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1、タロットハート伯爵家のお嬢様
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伯爵家の庭の枝が、初々しいつぼみを抱えている。
季節は三月――溶雪月。
春目前という時期だけど、私が住む屋敷の中は冷え冷えとした空気だった。
「知恵熱ですって……」
「タロットハート伯爵家のお嬢様がマジカリア王立学園で最下位だなんて恥ずかしい」
「王太子殿下の婚約者に選ばれてから、お嬢様の品格に疑問の声が絶えませんわね」
マジカリア王立学園とは、私が試験を受けた王立学園の名前だ。
試験結果は使用人たちの間に広まり、廊下を歩くたびに囁き声が私の後を追いかける。
見かねた両親は使用人たちに注意喚起して、私を「身体の回復のため」という美名のもとに寝室に閉じ込めた。
「臭い物に蓋をする」という言葉を思い付いたけど、気にしないでおこう。
前世を思い出した私は、今までのパメラとしての記憶や自意識を持ちつつ、ちょっとだけ性格が変わったと思う。
例えば、前世の私は病弱だった。
だから、健康な現在の身体がありがたい。
日本人の感覚からすると今の自分の部屋は広くて立派だし、悪役令嬢である自分の美少女ぶりに驚いたりもする。
破滅回避しないと……という危機感もある。
そんなわけで、自室での謹慎の日々は苦にならない。
療養の建前があるので、眠くなったらいつでも眠れるし、食事も美味しい。
外を出歩くことはできないけど、広い寝室の中では自由に過ごせる。食事も部屋まで運ばれてくる。
優雅な引き篭もりお姫様生活だ。
「パメラお嬢様、失礼いたします」
「はいっ、どうぞ」
こんこん、とノックがされて、ハウスメイドが父親からの差し入れを持ってくる。本がいっぱいだ。
可愛らしいカモミールとミモザの花束も持っていて、花瓶に生けてくれた。
「旦那様は、学園生活に備えて予習をするようにと仰せです。それと、こちらは婚約者の殿下からと、隣国に留学中のお兄様からのお見舞いの花です」
「可愛いお花ね……!」
カモミールはアトレイン殿下から。ミモザは私のお兄様から。
両方とも綺麗で、相性抜群だ。
お部屋が華やかになって嬉しい。
「嬉しいわ。お礼のお手紙を書くべきよね?」
「旦那様が感謝状を出されるので、お嬢様は結構でございます」
「そう。お父様にも感謝を伝えてくださる?」
「かしこまりました」
「いつもありがとう」
意識してお礼の言葉を口にするようにしていると、メイドも心なしか優しくなってきた気がする。
今までは身近で何かしていても、あまり気にしてなかったんだよね。生まれながらの貴族令嬢にとって使用人は当たり前の存在だったから。
「今日は特に学問の本が多いわね」
差し入れに道徳書や基礎学問の教科書が多いのは、「入学までにしっかりと体調を整え、できれば自身の言動を振り返って改善してほしい」という両親の無言の要望だろうか。
幸い、私は本好きだ。
入院生活では身体の自由が利かない分、本をよく読んでいた。
本を渡される端から読み、紅茶とお菓子に囲まれる謹慎生活を送りながら、私は破滅回避のための計画を立てることにした。
「まずは情報整理ね。ゲーム攻略みたいに楽しんでいこう」
何事も気持ちの持ちようだ。楽しみながら取り組むと、うまくいきやすい。
前向きに楽しもう。
私は前世の記憶をノートに書いていった。
原作では、私は主人公のコレットの恋のライバルだ。
『コレットさん、平民のくせに生意気よ。それに、闇属性が得意なんですって?』
私はみんなの前でコレットの評価を下げようとする。
この国では「全ての属性に貴賤なし」と謳われている。
でも、実は闇属性だけは「不吉」とか「悪人が多い」と言われていて、差別の対象になっている。
なので、「闇属性が得意」というのは欠点なのだ。
『闇属性って歴史的に見ても犯罪者が多いのよね! さすが人の婚約者を奪おうとする方だわ』
しかし、この発言はアトレイン殿下のご機嫌を損ねるものだった。
『……パメラ嬢。俺の婚約者が身分や属性を理由に学友を蔑むのは、心が痛む。やめてくれ』
――その事件から目に見えてアトレイン殿下はパメラを嫌い、コレットに優しくなっていく。
