出張へびいちご

富井

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お花見へ行きます!

はじめてのお花見

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「いい天気じゃのう・・・もうすっかり春じゃ・・・」
「ああ、ぽかぽかという言葉そのままだよな・・・・」

アニューはよく晴れた日の午後にフィッシュとミッチェをある場所へ呼び出した。
きっとここを気に入って喜んでくれると信じていたから・・・

「今日は何だよ、こんなところまで呼び出しやがって。ようやく俺に喰われる気になったか。」
「何バカなこと言ってんだミッチェは!
春になったら、しなければならない大切なことがあるだろ。」

アニューは咥え煙草で、得意げな顔をして二人に言い放った。

「知らねえよ。言っとくけど、俺はアニューとは絶対やらねぇぞ。」
「んな事、わかってるよ!
ミッチェはヤダね・・・ロマンがない。
春が来れば春の、夏がこれば夏の楽しみがあるだろ。」

「ロマン・・・それはドーナツの穴から見える景色じゃ。
だが、最近のドーナツは穴がないのが多い。アレはいかん!
ロマンがない・・・だが、ぱかっと割ったとき、イチゴジャムがトロッと出てくると、また違った喜びがあるがな。」

フィッシュはニタニタと笑いながら、煙草の煙をふわっと吐いた。

「花見だよ。
春は花見だ!
日本人は桜の花が咲くと、木の下で飲んだり食ったりするらしい。」
「へーじゃあ、木を店に植えちゃえばいいじゃん。」
「そういうんじゃダメなんだよ。ココへ来るという事が大切なんだ。
コノ花が咲くコノ時にココへ来る!それが春の贅沢ってもんだよ。」

「ヘェ~贅沢ねーー。」

ミッチェはアニューの煙草ケースから一本タバコを取り出し、火をつけると、アニューがもたれ掛かっている枯木を空のほうへとゆっくり見上げた。

フィッシュもタバコを吸いながら、ミッチェの目線を追った。

「花見って言ったよな・・・」
「ああ言った!」
「どうでもいいけど・・・咲いてねぇぞ。」

ミッチェとフィッシュが見上げている木をアニューもしみじみと見上げてみた。
確かに・・・花は咲いていない・・・咲くには少しまだ季節が早かった。

「ミッチェ、これがいいんだ。咲いてからでは遅いんだ。
こうやってゆっくりと咲くのを待つのがロマンなんだよ。」

「ロマンねぇ・・・」

アニューはコーヒーカップにコーヒーを注ぐと、1個にたっぷりの生クリームを入れてカウンターのように見せかけて積み上げた木の箱の上に並べた。

ミッチェとフィッシュはそれぞれのコーヒーカップを取り、花の咲いていない枯木を眺めながら煙草の煙をふーっと吐いた。


「まあ、たしかに贅沢な光景じゃ。
春の訪れを肌で感じながらのんびりとコーヒーを味わえるなんて、なかなかの演出じゃ。
さらに、春を感じながらこの場所で風呂にでも入れれば、さらに贅沢じゃ・・・
おお、アニュー気が効くなーバイクで風呂を運んで来てくれたのか!
では、湯を入れるとしよう。」

「フィッシュ。それはサイドカーだ。
そこに湯を入れたら、月までぶっ飛ばす!」

「アニュー冗談じゃ・・・最近、アニューは冗談が通じない。全くけしからん!
サムゲタンを作ってくれ。ミネストローネ風味でじゃ!」

「そうだよ。最近イライラしすぎだ。コーヒーが前よりまずくなった。」
「うるせぇ。」

アニューはサイドカーに積んだアイスボックスの中から鶏肉をガツンと出すと、そこら辺に生えている草をわさっとつかんでむしり取り、鶏肉の腹の中に突っ込んだ。
そして二人のコーヒーにも突っ込んだ。

「八号店は流行ってんだろ。」
「ああ、スゲー調子いい。長生は頑張っている。売り上げは絶好調だ!」

「この間、わしも行ってみたが、パンケーキに乗っかっているイチゴの積み方が実に絶妙で感心してしまった。」
「俺も、チビ達と行ってみたけど、あいつは愛想もいいし、コーヒーもアニューが入れたのよりもかなり旨かったよ。」

「おお、知ってる。特にスパゲティは最高に旨いと評判だ。」

アニューは腕を組み、イライラした様子でタバコの残りを一気に吸い、一気に煙を吐いた。

「なら、何で怒ってんだよ。」
「俺より美味いからだ!
俺が作るより食うものも飲むものも旨いし、客も多い。この間なんか、女子高生に囲まれた写真がインスタに上がってた!」
「いいじゃねえか。店の宣伝になって。」
「何がいいんだよ。俺の店より流行ってんだぞ!!」

