恋人の愛は少し……いや、かなり重いです。【完結後の小話】

あげいも

文字の大きさ
6 / 8

知らなかったこと

しおりを挟む
 二人の予定を合わせて、長期でゆっくり過ごせる場所がいい──で、佑が選んだ場所。
 温泉付きのプライベートヴィラ。周囲の眼も気にせずにゆっくり過ごしたいから選んだ、と上機嫌で報告してくる佑を前にすると、まぁいいか、となってしまう。
 宿につけば、広々とした部屋に贅沢な家具や露天風呂。自分たち以外にも宿泊客がいるはずなのに、人の声もスタッフの気配すら感じない。
 家に居るのと変わらない──というには、贅沢が過ぎる環境ではあるが──リラックスしすぎる程の居心地の良さに、洋佑はすっかりだらけていた。
「……」
 眺めのいいテラスに置かれたハンギングチェアの上。心地よさそうに昼寝している洋佑の格好は、部屋着──というか、バスローブ一枚。
 くつろぎきった寝姿。持ってきた飲み物を佑は静かに置いた。
 ここだと会社に行くために洋佑が部屋にいない──ということはなく。朝も昼も夜もずっと一緒にいられることだけでも嬉しいのに。
 乱れた合わせ目から見える肌。薄くなった痕の上から重ね付けした行為の数々。思い出すだけで熱が上がりそうになって、佑は緩々と頭を振った。
 どれだけ求めても、求められても足りない。とはいえ、身体に負担のかかる行為でもあるから、洋佑が眠っている時は無理に起こしたりはしたくなかった。
 ただ──

──傍にいるくらいは……いいよね?

 二人で乗っても十分な広さのハンギングチェアだが、体重をかければ、その刺激で起きてしまうかも知れない。
 だから、別の椅子を持ってきて、腰を下ろす。起きるまでは洋佑を見ながら、時々本でも──
「……──」
 佑の動きが止まる。寝言──?
「……ん、……たすく、それ……あかんて」
「…………え?」
 佑の動きが止まる。寝言……なのは確かなようだ。多少身動ぎはしたが、洋佑の眼がまだ閉じられたまま。
 でも、今自分の名前を──いや、それよりも。
「むり……や、……か、ら……」
 もぞもぞと寝返りを打つと、顔がクッションに沈み込み、声が途切れた。思わず身を乗り出して、チェアを揺らしてしまいそうになる。
「っ……」
 何とか伸ばした指を引き戻す。のんびり読書──なんて気分は吹き飛んでしまった。
 早く目を覚まして欲しい。
 聞きたいことが頭の中をぐるぐると回ってどうしようもない。はー、と大きく息を吐き出すと、シャワーでも浴びて頭を冷やそうかと立ち上がった。
「ん──たすく?」
 背後からかかる声。今度は寝言ではない。
「洋佑さん?」
 振り返ると、よいしょ、と身体を起こす洋佑。肩から滑り落ちたバスローブを引き上げながら、緩い笑みを浮かべて佑を見ている。
「おはよ……ごめん、寝ちゃってたな」
 いつも通りの洋佑の姿に自然と笑みが浮かぶ。先程置いた飲み物のボトルを手渡しながら、自分も座り直した。
「洋佑さん、そのソファお気に入りだよね……今度、自宅にも置く?」
「いや、いいよ。ここにあるからいいんだよ、こういうのは」
 座り直した後、受け取ったボトルに礼を言いながら口をつける。一息つくのを待ってから、
「あのね、洋佑さん。聞いていい?」
「うん?」
 どこか慌てたような佑の声に洋佑は動きを止めて続く言葉を待つ。
「……洋佑さんって関西の人なの?」
「え、あー……うん。言ってなかったっけ?」
 聞いてない。というか──
「全然……分からなかった。訛ってないし……」
「こっち来た時、大阪弁のやつと仕事なんかできるか、って言われてさ。頑張って直した」
 油断すると出るんだけどなー、なんて明るく笑う。
「……さっき。寝言で言ってた。僕の名前」
「それでか。ごめんな、別に隠してるつもりはなかったんだけど」
 いいよ、と首を振る佑が立ち上がる。洋佑を逃がさない、と言うようにハンギングチェアの前に立った。
「聞きたい……もっと」
「?何が──」
 問いかける途中で顔に落ちる影。柔らかい口付けに肩が跳ねる。
「洋佑さんの声……僕の名前……呼んで欲しい」
「佑?」
 そうじゃない。と再び口付けられる。今度は先程より深く。両手で頬を包み込むようにしながら、角度を変えて、啄まれる。
「……っ、ん、?、……」
 意図が分からない。その困惑が語尾に滲むが、佑は動きを止めない。洋佑も完全に拒むのではなく、両腕を佑の首へと絡め、ソファに背中をつけていく。
「……大阪弁?……だっけ。もっと聞きたい──」
 滑る手がバスローブの中へと。自分がつけた痕を辿るように指先が肌を這い、紐を解いた。自然と開く合わせ目。
 肌が外気に触れる面積が増えると、肌寒さに小さく体を震わせる。
「そ、な……急に、言われても」
 唐突の要求に困惑したまま。ぎし、とチェアが軋む。
「聞かせて」
 きゅ、と指腹が洋佑の乳首を摘まみ上げた。びく、と身体が跳ねると同時、チェアが大きく軋む音が響く。
「うぁ……だ、から、て……」
「だめ?」
 要求としては難しいものではないのだが。改めて「話せ」と言われると、どうにも気恥しく。意識すればするほど、素の言葉とは違う「標準語」になってしまう。
 その度に佑の指や舌が肌に触れてくるのに、声を上げて体を揺らす。
「い、しきしたら……むずかし、から」
 自然と崩れるまで待って欲しい。
 そういうつもりだったのだが。
「……じゃあ。そんな余裕ないくらい、気持ち良くしたらいい?」
 そうじゃない。
 そうじゃない──のだが──
「…………それ、なら……出来る、かも」
 妙に一生懸命な佑が愛しく思えて。ほんの少しからかってみたい、という悪戯心も手伝って、頷いてしまった。

