新米侍女は魔塔主殿下のお気に入り ~なぜか初恋の天使様と勘違いされて寵愛されています~

朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です

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(人間ってすごい。暮らしを便利にする道具をどんどん生み出して、社会を発展させていくんだもの)
 汽車は速度を増し、線路の上を走っている。 
 リエルは車窓の外と車内を落ち着かない気分で見比べた。朝食前に家を出たので、空腹だ。
 
(汽車の中には食事のワゴンサービスがあると聞いたことがある。せっかくだし、何か口にしてみようか)
   
 食事ワゴンを待っていると、足元に柔らかな何かが触れた。

「……な、何?」
 
 視線を落とすと、足元には真っ白な猫がいた。うっすらと全身が透けているので、幽霊だ。 
 息を吞んでいると、白猫は宝石のアクアマリンのような目を瞬きさせて、人間の言葉を話した。可愛らしい女の子のソプラノボイスだ。 

「あなた、消えずにいましたのね。無事でよかったですわ。あたくし、ずっと探していましたのよ」
 
(……人違いされてる)
 幽霊にはよくあることだ。リエルはそっと否定した。
 
「ごめんなさい、白猫さん。人違いです」
「何を仰ってますの? もう……ふざけちゃだめですの」
「ふざけてないんだけど……」
  
 白猫はリエルの体を調べるように鼻を寄せ、「人間みたい……」と呟く。人間以外の何だと思われていたのだろう。
 
「あの……私、人間です」
「つまらない冗談ですわね」
「冗談ではなくて」
 
 その姿を少し申し訳ない気持ちで見つめながら、リエルはもう一度優しく言葉を選んだ。
 幽霊は、話してわかってくれるタイプと何を言っても通じないタイプがいる。
 後者なら距離を取って関わらないに限るが、話してわかるならその方がお互いに良い。
 
「ごめんなさい、白猫さん。私、あなたのお知り合いではないの」
「まあ……違うとおっしゃるの? そうなの……。それなら、まあ、そういうことにしてあげましょうかしら」
「わかってくれてありがとう……」
  
 きっと知り合いを見つけて嬉しかったのだろうに、がっかりさせてしまった。その点だけは申し訳ない。でも、仕方ない。
 リエルが気持ちの整理をしていると、別の声が割り込んでくる。

「ケイティ。さっきから何をしてるんだ」
  
 柔らかな響きを持つ心地いい青年の声だ。

(幽霊の猫に、同行者?)
 
 声につられて視線を向けて、リエルは目を見開いた。
 そこにいたのは、信じられないほど整った顔立ちの青年だったのだ。
 
(う、わあ。お忍びの高貴な人って雰囲気……)
  
 美青年は、フード付きの黒いローブを深く被っていた。
 一見すると怪しいが、目立ちすぎる美貌を隠すため、という納得が先に立つ。

 髪は毛先が紫で、根元に向かうほど蒼銀に変色している。
 癖のある長い髪の一部は細い三つ編みにして、肩から前に垂らしている。
 右目には黒い眼帯。
 左目は金色に煌めき、長い睫毛が泣きぼくろのある目元に影を落としていた。見下ろしてくるその表情には、どこか危うい色気がある。漂う香りは、甘すぎない花の匂いだ。

 身につけた剣や装飾具はいずれも上質だ。
 ――ただものではない。
 
(……というか、この人、幽霊が見えるんだ?)

リエルが注目していると、美青年もまた彼女に気づき、はっと息を呑んだ。

「天使様……?」
「え?」

 今なんて?
 初対面の第一声として、かなり不思議な単語が出た気がする。リエルは目を瞬かせた。
 すると、現実に引き戻されたように、彼は謝罪を唱えた。

「……失礼。少し取り乱した。あなたが知人に似ていて……」
 
 謝罪しつつ、その金色の瞳は、食い入るようにリエルを見つめている。 
 まるで大切な人と再会したみたいな顔。本人か、人違いかを判断しかねている目だ。
 
「念のため確認しますが……ご本人でしょうか? 俺のことが、わかりますか……?」

 可能性に縋るように問われて、リエルは焦った。
 憂い顔が似合う美形なだけに、「私がこんな表情をさせてしまった!」という謎の罪悪感が湧いてくる。
 リエルは慌てて美青年に声を返した。
 
「人違いでがっかりさせてしまって、すみません。私はあなたと初対面です」
「あ……そ、そうか……すまない……」
 
 シオンは一歩だけ距離を取り、胸に手を当てて深く頭を下げた。
 その所作は芝居がかっているのに、不思議と軽薄さはない。頭を上げた彼は、もう一度リエルを見て「しかし」と諦めきれない気配を漂わせた。
 
「しかし、本当に人違いか? あまりにも似すぎている……」

(そ、そんなに似てるんだ?) 
 不思議と怖くはない。
 どちらかというと、不思議な懐かしさや親しみが湧くような。
 
 リエルが困惑していると、幽霊の白猫が美青年に猫パンチをしてくれた。
 爪が引っ込めてあるのは、優しさだろうか。
 
「シオン様……人違い、ということにするのですわ」
「ケイティ? どういうことだ?」
 
(シオンというのが美青年の名で、ケイティが白猫の名前か。ふむふむ)

