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1章、王太子は悪です
30、『私は信じてます』or『騙したんですね』
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『五果の二十三枝』……5月23日。
表彰式はつつがなく行われた。
パーニス班のメンバーが並び、表彰状とトロフィーを授与される。トロフィー、ふわふわ生地の怪獣のぬいぐるみだ。誰の趣味?
表彰台から降りたパーニス殿下がイージス殿下と握手すると、会場中から「微笑ましい」という雰囲気の拍手が湧いた。
「父上、夜にお時間をいただけますか? 大切な話があります」
イージス殿下が国王陛下に約束を取り付けるのが聞こえて、ドキリとする。
きっと魔王についての話をするのだろう。
国王陛下はびっくりするだろうな。
……イージス殿下は処刑される結末を迎えるのだろうか。
そう思うと、心の奥がざわついた。
目的を果たしたのに、私は彼に情を覚えてしまったのだ。
イージス殿下の隣に、車いすに座ったイアンディールがいる。
怪我は大したことないけど、悪化させないためらしい。本人曰く「腫れ物に触れるような扱い」。ダンジョンでの怪我は学校側の責任を問われちゃう事案だし、外務大臣の心象を少しでも良くしたい、という大人の事情が窺える。
それにしても、『国王陛下に話しかけるイージス殿下の隣に車いすのイアンディール』――これ、バッドエンドルートで出てくるスチルだなぁ。
バッドエンドのルートだと国王陛下は夜に殺されちゃうんだよね。
不安が足元からじんわりとせり上がってくる。大丈夫だろうか。
ただの偶然にも思えるし、警戒すべき事態にも思える。
ゲームと違って、現実はやり直しができない。
「偶然」で片づけずに気を付けた方がいいのかも。
私が気にしていると、トロフィーを抱えたパーニス殿下が声をかけてくる。表彰されたのに、なんだか不機嫌な顔だ。
「ずいぶん兄上を気にしているな。まるで恋でもしているかのようだ」
「とても気になっています」
「なっ……」
ゴトッと音を立ててトロフィーが床に落ちた。大切な勝利の証でしょうに。
「やはり同じ班になって行動をしていたから
「……ちょっと付き合っていただいてもいいですか?」
パーニス殿下は王子だし、弟だし、絶対に信用できる。
「パーニス殿下。国王陛下とイージス殿下がお話するところを覗き見したりって、できますか?」
「同席したいということか? 頼んでみようか」
「できれば、イージス殿下に気付かれないように物陰に隠れて見守ったりしたいんですよ」
トロフィーを拾って渡すと、パーニス殿下は真剣な顔になっていた。
「兄上を怪しんでいるのだな。俺も怪しいと思うぞ。魔王だという前提で考えれば、いついかなるときも監視を置いておくべきだと思う。万人に兄が魔王だとわかる証拠が掴めるといいのだが……討伐はいつどのようにする? 物陰から一斉に襲うのか?」
早口だ。私は彼の手にあるトロフィーを撫でた。怪獣のぬいぐるみトロフィー、可愛いなー。
「落ち着きましょうパーニス殿下、よし、よし」
「それはトロフィーだなマリンベリー。撫でるなら俺にしろ」
「別に殿下に見立てて撫でていたわけじゃないんですよ。可愛いものを愛でていたんです」
「俺だって可愛いだろう」
本気の顔で言われると、返答に困る。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
『五果の二十三枝』……5月23日、20時。
宵闇に覆われて星すら見えない、静かな夜。
私たちは王城の奥にある『アンテナとネジの塔』に潜んだ。
その名の通り、ネジみたいな形をした塔だ。
噂だとこの塔、回転するんだって。どんな仕組み?
