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「あなた、最近よく見かける鳥さんね。オレンジ色ですごく綺麗。パンを食べる?」
窓を開けて小皿にちぎったパンを乗せると、ここ数日間の話し相手になったオレンジ色の小鳥が美味しそうに食べてくれた。
「聞いてよ鳥さん。私、ずっと部屋にいるでしょう? でもね、そろそろ学園に行くの。あなたともお別れかな?」
小鳥は首をかしげて私を見つめ、パッと翼を開いて飛んで行ってしまった。
学園に入学する予定があるので、自室生活は永遠には続かない。
広くて快適な部屋だけど、さすがに三週間ほど室内生活が続くと外に出たくなってくるし、外に出られるのは良いことだ。
健康だから、元気が有り余ってしまうんだよね。
最近の息抜きは、私の推し、ネクロセフ教授のぬいぐるみ作りだ。
手を動かしていると、嫌なことを忘れてどんどん楽しくなってくる。
推し活はメンタルに良い。
これがあるから、私は頑張れる。
「今日は推しのぬいぐるみを完璧に仕上げるわ!」
話し相手がいない私は、独り言が増えてきた。
ブツブツ独り言を垂れ流す私を見て、メイドも同情的になってきた最近だ。
でも、ぬいぐるみ制作は楽しい。
本日は、まず黒のベルベット生地で紳士服を再現する。
襟元のラインを繊細に調整して、あの隙のない着こなしを表現。
髪は最高級の絹糸を使う。
オールバックのラインが命だ。教授の髪は乱れない。
瞳は黒曜石のビーズ。
切れ長で怜悧な雰囲気を出すために、角度を何度も調整すると……可愛い!
「うふふ……完璧……! この切れ長の瞳、このクールな表情……!」
完成したぬいぐるみを抱きしめて膝に乗せ、私の手はノートへと伸びた。
『麗しのシグフィード教授が優雅に紅茶を啜っておられる。その美しい唇に口づけできたら、どんなに幸せだろう。見惚れていると……「どうした?」教授が私を見つめて――』
ペンが止まらない。
私は夢小説が読むのも書くのも大好きだ。
今世でも推しへの想いが溢れて止まらない。
『雨に濡れた私を優しく抱きしめて、教授は甘く囁いた。「私をこれほど振り回して、嫉妬させて……悪い子だ」言葉を返そうとした私の吐息が彼の唇で奪われる……』
「書いちゃった……!」
ノートを抱きしめて、ベッドの上で転がる。
私は療養期間中、推しグッズ制作と夢小説執筆に没頭し、ついでに前世の記憶をノートに書いて情報整理した。
憧れだったアトレイン殿下は、私と結ばれることがない。
その事実は寂しかったけど、知らず不幸になるよりも先に知って自己防衛できてよかったと思う。
さて、そんな閉ざされた生活を過ごして、1か月が経過。
学園が始まる時期になり、私は春に巣穴の外に出てくるクマさんのように部屋の外に出た。
学園には寮がある。
貴族の子女は自宅から通うことも多いが、両親は私を寮に入れると決めた。
両親に呼び出され、私は言われた。
「パメラ。お父様とお母様は、お前には立派な淑女に育ってほしい。学園は社会の縮図だ。そこで社交術を磨きなさい」
厳しい目付きだけど、現時点では両親は私のことを嫌っているわけではない。
どちらかと言うと心配してくれてるんだ。
「パメラ。アトレイン殿下との婚約は解消になる可能性が高いが、お前が見事に成長すれば新しい縁談も探しやすくなる。お父様は期待しているよ」
「お友だちと仲良くするのよ。いじめたりしてはダメよ。お母様は心配だわ」
水面下では私とアトレイン殿下の婚約を白紙にする話もすでに持ち上がっているらしい。
「わかりました。学園で頑張ります」
「信じてよ」と叫びたい気持ちもあるけど、そんなことしても今は逆効果だ。
前向きに生きよう。お父様とお母様には、そのうちわかってもらえばいい。
部屋に戻ると、親しくなったメイドが花瓶の花を替えていた。
「お嬢様。本日もカモミールのお花が届きました。それと、メッセージカードも」
「いつもありがとう」
お花はこまめに贈ってくれていたけど、メッセージカードは初めてだ。
なんて書いてあるんだろう?
ピンク色の花柄が可愛らしいカードを手に取ると、黒インクで綴られた文字が並んでいた。
『ご体調はいかがでしょうか? 回復の報せを心待ちにしております。アトレイン・ステラリウス・アストリニアより』
アトレイン殿下のお名前は長い。
メッセージを見つめていると、ふと淡く光るオレンジ色の文字が空中に浮かびあがる。
え、何?
