クレタとカエルと騎士

富井

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終わりと始まり

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そして、理玖は目覚めた。

理玖が戻って初めて聞いた音は、ピ・ピ・ピという規則正しく生を刻む機械音と、隣のベッドから聞こえるピーーという生の反応のない2つの機械音だった。


そして、初めて目に映ったものは、太の母親の泣き崩れる姿・・・

それを見て、自分達三人のあの7日間は、夢でなかったことがはっきりとわかった。

「おかあさん・・・」

理玖が戻って初めて言った言葉はそれだった。情けなくは思ったが、なぜか思いつく言葉がそれしかなかった。

家族が自分を覗き込み、泣きながら手を握り、喜び、体をさすってくれる両親と祖父母。自分の流す涙も暖かく、その涙をたどってくれる母親の指先のぬくもり。家族の微笑む顔そのものが自分の喜びであり、宝であることを、改めて気づかされた。

そして、隣のベッドでは、流す涙も枯れ果て、呆然と立つ太の両親に見守られ、機械や点滴が外された、太とヒロトの体があった。その二つの体は、別の場所に移されようとしていた。

「少し・・・少しだけ待ってください。」

理玖は起きることはできなかったが、看護師に頼んで二人と手を繋がせてもらった。
その体は、ほんのりと暖かく、柔らかかったが、とても重くて、うっかり手を放し落っことしてしまった。また、その手を握ろうと、理玖は自分の手を伸ばせるだけ伸ばしてみたが、太からもヒロトからも手を握り返すことはなかった。だらりと垂れ下がった手は、看護師がベッドの上に戻すまで、そのまま垂れ下がっていた。

(本当に逝ってしまったんだ・・・・)

理玖は心の中では泣いていたが、涙は1滴も流さなかった。太が笑って逝ったのだから、自分も涙は見せまいと努力した。


そして、太からの伝言を告げようと、とてもか細く、声にならない声で太の両親を呼び止めた。
「おばさん・・・おじさん・・・太が・・・」
そこまで言うと、太の母親は
「どうしてあんただけなの・・・」
と声を詰まらせながら言い、泣き崩れた。
太の母親の声は、自分の母親が喜びながら名前を呼んでくれた声よりも、深く、深く、耳の奥に残り、深い後悔が頭の中を駆け巡った。

(やはり何としてでも連れて帰って来るべきだった・・・)
自分は間違っていた・・・そう思った時、どうしようもなく涙があふれた。自分の涙で溺れてしまうのではないかというほど泣いた。

自分一人が生きている。二人はいない。自分が生きていることを喜ぶ人がいる。自分しか生きていないことを悲しむ人がいる。その事実は、理玖の上に重く辛く、苦しくのしかかり、心は完全に押しつぶされていた。

太の両親は、迎えに来ないヒロトの体も太と一緒に自宅に連れ帰ったという話を聞き、太の思いが繋がったことを知ると、新たな誓いに向けて、自分を奮い起こした。
太の最後の言葉・・・太とヒロトを見つけろという言葉。
それを何度も何度も思い返していた。

どうしたら見つけることができるのか、太の特長は・・・ヒロトの特長は・・・
ベッドの上で何時間も、何日もそのことだけを考えた。

なのに・・・

理玖が一般病棟に移ってしばらくは、家族だけでなく、親戚中や友人がわんさか押し寄せた。それこそ、幼稚園、小学校、中学の友人が何処から聞いたのか、入れ替わり立ち代わりやって来た。

そうやって大勢の人に囲まれている間に、少しずついろいろなことを忘れていった。

人は忘れる動物だ。辛いことも苦しいことも、日にちが立つと少しずつ忘れて行く。そうやって新しい出会い、新しい居場所を見つけるのは決して悪い事ではない。
家族もそれに賛成してくれている。
そう自分自身を慰め、痛みを忘れ、背負い込んだ柵から解放されることだけを望んだ。

けれど、夜になり一人になると頭の中をよぎるのは、太の最後の言葉・・・太とヒロトを見つけろという言葉。
昼間楽しければ楽しいほど、夜、太とヒロトのことを考えるのがつらかった。


そして、日が立つごとに訪れる人の数も少しずつへり、家族すら毎日は来なくなった。

そんな理玖には、自分だけが生きているという、懺悔の日々が続いた。
理不尽な理由で生きることを奪われたヒロトと、そのヒロトを追って逝ってしまった太。

(なぜ忘れられないのだろう・・・もう、どうしようもない事なのに・・・)

退院した理玖は、何もできず、ただ家にいた。
時折、ふと思い出したように、太は・・・サッカー場か・・・・
ヒロトはカエルになったから・・・田んぼか・・・
などと、雲をつかむような思いに翻弄され、ふわふわと近所を歩き回ることはあった。

(太・・・ヒロト・・・クレタ・・・教えてくれよ・・・俺は一体、どうしたらいいんだ・・・)
ふと我に返ると、何もできずにいる自分が、惨めでどうしようもなく哀れに感じた。

(俺は、何もできない・・・あの時、一緒にあっちに行っていたら・・・・)
もっと楽だったのに。

そう考えていた。
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