「あの店もお前の店じゃないか。」

「あ・・・・」

アニューは鶏肉の腹をホチキスで止めようとして一瞬手が止まった。

そして、腹の中に詰めた雑草を取り出し、丁寧に洗った後、もち米と栗を詰め、調理用の針にタコ糸を通し、腹を閉じた。
その後、土鍋に入れ火をつけたあとゆっくりと二人にコーヒーを入れなおし、タバコに火をつけてゆっくりと吸い、ゆっくりと煙を吐いた。

「本店も頑張らないと、と、思ってな。
で、ココで店を出す事を思いついたんだ。」

「ヘェー」
ミッチェは笑いをこらえながら新しい煙草に火をつけた。

「アニューは頑張り屋さんじゃのー。その一生懸命のところが素敵じゃ。
そう言えばわしも一生懸命やった事があったぞ。
モンブランという山にスプーン1本で登って、頂上の雪をたらふく食ったことを思い出した。
けれど、食っても食ってもなんの味もしなくてな、そうか!栗は秋が旬なんだ!今は秋じゃないからだめだったんだな・・・と思い、何度も挑戦したんじゃが、ふもとは秋でも登るとなぜか冬なんじゃ・・・」

「けど、花が咲くまでココにいて、あそこの店はその間どうするんだよ。」

「あそこは花見の時だけお休みする。
来るか来ないかわかんねぇ客を待つんじゃなくて、たまには客の来る場所に俺が行く、攻めの営業も大切なんだよ。 ミッチェもどうだ、このシーズンだけ、俺の隣でやらないか。」

「俺はあそこでいい。俺はのんびりが好きなんだ。」

「わしもそろそろいとこのビッキーノが背広を取りに来るからな。あそこにいてやらんと。」

「おまえらやる気あるのか?おれは8号店まで店を広げたぞ。
お前らまだ1店舗だろ。
社員だって、ミッチェのところはチビが2人だし、フィッシュのところはジジイの黒田一人じゃねえか。」

「ハピはもう十八だぞ。今、理容学校行ってる。ネスは十六、姉ちゃんの美容室に修行に行かせてる。」
「そうか。もうそんなに大きくなったか。」
「ああ、チッコイのもかわいかったけど、早く大きくなりたいって言ったんで、大きくしてやったんだ。」
ミッチェはタバコを吸いながら、コーヒーをちびちびと飲んだ。

「おい、今、姉ちゃんの・・・って言ったか。」
「ああ。」

「ミッチェ、俺達の計画を絶対姉ちゃんに言うなよ!これ以上登場人物が増えるとややこしくなる。」

「わしもミッチェのねえちゃんは苦手じゃ。
前に一度。髪を切ってやるから来いというので行ったんじゃ。
そしたら大きなカマを振り回して・・・わしが華麗なるステップで身をこなし、毛先を3センチずつカットをする事には成功したんじゃが、疲れて、疲れて・・・しかも、襟足は伸ばしているというのに、どうしても切ると言って追いかけまわされて・・・」

「又、何で美容院に修行に行かせたんだよ。」

「なんか、二人が言うには、これからは女と男、両方できる店にしないと儲からないんだと。しかも、床屋の資格を持っていると顔そりもできるから、エステの資格も取って女の顔とか背中とかも剃ったりできるようにするらしい。
ま、俺は今のままで十分なんだけど・・・そうしたいって言うから、それもいいかな・・・なんてね。」

「わしのところも黒田は頑張っておるぞ。ポルトガルにおる従兄弟のパッキーのところで、縫製工場を探しに、張り切って旅立った。
今度から女物の既製服もやると言ってな。
名前も「テーラームーン」から「ハニームーン」に変えようと言っておった。販売はスイッチがいっぱいついた光る箱でするらしい。わしは今のままで十分なんじゃがな、チクチクと一針ずつ縫い上げてゆく方がわしにはあっとる。だが、黒田が頑張ると言っておるから、応援せねばな。」

「なんだよ。いい加減にしろよ。お前らのほうがすごくなったら、俺はどうなるんだよ。」

「何言っておる!わしらは仲間じゃ。
三人でここまで来たんじゃから、三人の会社ということにすればいい。」

「そうか、やっぱりフィッシュはいいやつだな。」
アニューはフィッシュの咥えていた少し短くなった煙草の火を消し、新しいのを咥えさせて火をつけた。そしてぬるくなったコーヒーを温かいものに取り替え、生クリームを1メートル40センチほど積み上げた。