魔法?
『オレの守護する王族が聖女に救われる未来が予知された。有事の際には支援するゆえ、ぜひとも力を奮っていただきたい。賢者より』
け、賢者?
何それ? 原作にも出てこなかったよ?
びっくりしていると、オレンジ色に光る文字は空気に溶けるように消えてしまった。
その後は、メッセージカードを振っても炙っても、オレンジ色の文字は出てこなかった。
――……謎すぎる……!
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
暖かな陽光に包まれて柔らかな芽が伸び、つぼみが花開く四月――花起月。
入学式の翌日、麗らかな午後。
私はマジカリア王立学園の寮に向かった。
入寮だけなので、今日は私服だ。
悪役令嬢というと、派手なドレスがお約束なイメージがある。
実際、私のドレスは大人っぽいデザインで原色の赤や黒、金色と、見ているだけで目が眩む。『元』友達グループが派手な子ばかりで、周りに合わせていたんだ。
私は衣装棚から一番露出が少なくて大人しいデザインの白いドレスを選んだ。
久しぶりに外の空気に触れるけど、春らしさのある温かな微風が心地いい。
学園に向かう馬車は王室の紋章付きで、なんとアトレイン殿下が一緒だ。
面会謝絶だった婚約者を心配して送迎する体裁を整えたのかな?
私とアトレイン殿下は婚約が決まるまで会話したこともない。私が一方的に殿下に憧れていただけだ。
婚約が決まってからも、形式的に数回、挨拶を交わしただけ。
親しくなるより先に噂が広まったので、殿下から私への好感度は最低だろう。
彼は別の女性と結ばれる運命だし、これ以上嫌われないように気を付けて……婚約は円満に白紙に戻す!
それにしても、アトレイン殿下はキラッキラの美形王子様だ。
髪の色が白銀だからか、冬の明け方の空に輝く月みたい。
「パメラ嬢。体調は回復したかな。少し多忙で、見舞いの手紙が書けなかったんだ。すまない」
馬車の前で私に声をかけてエスコートの手を差し出してくる彼は、並んで立つと私より頭ひとつぶん背が高い。
銀糸の刺繍が繊細な薄青色の裾の長い上着と襟元の雪色のクラヴァットが良く似合っている。
彼の黄緑色の目には、一見、嫌悪の感情はないように見える。
ただ、彼が王族としての感情制御や社交の教育を受けていることを考えると、本心を隠している可能性は高い。
気を付けよう。私は控えめな態度を意識して睫毛を伏せた。
「はい、我が国の誇る完璧な王太子殿下におかれましては……」
「堅苦しいな。もっと気安くていいよ」
「……殿下にご心配をおかけして申し訳ございません。おかげさまで、すっかり元気になりました」
「それは良かった。何か困ったことがあれば遠慮なく言ってほしい」
殿下はキラキラとした完璧な微笑を披露してくださった。
ま、眩しい。さすがヒーローキャラ。オーラがすごい。気安くなんてできないよ。
「ありがとうございます。殿下のお優しさ、身に沁みます」
そういえば、姉であるグレイシア姫殿下のご病気で、アトレイン殿下はさぞ心を痛めていることだろう。
計画通りに薬草を手に入れて特効薬ができたら、殿下も喜ばせることができる。
よし、がんばろう。
私がモチベーションをアップさせている間に、殿下は私の荷物が入った革鞄を持ち上げて、馬車のステップに手を添えた。なんと、正当派王子様からエスコートしてもらえるのだ。恐れ多い現実である。
「さあ、どうぞ」
「恐れ入ります」
私は殿下の手に自分の手を重ねて、馬車に乗り込もうとした。
その瞬間。
不自然に強いつむじ風がヒュワッと吹いて、私の手から鞄を攫った。
口が開き、ガサリと音を立てて、中身が零れ落ちる。
「あっ……!」
ノートが地面に落ち、ぱらりとページが開いて、私の心臓が凍りつく。
「うん?」
殿下の視線が、床に落ちたノートに向けられた。
そこに書かれているのは、私が描いたシグフィード・ネクロセフ教授のイラストと、文章だ。
『麗しのシグフィード教授が優雅に紅茶を啜っておられる。その美しい唇に口づけできたら、どんなに幸せだろう。見惚れていると……「どうした?」教授が私を見つめて』
ああああああああっ!
