悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
6 / 384
1、贖罪のスピネル

5-2、賢そうに振る舞わなくていい。可愛く無邪気にしていなさい

しおりを挟む
 退室するサイラスを見送ったあと、思わずといった様子で口をひらいたのは空王アルブレヒトだった。

「黒の英雄の武勇伝は聞き及んでおりますが、あの人物は信用できるのでしょうか」
 
(アルブレヒト陛下って、もしかして思ったことを心に仕舞っておけずに口に出してしまうタイプだったりするかしら?)

 まだ人となりを詳しく知らないが、この短時間の様子を見ていても、フィロシュネーには、空王アルブレヒトが青王クラストスと真逆のタイプのように感じられた。

(仰る内容はごもっともでも、人材登用に干渉されているのは、よくないわよね~? お父様~?) 

 ちらりと見れば、青王クラストスは渋い顔をしていた。明らかに機嫌を損ねている。

(あら、お父様、表情。表情。にこやかになさらなくて、いいの?)

 例え不快でも、普段の父はこんなときに不快そうな顔はしない。にこにこと柔和に微笑むのが父の社交スタイルだ。
 フィロシュネーが驚いていると、ハルシオンがおっとりと弟に首を振った。
 
「アル、黒の英雄は優秀な人材なのだから、叙勲して国で抱え込むのは良いことだと私は思うよ」
「兄上ぇ……」

 ハルシオンが青王クラストスの機嫌を取るよう、小さく詫びて話題を切り替えたので、フィロシュネーは評価を上げた。この空国の王族兄弟は、ハルシオンの方が『わかっている』のだ、と。
 
 話題を変えたハルシオンは、フィロシュネーに視線を向ける。

「そうそう、黒の英雄の話は置いておくとして、青国のフィロシュネー姫は『神鳥しんちょうの聖女』なのではありませんか?」

(わたくしがなんですって?) 
 フィロシュネーはどきどきした。
 
 神鳥は、神秘的で特別な生き物だ。
 青国と空国の王家に生まれる姫の中で素質のある者は、神鳥に加護をたまわることがある。すると、魔物が減ったり、豊作が続いたりと、良い影響があるらしい。
 ここ数代は、どちらの国にも神鳥の加護を得られる姫はいなかったのだが。 
 
「空国の預言者ネネイは、預言をしています」

 神鳥がレクシオ山で卵を産み、代替わりする。
 神鳥の聖女が歌を捧げて卵からヒナがかえり、聖女が所属する国に加護をもたらしてくれる。
 ハルシオンが預言を共有すると、空王アルブレヒトは目に見えて慌てた。

(あらぁ、内緒にしておきたかったお話なのね。でも、わが国の預言者ダーウッドだって同じ預言をしているわ。言わないけど)

 国家機密といえるのだろうか。そんな情報を、恐らく無断で軽率に話題にした。だから、フィロシュネーはハルシオンの評価をそっと下げた。
 
 その点、父である青王クラストスは『ちゃんとしている』。
 知っている情報なのに初めて聞くような顔で「貴重な預言を共有してくださってありがとうございます」と情報提供に感謝している。
 
 友好国といっても、油断をしてはならない。自国の利益優先だ。
 フィロシュネーは無知になるよう育てられたが、王族としての基本的なモノの考え方は理解していた。恋愛物語にも「王族失格よ」と言われる王族がたくさん出てくる――『馬鹿王子』とか『無能王族』と呼ばれたりして、断罪される悪役キャラクターとして。

(王族の言葉は重いのよ。国の命運を左右するの。責任があるのですっ。気を付けなくちゃ、だめ)

 得意満面にお説教をしていいと言われたら、気持ちよく言ってあげるのだけど――我慢。フィロシュネーはにこにこと「わたくしも、そのお話は初めて知りました。びっくりですわ」という顔を保った。  

「ハルシオン様は、我が国にとって役に立つお話をたくさん齎してくださる気がいたしますわ、お父様。わたくし、お話をもっと聞いてみたいです」

 可愛らしく言う真意は、「その軽いお口でもっと情報をぺらぺら漏らしてもいいですよ」だ。
 父が「よく出来ました」という気配で頷いてくれるから、フィロシュネーはにこにこした。
   
「いやぁ。我々は親戚……家族みたいなものではありませんかぁ。隠し事なんて、悲しいでしょう?」

 ハルシオンはピュアな気配で言葉を返してくる。

「姫は婚約のお話を白紙になさりたいのですよね? 私は猫になっていたおかげで、現在フリーです。婚約を申し込みたいのですが、……いかがでしょうか?」
 
(ふ、ふむむ? 聖女が所属する国に神鳥から加護がもらえる。だから聖女の可能性があるわたくしと縁を結び、自国に加護をもらおうという思惑かしら……?)

 フィロシュネーは「わたくし、難しいことはわかりませんわ」という微笑をたたえつつ、考えを巡らせた。

 父、青王クラストスはフィロシュネーに常日頃から「賢そうに振る舞わなくていい。可愛く無邪気にしていなさい」と教育している。
 父は王族の親しみやすさや人間味、魅力をアピールし、臣下や民衆の支持を得る効果を狙っているのかもしれないし、賢者ぶることのリスクよりも愚者のふりをするメリットを勧めているのかもしれない。
 あるいは、もっとシンプルに「賢いお姫様よりも可愛いだけのお姫様がいい」と思っているのかも。

「わたくしは、お父様の決定に従います」

 父の思惑がどうであれ、フィロシュネーはおねだりはできるが、父王の命令には従うのが基本スタンスなのである。
 
 さて、青王クラストスはというと。

「姫は英雄にあげるからなぁ」
「青王陛下っ、婚約は一度白紙にしてくださぁい」
「うーん。なぜだろう。心が揺らぐ……なんでも言うこと聞きたくなっちゃうなぁ」

 フィロシュネーの目には、青王クラストスは渋りつつも、王兄ハルシオンに魅力を感じているように見えた。

(お父様はわたくしの婚約を巡っての揉め事にうんざりしている。それに、空国との関係を良好にキープしたいのと……なにより、ハルシオン殿下がお気に召した様子?)
 
