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3、変革のシトリン
204、モンテローザ公爵は、忠誠を誓いなさい
しおりを挟む「シュネーさんから預かった聖印は、結局持ち主も見つからなかったんですよねえ。さてさて、なにか情報が眠っているのでしょうか」
ハルシオンの部屋の椅子にフィロシュネーとサイラスが落ち着く。
ルーンフォークから受け取ったハルシオンは、チェス盤とチェスの駒を端に退けて、聖印を置いた。
フィロシュネーは、自分が持っている知識神の聖印を隣に並べた。
「真理の探求者は、知識の神の寵愛を受ける」
聖句をとなえると、聖印は魔導具としての力を振るう。
ひとつめの聖印は、アリス・ファイアハートをはめようとしている呪術師たちを見せた。
カサンドラがアリスにバルトゥスの噂を吹き込む。夜に甲板にて絵を描くらしい、と。
フェリシエンがバルトゥスの注意を引き、カサンドラが移ろいの術でアリスに変身し、目撃されながら船に火をかける。その後、目撃者と一緒に「アリスが犯人だ」と騒ぐ……。
ふたつめの聖印は、人魚騒動だ。
カサンドラとシェイドが人魚を攻撃し、海を汚す。モンテローザ公爵は、バルトゥスを部屋に呼ぶ。
フェリシエンがシュネーに変身してバルトュスを襲い、ウィスカに目撃させて駆け去る。
みっつめの聖印は、《輝きのネクロシス》が集まっている場面だ。
【カサンドラ・アルメイダ侯爵夫人は、黄金の林檎とやらに関する研究をしています。競売品の中に『黄金の林檎』という名前の商品があるので、欲しがっているようです】
響く声には、聞き覚えがある。
室内の全員が顔を見合わせ、答え合わせするようにその名を呼んだ。
「シューエン・アインベルグ」
なるほど、この聖印はシューエンからの贈り物だったのだ。フィロシュネーは驚きつつ、ハルシオンを見た。
「シュネーさん、この情報を活用すれば関係者を有罪にできそうですね」
「そうですわね……せっかくシューエンが教えてくださったのですし、利用したいですわね」
正義の執行だ。
そのための理由が手のうちにある。けれど。
フィロシュネーは思案した。
(シュネー、考えて。他の呪術師はともかく、モンテローザ公爵は青国で多大な影響力を持つ大貴族よ? なにもケアせずに罪を明らかにして裁いたら、国内は大混乱ではなくて?)
「これを使うタイミングや使い方ですけど、わたくしに任せてくださってもいいかしら」
「もちろんです。シュネーさんの好きになさってください」
ハルシオンは「その代わりに」と、顔を近づけてきて、こっそりと小声でお願いをしてくる。言いにくいことを、勇気を出して言うかのように。
「その……ルーンフォークの怪我を治癒魔法で癒してあげてくださいませんか」
先ほどそわそわと『なんでもない』と言ったのは、さてはコレだろう。
「構いませんわ。おやすいご用ですの」
フィロシュネーはにっこりしてルーンフォークの怪我を癒した。
「ありがとうございます!」
(ハルシオン様はご自分で治癒魔法を使えない……? そして、それを隠したいのかしら?)
フィロシュネーはふしぎに思いつつ、専属侍女のジーナに仕事を命じた。
「モンテローザ公爵を呼んでくださる?」
ジーナはすぐに仕事をしてくれて、ソラベル・モンテローザ公爵を部屋に呼んだ。
緑色の髪に橙色の瞳をした公爵は、不老症。長く青国を支えてきた大貴族である。
「この集まりは何事です?」
自分はなぜ呼ばれたのか――そんな疑問をたたえるモンテローザ公爵に、フィロシュネーは椅子を勧めた。
自分は彼の生殺与奪権を今、手中にしている――そう思いながら。
「うふふ、いらっしゃい、モンテローザ公爵。いつも我が国のためにその力を尽くしてくださって、ありがとう存じますわ」
おっとりと微笑むと、モンテローザ公爵は目に見えて警戒する。フィロシュネーは聖印を手に、聖句をとなえた。
「真理の探求者は、知識の神の寵愛を受ける」
フィロシュネーはモンテローザ公爵が悪巧みに参加している場面を見せた。
「ご感想はありまして? わたくし、この映像を公表すればあなたのお立場がとても悪くなると思うのだけど」
わたくしは今、弱味を握って公爵を脅そうとしている――フィロシュネーはひそやかに自問した。
(シュネー? 証拠を取引材料にして交渉を持ちかけるなんて、あんまり『正義』って感じではないわね?)
国益のために行動するのが王族の正義だ――そんな思いと。
それは違う、どんなときでも悪は悪として断罪するのが揺らぎなき人の正義だ――そんな思いが交錯する。
「フィロシュネー姫殿下におかれましては、直情的に行動なさらずにいてくださり、なによりです」
モンテローザ公爵の声を聞いていると、「これでいいのかしら」という思いも湧いてくる。
「わたくしは意外と思慮深いのですわ」
今も、きれいに微笑む表面下で、うーんうーんと頭を悩ませているのだ。
「わたくしは王族として自国の利益を第一に考える責務があります」
「大人なお考えでございます」
「ソラベル・モンテローザ公爵。あなたには、罪人として歴史に名を残す道もありますし、忠臣として歴史に名を残す道もあるように思えますの」
(公爵を便利に利用してから断罪してもいいのよね、シュネー)
――ほんとうに悪人のような思いつき。
苦笑しながら、フィロシュネーは立ち上がり、手の甲をモンテローザ公爵に向けた。
「あなたは青国の利益を第一に考え、兄に尽くしてくれますか?」
フィロシュネーの背で、長い髪が揺れる。髪自体が白銀の光を放っているようで、美しい。
「ソラベル・モンテローザ公爵は、忠誠を誓いなさい。今この場で未来をお選びなさい。忠臣として歴史に名を残したいならば、青国と兄のためにその身を捧げなさい」
声には、王者の響きがあった。覇気があった。
この方に従わねばならぬ、と臣下に思わせるような、目に見えない特別ななにかがあった。
モンテローザ公爵は立ち上がり、フィロシュネーの前で膝をついた。そして、騎士の誓いをするようにフィロシュネーの手を取り、甲にキスをした。
「お誓い申し上げます。賢く思慮深き聖女、フィロシュネー姫殿下」
ハルシオンがニコニコしながら「では、誓約書を」と紙をテーブルに広げる。
「商業神ルートの軌跡により、『神聖な契約』――契約書をつくり、破ったものに神罰を与える魔法です」
『ソラベル・モンテローザ公爵は青国の国益を重んじ、フィロシュネー姫に従うこと』
この契約書の恐ろしいところは、フィロシュネー側はモンテローザ公爵の保身を約束することなく、ただ一方的にモンテローザ公爵に誓わせる内容というところだ。
しかし、保身を望むならモンテローザ公爵にこの場で断るという選択肢はない。
契約書にサインをして、モンテローザ公爵はもう一度頭を下げた。
「密偵さんが二人になりましたかね」
サイラスが淡々とコメントしている。サイラスもハルシオンも、「公爵を今すぐ裁くべき」とは言わなかったので、フィロシュネーは安心した。
「ところでわたくし、さっそくですけど……あなたにおねだりしたいことがありますの」
おねだりするように微笑んで、フィロシュネーはテーブルの端に転がるルークをつまみあげ、チェス盤にのせた。
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