この塔の最上階で国王陛下とイージス殿下が月見をしながらお話するというので、私とパーニス殿下は塔屋の上に登ってその時を待った。
「……来た」
イージス殿下と国王陛下が現れると、イージス殿下の足元には、水色の耳長猫がいた。
「あの耳長猫は、使い魔ですよね?」
こっそりとパーニス殿下に尋ねると、顎を引いて肯定してくれる。
水色の耳長猫は、乙女ゲーム『カラクリ大樹の追憶と闇王子』にも出てくるし、賢者家の魔塔でも見かけたことがある。
乙女ゲーム『カラクリ大樹の追憶と闇王子』では、ヒロインちゃんは水色の耳長猫に誘われて守護大樹の近くに迷い込む。
賢者家の魔塔では、一週間飲まず食わずで暴走するミディー先生の近くにいて……。
私が思考に沈みかけたとき、状況が変化した。
イージス殿下の手に闇色の刃が生まれ、国王陛下へと斬りかかったのだ。
「イージス、何をするのだっ!?」
「正体を現しましたね、兄上!」
国王陛下が悲鳴をあげるのと同時に、パーニス殿下の声が響く。
パーニス殿下は、素早く塔屋から降りて兄殿下と国王陛下の間に割り込んだ。
パーニス殿下の使い魔ルビィと、イージス殿下の使い魔が互いの主を守るように毛を逆立て、睨み合う。一触即発の危うい空気だ。
今にも戦いが始まりそうな2人に、国王陛下が驚いている。
原作知識がある私でもショックなんだもの。実の父親である国王陛下はそりゃびっくりだよね。
私は箒に乗って国王陛下の近くに飛び、着地した。
「これは何事だ……っ?」
「イージス殿下、……今、何をなさろうとしたのでしょうか?」
彼は、「自分の事情を国王陛下に話し、裁いてもらう」と話していた。
なのに。これでは――このあまりにも落ち着き払っている目の前のイージス殿下は。まるで。
「愚かですね。私のことを疑っていたのでしょうに、信じてしまって……全部、嘘ですよ。ああ、いい顔をしている」
美しい彼の顔には、悪びれた様子が一片もなかった。
「楽しいイタズラを仕掛けて成功した」というような、いっそ無邪気ともいえる感情が浮かんでいた。
「この肉体に宿っていたイージスの精神など、生まれてすぐ消滅させました。あなたたちと親しくしていたイージスは、私が演じていた偽の青年です。マリンベリーは、ずっと疑っている様子でしたね。私を疑うあなたを騙してやりたいと思い、頑張ってみました」
悪意の塊のように、彼は言うのだ。
「なかなか楽しかったですよ。イージス班の方々ったら、青臭い友情めいたものを見せてくれて。同情混じりの親愛の情をくださって。優しくしてくれる彼らを踏みにじってやりたいと何度も思ったものでした。……アルティナさんやイアンディールは、真実を知ったらどんな顔をするでしょうね?」
冷たい笑みを浮かべて、邪悪な刃を構えるのだ。
「こんな王国、そもそもアークライトのせいで一度壊れているんですよ。滅びるはずだったのに機械と魔法で継ぎ接ぎして住みよい環境を造っちゃって……まるで、ダンジョンにあった水槽のよう。造り物の水槽で仲良く回遊している魚のようで……反吐が出る」
美しい顔が歪んで、ゾッとするほどの嫌悪と殺意をむき出しにする。
「マギライト」
目の前にいるのは、魔王だ。もはや、間違いない。
「マリンベリー。あなたのご感想をどうぞ。思えば、恋の告白にもお返事をもらっていなかったですしね」
「……」
イージス殿下が事情を打ち明けてくれてから、今日までの思い出が蘇る。
ずっと、イージス殿下は私を騙してるんじゃないかと疑っていた。
騙されちゃダメ、彼は魔王だから、と思っていた。
嘘つきだと思ってた。とってもあやしいと思ってた。
イージス殿下は嘘つきだ。簡単に信じてはいけない。
……何度もそう思ったんだ。
その疑いが、いつのまにか薄れていってしまったのは。
『思い出作り、いいと思います』
そう言った時のイージス殿下の表情と涙が本気に見えたから。
猫がすりすりと頬を寄せてきて目を輝かせているイージス殿下の姿が、「悪い人には思えない」と思えたから。