私の脳内で悲鳴が響き渡る。
私の夢小説が丸見え! しかも殿下の目の前で!
窓を開けて小皿にちぎったパンを乗せると、ここ数日間の話し相手になったオレンジ色の小鳥が美味しそうに食べてくれた。
「聞いてよ鳥さん。私、ずっと部屋にいるでしょう? でもね、そろそろ学園に行くの。あなたともお別れかな?」
小鳥は首をかしげて私を見つめ、パッと翼を開いて飛んで行ってしまった。
学園に入学する予定があるので、自室生活は永遠には続かない。
広くて快適な部屋だけど、さすがに三週間ほど室内生活が続くと外に出たくなってくるし、外に出られるのは良いことだ。
健康だから、元気が有り余ってしまうんだよね。
最近の息抜きは、私の推し、ネクロセフ教授のぬいぐるみ作りだ。
手を動かしていると、嫌なことを忘れてどんどん楽しくなってくる。
推し活はメンタルに良い。
これがあるから、私は頑張れる。
「今日は推しのぬいぐるみを完璧に仕上げるわ!」
話し相手がいない私は、独り言が増えてきた。
ブツブツ独り言を垂れ流す私を見て、メイドも同情的になってきた最近だ。
でも、ぬいぐるみ制作は楽しい。
本日は、まず黒のベルベット生地で紳士服を再現する。
襟元のラインを繊細に調整して、あの隙のない着こなしを表現。
髪は最高級の絹糸を使う。
オールバックのラインが命だ。教授の髪は乱れない。
瞳は黒曜石のビーズ。
切れ長で怜悧な雰囲気を出すために、角度を何度も調整すると……可愛い!
「うふふ……完璧……! この切れ長の瞳、このクールな表情……!」
完成したぬいぐるみを抱きしめて膝に乗せ、私の手はノートへと伸びた。
『麗しのシグフィード教授が優雅に紅茶を啜っておられる。その美しい唇に口づけできたら、どんなに幸せだろう。見惚れていると……「どうした?」教授が私を見つめて――』
ペンが止まらない。
私は夢小説が読むのも書くのも大好きだ。
今世でも推しへの想いが溢れて止まらない。
『雨に濡れた私を優しく抱きしめて、教授は甘く囁いた。「私をこれほど振り回して、嫉妬させて……悪い子だ」言葉を返そうとした私の吐息が彼の唇で奪われる……』
「書いちゃった……!」
ノートを抱きしめて、ベッドの上で転がる。
私は療養期間中、推しグッズ制作と夢小説執筆に没頭し、ついでに前世の記憶をノートに書いて情報整理した。
憧れだったアトレイン殿下は、私と結ばれることがない。
その事実は寂しかったけど、知らず不幸になるよりも先に知って自己防衛できてよかったと思う。
さて、そんな閉ざされた生活を過ごして、1か月が経過。
学園が始まる時期になり、私は春に巣穴の外に出てくるクマさんのように部屋の外に出た。
学園には寮がある。
貴族の子女は自宅から通うことも多いが、両親は私を寮に入れると決めた。
両親に呼び出され、私は言われた。
「パメラ。お父様とお母様は、お前には立派な淑女に育ってほしい。学園は社会の縮図だ。そこで社交術を磨きなさい」
厳しい目付きだけど、現時点では両親は私のことを嫌っているわけではない。
どちらかと言うと心配してくれてるんだ。
「パメラ。アトレイン殿下との婚約は解消になる可能性が高いが、お前が見事に成長すれば新しい縁談も探しやすくなる。お父様は期待しているよ」
「お友だちと仲良くするのよ。いじめたりしてはダメよ。お母様は心配だわ」
水面下では私とアトレイン殿下の婚約を白紙にする話もすでに持ち上がっているらしい。
「わかりました。学園で頑張ります」
「信じてよ」と叫びたい気持ちもあるけど、そんなことしても今は逆効果だ。
前向きに生きよう。お父様とお母様には、そのうちわかってもらえばいい。
部屋に戻ると、親しくなったメイドが花瓶の花を替えていた。
「お嬢様。本日もカモミールのお花が届きました。それと、メッセージカードも」
「いつもありがとう」
お花はこまめに贈ってくれていたけど、メッセージカードは初めてだ。
なんて書いてあるんだろう?
ピンク色の花柄が可愛らしいカードを手に取ると、黒インクで綴られた文字が並んでいた。
『ご体調はいかがでしょうか? 回復の報せを心待ちにしております。アトレイン・ステラリウス・アストリニアより』
アトレイン殿下のお名前は長い。
メッセージを見つめていると、ふと淡く光るオレンジ色の文字が空中に浮かびあがる。
え、何?
