俺が想うより溺愛されているようです。-始まる前と終った後の話-

あげいも

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日常

旅行-2-

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  荷物を片付けてから、アルノシトとルートヴィヒは家を出た。
 目的はここに来る途中で通り抜けた市場。観光客向けの工芸品や特産物を販売している店もあったが、目当ては地元の人が通うような常設店。
「何か食べたいものはありますか?」
 足裏が柔らかい土から砂利へと変わる。緑の濃かった風が人の声に代わり、近づく賑わいに表情を緩めながら隣を歩くルートヴィヒを見上げる。
 普段来ている服から、庶民的な装いへと着替えたルートヴィヒは髪も下ろしている。普段、自分だけが知る彼の寛いだ姿が、今は誰の目にも触れる場所にある。少しだけ独り占めしたいような、無防備な彼が心配なような、そんな気持ちがない交ぜになって少々複雑な心境。
 だが、それ以上に、こうして並んで通りを歩けることが嬉しかった。
 自然と軽くなる足取り。表情を緩めたルートヴィヒがシャツのポケットから折りたたまれた紙を取り出した。
「……メモを」
 差し出された紙を受け取る。ルートヴィヒの文字で書かれた食材とハーブ。調味料──

 野菜 適当にあるものを刻んで使う。
 肉・魚 あれば入れる。
 ハーブ 肉ならば──
 ・
 ・
 ・
 味付けは塩コショウ。味を見ながら整える。
 *好みによっては、チーズをあぶるのも良し。

「…………」
 アルノシトの眉間に皺が寄る。
 これはメモと言えるのだろうか。
 字面通りに受け取るなら、適当にありあわせの材料を使って────いや、違う。この大雑把すぎる調理法は、残り物の野菜をごった煮にする、あのスープ。
 祖父がいつも冗談めかして「クベツ家秘伝のレシピ」だと笑っていた、あれだ。
 まさか。ルートヴィヒが、自分のために?
 祖父の冗談を、一言一句書き留めて……?
「あ……」
 思わず声が漏れた。こみ上げてくる愛おしさに、自然と笑みがこぼれるのを止められない。
「分かりにくかっただろうか?」
 不思議そうに見つめるルートヴィヒの手を、アルノシトはそっと両手で包み込んだ。
「ううん。最高のレシピです。せっかくだから、この土地の美味しいものをたくさん入れて、もっと美味しくしましょう」
 引っ張られるままに歩みを進めるルートヴィヒの表情は穏やかで。早足になるアルノシトに合わせて、歩みを進めていく。
 辿り着いた市場は規模は小さいが、地元の人の交流の場にもなっているようで。
 店先でお茶を飲みながら談笑している人や、子供の世話をしながら客と会話をしている夫婦──街ではあまり見かけない、野鳥や動物の肉が下がる店頭など、物珍しさにきょろきょろと視線をさまよわせていれば、威勢のいい声が響いた。
「ここらじゃ見ない顔だね!観光かい?いいのがそろってるから、見て行っておくれよ」
 明るい髪を無造作に束ねた女性が手招きしている。
「こんにちは。そうなんです、今日ついたばかりで。しばらく滞在するんですけど、ここらの名物って何がありますか?」
 店の前。慣れた様子で和やかに会話を始めるアルノシト。
 そのやや後ろでルートヴィヒは所在なさげに視線を巡らせる。
 見慣れない食材を前に、アルノシトの瞳は好奇心にきらめいている。店主と交わす言葉も弾み、観光の隠れスポットやらなにやらまで聞きだしている。彼が雑貨店で働いていた時も、きっとこんな風に客と接していたのだろう。
 そんな想像と重なるように。目の前のアルノシトは店主と話をまとめている。
「これとこのハーブも併せて買うから──」
 これをおまけして。
 などと野菜を一つ二つ多めに包んでもらった紙袋を受け取ろうとしたところで、ルートヴィヒがそれを持ち上げた。
「私が持とう。買い物では、君に任せっぱなしだったから」
 まいどあり、と威勢のいい声を背中に歩き出す。
 紙袋を抱えたルートヴィヒの隣を歩くアルノシトの足取りは軽い。ちょっと先へ行ってみたり、くるりと回転してみたり。
「……そんなに楽しかったか?買い物」
「はい。とっても」
 人の流れが途切れる。そっとアルノシトがルートヴィヒの隣に並んだ。
 遠慮がちに腕を絡めて寄り添って来るのに、ルートヴィヒは紙袋反対側の腕に寄せて持ち直す。
「……いい街ですね。ここ」
 さぁっと吹き抜ける風も心地良い。堅い石畳と違い、柔らかい土の道も。澄んだ空が赤く染まっていく様も。何もかもが「いつもと違う」特別な場所。
「夕食がすんだら、少し散歩でもしようか」
 返事の代わりに頷いて、もう少しだけ体を寄せた。