川に落ちて、びしょ濡れで尻餅をつき、呆然としている顔が……ちょっと親しみを感じさせるおかしさだったから。
フライドポテトに野菜味の粉末をかけて「どうせ死ぬ身です」と言われるとモヤモヤして、ずるいと思って。
何度も「好きです」と言ってくれたけど、彼は私に返事を求めなかった。
弟殿下の婚約者だとわかっていて、自分は死ぬ予定だと思っていて、だから本当は言ってはいけないのだと理性で判断していて、……それでも想いが溢れて止まらないのだ、というのが、イージス殿下だった。
私はそれらが、真実に思えたんだ。
だから、彼を信じたんだ。
『……私、イージス殿下が悪い人じゃなくて、私たちと同じ生徒で、18歳の殿下なんだなって思えちゃいました』
『ずっと、そう言って欲しかったんです』
乙女ゲームだったら、今、私の目の前に選択肢が並んでいるんじゃないだろうか。
イージス殿下を信じるなら、『私は信じてます』。
イージス殿下が騙していたと思うなら、『騙したんですね』。
――みたいな。
もちろん、原作の乙女ゲームに、そんな選択肢やルートはなかった。
でも、ゲームの知識はもう置いておこう。
私はずっとゲーム、ゲームとゲーム脳で設定や攻略ばかりを考えてきたけれど、この人生はゲームじゃない。
これまで関わった人たちはみんな、ゲーム関係なしに喧嘩したり泣いたり笑ったりふざけたりじゃれあったりして、生きている。
名前も知らない人たちが喧嘩してダンジョンを壊したりもする。
私は今、予想できない現実を生きているんだ。
だから、水浸しのダンジョンから指輪を見つけてくれたパーニス殿下みたいに、私はこの現実の情報の海から、大切なものを救い上げたい。
選ぶのは――
「魔王マギライト。私の考えを話しましょう。水色の耳長猫は聖女を守護大樹のもとへ導きました。水色の耳長猫は、飲まず食わずのミディー先生が力尽きて死んでしまわないように生命力を供給していたように思えました。そこに彼の心があらわれていると思うのです」
――信じる言葉だ。
彼を安心させて、励まして、一緒に未来を掴み取る言葉だ。
「私は信じてます。彼の心は、ちゃんと存在します。だから……今、お助けしますよ、イージス殿下」
表彰式はつつがなく行われた。
パーニス班のメンバーが並び、表彰状とトロフィーを授与される。トロフィー、ふわふわ生地の怪獣のぬいぐるみだ。誰の趣味?
表彰台から降りたパーニス殿下がイージス殿下と握手すると、会場中から「微笑ましい」という雰囲気の拍手が湧いた。
「父上、夜にお時間をいただけますか? 大切な話があります」
イージス殿下が国王陛下に約束を取り付けるのが聞こえて、ドキリとする。
きっと魔王についての話をするのだろう。
国王陛下はびっくりするだろうな。
……イージス殿下は処刑される結末を迎えるのだろうか。
そう思うと、心の奥がざわついた。
目的を果たしたのに、私は彼に情を覚えてしまったのだ。
イージス殿下の隣に、車いすに座ったイアンディールがいる。
怪我は大したことないけど、悪化させないためらしい。本人曰く「腫れ物に触れるような扱い」。ダンジョンでの怪我は学校側の責任を問われちゃう事案だし、外務大臣の心象を少しでも良くしたい、という大人の事情が窺える。
それにしても、『国王陛下に話しかけるイージス殿下の隣に車いすのイアンディール』――これ、バッドエンドルートで出てくるスチルだなぁ。
バッドエンドのルートだと国王陛下は夜に殺されちゃうんだよね。
不安が足元からじんわりとせり上がってくる。大丈夫だろうか。
ただの偶然にも思えるし、警戒すべき事態にも思える。
ゲームと違って、現実はやり直しができない。
「偶然」で片づけずに気を付けた方がいいのかも。
私が気にしていると、トロフィーを抱えたパーニス殿下が声をかけてくる。表彰されたのに、なんだか不機嫌な顔だ。
「ずいぶん兄上を気にしているな。まるで恋でもしているかのようだ」
