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4、奪還のベリル
268、あなたが救世主のように崇めるわたくしは、お馬鹿でわがままで傲慢な小娘なのですわ
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「そして、本が世の中に出回りました!」
(読みました! わたくしは、とても楽しみました!)
フィロシュネーは心の中で嘆いた。
「すると今度は『好評だから続きを書かないといけない』と言ってきたらしいのです。優しいファラムが原稿を書き上げて『これは私が書いたのですから、私の名前を共同制作者にして、売り上げも一部でいいからください』とお願いしたところ、キース・メディシンは激昂したのだといいます」
「どうして……キース・メディシン……わたくし、あなたのことを学友たちとたくさん褒めたのに……」
「調子に乗るな、お前程度に書ける奴は山ほどいる。女としての魅力に秀でている者もたくさんいる。俺には将来を誓い合った恋人がすでにいて、愛人も何人もいる。ファラムは愛人の中でも最下位の地位だ……と、言い放って、関係を切られたのだとか」
「……」
(わ、わ、わたくしがいちばん嫌いなタイプの『女性をいじめる悪い男』じゃない……)
……そんな男を誉めてしまっていた!
フィロシュネーは泣きたくなった。
謎のみじめさのような、悔しさのような感情が、全身をひたひたと浸していた。
大好きだったのだ。
キース・メディシンという作者に、夢を見ていたのだ。
それが、とんでもない最低男だったのだ……。
フィロシュネーは扇をひらいた。
感情をおさえられない顔を隠し、冷静を装うためだ。
すうっと息を吸えば、街道の土埃っぽい匂いと、鉄錆びた血の匂いがした。この騒動で負傷した者もいるのだ……。
フィロシュネーは民が期待するであろう『青王らしい裁決』を意識して、言葉を考えた。
「事実確認をいたしましょう。お話に間違いがないと判明したなら、キース・メディシンに正義を執行いたします」
今なら、盗賊男があれほど喜んだ理由がわかる。
世の中には『人を利用してのしあがる者がうまい汁を吸い放題』という現実が、確かに存在する。
理不尽な現実を目の当たりにしていれば、力に訴えて相手を成敗したくもなるだろう。
成敗の試みが失敗して絶望していたタイミングで『真実を暴く聖女』などと言われている存在が目の前にあらわれれば、期待もするだろう。
フィロシュネーは相手の心情を理解して強く共感しつつ、理性的に言葉を選んだ。
「同情の余地はあるけれど、罪は罪でもあります。もしもキース・メディシンが有罪と判断されれば、わたくしは彼に正義を執行いたしますわ。けれど、盗賊団が商隊を襲ったという罪もまた、罪。無罪にはできません」
理由がなんであろうと、武器を持って暴れて無関係な人に怪我をさせたり、街道の治安を貶めた。
「なにもしていないのに突然の襲撃に巻き込まれたひとは、恐怖を感じたことでしょう。壊れた馬車は、直すのに時間とお金の人の労力が必要です。この街道の安全性に責任を持つ立場のひとは、街道の治安が悪いと責任を問われてしまいます」
襲う前までは『正義』一色だったとしても、襲ったあとは、巻き込まれた無関係の人々の正義がぶつかってきて、真っ赤な血の色の『悪』という文字が目立つようになってしまうのだ。
道理を説くようにしながら、フィロシュネーは心の中で自嘲した。
(わたくし、『罪は罪です』と正義面で他者を裁くくせに、モンテローザ公爵や預言者ダーウッドの真実は秘匿して彼らが裁かれないように守るのよね)
預言者や王に関する真実を明らかにするより、今まで通り偽っていた方が兄アーサーが国を治めやすいから。
モンテローザ公爵をただ失うより、味方として働いてもらったほうが心強いから。
ダーウッドを友人や家族のように思っているから。
私情だ。打算だ。
聖女とか神師とか青王とか言われていても、中身は自分に都合のよいように正義を歪める人間なのだ。
「構いません。もとより、自分は盗賊です。そうしなければ生きてこれなかったとはいえ、この手でたくさんのものを盗み、人を殺めてまいりました」
盗賊の男は頭を地面にこすりつけた。そして、感謝を口にした。
「世の中に正義はあったのだ、救いはあるのだ。神は不正義を見逃さず、悪を断罪してくれる。哀れな被害者を助けてくださったのだ、……と、喜びを抱いて死ぬことができます」
フィロシュネーは彼を見て複雑な心境になった。
「真実を世に明かし、キース・メディシンに制裁を。それが叶えば、俺は死んでもいいのです。陛下、彼と俺に平等に正義を執行してください」
(あなたが罪に手を染める前に誰かに助けられていれば、あなたの現状は違っていたのではなくて? あなたが商隊を襲う前にわたくしがあなたの前に現れたら、あなたは商隊を襲わずに済んだのではなくて?)
世の中に救いはあったのだ、と喜ぶけれど、あなたは救われなかったのではないの?
――そんな問いかけを胸に仕舞い込み、フィロシュネーは目を伏せた。
「……ここは空国ですから、あなたたちの身柄は空国に渡し、空王ハルシオン様にも判断をお伺いすることにいたましょう」
(優しくて哀れな盗賊さん。この世界に神は不在で、正義も救いもないのです。あなたが救世主のように崇めるわたくしは、お馬鹿でわがままで傲慢な小娘なのですわ……)
現場の後始末を済ませ、空国の街道警備兵に事情を話して、一行は空国の王都サンドボックスへと向かった。
(読みました! わたくしは、とても楽しみました!)
