正しい聖女さまのつくりかた

みるくてぃー

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第一章 スチュワート編(一年)

第11話 実習、ティーパーティー

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「それでは午後の授業を初めます」
 いつも授業を受けている教室から実習室へと移動した私たち。
 そこで用意されているテーブルに班ごとに分かれ、それぞれ実践形式でお茶会の模擬練習を行う。

「それじゃどうやって二つに分けようか」
 この実習はご令嬢役とメイド役に分かれ二役とも実際に体験しようという内容。普通ならどちらも経験した事がない生徒ばかりなので、両方経験がある私にとっては通常の授業より比較的余裕がある。
「そうですね、まずはアリス様と……パフィオさんに主人役をお願いしてはいかがでしょうか?」
 班の中で一番しっかりしているであろうリリアナさんが、全員を見渡してから簡単に役柄を分けてくれる。どちらにせよ両方の役を演じることになるので、全員リリアナさんの案で問題ないようだ。

「それでは実習用のティーセット取りに行きますので、カトレアさんとココリナさん、お手伝をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あっ、ティーセットを取りに行くなら私も手伝うよ」
 そういえばマリー先生が隣の部屋からティーセットを取ってくるよう言われたんだった。すっかり忘れてテーブルの席に座っちゃっていたよ。

「アリス様とパフィオさんはご令嬢役なのでそのままお座りください。3人もいれば十分運べますわ」
 ん~、何だか申し訳ない気がするが、リリアナさんのいう通り大勢で行っても邪魔になるだけであろう。片付けは私たちがするという事で、ここはリリアナさん達に任せるとしよう。それにしても……
「あのー、前から気になってたんですが、何故私だけ様付けなんです?」
 他のみんなは私の事をさん付けやちゃん付けで呼んでるのに、リリアナさんにだけ様付けで呼ばれているのがずっと気になっていた。
 これが全員様付けで呼んでいるのなら納得も出来るが、リリアナさんが私以外を呼ぶ時は全員さん付けなので居心地が悪くて仕方がない。

「お気に障ったのなら申し訳ございません。でもアリス様は……いえ、そうですね。次からアリスさんとお呼びさせて頂きますね」
「うん、お願いしますねリリアナさん」
 いきなり呼び捨てはハードルが高いもんね。私だって呼び捨てにしてるのはミリィと数人の幼馴染だけだし、ルテアとリコに関してはちゃん付けですっかり定着してしまっている。


「少しお尋ねしてもいいですか?」
 リリアナさん達が隣の部屋にティーセットを取りに行ってくれている間、同じテーブルに着いたパフィオさんが私に対して訪ねてくる。
「いいですよ、何ですか?」
「何故メイドになろうとされているんですか? 昨日その……偶然お力を見てしまったもので」
 あぁ、パフィオさんもあの場にいたからカトレアさん達と同様不思議に思っているのだろう。私が何故巫女ではなくメイドになろうとしているのかを。

「私の両親って6歳の頃に亡くなってって、身寄りのなかった私はお母さん達がお仕えしていたお屋敷で育ててもらったの。だからご恩返しをしたいっなって……。
 でも本音を言えば一番は離れたくないって思いからかな、メイドになってお仕え出来れば今の様な生活は無理でも、ずっと側にいる事はできるでしょ? 育てていただいている義両親からは、きっと余計な事を考えなくていいって言われるけど、自分の居場所は自分の手で作ろうと思って。
 えへへ、ちょっと偉そうだね」
 血の繋がりがはなくても、私にとっては掛け替えのない家族だから離れたくないって思いが強いんだ。義両親に話したらきっと何馬鹿な事を考えているのと叱られそうだけど、かつてお母さんとお義母様のような関係に、私とミリィがなれたらいいなと考えている。
「……いいえ、大変立派な考えだと思いますよ」

「何の話してるの?」
 パフィオさんとの話に夢中になっていると、ティーセットをキャスターで運んできたココリナちゃんに声が声をかけて来た。
「おかえり皆んな、大したことじゃないよ。どんなお茶が好きなのかを話してただけだよ。ね、パフィオさん」
「ふふふ、はい、そうですね」
 照れ隠しから思わずその場を誤魔化してしまう。