「当たり前だろ。わしらは三人で雨の日も風の日も、夏の暑い時も、冬の寒さにも負けずやって来たじゃないか。
時には鉄の鎧を着て騎士となり、時には船に乗り、荒波にもまれて七つの海を駆け巡り、陸に上がれば靴磨きに床掃除。ホストからキャバレーの踊り子まで、時にはロシアンバレー団でプリマを、時には広東で飲茶の修行に、又、時にはビバリーヒルズで新聞を売り、またある時は献血ボランティア・・・・
苦しい時も、華やかなるときも、ともにここまで手を携えてやって来たではないか・・・」

フィッシュの訳の解らない演説の間中、アニューは花見で出す、新メニューのへびいちご入り野菜サンドを延々と作り、ミッチェの前に置いた。


「おお、そうじゃ、三人の会社の名前を決めんとな。【ムーンローズイチゴ】はどうじゃ。」
「おいマテ、何でイチゴが最後なんだ。【いちごバラムーン】だろ。」
「なんでお前らの間に俺が挟まれるんだ!【クロバラムーンへび】にしろ。」
「【へび】とかやめろ!第一、何でミッチェんとこだけフルネームなんだよ。俺達が1個で我慢しているのに!だったら、【へびいちごムーンバラ】でもいいだろ」
「だめじゃな。ゴロが悪い。ここはひとつ【ハニームーン・へば】でどうじゃ。」
「俺達は1文字ずつしかはいってねぇだろ!」
「だったら、【クロバラ・ムヘ】でもいいはずだ。」

アニューはチェックのミトンをつけて、咥え煙草でサムゲタンミネストローネ風をカウンターに見立てた箱の上にガツン!と置き、蓋を即座に取り、湯気の向こうから、

「【へびいちご・バーン】でどうだ。」

と言った。

ミッチェとフィッシュは顔を見合わせ、煙草を深く吸うと、ふぅーっと細く長く煙を吐いた。

「やっぱり、俺達は、それぞれの店で頑張ったほうがよさそうだな。」
「そうじゃ。それがいい。」

二人はうんうんと軽く頷いて、残りの煙草を吸いながら、熱々のサムゲタンミネストローネ風に手をかざし暖を取った。

「少し、冷えて来たな・・・・」
「花見は夜に来るらしいんだ。お前らも従業員、まだまだいるだろ。だからここで暖かいものもを食べながら、ゆっくりと、花を見つめる人を見つめながらさ・・・」
「花、咲いたら人が来るのか?」

ミッチェは新しい煙草に火をつけ枯木を見上げて言った。

「来るさ。山のような人だかりになるぜ。その時、俺達はその人だかりの中心だ。」

「そうか・・・中心は気分がいいもんじゃ。わしもブロードウエィでミュージカルの主役をやっていた頃は、何千人もの観客の視線の中心におってな。あの時は本当に気分がよかった・・・けれど・・・何とかという秘境の人食い人種に掴まった時、縄を掛けられ、中心に立たされた時はさすがにヤバイなと思ったがな。」


フィッシュは煙草を吸って煙とふぅーっと吐いた。

アニューも同じように煙をふぅーっと吐くと、その煙は1本になり、枯木にゆっくりと絡みつくように登って行った。
そこでミッチェは指を“パチン”と2度鳴らした。
すると、見た事もない白い花がポツリポツリと咲き出した。


アニューは満開になる前に、新しく点てたコーヒーを3つのカップに入れ、カウンターに見立てた箱の上並べた。
三人は、枯木に花が咲き誇るのを見上げながら、それぞれのカップを持ち、目線まで持ち上げた。
「健闘を祈るよ。」
「アニューの花見作戦に。」

三人は熱々のコーヒーを一気に飲み干した。

「では、この少しぬるくなったサムゲタンミネストローネ風を食べながら人が集まってくるのをゆっくり待つとしよう。」
「ああ、俺はこれからアップルパイを焼くからな、客がわんさか来ても、これならささっと出せるしな。」
アニューはうきうきとリンゴをシャカシャカむいた。シャカシャカむいてサクサク焼いて、スパスパ切って、カウンターに見立てた箱に山のように積んだ。

山のように積んだあと、煙草を咥え、火をつけると、ゆっくり吸ってゆっくり吐いた。
ミッチェもフィッシュも同じように、新しい煙草を咥えゆっくり吸ってふぅーっとゆっくり吐くと、三人の吐いた煙は1本の線になり、スーッと登って行ったのが消える頃、夜が明けた。
「おい、花は咲いたぞ。人はいつ来るんだ。」
「もう来るはずだ。」
「まだ1日目じゃもう少し待とうじゃないか。」
「咲けばすぐ来るって言っただろ。」
「来るはずだとは言ったが、すぐくるとはいってねぇ!」