フィロシュネーは心の中で嘆いた。
「すると今度は『好評だから続きを書かないといけない』と言ってきたらしいのです。優しいファラムが原稿を書き上げて『これは私が書いたのですから、私の名前を共同制作者にして、売り上げも一部でいいからください』とお願いしたところ、キース・メディシンは激昂したのだといいます」
「どうして……キース・メディシン……わたくし、あなたのことを学友たちとたくさん褒めたのに……」
「調子に乗るな、お前程度に書ける奴は山ほどいる。女としての魅力に秀でている者もたくさんいる。俺には将来を誓い合った恋人がすでにいて、愛人も何人もいる。ファラムは愛人の中でも最下位の地位だ……と、言い放って、関係を切られたのだとか」
「……」
(わ、わ、わたくしがいちばん嫌いなタイプの『女性をいじめる悪い男』じゃない……)
……そんな男を誉めてしまっていた!
フィロシュネーは泣きたくなった。
謎のみじめさのような、悔しさのような感情が、全身をひたひたと浸していた。
大好きだったのだ。
キース・メディシンという作者に、夢を見ていたのだ。
それが、とんでもない最低男だったのだ……。
フィロシュネーは扇をひらいた。
感情をおさえられない顔を隠し、冷静を装うためだ。
すうっと息を吸えば、街道の土埃っぽい匂いと、鉄錆びた血の匂いがした。この騒動で負傷した者もいるのだ……。
フィロシュネーは民が期待するであろう『青王らしい裁決』を意識して、言葉を考えた。
「事実確認をいたしましょう。お話に間違いがないと判明したなら、キース・メディシンに正義を執行いたします」
今なら、盗賊男があれほど喜んだ理由がわかる。
世の中には『人を利用してのしあがる者がうまい汁を吸い放題』という現実が、確かに存在する。
理不尽な現実を目の当たりにしていれば、力に訴えて相手を成敗したくもなるだろう。
成敗の試みが失敗して絶望していたタイミングで『真実を暴く聖女』などと言われている存在が目の前にあらわれれば、期待もするだろう。
フィロシュネーは相手の心情を理解して強く共感しつつ、理性的に言葉を選んだ。
「同情の余地はあるけれど、罪は罪でもあります。もしもキース・メディシンが有罪と判断されれば、わたくしは彼に正義を執行いたしますわ。けれど、盗賊団が商隊を襲ったという罪もまた、罪。無罪にはできません」
理由がなんであろうと、武器を持って暴れて無関係な人に怪我をさせたり、街道の治安を貶めた。
「なにもしていないのに突然の襲撃に巻き込まれたひとは、恐怖を感じたことでしょう。壊れた馬車は、直すのに時間とお金の人の労力が必要です。この街道の安全性に責任を持つ立場のひとは、街道の治安が悪いと責任を問われてしまいます」
襲う前までは『正義』一色だったとしても、襲ったあとは、巻き込まれた無関係の人々の正義がぶつかってきて、真っ赤な血の色の『悪』という文字が目立つようになってしまうのだ。
道理を説くようにしながら、フィロシュネーは心の中で自嘲した。
(わたくし、『罪は罪です』と正義面で他者を裁くくせに、モンテローザ公爵や預言者ダーウッドの真実は秘匿して彼らが裁かれないように守るのよね)
預言者や王に関する真実を明らかにするより、今まで通り偽っていた方が兄アーサーが国を治めやすいから。
モンテローザ公爵をただ失うより、味方として働いてもらったほうが心強いから。
ダーウッドを友人や家族のように思っているから。
私情だ。打算だ。
聖女とか神師とか青王とか言われていても、中身は自分に都合のよいように正義を歪める人間なのだ。
「構いません。もとより、自分は盗賊です。そうしなければ生きてこれなかったとはいえ、この手でたくさんのものを盗み、人を殺めてまいりました」
盗賊の男は頭を地面にこすりつけた。そして、感謝を口にした。
「世の中に正義はあったのだ、救いはあるのだ。神は不正義を見逃さず、悪を断罪してくれる。哀れな被害者を助けてくださったのだ、……と、喜びを抱いて死ぬことができます」
フィロシュネーは彼を見て複雑な心境になった。
「真実を世に明かし、キース・メディシンに制裁を。それが叶えば、俺は死んでもいいのです。陛下、彼と俺に平等に正義を執行してください」
(あなたが罪に手を染める前に誰かに助けられていれば、あなたの現状は違っていたのではなくて? あなたが商隊を襲う前にわたくしがあなたの前に現れたら、あなたは商隊を襲わずに済んだのではなくて?)
世の中に救いはあったのだ、と喜ぶけれど、あなたは救われなかったのではないの?
――そんな問いかけを胸に仕舞い込み、フィロシュネーは目を伏せた。
「……ここは空国ですから、あなたたちの身柄は空国に渡し、空王ハルシオン様にも判断をお伺いすることにいたましょう」
(優しくて哀れな盗賊さん。この世界に神は不在で、正義も救いもないのです。あなたが救世主のように崇めるわたくしは、お馬鹿でわがままで傲慢な小娘なのですわ……)
現場の後始末を済ませ、空国の街道警備兵に事情を話して、一行は空国の王都サンドボックスへと向かった。
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