俺が想うより溺愛されているようです。-始まる前と終った後の話-

あげいも

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日常

よくある話

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 がしゃん。
 賑やかだったパーティー会場が静まり返る。
 視線の中心には飛び散ったガラスの破片と、ドレスの裾と絨毯をワインで染めたご令嬢。
 その前に立っているのは──従者として控えていたアルノシト。
「信じられない……このような場で、こんな無礼を受けるなんて」
「申し訳ありません。お怪我は──?」
 声高に罵る様は、頭を下げたアルノシトを衆目に晒すことが目的。ただ、愚直なまでに頭を下げた姿勢を保つ彼へと、更に追い打ちをかけようと口を開いた。
「怪我なんて……そんな問題じゃ──」
「大変失礼いたしました」
──その言葉を遮るように、ルートヴィヒがゆるやかに割って入った。声は低く穏やかなもの。けれど誰の耳にもはっきりと届く大きさで静かに口を開く。
「私の従者が、いささか注意に欠けていたようで──」
 場のざわめきが一転、凍りついたような静寂に包まれる。ルートヴィヒは足早に二人の傍へと距離を詰めると、深々と頭を下げた。
「お怪我がないことが何より──とはいえ、ドレスがこのように汚れては、さぞお辛いでしょう。お詫びとして、こちらで衣装の支度をさせて頂けないでしょうか?」
 うやうやしく彼女の手を取る。一瞬困惑をにじませ、顔を上げたアルノシトとルートヴィヒとに交互に視線を向ける。
「……え?」
 ルートヴィヒの声はあくまで穏やかに続く。
「今お召しのご衣装と比ぶべくもございませんが──私なりの誠意を受け取っては頂けないでしょうか?」
 言葉遣いも表情も柔らかく丁寧。ここまで言われてわめきたてれば、逆に自身の品位を落とすことになる。
 口ごもる令嬢にもう一度頭を下げた後、エトガルを呼ぶ。
「本来であれば私自身がお送りするべきではございますが。今、この場を離れる訳にはまいりませんので」
 本来ならば運転手に任せるなど礼を欠く行為──だが、エトガルの名を聞いた瞬間、彼女の顔が強張った。
 彼に送らせるということの意味の重さに、返す言葉をなくした令嬢はかたちばかりのお辞儀を返した。
「お心遣いに感謝いたしますわ。皆様、どうぞ良い夜を」
 にこりと笑って出ていく後ろにエトガルが続く。改めてルートヴィヒが詫びの言葉を述べた後は、演奏が始まり、グラスの音や言葉を交わすざわめきが戻ってくる。
 一方、礼を失した従者アルノシトを連れて、ルートヴィヒは控室へと下がっていた。扉を閉めると訪れる静寂。
 差し込む月明りに照らされた室内は、華やかな会場とは別の世界のようにも思える。足音すら絨毯に消える室内、ソファへと並んで腰を下ろすと、ルートヴィヒはアルノシトの手に触れた。
「──怪我はないか?」
 壊れものを扱う手つき。ルートヴィヒの表情も声も、先程とは別人のよう。静かに触れる指先の動きにアルノシトはくすぐったげに肩を揺らした。
「俺は大丈夫です──でも、絨毯はシミになるかも。それにあの人も」
 怪我をしてはいないだろうか。
 グラスが割れた瞬間は見ていない。が、床に散らばった破片で怪我をしたかも知れない。
 エトガルがいるなら、そのあたりの手配は問題ないだろうが──

 と、そこまで話したところで気付く。ルートヴィヒの目が柔らかく自分を見つめていることに。

「?……俺、変なこと言いましたか?」
「君が真っ先に心配するのが、絨毯と相手の怪我、というのが──実に、らしいと思って」
 笑みを浮かべたまま、頬へと触れる指に眼を瞬かせる。
「あ、そうだ。お礼……まだ──」
 自分をかばってくれたルートヴィヒへの感謝が抜けてしまっていたことに気づくと同時、軽く口づけられて言葉が途切れる。
「──君に怪我がなくて本当に良かった」
 頬を撫でる指が離れていく。思わず引き留めようと伸ばした指がためらいがちに下ろされる。
「ごめんなさい……気をつけなきゃいけないのに」
 ああいったことは初めてではない。今回は相手が女性だったが、男性の場合もある。あからさまに身分の違うアルノシトが、場にいることだけで不快を感じる人がいることは十二分に理解しているつもりだった。
 それでも。今回のような事件を起こしてしまった。
 静かに息を吐き出すと、ルートヴィヒの指が再び頬を撫でる。
「グラスや絨毯の染みより──そうして、“息を止めて”しまう君を見る方が辛い」
 今度は離れずに頬に触れたまま動きを止める。その手に自分の手を重ねて、アルノシトは静かに笑った。
「……ルートヴィヒさんがいてくれたら。息を止めたりなんてしません」
 返事はない。が、自分を見つめる青い瞳が優しい色をたたえたまま、細められる。
 今度は自分から顔を寄せた。触れ合わせるだけの口付けはすぐに終わる。ゆっくりと離れた後、アルノシトは静かに笑った。
「俺は今日は場に戻れませんけど……代わりに部屋を暖めておきますね」
 その言葉に一瞬ルートヴィヒが驚いたように目を瞬かせる。すぐに笑った。
「では、今日のパーティーは早めに終わるとしようか」
 冗談とも本気とも取れる口ぶりに、思わず笑いがこぼれる。扉の前で一度だけ指を絡め、短く視線を交わす。
 部屋を出ていくまでは一緒に。その後は、別の廊下へ。
 以前なら、屋敷の中で一人になることに不安があったが、今はない。言葉通り、部屋を暖めるためにアルノシトも歩き出した。
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