 その結果が、今の状況。

 不安定なチェアのクッションの中。大きく開かされた足の中心で揺れる性器からは白濁が零れ落ち、腹や胸を汚している。
 ばつ、と肌を打ち付ける音と、チェアの軋む音に混じり、洋佑の口から甘い声が零れる。
「ぁ、あっ、たすく、……も、無理や、って……さっきから、言うてる……やんか」
 きゅう、と腹がひくつく。埋め込まれた熱が動くたび、潤滑剤と白濁の混ざったものが掻きだされ、肌を濡らすことでさえ刺激に感じられて、洋佑はまた腰をくねらせた。
「うん……でも、僕はもっと聞きたい」
 ぎし、とまたチェアが鈍い音を立てた。同時に肌のぶつかる音と──
「──っ、ふ…………ほんまに、あかんて、むり……」
 弱々しい洋佑の制止の声。は、は、と短い呼吸を繰り返す口端へと口付けた後、佑は上唇だけを軽く食んでから離れる。
 ずる、と引き抜かれかけた熱にほっとしたところを、また奥へと埋め込まれて、洋佑の身体が跳ねる。
「~~~~~ッ……ぅ、あ……っ、あ、……」
 もはや方言か標準語か、なんて分からない。お互いに与え合う快感を貪るだけの行為。
 不規則に軋んでいたチェアの動きが止まり、甘く響いていた声が途切れた後。
 バスルームへと移動した二人は、ぬるめのシャワーを浴びていた。
「………腰、だるい」
 バスチェアに座った洋佑がぼそりと呟く。後ろから洋佑の身体を支えながら、シャワーで身体を流していた佑が小さく笑った。
「だって……洋佑さん、中々話してくれないんだもん」
「…………話しても──」
「うん。もっと聞きたくなった」
 ごめんね。
 ぎゅ、と抱きしめられる。一生懸命な佑に何とも言えない感情が沸き起こり、途中までは意識的に話さないようにしていたかも知れない。
 が、途中からは完全に「素」の自分になってしまった。何を口走ったかもうろ覚え。それ以上に──
「俺も──気持ち良かった、から、いいよ」
 こうして話している間にも腹の奥が疼くような気がする。さっきまでは、もう無理だと思っていたのに。
「……洋佑さん」
 シャワーを止めた佑に抱き締められて、洋佑は視線を向ける。
「何?」
「……また、聞かせてね」
 大阪弁。
 そんな改めて約束するようなものでもないのだが。妙なおかしさに笑みを浮かべながら頷いた。
「いつでもええよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司と俺のSM関係

雫@不定期更新
BL
タイトルの通りです。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...