「パフィオさん今のは内緒ね。ミリィ……一番仲がいい友達にも言ってないんだから」
「ふふふ、はい、分かりました。誰にも言いませんから安心してください」
 皆んながティーセットの用意をしてくれている隙にパフィオさんに小声で話しかける。ついつい誰にも言ったことがない話を喋ってしてしまったが、今更ながら恥ずかしくなってくる。



「お待たせしました、それでは始めましょうか」
 ティーセットの準備が出来たのだろう、リリアナさんの一言で気を取り直しお茶会をスタートさせる。

 まずはリリアナさんが的確にココリナちゃんとカトレアさんの指示しながらお茶の用意を進めていく。
 最初は水差しからティーケトルへと水を注ぎ、付属のアルコールランプで水を沸騰させる。
 この国の定番とも言えるティーケトルは、足が長く底からアルコールランプでお湯を沸かすというもの。火の調整をすれば保温することもでき、一般のご家庭でも質の違いはあれど、一家に一台はあると言われている。
 
 リリアナさんはお湯を沸かしている間もテキパキと作業を進め、ティーカップの準備から、お茶請けようのクッキーの準備。ティーポットを温めてから茶葉をスプーンで二杯入れ、そこへ沸いたばかりのお湯を勢い良く注いでいく。
 茶葉の種類にもよるが、紅茶は蒸らす時間によって大きく味が異なると言われている。長く時間をおけばその分苦味と渋みが広がり、逆に時間が短ければ味が薄く紅茶本来の味わいが無くなってしまう。もちろん人の好みによっても異なるが、平均的な蒸らす時間はおよそ2~3分と言われており、紅茶専用の砂時計を使って時間を計ったりもする。

 見れば一応キャスターに砂時計は用意されているようだが、リリアナさんの場合はあえて使わず、茶葉を蒸らしている間にティーカップにお湯を注ぎ、カップを温めてからお湯を捨て、蒸らし終えた紅茶を茶こしを使いながらカップへと注いでいく。

「ライラックでございます」
 そう言って私とパフィオさんの前に出されたのはこの国で一番有名紅茶、ライラック。紅茶は基本その茶葉が取れた地方の名前から付けられる事が多く、このライラックもライラック公爵領で栽培されているからその名が付けられている。

「この香り……ごくん。もしかしてセカンドフラッシュ?」
 勧められるままカップをソーサーごと手に取り、口元に片手でカップのみ近づけ、香りを楽しんでから音を立てずに一口を口にする。
「さすがですね。ご察しの通りライラックのセカンドフラッシュでございます」
 さすがという言葉が何を指しているのかは知らないが、どうやら私の考えで間違ってはいなかったようだ。
 キャスターの上には何種類かの茶葉が小瓶に分けられており、その中から好きなのを使ってよい事になっている。
 別にどのような茶葉が用意されているかを知っていたわけではないが、紅茶好きな私としては有名どころを当てるぐらい造作もない事。リリアナさんの入れ方が絶妙だったといえばそれまでだが、ライラックのセカンドフラッシュは紅茶のシャンパンと言われるほど有名なので、私でなくとも紅茶好きなら当てるのはそう難しくもないだろう。

「何そのセカンドフラッシュって?」
 私たちの会話を聞いたココリナちゃんが、不思議そうにそう尋ねてくる。
 ファーストフラッシュやセカンドフラッシュなんて言葉を聞いても、紅茶好きでなければ馴染みがない言葉なのだろう。見ればカトレアさんも私たちの話を聞きながら何やら必死にメモを取っている。

