神様と共に存る世界で

あげいも

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第一章 春告草

-伍-

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 三郎が姫様を見送った少し後のこと。
 祭りの賑わいに紛れるようにして、通りの端で困り果てている三人組の娘たちがいた。
 彼女たちは皆、揃いの着物を着ている。可愛らしい柄の小紋に、暖かそうなショールや羽織。おそらくは呉服店でレンタルした観光客だろう。
「ねぇ、いいじゃん。俺らと遊ぼうよ」
「観光? 案内してあげるって」
 立ちはだかるのは、酒の入った男たち。娘たちが青ざめて拒絶しているにも関わらず、しつこく腕を掴もうとする。
「──おい」
 地を這うような低い声が、男たちの背後から響いた。
 ぎょっとして振り返った男たちが、息を呑む。
 そこに立っていたのは、派手な金髪の男。
 耳には無数のピアス。さらに耳たぶから唇にかけて、細い銀のチェーンが繋がれている。
 長身から見下ろす視線は鋭く、眼光だけで人を射殺せそうな迫力だ。
「……俺の連れに、なんか用か?」
 凄味の効いた声。
 男たちは「ひっ」と短い悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
 後に残されたのは、震える娘たちと、金髪の男。
 娘たちの顔には、男たちに向けられたもの以上の恐怖が張り付いている。
 前門の虎、後門の狼。絶体絶命の沈黙が場を支配し──
「はぁ~~~~……」
 盛大な溜息と共に、金髪の男がその場にしゃがみ込んだ。
 しゅん、と目に見えて肩を落とし、申し訳なさそうに上目遣いで娘たちを見る。
「怖かったよねぇ、ごめんね。君たち、うちのお客さんだから、守らなきゃって思ったんだけど……」
 先程までのドスの効いた声はどこへやら。
 そこにあるのは、見た目とは裏腹の、ひどく情けない気弱な声音だった。
「え?」
 娘たちがきょとんと顔を見合わせる。
「俺の連れとか言っちゃって、嫌な思いしてない? 着物、着崩れてないかな……あ、もし帯が緩んでたら、うちの店に戻って。直してくれるから」
 心配そうに眉を下げる男に、害意がないことは明白だった。
 娘たちは、まだ混乱しつつも「ありがとう、お兄さん!」と小さく頭を下げて歩き去って行った。
 金髪の男はしゃがんだまま手を振って見送る。彼女たちの後ろ姿が人込みに紛れた後、よいしょ、と立ち上がった。
「兄上や三郎なら、もっと上手く出来るのかもしれないけど……難しいなぁ」
 またがくりと肩を落とす。歩き出そうと振り返ったところで、ぬっと人影が現れた。

「──兄上。戻られていたんですね」

 声をかけたのは三郎だ。
 兄上と呼ばれた金髪の男は、茶色の瞳をぱちくりと瞬かせた後、ぱあっと破顔した。
「三郎! 久しぶり。元気だった?」
 先程のしょんぼり顔はどこへいったのか。温和で優しい表情を浮かべながら、三郎に笑いかける。
『おかえりなさいませ、二郎様!』
 三郎の懐から飛び出した与一も尻尾をちぎれんばかりに振っている。そんな与一と目線をあわせるよう、二郎はしゃがみこんだ。
「ただいまー。ありがとな、与一。三郎の世話をしてくれて」
『勿体ないお言葉』
 撫でようと伸ばした二郎の手に与一の毛がざわりと逆立つ。二郎は目を瞬かせ、ひらりと手を振ってからゆっくり立ち上がる。
 きりりと胸を張った与一を再び懐へ戻しながら、三郎は首を傾げる。
「次郎丸はどうしたんです?」
 彼の従者である鷹を探して周囲を見渡せば、ぴぃ、と高い声が響いた。
「あ、人込みだと危ないから。上」
 ぴっと人差し指を立てて空を差せば、また高い声が返って来る。二郎はそのまま空へと顔を向けた。
「お前は先に帰ってろ! ここじゃ危ないから」

──何だあの人。空に向かって話しかけてる。

 そんな視線が向けられるも、二人とも気にする様子はない。
一郎あにうえも来られているはずです。探しに行きましょう」
「うん。そのために帰って来たからね」
 何度も頷いて歩き出そうとしたところで、人の波が割れた。
「二人とも。こんな所で立ち話かい?」
 視線を向ければ、そこには柔らかな笑みを浮かべた一郎。そしてその手を取る、可憐な女性の姿があった。
 仕立ての良い、上品な紺色のワンピース。それに合わせたショールを羽織り、はにかむように立っている。
「母上!」
 二郎が駆け寄ると、母上──紅梅の精は嬉しそうにその手を取った。
「お帰りなさい、二郎さん。ご無事で何よりです」
「……ありがとうございます。母上もお元気そうで」
 ふふ、と嬉しそうに笑うと、彼女はその場でくるりと回ってみせる。
「二郎さんが誂えてくれたワンピースさごろものおかげです」
 軽やかな足取り。その髪から指先から、鮮やかな梅の香が広がるのは隠しようもなく。
 周囲を行き交う人々が、「あらいい香り」「さすが梅の街ねぇ」なんて会話をしながら通り過ぎていく。
「うんうん、やっぱり似合ってます! その色、絶対に合うって思ったから」
「ありがとう。三郎さんにも褒めてもらったのよ」
「よかったですね、母上」
 一郎の声に頷く表情も明るい。
「さあ、皆で行こうか。母上があちらの屋台が気になると仰っている」
「あ。俺、射的やりたい」
二郎あにうえ、射的は景品が取れすぎると出禁になりますよ」
「えー」
 賑やかな会話と共に、家族は並んで歩き出す。

 冬の夜空に、祭り囃子がどこまでも響いていた。
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