「もちろん、私は姫を大切にします。年齢もほら、私は十九。姫は十四。近いですね。穏やかな関係の家族になりましょう」

 語りかけるハルシオンの表情は、微妙に照れを感じさせる。

「家族っていいですよね、私は子供好きでして。いや、子供は気が早すぎ……こほん。作りたくなければ作らなくても結構ですし。いやぁ、それにしても私たちは外見の色合いも似ていて、妙な親近感というか。親戚ですからね、そんな気分も湧きますよね。姫は可愛らしくて、保護者パパな気分にもなるような……うん、何を言っているんだ私は。うん? あー……、頭が痛くなってきた」
  
 ペラペラとよく喋る。
 目なんかキラッキラに輝いていて、潤んでいて。
 頬がほのかに赤く上気していて、なにやら凄く一生懸命。見るからに「あなたに好意があります!」って気配!
 弟である空王アルブレヒトなどは身内の恥を見るような顔で「もう黙ってくれ兄上」と言っていたりするが。
 
(わ、わたくしも恥ずかしくなってしまいますわ、こんなの)
「わ、わたくし、し、しつれいしましゅ」
 噛んだ!
  
 フィロシュネーはタイミングを見計らい、扇で顔を隠すようにしながら退室した。

 周囲の視線が恥ずかしい……! 
 でも、昼食会の振る舞いには「噛んだ」以外の致命的なミスはなかったはずだ。
 フィロシュネーは自分の発言を振り返り、「わたくしはよくやったわ」と自分を慰めた。


 * * *
 
 
 翌日、フィロシュネーは城内の図書館におもむいた。

 調べ事には、図書館だ。自国のことや他国のことが書かれた本があるに違いない。
 知識を付けよう、と思ったのだ。

「フィロシュネー殿下、おそれながら、必要な本はお部屋までお届けしますので、お部屋でお待ちくださいまし」

 名も知らぬ侍従が必死に声をかけてくる。
 彼らは、父に「姫に知識をつけさせるな」と言われているのだ。

「そう言って待っていたら、わたくしのお部屋には必要な本じゃなくて恋愛物語が届くのよ。いつものことじゃない」

 不遜なサイラス。あるいは変人のハルシオン。
 そんな新鮮な刺激が重なって、フィロシュネーの心に一滴、また一滴と、波紋を生じさせていた。

 花が群れ咲く庭を移動していると、楽し気な声がする。
 ……悪口みたいだけど。
 
「お姉様は、黒の英雄に『愛せない』って拒絶されたのですって。身分が下の男にそこまで言わせるなんて……よほど好みから外れていらしたのね」

 義理の妹にあたる第二王女の声だ。
 第二王妃の娘である第二王女は、フィロシュネーのあら探しをして嘲笑ちょうしょうするのが大好きなのだ。

(陰口を取り巻きと楽しむためにサイラスに台本を読ませたのかしら。くだらない)
 フィロシュネーが道を変えようとした時、青年の声が聞こえた。

「いやぁ~、黒の英雄には困ったものです。けれど、そのおかげで私にも婚約を申し込むチャンスが生じたので、感謝すべきでしょうか?」
「えっ、ハ、ハルシオン殿下!? お聞きになっていたのですか」

 第二王女が驚いた様子で名を呼んでいる。

「んっふふ。は~いっ、私ですよ! 聞いちゃったぁ。黒の英雄は、他者を陥れたり陰口を叩いて快感を覚えるタイプの年上女性が趣味らしいのです。実は私の弟も似た趣味を持っており、三人は今頃お楽しみ中かも? そう、あなたのお母様とでぇすっ」

 王族というより道化師と呼ばれた方がしっくりするようなおどけけっぷりだ。

「あなたのお母様は開放的でいらっしゃる。今回に限らず、あなたが生まれるずっと前から。んん、しかし? そうなりますとぉ、彼女がお生みになる御子みこは青王のたねか疑わしく思えてしまいませんか?」

 しかも内容が、過激!
 
「あなたなどは王族の瞳もお持ちでいらっしゃらぬようですし、王家の血が流れていないのではと、ご自分でもご心配でしょうね」
「なっ、なんてことを仰るの!」
「んっふふ! 怒りましたぁ? ところで私、あなたが王族の血統かどうか調べることができまぁす。調べてみましょうか?」
「け、結構よ!」
 
(ひ、ひええ。凄いことを仰ってる。わたくしは無関係です! わたくしは関わりませんっ)
 フィロシュネーは騒然とした現場からコソコソと逃げた。
(外交問題になったりしないのかしら)
 
 あの王兄殿下、とんでもない。
 
 実際のところ、第二王妃の不貞ふていは疑われていたりする。第二王女に面と向かってあんなことを言う者なんて、今までいなかったが。
 
(ふふ、でも正直、ちょっと胸がく思いはしたわねっ) 
 
 ……ところでサイラスはお楽しみ中なのかしら? 三人で?
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています

日向はび
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。 自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。 しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━? 「おかえりなさいませ、皇太子殿下」 「は? 皇太子? 誰が?」 「俺と婚約してほしいんだが」 「はい?」 なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

処理中です...