次期侯爵夫人の愛されフェアリーガーデン ~魔法嫌いな侯爵家に嫁入りした魔女ですが、薄幸の夫と幸せになります

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

文字の大きさ
2 / 10

2話、ボクはいつでもご主人様の話し相手になるよ

しおりを挟む
 アンカーサイン侯爵家には、馬車に乗っていく。
 馬車の準備が整ったというので、ローズメイは門に向かった。

 そこへ、声がかけられる。
「お前が嫁に行ってくれて助かるよ。落ちこぼれと結婚しろと言われて困ってたんだ」
 
 絡んできたのは、従兄弟のグランツだ。幼馴染でもあり、今回の縁談が決まる前はローズメイの婚約者候補でもあった。
 
「結婚せずに済んでよかったわね、グランツ?」
「ああ、まったくだ!」
 
 ローズメイが幼馴染の温度感で言えば、グランツは不機嫌に眉を寄せてついてくる。

「聞いてるぞ、お前。嫁に行くのが嫌で家出したのに、捕まって連れ戻されて、仕方なく嫁ぐんだろ」
「ちょっと遠出して買い物しただけよ。闇オークションで魔法スクロールを買ったの」
「はあ? 馬鹿みたいに高かったんじゃないのか」

 破ると魔法が使える魔法スクロールは、昔の偉大なる魔法使いが遺した消耗品だ。
 現代の魔法使いたちの技術では新たに創り出すことが難しいアイテムで、とても貴重で高価。普通の人間なら、生涯で一度も使う機会がないくらい。

「金はどうしたんだ」
「いろいろ売っちゃった」
「うわぁ……落ちこぼれに加えて散財か、困った嫁だな!」
  
 グランツはローズメイを批難する材料を見つけると活き活きする。いつも。
 
「結婚相手が魔法嫌いな上に呪われてる侯爵家ってのも傑作だよな、お前の結婚相手は今にも死にそうな病弱男だって?」
「お噂は聞いているわ。でも、これからお元気になるの。お相手を悪くいうのはやめて」

「ふん――しょ、しょ、初夜の前に、未亡人になるかもな! こ、子供作れって言われてるんだろ。オ、オレが相手してやってもいいぜ」
「縁起の悪いことを言わないで。それに、気持ち悪い。何かいやらしい想像をしたのね、そんな顔してるわよ」

「う、うるさいな。馬鹿! いいか、オレが預言してやろう。お前は泣いて帰ってくる! イオネスは嫌いーって言ってオレの胸に飛び込んでくるぜ。向こうだって、お前みたいな魔女はお断りと言うに決まってるし」
「そうならないよう、気をつけます~~っ」

 周囲の使用人たちが顔を見合わせている。微妙な表情だ。
 
「破談になってから俺に貰ってくれと言えば、仕方ないからオレが結婚してやらないこともないんだ。お前は察しが悪いから仕方なく教えてやるが、オレは前から……こほん。お前のことをそれほど嫌いじゃな……」

 言いかけた言葉が最後まで口にされるより早く、女性の声が被さった。
「ローズメイ。馬車が来るわよ。早くいらっしゃい」
 一歳年上の姉、ジュリアだ。白猫を抱っこしている。
 
 ジュリアは、華やかな美貌の令嬢だ。落ちこぼれといわれるローズメイと違って、魔法の腕もいい。「わたくしは天才でしてよ!」という自信に満ちている。
 濃い目のアイメイクに彩られた瞳は、ケダモノを見下すようにグランツを睨んだ。

「グランツ。妹は嫁ぐのよ、諦めてちょうだい。変なちょっかいを出さないで引っ込んでいて」
「へ、変なちょっかいってなんだよ!? オレはただ」
「お黙り、駄犬だけん。憎まれ口しか叩けない男を妹が好きになるわけないじゃない。ぜんぜんダメ。駄犬は一生後悔していなさいな」
「お前だってオレに憎まれ口ばかりじゃないか」
「えっ、わ、わたくしがあなたのこと好きなわけないじゃないっ。勘違いしないでくださる?」
「……はあ?」

 ローズメイとしては「意外とこの二人、仲が良いのでは? 二人でくっつけばよいのでは?」と思ったりする日常だ。
 
「ローズメイ。あの手のキャンキャン吠える駄犬を相手にするのは時間の無駄よ。さあ、いきましょう」
 ジュリアは耳を赤くしながらローズメイの手を引き、馬車へと連れて行く。途中から地面におろされた白猫は、軽やかな足取りでついてきた。

 父は、見送りに来なかった。
 ローズメイたちの父であるスカーロッド伯爵は、心を病んで療養中だ。
 母が亡くなったのが大きな原因として考えられる。父と母は政略結婚だったが、仲が良かったのだ。母を失ってからしばらくの間は、父は強がって笑い、無理をして一生懸命に執務に励んでいた。でもある日、限界が訪れた。
「父さん、もう何もやる気が出ないんだ」
 と言って、それきり部屋に引き篭もってしまったのだ。
 