「とても気になっています」
「なっ……」
ゴトッと音を立ててトロフィーが床に落ちた。大切な勝利の証でしょうに。
「やはり同じ班になって行動をしていたから
「……ちょっと付き合っていただいてもいいですか?」
パーニス殿下は王子だし、弟だし、絶対に信用できる。
「パーニス殿下。国王陛下とイージス殿下がお話するところを覗き見したりって、できますか?」
「同席したいということか? 頼んでみようか」
「できれば、イージス殿下に気付かれないように物陰に隠れて見守ったりしたいんですよ」
トロフィーを拾って渡すと、パーニス殿下は真剣な顔になっていた。
「兄上を怪しんでいるのだな。俺も怪しいと思うぞ。魔王だという前提で考えれば、いついかなるときも監視を置いておくべきだと思う。万人に兄が魔王だとわかる証拠が掴めるといいのだが……討伐はいつどのようにする? 物陰から一斉に襲うのか?」
早口だ。私は彼の手にあるトロフィーを撫でた。怪獣のぬいぐるみトロフィー、可愛いなー。
「落ち着きましょうパーニス殿下、よし、よし」
「それはトロフィーだなマリンベリー。撫でるなら俺にしろ」
「別に殿下に見立てて撫でていたわけじゃないんですよ。可愛いものを愛でていたんです」
「俺だって可愛いだろう」
本気の顔で言われると、返答に困る。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
『五果の二十三枝』……5月23日、20時。
宵闇に覆われて星すら見えない、静かな夜。
私たちは王城の奥にある『アンテナとネジの塔』に潜んだ。
その名の通り、ネジみたいな形をした塔だ。
噂だとこの塔、回転するんだって。どんな仕組み?
この塔の最上階で国王陛下とイージス殿下が月見をしながらお話するというので、私とパーニス殿下は塔屋の上に登ってその時を待った。
「……来た」
イージス殿下と国王陛下が現れると、イージス殿下の足元には、水色の耳長猫がいた。
「あの耳長猫は、使い魔ですよね?」
こっそりとパーニス殿下に尋ねると、顎を引いて肯定してくれる。
水色の耳長猫は、乙女ゲーム『カラクリ大樹の追憶と闇王子』にも出てくるし、賢者家の魔塔でも見かけたことがある。
乙女ゲーム『カラクリ大樹の追憶と闇王子』では、ヒロインちゃんは水色の耳長猫に誘われて守護大樹の近くに迷い込む。
賢者家の魔塔では、一週間飲まず食わずで暴走するミディー先生の近くにいて……。
私が思考に沈みかけたとき、状況が変化した。
イージス殿下の手に闇色の刃が生まれ、国王陛下へと斬りかかったのだ。
「イージス、何をするのだっ!?」
「正体を現しましたね、兄上!」
国王陛下が悲鳴をあげるのと同時に、パーニス殿下の声が響く。
パーニス殿下は、素早く塔屋から降りて兄殿下と国王陛下の間に割り込んだ。
パーニス殿下の使い魔ルビィと、イージス殿下の使い魔が互いの主を守るように毛を逆立て、睨み合う。一触即発の危うい空気だ。
今にも戦いが始まりそうな2人に、国王陛下が驚いている。
原作知識がある私でもショックなんだもの。実の父親である国王陛下はそりゃびっくりだよね。
私は箒に乗って国王陛下の近くに飛び、着地した。
「これは何事だ……っ?」
「イージス殿下、……今、何をなさろうとしたのでしょうか?」
彼は、「自分の事情を国王陛下に話し、裁いてもらう」と話していた。
なのに。これでは――このあまりにも落ち着き払っている目の前のイージス殿下は。まるで。
「愚かですね。私のことを疑っていたのでしょうに、信じてしまって……全部、嘘ですよ。ああ、いい顔をしている」
美しい彼の顔には、悪びれた様子が一片もなかった。
「楽しいイタズラを仕掛けて成功した」というような、いっそ無邪気ともいえる感情が浮かんでいた。
「この肉体に宿っていたイージスの精神など、生まれてすぐ消滅させました。あなたたちと親しくしていたイージスは、私が演じていた偽の青年です。マリンベリーは、ずっと疑っている様子でしたね。私を疑うあなたを騙してやりたいと思い、頑張ってみました」
