魔法学園の悪役令嬢、破局の未来を知って推し変したら捨てた王子が溺愛に目覚めたようで!?

朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です

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 アトレイン殿下はノートを拾い、何気なくページをめくった。
 
「あっ、あっ……」
 
 だめ! そこに書いてあるのは!
 
「雨に濡れた私を優しく抱きしめて、教授は甘く囁いた。私をこれほど振り回して、嫉妬させて、悪い子だ。言葉を返そうとした私の吐息が、彼の唇で奪われる」
「で、殿下」
「唇を放し、教授はもう一度囁いた。悪い子だ、パメラ嬢。ああ教授、どうかパメラと呼んでください。……なんだこれは?」

 秀麗な眉が怪訝な表情を形作る。
 宝石のような瞳には、好奇心めいた感情がちらついて見えた。
 
「読まないでください!」
 
 慌ててノートを取り返すと、殿下はハッとした顔になって非礼を詫びてくれた。
 
「すまない。勝手にノートを読むなんて、失礼した」
「いえ……私の夢小説でお目汚ししてしまい、こちらこそ失礼しました」
「夢小説とは?」
「うっ……!」
 
 生真面目な表情で聞き返されて、言葉に詰まる。
 
 そうだ、この世界には「夢小説」なんて概念がない。
 あったとしても、この完璧な王太子殿下には縁遠い言葉だ。
 
「ゆ、夢小説というのは……ゆ、夢を書いた小説……みたいな……?」

 しどろもどろに言うと、アトレイン殿下は私のノートに視線を移した。さっき見た内容を思い返しているに違いない。……忘れてほしい!
 
「なるほど、夢か。夢を見ることは良いことだ」
 
 アトレイン殿下の純真ピュアすぎる瞳は、私がノートを鞄に隠すのをじっと見つめている。
 気にしないでほしい~~!
 私は表情筋を働かせて淑やかな令嬢風スマイルを作り、エスコートの手を借りた。
 
 馬車の席に落ち着き、何もなかったような顔で車窓に視線を向ける。
 幸い、殿下は夢小説についてしつこく追及してこなかった。

 馬車が動き出し、都市風景が後ろへと流れていく。

 カラフルな三角屋根をした建物の並び。
 ゆったりとした速度ですれ違う馬車と、遠くに見える通行人。
 街路樹の枝に揺れるピンク色の花と、枝から春空へ飛び立つ小さな鳥たち。
 
 見ごたえのある王都の街並みに目を奪われているふりをしつつ、内心は軽く緊張している。
 だって、憧れの『完璧な王太子殿下』と同乗してるんだよ。
 しかもその王太子殿下は私を断罪する役目なんだ……。
 
 私が黙っていると、殿下は無理に話題を振ることなく、無言でいる。
 そのため、馬車は沈黙のまま走り続けた。
 ちらっと様子を見ると、殿下は本を読んでいた。難しそうな分厚い本だ。 

 この殿下、読書家なんだよね。
 勉強もできるし剣も魔法もできる。美形で優しい。
 怖ろしいほど完璧だ。
 ただ、女性は苦手という噂があって、今まで婚約者はいなかったし、婚約者に選ばれた私とは挨拶以外ろくに話したことがない。
 
「……」

 ふと視線を感じたのかアトレイン殿下が私を見て、完璧な微笑を浮かべた。
 
 ま、眩しい。微笑がいちいち発光して見える。
 もちろん物理的に光ってるわけじゃなくて、それぐらい綺麗でオーラがあるって意味なんだけど。
 
 この殿下の婚約者ってハードルが高くない?
 王太子ってことは将来王様になるでしょう? 

 婚約白紙の話が出るのも当たり前だ。
 評判最悪、成績最下位の令嬢には荷が重すぎる。
 実は最初から何か政略上の理由があっての一時的な婚約で、白紙前提なのでは?
 
 思うに、きらきら王子様って、遠くで鑑賞するのはいいけど、会話したりするのは恐れ多い。
 私は絶対、婚約者の座から降りる。
 
 決意を固めていると、馬車は学園の寮に到着してくれた。
 
「着いたようですね。オホホホホ、では、私はこれで……」

 自分でもぎこちないと思う愛想笑いをしながら別れようとすると、アトレイン殿下は付いてきた。
 
「俺も寮暮らしなんだ。パメラ嬢……いや、パメラ。途中まで鞄を持とう」
 
 なぜ呼び捨てに変わった?
 
