思いながら、無言で閉められかけた扉に脚を差し込み、ルーンフォークは開口一番に言ってやった。

「カピバラくんってなんだよ兄さん! 兄さんの噂はいつもひどかったけど、今回のは最悪だ!」

 兄フェリシエンは、見ているだけでカビが生えそうなじめっとした陰鬱な眼差しを向けた。

「しかも兄さん、あやしい組織でやらかしたことがバレバレなんだよ。証拠を握られてるんだよ。あれは言い逃れできないよ。自首しよう。それができないなら俺が責任もって兄さんを捕縛して殿下に突き出すよ」

「やかましい!」

 ぎゃんぎゃんと吠える弟の目の前で扉が閉まる。呪術で防護を固められたらしく、その扉はルーンフォークがガンガン蹴っても燃やそうとしてもびくともしなかった。

 * * *

 夫ソラベルには愛する人がいる。
 
「それは前から感じていたことでした」
 
 ウィスカ・モンテローザ公爵夫人はサロンの中央にいた。周りは興味津々の貴婦人たちだ。調査隊の壮行パーティに向けて衣装やダンスパートナーの話に花を咲かせていたかのじょたちは、ひとりがウィスカの夫に触れたとたんその話に夢中になってしまったのだ。

「でも、お相手が誰かまでは……その、てっきり、すでに他界した前妻の方とかだと思ってきたのです」

 それが噂によると、
「殿方だなんて。カピバラくんだなんて……どう受け止めたらいいのか……可愛い呼び方をなさって……」

 ウィスカが悩ましげに言うと、仲間の貴婦人は深い共感を示した。

「どうしてカピバラくんなのかしら」
「肉体関係なのでしょうか?」
「きゃっ」

  頬を染めたり身を捩ったりしつつ、感情を持て余す一同。ウィスカはその代表だ。困惑のため息をついて、「私、不思議と……諦めがついた心地です」とつぶやいた。

「女性ではなく男性を好む方だから、私に冷たかったのだと……そう思えました。都合のよい解釈でしょうか?」

 ウィスカが話し始めると、みんなは黙って聞いてくれる。遮って自分の話を始めるような不躾な貴婦人は、ここにはいない。それが居心地良い。

「私、嫁いだばかりの頃から思ってたんです。不老症で過去の女性がいるお方だから、愛を期待してはダメね、と。そう思っても、愚かな私は期待をしてしまっていたのですが」

「ウィ、ウィスカ様……」

 周囲が悲嘆に暮れる気配をのぼらせる。こころの痛みをわかってくれる。

「でも、男性が性の対象だったなら過去の奥方もお飾りだったのね……女性という時点で、どう努力しても私が愛される望みはゼロだったのね……そう思うと不思議と諦めがつく気がするのです。だって、性別はどうしようもないですもの」

「ウィスカ様~~!!」
「ところでご主人は左右どっちですの~!?」

 ワッと周囲が泣き声を上げて(一部好奇心に満ちた声をあげつつ)ウィスカを悲劇のヒロインにしてくれる。と、そこへ。

「あの、あの……」
 空国の預言者ネネイが声をかけてくるので、すわ暗闇にされるか、と全員がビクッとしたところ。
「ご主人が、いらしてます……」

 なんと、たった今みんなで盛り上がっていたモンテローザ公爵が来ている。

「まあっ、青薔薇公爵」
「カピバラくんよー」
「カピバラくんはお相手の方では?」
「きゃー!」

 夫に変な他称がついている――ウィスカは驚きつつ、夫に形式的に頭を下げた。噂話が聞こえていたに違いない。しかし、それで気分を害されたとしても、自業自得では? そんな思いが胸にある。
 サロン中の視線が二人に注がれている。注目の的だ。

「なんでしょう、……公爵様」
 旦那様と呼ぶ気はなかった。しかし。

 大きな手がウィスカの肩に触れたかと思えば、ぐっと引き寄せられるようにする。
 反応する暇もなく、顔が近づく。

「……ん、ン!?」

 後頭部に手が添えられて、逃れられないようにされ、深い口付けを落とされる。

「……きゃーー!」

 サロンが黄色い声にあふれる中、夫であるソラベル・モンテローザ公爵は唇を離し、真っ赤な妻を抱き上げた。

「くだらない噂話はおよしください。私は浮気もしていませんし、男色趣味もありません。なにより、妻を愛しているので」

 モンテローザ公爵の橙色の瞳が冷ややかに周囲を巡らされる。そして、その視線が妻に向けられると、温度差を感じさせる甘さと熱をあらわにする。

「キャァァァ!!」

 当然のように言ったモンテローザ公爵は、そのままウィスカを夫婦の部屋へと連れ帰り、一晩かけて誤解を解いたのだった。
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