私はコレットをいじめる役。
アトレイン殿下はコレットを庇い、私を非難する役。
とてもわかりやすい役割配置である。
そして、ネクロセフ教授はアトレイン殿下の姉であるグレイシア姫殿下の婚約者だ。
姫殿下の病を治すために危険な研究に没頭し、禁忌の魔法に手を出してしまう。
その結果、教授は学園を追放され、姫殿下は病に倒れ、彼は自らの無力を嘆きながら闇に堕ちていく……悲劇の悪役だ。
「つまり、私がコレットに関わらず、そして教授の研究を成功させることができれば、破滅の未来は回避できる……?」
羽ペンを走らせ、思考整理する。
「破滅回避のためにすべきことは、コレットの恋のライバルにならないことと、シグフィード・ネクロセフ教授の研究を成功させること」
恋のライバルにならないのは簡単として、研究を成功させる方は難しそうだ。
原作にはグレイシア姫殿下の病名も出てこなかったし、教授の研究の詳細も書かれなかった。
ふーむ。私に必要なのは情報だな。
「グレイシア姫殿下の病気について調べてみよう。原作には病名は書いてなかったけど、何の病気だったんだろう? お父様はご存じだったりするかな?」
私のお父様は領地持ちの伯爵で、外交関係のお仕事もしている。王室にもお詳しい。
使用人を呼び、お父様にお伺いを立てると、お父様は病名をご存じだった。
姫殿下の病気は『魔力喪失症』。
徐々に魔力が失われ、最終的には命を落とす原因不明の難病だ。
「魔力喪失症って、原作にも出てきた病気じゃない。それなら治せるわ!」
原作では、『ルナティス山』という山に洞窟がある。
悪役の断罪が終わり、姫殿下も亡くなった後に、コレットが中に入って、魔力喪失症の治療薬の材料である薬草を発見するんだ。
そして、そのルナティス山には学園の実習で訪れる機会がある……!
「実習で洞窟に入って薬草を手に入れちゃえばいいのよ!」
私、レシピも覚えてる。特効薬が作れるよ!
「薬草をゲットして、薬のレシピも教授にお伝えしたい。でも、入学試験で最下位の新入生が言っても信じてもらえないよね」
材料は揃えられる。
あとは、どうすれば教授に話を聞いてもらえるだろうか?
落ちこぼれ生徒が「先生。こんな風にしたら薬を作れます!」と言っても信じてもらえないよね。
「信用が大事よね。教授の講義で優秀な成績を取って……研究助手を目指すとか?」
学園には、優秀な生徒が教授の研究助手になる仕組みがある。
教授の助手……いいな! なりたいな!
私は教科書を広げた。
錬金術、魔法薬学、魔法生物学……教授が担当する科目全ての予習を始めるために。
「推しのために、絶対に成果を出してみせる!」
ファンタジー世界のお勉強は、わくわくする。
魔法生物学は『スライムの生態』とか『ユニコーンの生息地』が図解付きで書いてある。
数学は前世とほとんど同じ。錬金術も歴史も面白い。
魔法も使える。
私は火属性の魔法が得意で、指先や手のひらに火の玉を出したり消したりできる。
投げたりもできるけど、間違って部屋を燃やしちゃいそうだから我慢。
学園に入学すると短杖が支給されるので、それを使うともっと繊細な魔力操作ができるようになるのが楽しみだ。
「学園に入学したら、訓練室でいっぱい魔法使うんだ……!」
運動不足にならないよう、室内でできる簡単な運動も日課にした。
朝は体操をして一日を始める。夜はストレッチ、スクワット、腹筋だ。
前世の入院生活では「体力作りをする体力がない」って感じだったんだけど、今は違う。
健康に感謝だ。
調子に乗ってダンスもしてみたら、ハウスメイドに目撃されてびっくりされてしまった。
メイドはそっとドアを閉じて、使用人仲間に助けを求めていた。
「お嬢様が変なことをなさってるの……!」
はい。すみません。
挙動不審でメイドたちに話題を提供しつつ、私の謹慎生活は続く。
アトレイン殿下は贈った花が枯れないうちに新しい花を届けてくれた。手紙はないけど、マメだ。
「お嬢様。新しいカモミールが届いたので入れ替えますね。それと、こちらは料理人からの新作のお菓子です」
「わぁ、ありがとう。料理人さんにも、『いつも美味しいお料理ありがとう』って伝えてくださる?」
ちなみに、今まで友達だと思っていた令嬢たちは、お見舞いの手紙を送ってくる様子がない。