 微妙に引っかかったけど、質問するほどの疑問でもない気がする。
 高貴な殿下ともなれば、気分しだいで呼び捨てにしたりするのだろう。
 鞄に手を伸ばすので、私は思わず両腕で鞄を抱きしめた。
 
「……鞄は自分で持ちますので」
「そうか」
 
 残念そうに見えるけど、私のノートに興味津々だったりしないでしょうね?
 二度と見せませんから!
 
 さて、マジカリア王立学園の施設群は、都市を見下ろす丘の上にある。
 大きくて立派な『堕ちた英雄王』の銅像が目印だ。

 銅像の台座には、英雄王の名と一緒に学園ルールが刻まれている。
『学園内では外の身分に関係なく、皆が対等な立場で友情を築くこと』
 ――貴族の一部からは定期的に反発されているのが、このルールだ。
 原作ではパメラもこのルールに異を唱え、主人公のコレットに「身分を弁えるべきでは?」と言って「身分を傘に着る嫌な女」と言われていた。
 破滅回避の第一歩は、そういう言動をしない意識からだな。気をつけよう。
 
 生徒たちは4つの寮に分けられる。
 優秀な順だと言われている順番で、シルバーウルフ寮、エメラルドイーグル寮、スカイホエール寮、ナイトラビット寮。
 私はナイトラビット寮に所属することが決まっている。
 
 ナイトラビット寮は、おんぼろの建物だ。
 年季の入った石壁に蔦が縦横無尽に這っている。
 窓枠の木材も年月を経て深い茶色に変色していて、窓はところどころ亀裂が走っている。
 庭は雑草が伸び放題……。
 
 アトレイン殿下は寮を見て、驚いた様子で呟いた。
 
「古風な寮だな。衛生面で不安がないか? 幽霊でも出そうな雰囲気があるが大丈夫か?」
 
 心配そうな口ぶりに聞こえる。
 優しい方なのだ。
 
「ありがとうございます、殿下。私はこの寮で勉学と推し活に励みます」
「勉学はわかるが、推し活とは?」

 アトレイン殿下は知らないことがあると素直に質問してくる人だ。
 とても良いことだと思うんだけど、前世の用語を解説するのはなかなか難しい。
 
「好きな方のご活躍を見守り、応援する活動です。殿下の寮はシルバーウルフ寮ですよね? 清潔で安全な建物だと思いますから、ご安心ください」
「俺はパメラの心配をしているのだが?」
 
 優しい気遣いが感じられる声は、以前の私なら「殿下に特別な存在として大切にされている」と勘違いしてしまいそう。
 でも、今の私は誤解しない。
 この殿下は基本、誰にでも優しい。
 そして、運命の恋愛相手は原作の主人公コレットだ。
 
 さようなら、殿下。
 あなたと私の縁は、ここまで。
   
「殿下。さようなら、どうか、お元気で」
「今生の別れみたいに言うじゃないか」

 今生の別れの方が私の精神安定上、良いかもしれない。
 念のため「私はあなたの婚約者の地位に固執しませんから」ってアピールしといた方がいいかな?
 
「婚約を白紙にするお話を殿下もご存じだと思いますが、私は賛同いたします」
「そんな話、知らないが?」
 
 まだ殿下にはお話が届いていない様子だ。
 でも、時間の問題だろう。
 
 私が考え込んでいると、アトレイン殿下は私の手を取り爪先にキスをした。
 ……わぁ。さすが王子様。自然にそういうことしちゃうんだ。
 
「俺とあなたはまだ互いのことをよく知らないが、俺はこれからあなたのことを知っていきたいと考えている。名前も気安く呼んでほしい。ではパメラ、また明日」
 
 なんと。眩暈がするほどの胸きゅんムードを出してくるじゃないか。
 
 これは原作知識がないと絶対に勘違いしちゃうよ。
 好きになっちゃう。
 なんて罪作りな王子様なんだ。
 
 私の噂や夢ノートのことは言わず、何もなかったかのように社交的に挨拶をしてくれる優しさも感じる。
 原作ヒーローだし、魅力たっぷりの善良な光属性キャラ、スパダリ王子様なんだ。
 ……こんな王子様に嫌われて断罪されるなんて、想像しただけで辛くなる。
 
 嫌われないよう、私は彼の人生から早々に退場しよう。
 
「……ごきげんよう、殿下」
「名前も気安く呼んでほしい」

 それはさっきも聞いたよ。
 なぜ二回言った?
 
「……お名前の件は、前向きに検討させていただきます、殿下」
 
 政治家の返答みたいな言い方になった。
 まあ、王太子の婚約者は政治家みたいなものだ。
 
 殿下に挨拶カーテシーをして、私は寮の中へと足を進めた。
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