悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

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4、奪還のベリル

276、我々の愛すべき失恋王/ うまくやったものですな、フェリシエン

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 草舟が、仲良く並んで川の流れに乗り、流れていく。
  
「あんな風に、あなたとこの先の人生をともに過ごしたいと思うのです」

 ハルシオンがあまりに自然に言うので、フィロシュネーは頷きそうになった。危うく思いとどまったのは、「まるでプロポーズのよう」と感じたからだ。

「ハルシオン様……」
「っふふ……周りの期待にこたえたくなりました。こたえちゃった」
 
 ハルシオンが照れている。
 
「わたくし、浮気はしませんの」
「ですよねえ。いえ、周りが後押ししてくれるのを感じて、気が大きくなったのですよ」
 
 なるほど、橋の上、両側と、近くの人たちが好奇心いっぱいに二人を見ている気配も感じられる。
 お忍びは完全に失敗していて、見せ物のように興味津々、見守られているのだ。
 下手な返事の仕方をすれば、『空王ハルシオンと青王フィロシュネーが結婚することで二国がひとつになる』という夢が現実味を帯びた、と噂になってしまうかもしれない。

「……わたくしも、空国と青国が仲よくこの先も共に歩んでいけたら素敵だと思うのですわ」
 
 国同士の関係についての話ですよ、とアピールすると、ハルシオンは「外交官も安心しますね」と笑ってくれた。
 

 * * *

 『敗色濃厚な空王陛下の恋の逆転略奪婚を目指す会』の腕章を付けた民は、護衛騎士に警戒されながら応援活動をしていた。
 
「陛下がプロポーズなさったぞ」
「相手は婚約者持ちだが、いいのか」
「ああしていると普通の青年だな」
「普通か?」

 ある者は街路樹にへばり付き。
 またある者は荷箱の影に隠れて。
 よく見ると橋の下にぶら下がってる強者までいる。

 彼らが見守る中、橋の上の高貴な二人は会話を進めた。
  
「陛下がふられた……」
「どう見ても勝ち目がありません」
「相手は婚約者持ちなのだから当たり前ではないか」

 民の間には、同情的な気配が満ちた。

 衆人環視の橋の上で、空王ハルシオンの恋はどう見てもダメっぽかった。

「なるほど、『失恋濃厚会』に『失恋しました会』か。あの美形の陛下がそんなもの主催せんだろう、と思っていたが納得したぞ」
「失恋王……」
「危険人物というイメージがあったが、あまり怖くないな」
 
 見守っていたダーウッドの耳には「失恋王」という変な異名が誕生して民の間に浸透していく様子が聞こえた。

 * * *
 
 青い鳥に変身したダーウッドが見下ろす暗がりには、弟と似た暗色ローブを着て身を隠しているフェリシエン・ブラックタロンがいる。
 気づけば呪術伯などという謎の称号を獲得したフェリシエンは、ハルシオンに肩入れしているらしい。

(あの民衆の変化は、フェリシエンの思惑通りなのでしょうな?)
  
 ダーウッドは見ていた。
 ハルシオンの腹心でありフェリシエンの弟であるルーンフォーク・ブラックタロンが主君のお忍びを成功させるため、認識阻害の呪術を使ったのを。
 そして、フェリシエンがその術を解いたのを。
 
 結果、王都の民は自分たちの主君がお忍び気分で歩いていることに気付いた。
 普通の青年のように片想いの女の子に笑いかける姿を見た。
 ちょうどルーンフォークが主君の好ましい点や不憫な一面を熱弁してくれた。
 そして、民が応援する気になったところで、ふられた。

(うまくやったものですな、フェリシエン) 
 ――民は、間違いなくハルシオンへの好感度を向上させている。

(気持ちはわかります。片想いは応援したくなりますし……想いが実らないのは、つらい)
 
 鳥の頭をちょっと傾けて、ぼんやりと考える。

 見下ろす視界で揺れる白銀の髪は、どうしても行方不明中の青年王を思い出させた。
 
(アーサー様……不老症から、普通の人間になったという人物がいるのです)

 私も、もしかしたら普通の人間になれるかもしれない。
 もしかしたら、この未熟な身体が成長する未来があるかもしれない。
 
 大人の女性になれるかもしれない。
 そうなったら、そうなったら――

 ぼんやりと可能性に思いを馳せてから、ダーウッドはハッと頭を振った。
 
(わ、私はなにを夢見ているのか)

 普通の女性になって、あの青年の手を取って、堂々と「私がこの方の伴侶としてお世継ぎをお産み申し上げます」と言える――と、自分は今、妄想したのだ。

(は、は、……恥ずかしいっ……‼)  

 おこがましい。どうかしている。
 ……とんでもない妄想だ!

 枝を揺らし、鳥の姿のダーウッドは飛び立った。
 感情が荒れ狂うままにバサバサと翼を暴れさせて飛翔する姿を、地上のフェリシエンが「なにを興奮しているのだ」と呆れたような眼で見ている。
 
 恋とは、どうにもならない情動だ。
 制御がむずかしい感情だ。気付けば、恥ずかしい自分がいる。

「我々の愛すべき失恋王に、乾杯」
「ハルシオン陛下の切ない恋に」

 地上の民が主君を慕い乾杯している。
 
 ……彼らもまた、恋のつらさや切なさを知っているのだ。
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