魔法?
『オレの守護する王族が聖女に救われる未来が予知された。有事の際には支援するゆえ、ぜひとも力を奮っていただきたい。賢者より』
け、賢者?
何それ? 原作にも出てこなかったよ?
びっくりしていると、オレンジ色に光る文字は空気に溶けるように消えてしまった。
その後は、メッセージカードを振っても炙っても、オレンジ色の文字は出てこなかった。
――……謎すぎる……!
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
暖かな陽光に包まれて柔らかな芽が伸び、つぼみが花開く四月――花起月。
入学式の翌日、麗らかな午後。
私はマジカリア王立学園の寮に向かった。
入寮だけなので、今日は私服だ。
悪役令嬢というと、派手なドレスがお約束なイメージがある。
実際、私のドレスは大人っぽいデザインで原色の赤や黒、金色と、見ているだけで目が眩む。『元』友達グループが派手な子ばかりで、周りに合わせていたんだ。
私は衣装棚から一番露出が少なくて大人しいデザインの白いドレスを選んだ。
久しぶりに外の空気に触れるけど、春らしさのある温かな微風が心地いい。
学園に向かう馬車は王室の紋章付きで、なんとアトレイン殿下が一緒だ。
面会謝絶だった婚約者を心配して送迎する体裁を整えたのかな?
私とアトレイン殿下は婚約が決まるまで会話したこともない。私が一方的に殿下に憧れていただけだ。
婚約が決まってからも、形式的に数回、挨拶を交わしただけ。
親しくなるより先に噂が広まったので、殿下から私への好感度は最低だろう。
彼は別の女性と結ばれる運命だし、これ以上嫌われないように気を付けて……婚約は円満に白紙に戻す!
それにしても、アトレイン殿下はキラッキラの美形王子様だ。
髪の色が白銀だからか、冬の明け方の空に輝く月みたい。
「パメラ嬢。体調は回復したかな。少し多忙で、見舞いの手紙が書けなかったんだ。すまない」
馬車の前で私に声をかけてエスコートの手を差し出してくる彼は、並んで立つと私より頭ひとつぶん背が高い。
銀糸の刺繍が繊細な薄青色の裾の長い上着と襟元の雪色のクラヴァットが良く似合っている。
彼の黄緑色の目には、一見、嫌悪の感情はないように見える。
ただ、彼が王族としての感情制御や社交の教育を受けていることを考えると、本心を隠している可能性は高い。
気を付けよう。私は控えめな態度を意識して睫毛を伏せた。
「はい、我が国の誇る完璧な王太子殿下におかれましては……」
「堅苦しいな。もっと気安くていいよ」
「……殿下にご心配をおかけして申し訳ございません。おかげさまで、すっかり元気になりました」
「それは良かった。何か困ったことがあれば遠慮なく言ってほしい」
殿下はキラキラとした完璧な微笑を披露してくださった。
ま、眩しい。さすがヒーローキャラ。オーラがすごい。気安くなんてできないよ。
「ありがとうございます。殿下のお優しさ、身に沁みます」
そういえば、姉であるグレイシア姫殿下のご病気で、アトレイン殿下はさぞ心を痛めていることだろう。
計画通りに薬草を手に入れて特効薬ができたら、殿下も喜ばせることができる。
よし、がんばろう。
私がモチベーションをアップさせている間に、殿下は私の荷物が入った革鞄を持ち上げて、馬車のステップに手を添えた。なんと、正当派王子様からエスコートしてもらえるのだ。恐れ多い現実である。
「さあ、どうぞ」
「恐れ入ります」
私は殿下の手に自分の手を重ねて、馬車に乗り込もうとした。
その瞬間。
不自然に強いつむじ風がヒュワッと吹いて、私の手から鞄を攫った。
口が開き、ガサリと音を立てて、中身が零れ落ちる。
「あっ……!」
ノートが地面に落ち、ぱらりとページが開いて、私の心臓が凍りつく。
「うん?」
殿下の視線が、床に落ちたノートに向けられた。
そこに書かれているのは、私が描いたシグフィード・ネクロセフ教授のイラストと、文章だ。
『麗しのシグフィード教授が優雅に紅茶を啜っておられる。その美しい唇に口づけできたら、どんなに幸せだろう。見惚れていると……「どうした?」教授が私を見つめて』
ああああああああっ!
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