クレタとカエルと騎士

富井

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理玖と太

高校進学

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それからはそれぞれが何の弊害もなく、のびのびと生き生きと学生生活を謳歌していた。


理玖はヒロトたちとさよならしたあと、勉強だけにすべてをかけ、喧嘩の日々で落ちてしまった成績を戻すべく、目標とする高校へ進学するために必死で勉強した。


太も今までは喧嘩で使っていたスタミナのすべてをサッカーに打ち込み、将来は選手になることを夢見て、二人ともそれ以外は何もない程に、友達から遊びに誘われようが、女の子から告白されようが、見向きもせずただひたすらに直向きに打ち込んだ。


喧嘩の仲裁に呼ばれることもなくなったヒロトは、もともと目立たずに地味に誰かの邪魔にならないよう隅っこのそのまた端っこでひっそりとしていたい性分だったから、元のとおり窓際で、最高にボーっとした毎日に溺れていた。

そうやって三人はそれぞれの長いような短いような1年半をそれぞれ終えて、それぞれの志望する高校へと望みを叶えるべく、進学した。

その高校への入学式の日、事件は起きた。

喜びだけを真新しい制服の胸に、それぞれの高校へと登校した。

理玖にも太にも長く抱き続けた夢の入口だった。ヒロトは、ただなんとなく受けたら受かったからという理由だったけど、やっぱり新しい制服にはそれなりの思いで袖を通した。


選んだのは県内屈指の進学校、ミッション系の高校。

中央に時計台とマリア様の大きなステンドグラスが美しいシンメトリーの校舎。


一歩また一歩とその高校へ進むと、校門で自分と同じ制服を着た、見覚えのある顔を見つけた。

「理玖。」

「ヒロト・・・久しぶり。」

理玖は勉強漬けの毎日で、新しい学校では、話しはするものの友人と呼べるものはなく、とても寂しい日々を送っていたから、ヒロトの顔を見たときは嬉しさで抱きつきたいほどだった。


「理玖ごめんね。遊びに行くって言っていて、一度も行けなくて。」


「構わないよ。でも、またヒロトと同じ学校に通えて嬉しいな。」


「もっと、もっと、喜ぶことあるよ。」


「え、なに。」


「ほら、アレ・・・」


ヒロトが指を指した先に視線を移すとそこには見たくもない見慣れた顔、太が立っていた。


ヒロトに会ってからの数秒は、人生の中でたぶん一番と言っていいほどの喜びだったが、太の顔を見たとたんにそれは人生で一番、最低の日に変わった。


高校では、ひょっとして太と同じになる可能性もあるかもとは思ってはいたが、進学校のここにならば太と会うことはまずないだろうと、それこそ受験勉強をするのと同じくらい真剣に考えて決めたのに、晴天の霹靂とはまさにこのことだと身をもって知った。

「テメェェ!!なんでこんなとこにいるんだ!」

「それはコッチのセリフだ、太。テメェの学力ではここに受かるわけねえだろ。」

「太はスポーツ推薦だよ。理玖が引っ越しした後、すごく頑張って、サッカーで県一位になったんだよ。
すごいでしょ。凄く頑張ったんだ。」

「テメェ・・・俺がココを受ける事知っていて、嫌がらせに来たのか。」

「はあ、バカかテメェ。自惚れるな。おまえの事なんて、今の今まで忘れていたぜ。
お前の名前は・・・たしか、なんかちっこい動物のような名前だったな・・・リスか。そうだリスだ。」

「太、理玖だよ。忘れる訳ないでしょ。」

「理玖?リスも変わんねえよ。いっつもびっくりしたようなまん丸のお目めの理玖ちゃん。」

「太・・・・テメェエ・・・」

理玖は太のその子どもっぽく馬鹿げた挑発にもちろん腹が立った。

腹が立ちすぎてココからぶん投げて、校舎の四階中央の時計台にぶち込んでやりたい!

