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3、変革のシトリン

203、お客様の中に知識神の入信者はいらっしゃいますか

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「会場も変更しましたし、不審人物も捕らえ、競売は無事に盛り上がっています。空国の主催国としての権威は守られました。素晴らしい」
 
 ハルシオンはそう言って会場を後にする。
 
 南方のお客様というと、わたくしが知らない国の方なのでは――ハルシオンの後についていくフィロシュネーは興味をそそられた。
 
 空国と青国の南には、小国家群がある。
 
 豊かな自然にはぐくまれた国々は、フィロシュネーが読んだ歴史書によるとお互いに侵略しあったりして数百年間荒れていたが、北方にある好戦的な国の脅威にさらされて『北方に対抗しよう』と同盟をつくったのだという。

 その同盟の名は、最近変わったばかり。
 変わる前の名前は『反ノルディーニュ同盟』。『北方にある好戦的な国』が友好路線に転じている現在は『南方同盟』となっている。
 
 さて、北方にある好戦的な国とはどこか。――空国である……。
 
 空王アルブレヒトは南方諸国の有力者を招き、友好を深めようとしていた。南方諸国側はそれに応じたのだが、船旅の間中、北の国々とはあまり関わらずに身内だけで固まって過ごしている。

 そんな国のお客様が窃盗未遂を起こしたとなると、大問題ではないだろうか。フィロシュネーはそっとハルシオンの顔色をうかがった。彼は以前、「南方の蛮族」と戦っていたのだ。

 
 * * *

 不審人物は、褐色の肌をした男だった。

 南方は暑い地方で、太陽に愛された大地だと呼ばれたりしている。
 
 植物は北方より葉や実が大きかったり、色が派手派手しかったりするし、その地方に根付く人々は、肌が焼けていたり、自然と濃い色合いをしていたりする。
 
 人々の生活形態は地域によって異なるが、居住スタイルひとつとっても北方とは違っていて、強い日差しを遮るための屋根を設けつつ、風通しをよくするために壁がない家に住んでいたりするのだという。

 家々に隔たりなくオープンである生活に由来してかはわからないが、南方の民は「近くに住む者はみんな家族」といった共同体意識や身内意識が強く、気質も陽気だったりおおらかで、社交的なのだという。
 
 そんな不審人物が、しっかりと拘束されている。
 
「商品を保管している倉庫に入って盗もうとしていました。発見されると暴れて、逃げようとしたのです」
 
 ルーンフォークはそう言って包帯を巻いた自分の腕をみせた。名誉の負傷らしい。

「なんと、不審人物どころか窃盗未遂がほぼ確定している状況ではないですか」

 ハルシオンは腕を組み、そわそわとした気配を漂わせた。

「シュネーさん」
「はい、ハルシオン様?」
「ああ……いえ、なんでもないのです」
「……?」
 
(なにかしら?)
 
 フィロシュネーが目を点にする中、ハルシオンは「ふうっ」と息を吐いて、窃盗未遂犯の男に視線を注いだ。
 
「あなたたちを蛮族と呼んだこともありました。しかし、これからは良き隣人であろうと思っていたのですよ……この件については、南方同盟の盟主さんや外交担当さんともお話しないといけませんねえ、残念です」

「や、やってない。おれは無実だ」
 
 窃盗未遂犯の男が吠える声が不自然に小さくなる。ルーンフォークが器用に呪術を使い、声量を小さく抑えさせたのだ。

「ハルシオン殿下。近くにはこれも落ちていたのです」

 ルーンフォークが見せるのは、知識神の聖印だった。

「そんなもの知らない!」
 否定の声にフィロシュネーが首をかしげると、ルーンフォークは説明をつづけた。
  
「この方がご存じなくても、共犯者が紅国にいるということかもしれません。それと姫殿下……」

 ルーンフォークの瞳が確認するように主君ハルシオンを見て、ハルシオンが「いいですよ」と頷く。
 すると、驚くべき情報が共有された。

「俺が研究しましたところ、紅国の聖印は魔導具です。ある程度、体内に魔力がある人間が、専用に定められた発動用の呪文――聖句をとなえると、使えるのだと思います」

 * * *

 豪華客船『ラクーン・プリンセス』を空国の兵士が駆けまわる。

「お客様の中に知識神の入信者はいらっしゃいますか」

 紅国の招待客の中に、知識神の入信者は数人いた。

「真理の探求者は、知識の神の寵愛を受ける」
 
 聖句をとなえると、聖印は周囲に『知識の共振』――知識を共有するだけでなく、周囲の人々と知識を共有することができる魔法を展開した。

 * * *

 聖印が映し出したのは、ローブ姿の呪術師と捕まった男の出会いの場面だった。
 
「南方諸国の資金力で北の国々にかなうだろうか……でもほしい。果たして、誰が金を貸してくれるだろうか。いっそこれから賭博場にでもいって金を増やすか」

 船内のバーで競売にかけられる商品を欲して資金繰りに悩む男に、ローブ姿の呪術師が話しかける。呪術師の尻のあたりがもこもことしている。フードの頭の部分も、不自然な盛り上がりがある。獣人ではないかと思われた。

「ほしいなら盗めばいい。俺が手伝ってあげよう」

 その声を、フィロシュネーはどこかで聞いた覚えがした。

 紅国だ。セリーナやシューエン、オリヴィアがいたときだ。
 クリストファーという名前のセリーナの元婚約者が、名前を呼んでいた。その名前が――

『罪を認めないんだね。哀しいよ。シェイドさん、言ってやってください』
 
 ――奇跡のように思い出される。

 顔と名前を覚えると、相手が喜ぶ。そんな外交意識を持っているフィロシュネーにとっては、まさに王族として特別に意識していたことが役に立った――努力が実った瞬間であった。
 
「……シェイドですわ」

 フィロシュネーが名前を告げて、船内が捜索される。

 しかし、シェイドは煙のように隠れてしまったようで、探し出すことはできなかった。それは残念であったが、フィロシュネーは別の情報に魅力も感じていた。

「ルーンフォーク卿? 聖印というのは、どの神様のも、何回でも使えますの?」
「そのあたりは検証してみませんと……」
「そう」

 ハルシオンの部屋に場所を移すと、駒が散乱したチェス盤がある。

(聖句をとなえれば聖印が使えるというのは、使い方によってはとっても役に立つのでは?)

 ――例えば、「わたくしはすべての神の加護を持っていますの」と全部の聖印を使って、みんなをびっくりさせるとか!

 それに、それに……行く先々に落ちていた聖印にも、なにか情報が眠っているのでは?
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