悪意の塊のように、彼は言うのだ。
「なかなか楽しかったですよ。イージス班の方々ったら、青臭い友情めいたものを見せてくれて。同情混じりの親愛の情をくださって。優しくしてくれる彼らを踏みにじってやりたいと何度も思ったものでした。……アルティナさんやイアンディールは、真実を知ったらどんな顔をするでしょうね?」
冷たい笑みを浮かべて、邪悪な刃を構えるのだ。
「こんな王国、そもそもアークライトのせいで一度壊れているんですよ。滅びるはずだったのに機械と魔法で継ぎ接ぎして住みよい環境を造っちゃって……まるで、ダンジョンにあった水槽のよう。造り物の水槽で仲良く回遊している魚のようで……反吐が出る」
美しい顔が歪んで、ゾッとするほどの嫌悪と殺意をむき出しにする。
「マギライト」
目の前にいるのは、魔王だ。もはや、間違いない。
「マリンベリー。あなたのご感想をどうぞ。思えば、恋の告白にもお返事をもらっていなかったですしね」
「……」
イージス殿下が事情を打ち明けてくれてから、今日までの思い出が蘇る。
ずっと、イージス殿下は私を騙してるんじゃないかと疑っていた。
騙されちゃダメ、彼は魔王だから、と思っていた。
嘘つきだと思ってた。とってもあやしいと思ってた。
イージス殿下は嘘つきだ。簡単に信じてはいけない。
……何度もそう思ったんだ。
その疑いが、いつのまにか薄れていってしまったのは。
『思い出作り、いいと思います』
そう言った時のイージス殿下の表情と涙が本気に見えたから。
猫がすりすりと頬を寄せてきて目を輝かせているイージス殿下の姿が、「悪い人には思えない」と思えたから。
川に落ちて、びしょ濡れで尻餅をつき、呆然としている顔が……ちょっと親しみを感じさせるおかしさだったから。
フライドポテトに野菜味の粉末をかけて「どうせ死ぬ身です」と言われるとモヤモヤして、ずるいと思って。
何度も「好きです」と言ってくれたけど、彼は私に返事を求めなかった。
弟殿下の婚約者だとわかっていて、自分は死ぬ予定だと思っていて、だから本当は言ってはいけないのだと理性で判断していて、……それでも想いが溢れて止まらないのだ、というのが、イージス殿下だった。
私はそれらが、真実に思えたんだ。
だから、彼を信じたんだ。
『……私、イージス殿下が悪い人じゃなくて、私たちと同じ生徒で、18歳の殿下なんだなって思えちゃいました』
『ずっと、そう言って欲しかったんです』
乙女ゲームだったら、今、私の目の前に選択肢が並んでいるんじゃないだろうか。
イージス殿下を信じるなら、『私は信じてます』。
イージス殿下が騙していたと思うなら、『騙したんですね』。
――みたいな。
もちろん、原作の乙女ゲームに、そんな選択肢やルートはなかった。
でも、ゲームの知識はもう置いておこう。
私はずっとゲーム、ゲームとゲーム脳で設定や攻略ばかりを考えてきたけれど、この人生はゲームじゃない。
これまで関わった人たちはみんな、ゲーム関係なしに喧嘩したり泣いたり笑ったりふざけたりじゃれあったりして、生きている。
名前も知らない人たちが喧嘩してダンジョンを壊したりもする。
私は今、予想できない現実を生きているんだ。
だから、水浸しのダンジョンから指輪を見つけてくれたパーニス殿下みたいに、私はこの現実の情報の海から、大切なものを救い上げたい。
選ぶのは――
「魔王マギライト。私の考えを話しましょう。水色の耳長猫は聖女を守護大樹のもとへ導きました。水色の耳長猫は、飲まず食わずのミディー先生が力尽きて死んでしまわないように生命力を供給していたように思えました。そこに彼の心があらわれていると思うのです」
――信じる言葉だ。
彼を安心させて、励まして、一緒に未来を掴み取る言葉だ。
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