 ゆっくり休んで、いつか元気になってほしい――姉妹はそう思っている。
  
 姉は父の分も愛情をこめるようにして、ぎゅっと妹を抱きしめた。
 
「心配だわ。ローズメイったら、魔法の腕もいまいちだし」
「一族では落ちこぼれでも、お外では私でも『魔法が使えてすごい』って言われるみたいですよ、お姉様」
「あなたが使える魔法なんてせいぜいコップにお水をいれるくらいじゃない。すごいと言われて調子に乗っちゃだめよ」

 姉はちょっと鼻声だ。
 つられて泣いてしまいそうになる。

「お姉様、私、お手紙を書いてもいいですか?」
「好きになさいっ。返事は期待しないことね。わたくし、忙しいんだから。でも、困ったことがあったら頼ってもよろしくてよ」
「ありがとうございます、お姉様」
「いいこと? わたくし、次の当主の座をモノにするつもりなの。嫁ぎ先が気に入らなかったら帰ってきてもいいわ。誰にも文句は言わせません」

 王室からの命令なのだから、『誰にも文句は言わせません』は難しいのではないか。
 そう冷静に考えつつ、ローズメイは姉に頷いた。

 馬車に乗り込むとき、姉は足元にいた白猫を拾い上げてローズメイに渡した。
「あなたに使い魔のプレゼントよ。名前をつけて可愛がりなさいな!」
「わあ……」

 にゃあお、と鳴く白猫は、目がローズメイと同じ青色で、愛らしい。毛並みはふわふわだ。猫特有の、安心するようないい匂いがする。
 
「お姉様。私、この子にコットンと名前をつけます。よろしく、コットン。私はローズメイよ」
 名前をつけた瞬間に、白猫の全身がほんのりと光を帯びる。使い魔としてローズメイを主人だと認めてくれたのだ。
「よろしく、ご主人様。ボクは新鮮なお魚が好物だよ。覚えておいてね」
 白猫が愛嬌たっぷりに喋り出す声は、幼い男の子のよう。ちょっと生意気な感じもする可愛らしさだ。 

「話し相手ができてよかった。ちょっと寂しかったの」
「ボクはいつでもご主人様の話し相手になるよ」
 
 言いながら眠そうに目を閉じる猫の頬をむにっとつまむと、「うにっ」と鳴く。あごの下を撫でてみると、ゴロゴロと喉を鳴らす。可愛い。
 
「寝ているとき以外は、でしょ」
「そうそう。ボクは眠るのが好きなんだ。ご主人様も到着するまで眠ったら?」
  
 馬車がゆっくりと動き出して、景色が後ろに過ぎていく。
 クッションに背をあずけて、ローズメイはコットンを撫でた。

(眠れるかしら)
 ローズメイは首をかしげたけれど、膝の上で丸まる白猫の気配は穏やかな眠りへと誘ってくれるようで、数分後には心地よい眠りに落ちていった。 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫が大変和やかに俺の事嫌い?と聞いてきた件について〜成金一族の娘が公爵家に嫁いで愛される話

はくまいキャベツ
恋愛
父親の事業が成功し、一気に貴族の仲間入りとなったローズマリー。 父親は地位を更に確固たるものにするため、長女のローズマリーを歴史ある貴族と政略結婚させようとしていた。 成金一族と揶揄されながらも社交界に出向き、公爵家の次男、マイケルと出会ったが、本物の貴族の血というものを見せつけられ、ローズマリーは怯んでしまう。 しかも相手も値踏みする様な目で見てきて苦手意識を持ったが、ローズマリーの思いも虚しくその家に嫁ぐ事となった。 それでも妻としての役目は果たそうと無難な日々を過ごしていたある日、「君、もしかして俺の事嫌い?」と、まるで食べ物の好き嫌いを聞く様に夫に尋ねられた。 (……なぜ、分かったの) 格差婚に悩む、素直になれない妻と、何を考えているのか掴みにくい不思議な夫が育む恋愛ストーリー。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】殿下は私を溺愛してくれますが、あなたの“真実の愛”の相手は私ではありません

Rohdea
恋愛
──私は“彼女”の身代わり。 彼が今も愛しているのは亡くなった元婚約者の王女様だけだから──…… 公爵令嬢のユディットは、王太子バーナードの婚約者。 しかし、それは殿下の婚約者だった隣国の王女が亡くなってしまい、 国内の令嬢の中から一番身分が高い……それだけの理由で新たに選ばれただけ。 バーナード殿下はユディットの事をいつも優しく、大切にしてくれる。 だけど、その度にユディットの心は苦しくなっていく。 こんな自分が彼の婚約者でいていいのか。 自分のような理由で互いの気持ちを無視して決められた婚約者は、 バーナードが再び心惹かれる“真実の愛”の相手を見つける邪魔になっているだけなのでは? そんな心揺れる日々の中、 二人の前に、亡くなった王女とそっくりの女性が現れる。 実は、王女は襲撃の日、こっそり逃がされていて実は生きている…… なんて噂もあって────

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~

白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…? 全7話です。

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った

葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。 しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。 いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。 そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。 落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。 迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。 偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。 しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。 悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。 ※小説家になろうにも掲載しています

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~

藤 ゆみ子
恋愛
 グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。  それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。  二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。  けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。  親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。  だが、それはティアの大きな勘違いだった。  シオンは、ティアを溺愛していた。  溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。  そしてシオンもまた、勘違いをしていた。  ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。  絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。  紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。    そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。

処理中です...