「まあまあ、アニューもミッチェも、まだ1日目の朝じゃ、もう少し待とう。
何か面白い事が待っとるかもしれん。」

「そうだよな。」
アニューはご機嫌にフィッシュのカップに熱々のコーヒーを入れ、生クリームをたっぷりとこんもりと入れた。
「ホントにあるのかよ。」
ミッチェのカップには泥水と雑草を入れ、ミッチェが「ちっ」舌打ちをすると、そばにあった石ころをポコんと乗せた。


「まあ、花も咲いているし陽気も心地よい。
『待てば海路の日和あり』と言うじゃろ。ここで2~3日過ごすのも悪くない。」

フィッシュは新しい煙草に火をつけフーッと煙を吐いた。

「2~3日もかからねェよ。2~3時間もすればここがいっぱいになる。」

アニューも同じように、新しい煙草に火をつけフーッと煙を吐いた。
「わかったから、ちゃんと飲めるコーヒーをくれ。」
泥水が入ったコーヒーカップを谷底へ捨て、目覚まし時計をカウンター代わりの箱の上に置いた。
「わしは生温いアイスクリームをもらおうかな。マンゴーとピスタチオのソースがけで。」

アニューはすり鉢を3つ並べると1つにコーヒー豆1つにマンゴー あと1つにピスタチオを入れ、ブツブツと呪文を唱えながら両手と片足を使ってすり出した。

「アニュー落ち着けよ。」
「そうじゃ尻尾が見えとるぞ。」

アニューは大きく深呼吸をして、煙草に火をつけふーっと煙を吐いた。その煙に合わせてミッチェもフィッシュも煙を吐き、煙は一本の線になり、横に広がった。
すると、向こうの草むらがさわさわと音を立てた。

「あ!いらっしゃ・・・・」
「鹿じゃねえか。あれは仲間にはできねえぞ。」
「知ってるよ。」
「客にもならんな。金を持っとるようには見えん。第一、財布を持っとらんからな。」
「知ってるよ。」
「もう2~3時間立っただろ、誰も来ないじゃないか。」

「知ってるよ。つーか、ミッチェが咲かせた花が悪いんじゃねぇのかよ。これは桜かよ。」
「知るか、アニューが花さえ咲けばいいって言っただろ。」
「そうは言ってねぇ。花見は桜なんだ。」
「だったら桜って言えよ。第一、桜ってなんだよ。」
「そんなことも知らねえのかよ。」
「じゃあ、アニューは知っているのか。」
「俺はバカだから知らなくて当然だろ。」

「まあまあ、二人とも、こんな山奥で喧嘩をしていると、木霊になって下の里まで響くぞ。まあ、今回はわしらだけで花見をしたらいいじゃないか。せっかくミッチェが見たこともない花を咲かせてくれたんだ。それを楽しめばいいじゃろ。」




フィッシュは自分のポケットから煙草を取り出し、アニューとミッチェに1本ずつ渡した。マッチを擦り、アニューの煙草に火をつけた後、ミッチェの煙草にも火をつけた。

三人の吐いた煙はスーッと伸びて木の枝に咲いた花のところで1本にまとまったところで、
「ところでミッチェ、この花は何の花だ。」
とフィッシュが聞いた。

「さぁ、ネスが幼稚園のお絵描きの時間に書いた花だ。かわいいだろ。」
「そうか、どうりで気味が悪いと思った。」

笑いながら話すフィッシュとミッチェの前で、苛ついたアニューはその枯木をぽこんと蹴飛ばした。

するとその枯木は根本だけをわずかに残して、ゆっくりと谷底へ落ちて行った。

「あーあー・・・アニューは、そう言う気の短いところがよくない。せっかく花見をしようとしてたのに。」
「ちょっと蹴っただけだろ、そんなに力は入れてねえよ。」

「これじゃあ、ここに何しに来たかわかんなくなっただろ。」

「しゃあねぇだろ、なくなっちゃったもんは、今更、もとにはもどせねぇ。」

アニューはコーヒーとマンゴーとピスタチオのソースがかかった生温いアイスクリームをカウンターに見立てた箱の上に置き、煙草に火をつけた。
木が倒れ、カウンターに燦燦と陽が指し込み、生温いアイスクリームはさらに生温くなった。

「おい、フィッシュ、アイスクリームが熔けるぞ。早く食え。
おい!フィッシュ!」

「やばいぞ、フィッシュの調子がおかしい。」

フィッシュは直射日光には弱かった。

アニューとミッチェはサイドカーに乗せた冷蔵庫にフィッシュを無理くり押し込むと、あの街へ慌てて帰って行った。

この花見が朝までかかっても、陽があまり当たらないこの大きな木を選んだことに気づくのは、フィッシュが息を吹き返して2週間たった頃だった。
そして、カウンターに見立てた箱とコーヒーカップと溶けたアイスクリームを置き去りにしてきたことに気づくのも、そのころだった。


つづく・・・の??
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