 リエルは心の中に人物名をメモしておいた。
 先に白猫の誤解を解いておいたおかげで、代わりに説明してくれるのは助かる。

「あのですね、シオン様。彼女は……」
 ケイティはシオンにかがむよう求めて、耳元に口を寄せて何が吹き込んでいる。
 かがんだ拍子に、シオンの首元でペンダントがぷらりと揺れた。それを見てリエルは目を見開いた。

「えっ、それ、私の! か、形見のペンダント……!」

 シオンが首から下げているペンダントは、リエルが養父のネーベルハルト子爵に没収され、売り飛ばされてしまった形見のペンダントだったのだ。
 思わず溢れた声を、シオンは聞き逃さなかった。
 
「これが形見のペンダントというのは、どういうことですか、天使様?」

 彼はペンダントを首から外し、リエルの目の前で揺らして見せた。
  
 水色、赤紫色、緑。
 鮮やかな色彩を一粒の中にいくつも煌めかせる、卵型の宝石に羽がついたデザインのペンダントトップは、幻想的で美しい。そしてなにより、懐かしい。
 
「間違いありません。あの、これ、私が捨てられていたときに、たぶん捨てた親から持たされてた形見のようなペンダントなんです」
「す、捨てられていた? 天使様が?」
「天使様じゃないです」
    
 これは間違いなく子爵夫人に拾われた時にリエルが持っていたペンダントだ。
 売られた後、どんな風に人の手を渡って行ったのかわからなかったが、目の前に突然現れたのは運命に違いない。

(ペンダントを取り戻したい……)
 
 単に「私のです」と言っても、返してくれる可能性は低いだろう。自分のものだった証拠を示せと言われても、示せない。
 買い取るお金があればいいが、手持ちは心もとない。
 
 しかし、見込みがゼロというわけでもない。
 リエルが思うに、小動物が懐く人間は安心できる人柄なことが多い。
 青年は、悪人には見えなかった。
 
(誠心誠意、事情を話して情に訴えてみる……?)
 
「初めまして。私はリエルと申します。物心ついてからずっとオルディナで育ったのですが、これから王都に向かう途中です」
「な、なんと。俺に名前を……」
 
 自己紹介すると、シオンは姿勢を正し、あらためてリエルに向き直った。接し方に迷う気配を見せて、敬語を使ってくる。
 
「リエルとは、光を意味する名前ですね。天使様……あなたにぴったりです」
「天使様ではありませんが、名前を褒めてくださってありがとうございます。あの……私は平民で、年下なので、敬語は使わないで大丈夫です」
 
 正確には「これから平民になる予定」だが、構わないだろう。 
 それにしても、「陰気」と言われていたリエルにとって、「光を意味する名前がぴったり」と言われたのは未知の体験だ。
 褒められて悪い気はしないが、出会って五分の美青年に(おそらく人違いで)熱視線を送られるというのは居心地が悪すぎる。
 しかも、「天使様」? 神話に出てくる、白い羽が生えている、あれ?
 
「ええと、私がお知り合いの方と別人だとわかっていただけましたでしょうか?」
「はういいえ」
「どっち……?」
「理屈では理解している」
   
 リエルは生暖かい眼差しになった。
 そんなリエルへと、美青年と白猫は自己紹介してくれた。
 
「俺はシオン。二十二歳だ」
「リエル。あたくしは神聖なる白猫様のケイティですわ。あなたには特別にケイティと親しく呼ぶ許可を差し上げます。光栄に思いなさいな」
「……ありがとうございます?」
    
 白猫のケイティが尊大な態度を取る隣で、シオンは畏まったり、対等に接しようと努めたりと、微妙に落ち着かない雰囲気だ。
 そんな彼へと、リエルはペンダント奪還作戦を続けた。
 
「幼い頃、私は両親に捨てられたようで……。その時、このペンダントを持っていたんです。ですが、ペンダントは奪われて売られてしまいました」
「ペンダントはもちろんお返しする。偶然闇市で手に入れたのだが、これも運命だろう」
「信じられないと思いますが、本当に……えっ、いいんですか?」
 
シオンは一瞬だけ、ペンダントに視線を落とした。
それから迷いなく外し、リエルに差し出す。

「……君のものだ。理由はそれだけでいい」
 
 拍子抜けだ。受け取った瞬間、宝石部分がきらりと赤と青の二色の光を帯びて、声が聞こえた。

『間に合いそうでよかった。駅を乗り過ごしていたら大変なことになるところだった……!』
『無事に駅に到着する人を見送ると、こっちまで嬉しくなるよ』

(……さっきのおじさんと、幽霊の男の子の声?)

 光も声も、すぐに消えて静かになる。
 咄嗟に周囲を見るが、誰も聞こえている様子がない。 
 シオンも異変を感じている様子はない。目が合うと、彼は憧憬と困惑が入り乱れる真剣な眼差しをリエルに向けていた。
 胸の奥が、ふっと熱を帯びる。
(こんな風に人に見つめられたのは、初めて)

 リエルは、視線を逸らすことができなかった。
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