        ◇◇◇◇◇◇◇

 家に辿り着いた時には、周囲は夕日に染まっていた。キッチンへと食材を運び入れ、台の上に並べていくアルノシトを、ルートヴィヒは少し後ろから見つめる。
 これとこれ──と並べていくうちにアルノシトは気が付いた。今日は自分一人ではないのだということに。
 今日のメインの肉の包みを取り出したところで、アルノシトが振り返る。
「ルートヴィヒさん。野菜の皮むき、手伝ってください」
 とん、とん、と並べられていく野菜。自分は肉の仕込みをするから、とルートヴィヒのための場所を空けるように少し横へと場所をずらす。
「……わかった」
 置かれている小さめのナイフを手に、ゆっくりと皮をむき始める。
 以前、アルノシトのために朝食を──と言った時は、ただソーセージを炒めるだけで手いっぱいだった。そんな彼が、おぼつかないながらも皮をむいていく姿に、アルノシトは目を瞬かせる。
 もしかして──「レシピ」を聞いた時に、練習でもしてきたのだろうか?
 彼の手元を見ながら、アルノシトは自然と笑みを深めていた。ルートヴィヒは、それに気づく様子もなく自分の作業を進めている。
「……あのね、ルートヴィヒさん」
 不器用な手が滑らないように。彼が皮をむき終わってから、アルノシトは静かに話しかけた。
「さっきのレシピ。爺ちゃんがいつも作ってくれた──「クベツ家の秘伝のレシピ」ですよね?」
 ルートヴィヒが一瞬、目を見開く。伏せられたまつげが、静かに震えていた。
「色んな材料を入れたごった煮のスープで……俺が一番好きな料理」
 伏せられた目が再びアルノシトを見た。重なる視線に、アルノシトは穏やかに微笑む。
「今日のために爺ちゃんに聞いてくれたんですよね……野菜を切る練習もしてくれて」
 一度言葉を切る。驚いたような照れたような。言葉にするのは難しい表情を浮かべているルートヴィヒ。ただ──彼が自分のためを思ってくれているのだと。
 その愛情だけは泣きたくなるほどに伝わってくる。
「凄く嬉しいです。ありがとう、ルートヴィヒさん」
 ルートヴィヒは何も言わず、ただアルノシトを見ていた。驚きと、隠しきれない照れが混じったような、見たことのない表情。やがて彼はふっと息を吐き、まるで降参するように肩の力を抜いた。
「…………君が喜んでくれたなら、それでいい」
 でも、と彼は続ける。
「君のお祖父様は──存外に食わせ者だな」
 ほんの少し拗ねたような悔しそうな声の響きにアルノシトは声を出して笑ってしまう。
「爺ちゃん、結構悪戯好きなんですよ。俺も小さい頃に──」
 祖父の思い出話を語りながら、アルノシトは料理を再開した。隣では、ルートヴィヒが少しだけ慣れた手つきで、次の芋の皮を剥き始める。
 とん、とん、と包丁の心地よい音と、静かに流れる時間が、二人だけのキッチンを優しく満たしていた。
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