一年半も喧嘩をしていなかったからそのくらいの力は十分にある。

と、考えていたが、ココへ来たのはこいつとつまらない喧嘩をするためじゃない。

両親も祖父も祖母も将来を期待してくれている。

それ以前に、ここへの進学は自分の夢をかなえるためでもあった。

「我慢だ。」煮えくりかえった心を必死で抑え平静を装い。

「式に遅れるぞ。」

と震える声で言った。拳は痺れるほど強く握りすぎて、手のひらを指が突き破りそうだった。


「うん。行こう。」

ヒロトは理玖と太の腕を組み、ずっと昔から変わらない微笑みで二人の顔を代わる代わる覗きこんだ。


「なんだ・・・おまえ、そうか。

優等生か、優等生君になっちャッたのか。」

「はあ。バカかおまえ。俺はずっと前から優等生なんだよ。誰かさんみたいな運動バカとは違うんだよ。」

「なにぃぃ。誰かって、俺の事か。」

「おまえの事とは言ってないが、そうやってむきになるところをみると、心あたりがあるみたいだな。」

理玖は勝ち誇ったかのように「フン」と鼻で笑った。

理玖のこの顔が太は最高に嫌いだった。

「きっさまぁぁ・・・」

「もう理玖も太も。やめ、遅れるよ。行こう。」

ヒロトは二人に絡めた腕の力をさらに強めて、引っ張った。

「今日だけ、仲良くして。明日から会いたくても会えなくなるから。」

「ん?」

理玖と太はその意味が全く理解できなかった。

怒りで脳が支配されていてどうにもさまざま状況が飲み込めずにいた。

そして入学式の間中、ずっとイライラとして腕を組み貧乏ゆすりをしていて、真ん中に座ったヒロトは、

「ほらやっぱり、この二人はほんとうにそっくり。だから喧嘩になるんだ。」

と、笑いをこらえきれずにむせたふりをしてごまかした。

そして、同じタイミングでヒロトの背中を叩いて、それもやっぱりツボにはまって結局最後までむせりつづけた。

「それでは、各クラスに移動して下さい。」

とアナウンスが流れた。

「しまった、バカの相手をしていてクラスを確認するのを忘れた。」

「誰がバカだ」

「太は一組、理玖は九組。太は旧校舎の三階で理玖は新校舎の四階だよ。」

「ヒロトは。」

「僕は五組で新校舎の三階。だから明日から同じ学校に通っていても、会うことなんてまずないんだよ。
残念だったね。」

「残念なことなんてないさ。嬉しすぎて踊りだしたくなるぜ。」

「じゃあ踊ってみろよ。今、すぐココで。」

「テメェェェ・・・・」

まただ・・・また理玖は「フン」という鼻で笑った。この顔が太は大嫌いだ。

太は拳を強く握った。

腹の奥のほうから信じられないほど、熱く血液が沸騰するほどの怒りと、身体をブルブルと震わせるほどの力がその拳にチャージしていた。

「ダメだよ。太。こんなところで喧嘩したら。すぐ謹慎になっちゃう。」

ヒロトは太がチャージしていた拳を両方の手のひらで握り、旧校舎のほうへと誘った。
なぜだかヒロトに、ニッコリと微笑まれるとフッと力が抜けた。

なぜだかわからないが、フッと力が抜けたあと、とてもいい気分になれた。

「ヒロトに助けられたな。」

理玖が笑いながらそう言ったが、太はヒロトに手を握られて、

ご機嫌に旧校舎へと歩き始めた時で、理玖の声を聞きもしなかったし、振り返りもしなかった。

「無視しやがったあの野郎…覚えてろよ」

理玖も拳を握ったが、残念なことに、こんな時その拳を握ってくれるはずのヒロトは、太と一緒で、小さな舌打の後、ため息とともに拳をポケットに入れ、

一人で新校舎に向かって歩いて行った。

もう一度振り帰ると、楽しそうに手を繋ぎ笑いながら歩く二人の後ろ姿があって、

理玖はさっきより強く拳を握るしかなかった。
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