前世の価値観も合わせて考えてみたんだけど、あの子たちとは距離を取り、新しい人生を生きようと思う。
学園で新しい友達を作るんだ。
季節は三月――溶雪月。
春目前という時期だけど、私が住む屋敷の中は冷え冷えとした空気だった。
「知恵熱ですって……」
「タロットハート伯爵家のお嬢様がマジカリア王立学園で最下位だなんて恥ずかしい」
「王太子殿下の婚約者に選ばれてから、お嬢様の品格に疑問の声が絶えませんわね」
マジカリア王立学園とは、私が試験を受けた王立学園の名前だ。
試験結果は使用人たちの間に広まり、廊下を歩くたびに囁き声が私の後を追いかける。
見かねた両親は使用人たちに注意喚起して、私を「身体の回復のため」という美名のもとに寝室に閉じ込めた。
「臭い物に蓋をする」という言葉を思い付いたけど、気にしないでおこう。
前世を思い出した私は、今までのパメラとしての記憶や自意識を持ちつつ、ちょっとだけ性格が変わったと思う。
例えば、前世の私は病弱だった。
だから、健康な現在の身体がありがたい。
日本人の感覚からすると今の自分の部屋は広くて立派だし、悪役令嬢である自分の美少女ぶりに驚いたりもする。
破滅回避しないと……という危機感もある。
そんなわけで、自室での謹慎の日々は苦にならない。
療養の建前があるので、眠くなったらいつでも眠れるし、食事も美味しい。
外を出歩くことはできないけど、広い寝室の中では自由に過ごせる。食事も部屋まで運ばれてくる。
優雅な引き篭もりお姫様生活だ。
「パメラお嬢様、失礼いたします」
「はいっ、どうぞ」
こんこん、とノックがされて、ハウスメイドが父親からの差し入れを持ってくる。本がいっぱいだ。
可愛らしいカモミールとミモザの花束も持っていて、花瓶に生けてくれた。
「旦那様は、学園生活に備えて予習をするようにと仰せです。それと、こちらは婚約者の殿下からと、隣国に留学中のお兄様からのお見舞いの花です」
「可愛いお花ね……!」
カモミールはアトレイン殿下から。ミモザは私のお兄様から。
両方とも綺麗で、相性抜群だ。
お部屋が華やかになって嬉しい。
「嬉しいわ。お礼のお手紙を書くべきよね?」
「旦那様が感謝状を出されるので、お嬢様は結構でございます」
「そう。お父様にも感謝を伝えてくださる?」
「かしこまりました」
「いつもありがとう」
意識してお礼の言葉を口にするようにしていると、メイドも心なしか優しくなってきた気がする。
今までは身近で何かしていても、あまり気にしてなかったんだよね。生まれながらの貴族令嬢にとって使用人は当たり前の存在だったから。
「今日は特に学問の本が多いわね」
差し入れに道徳書や基礎学問の教科書が多いのは、「入学までにしっかりと体調を整え、できれば自身の言動を振り返って改善してほしい」という両親の無言の要望だろうか。
幸い、私は本好きだ。
入院生活では身体の自由が利かない分、本をよく読んでいた。
本を渡される端から読み、紅茶とお菓子に囲まれる謹慎生活を送りながら、私は破滅回避のための計画を立てることにした。
「まずは情報整理ね。ゲーム攻略みたいに楽しんでいこう」
何事も気持ちの持ちようだ。楽しみながら取り組むと、うまくいきやすい。
前向きに楽しもう。
私は前世の記憶をノートに書いていった。
原作では、私は主人公のコレットの恋のライバルだ。
『コレットさん、平民のくせに生意気よ。それに、闇属性が得意なんですって?』
私はみんなの前でコレットの評価を下げようとする。
この国では「全ての属性に貴賤なし」と謳われている。
でも、実は闇属性だけは「不吉」とか「悪人が多い」と言われていて、差別の対象になっている。
なので、「闇属性が得意」というのは欠点なのだ。
『闇属性って歴史的に見ても犯罪者が多いのよね! さすが人の婚約者を奪おうとする方だわ』
しかし、この発言はアトレイン殿下のご機嫌を損ねるものだった。
『……パメラ嬢。俺の婚約者が身分や属性を理由に学友を蔑むのは、心が痛む。やめてくれ』
――その事件から目に見えてアトレイン殿下はパメラを嫌い、コレットに優しくなっていく。
私はコレットをいじめる役。
アトレイン殿下はコレットを庇い、私を非難する役。
とてもわかりやすい役割配置である。
そして、ネクロセフ教授はアトレイン殿下の姉であるグレイシア姫殿下の婚約者だ。
