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第三章 ハンターの眼差し
予期せぬ出来事
しおりを挟む美紗が統合情報局第1部に異動して二か月余りが経ったある日、直轄チームはいつにも増して騒がしかった。
情報局では、前日から米国のカウンターパートを迎え、二日間にわたる情報交換会議が行われていた。
直轄チームの佐官たちもそれぞれの担当所掌に該当するセッションに入る予定だったのだが、この日行われる予定の五つのセッションのうち二つに参加するはずだったチーム最古参の高峰3等陸佐が、当日になって突然、欠勤の連絡をしてきたのだ。
「カミさんが急に入院じゃあ、しょうがないよな。しかし高峰の代わり、どうするかなあ」
班長の比留川2等海佐は、太めの体を窮屈そうに押し込んだ椅子をギシギシいわせながら、誰に聞かせるともなく、ぶつぶつと愚痴をこぼした。家族の緊急事態に見舞われた部下には「自分がカバーできるから大丈夫」などと適当なことを言ったが、後から、同じ時間帯に自分自身が別の重要会議に呼ばれていたことを思い出したからだ。
「俺も熱中症かな。海自の情報幹部会同のことを完全に忘れてた」
九月に入って間もないその日は、確かにまだ日差しが強く、午前の早いうちから気温もかなり上がっていた。しかし、空調の良く効いた部屋の中は極めて快適だった。
比留川は、机の上に散乱する書類をあさりながら、ため息をついた。いつもなら、同じ白い制服を着る佐伯3等海佐が穏やかなツッコミを入れてくれるところだが、彼は件の会議の朝一のセッションに参加中で、あいにく席を空けていた。
代わりに、上官に決してくだけた態度を見せない若い富澤3等陸佐が、手にしていたファイルの中から会議の日程表を引っ張りだした。
「高峰3佐の担当セッションは、午後の、テロ問題が議題のものですよね。差し支えなければ自分が入りますよ。後で高峰3佐に内容をまとめて伝えればいいですかね」
「うーん、彼の場合は、俺達みたいにオブザーバーというより、進行役兼記録係なんだよな」
「全然構わないですよ。中身の話を別の人間がやってくれるのでしたら」
富澤は躊躇せずに答えたが、比留川は歯切れの悪い返事をすると、やおら立ち上がり、空席の多い「直轄ジマ」を眺めた。
高峰と佐伯に加え、先任の松永3等陸佐もこの日は昼過ぎまで出張で朝から不在にしていた。
ふと、富澤の向かいに座る片桐1等空尉の青い制服が、比留川の目に映った。
「うちの1等空佐殿にさせるか……」
悪ふざけとも取れるような奇妙な発言に、席に残る一同が一斉に直轄班長のほうを見る。
「日垣1佐はもともと高峰が入るセッションに参加する予定だったし、スケジュール的には問題ないよな。あと三、四年もしたら将官になりそうな御大に司会とメモ取りの雑用押し付けるのはちっと気が引けるが、まあ、立っている者は1佐でも使えって、よく言うだろ?」
比留川と目の合った片桐は、間違いなく部長室に聞こえそうな大声で、無遠慮に笑った。幸い、当の第1部長は別の会議に出ていて不在だった。
「いくらなんでもメモ取りはひどいっすよ。部隊に戻ったら、僕なんか直接話もできないような人なのに」
「まあ、でも、今回はそれが一番手っ取り早いし」
比留川は、軽口をたたく片桐にニヤリと笑い返した。
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