姫殿下の病を治すために危険な研究に没頭し、禁忌の魔法に手を出してしまう。
その結果、教授は学園を追放され、姫殿下は病に倒れ、彼は自らの無力を嘆きながら闇に堕ちていく……悲劇の悪役だ。
「つまり、私がコレットに関わらず、そして教授の研究を成功させることができれば、破滅の未来は回避できる……?」
羽ペンを走らせ、思考整理する。
「破滅回避のためにすべきことは、コレットの恋のライバルにならないことと、シグフィード・ネクロセフ教授の研究を成功させること」
恋のライバルにならないのは簡単として、研究を成功させる方は難しそうだ。
原作にはグレイシア姫殿下の病名も出てこなかったし、教授の研究の詳細も書かれなかった。
ふーむ。私に必要なのは情報だな。
「グレイシア姫殿下の病気について調べてみよう。原作には病名は書いてなかったけど、何の病気だったんだろう? お父様はご存じだったりするかな?」
私のお父様は領地持ちの伯爵で、外交関係のお仕事もしている。王室にもお詳しい。
使用人を呼び、お父様にお伺いを立てると、お父様は病名をご存じだった。
姫殿下の病気は『魔力喪失症』。
徐々に魔力が失われ、最終的には命を落とす原因不明の難病だ。
「魔力喪失症って、原作にも出てきた病気じゃない。それなら治せるわ!」
原作では、『ルナティス山』という山に洞窟がある。
悪役の断罪が終わり、姫殿下も亡くなった後に、コレットが中に入って、魔力喪失症の治療薬の材料である薬草を発見するんだ。
そして、そのルナティス山には学園の実習で訪れる機会がある……!
「実習で洞窟に入って薬草を手に入れちゃえばいいのよ!」
私、レシピも覚えてる。特効薬が作れるよ!
「薬草をゲットして、薬のレシピも教授にお伝えしたい。でも、入学試験で最下位の新入生が言っても信じてもらえないよね」
材料は揃えられる。
あとは、どうすれば教授に話を聞いてもらえるだろうか?
落ちこぼれ生徒が「先生。こんな風にしたら薬を作れます!」と言っても信じてもらえないよね。
「信用が大事よね。教授の講義で優秀な成績を取って……研究助手を目指すとか?」
学園には、優秀な生徒が教授の研究助手になる仕組みがある。
教授の助手……いいな! なりたいな!
私は教科書を広げた。
錬金術、魔法薬学、魔法生物学……教授が担当する科目全ての予習を始めるために。
「推しのために、絶対に成果を出してみせる!」
ファンタジー世界のお勉強は、わくわくする。
魔法生物学は『スライムの生態』とか『ユニコーンの生息地』が図解付きで書いてある。
数学は前世とほとんど同じ。錬金術も歴史も面白い。
魔法も使える。
私は火属性の魔法が得意で、指先や手のひらに火の玉を出したり消したりできる。
投げたりもできるけど、間違って部屋を燃やしちゃいそうだから我慢。
学園に入学すると短杖が支給されるので、それを使うともっと繊細な魔力操作ができるようになるのが楽しみだ。
「学園に入学したら、訓練室でいっぱい魔法使うんだ……!」
運動不足にならないよう、室内でできる簡単な運動も日課にした。
朝は体操をして一日を始める。夜はストレッチ、スクワット、腹筋だ。
前世の入院生活では「体力作りをする体力がない」って感じだったんだけど、今は違う。
健康に感謝だ。
調子に乗ってダンスもしてみたら、ハウスメイドに目撃されてびっくりされてしまった。
メイドはそっとドアを閉じて、使用人仲間に助けを求めていた。
「お嬢様が変なことをなさってるの……!」
はい。すみません。
挙動不審でメイドたちに話題を提供しつつ、私の謹慎生活は続く。
アトレイン殿下は贈った花が枯れないうちに新しい花を届けてくれた。手紙はないけど、マメだ。
「お嬢様。新しいカモミールが届いたので入れ替えますね。それと、こちらは料理人からの新作のお菓子です」
「わぁ、ありがとう。料理人さんにも、『いつも美味しいお料理ありがとう』って伝えてくださる?」
ちなみに、今まで友達だと思っていた令嬢たちは、お見舞いの手紙を送ってくる様子がない。
前世の価値観も合わせて考えてみたんだけど、あの子たちとは距離を取り、新しい人生を生きようと思う。
学園で新しい友達を作るんだ。
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