「セカンドフラッシュというのは早い話が二番摘みという意味ですわ」
「ライラックってね、春・夏・秋と一年間に三回収穫する事が出来るんだよ。その中でも夏に採れるのがセカンドフラッシュ。ライラックはこのセカンドフラッシュが一番美味しいと言われてて、紅茶好きにはその味わいからマスカットフレバーとも言われているんだよ」
「へぇー、知らなかった。アリスちゃんって意外に紅茶の事に詳しいんだね」
「ちょっと意外という言葉が気になるけど、そういう事だよ」
 それにしてもリリアナさんが入れたお茶はおいしいなぁ。紅茶の事には詳しいけど、入れる事にかんしてはまだまだ練習中なんだよねぇ。


 今度は役柄を入れ替えココリナちゃん達がご令嬢役、私とパフィオさんがメイド役となり模擬茶会を進めていく。
 お湯は先ほどリリアナさん達が温めてくれたものを使うとして、まずは茶葉の選定。種類はライラックにストリアータ、ハルジオンにエンジウムとこの国の公爵家の名前から取られた4大銘柄の紅茶に、私の好きなローズヒップと幾つか有名なハーブ、あとはミルクと蜂蜜が用意されている。
 正直私にリリアナさんのような腕はないので、ここは得意のブレンドで楽しんでもらおう。
「パフィオさんカップを温めてもらってていいですか? 私は茶葉の用意をしますので」
「分かりました」
 素早くお茶請けのクッキーを用意し、ティーポットへ二種類の茶葉をブレンドし、その後にリリアナさんと同じよう勢いよくポットへお湯を注ぎ、砂時計を使って蒸らす時間計っていく。

「ねぇ、リリアナさんの時も思ったんだけど、どうしてアリスちゃんもそんなに勢いよくお湯を注いでいくの? そんな事したら飛沫が飛んだり音が立ったりして怒られるんじゃないかなぁ?」
 私がお茶の準備をしているのを見ていたココリナちゃんが、再び疑問を投げかけてくる。疑問を疑問のまま止めておかないのはいい事だからね。別にご令嬢役として姿勢や振る舞いを崩さなければ、メイドさんに話しかけても失礼な行為ではないので、ココリナちゃんの行いは決して間違えではない。
 ただ、姿勢と振る舞いが全然なっていないのは、ある意味仕方がないのかもしれないが。

「ココリナさんそれは違いますわ、もちろん極力飛沫やそそぐ音を抑えるべきなのでしょうが、これは茶葉を踊らすためにあえてやっているんです」
「茶葉を踊らせる?」
 リリアナさんが代わりに答えてくれるも、ココリナちゃんは言葉に心当たりがないのかただ首を傾げるだけ。カトレアさんを見れば、ご令嬢の振る舞い以前にこれまた必死にメモを取り続けている。

「聞いた事がないなかぁ、ジャンピングっていう現象を起こしているんだよ。茶葉は基本乾燥させているから、お湯に空気を含ませることによって茶葉を酸素がもちあげて、何度かジャンピングさせることによって味わいを深くするの」
「へぇー、全然知らなかったよ」
「とは言え、この勢いよくそそぐ行為は意見が分かれているんですけれどね」
 私の言葉にリリアナさんが補足してくれる通り、この入れ方は二つに意見が分かれている。ティーポットは予め丸くデザインされているから、普通に注いでもある程度はジャンピングするので、わざわざ勢いよく注がなくてもいいじゃないという人もいるんだ。

「どうぞ、ローズヒップブレンドです」
 パフィオさんにも手伝ってもらいながら三人の前にカップを差し出す。ココリナちゃんに説明しながらもちゃんと準備は進めてたんだよ。
「ローズヒップブレンド? そんなのあった?」
 出された紅茶には手を出さず、ココリナちゃんが不思議そうに私に向かって訪ねてくる。
 あれ? なんで飲まないの?

「ブレンドされたんですね」
 優雅に両手でソーサーごとカップを持ち、一口飲んでからリリアナさんが説明してくれる。
「そうだよ、ローズヒップとフルーツチップを混ぜて蜂蜜を加えたの」
 ローズヒップのいいところは味わいだけじゃなくその効能だからね。美容効果はもちろんお肌にもいいって言われている。そこに味を整えるように蜂蜜を加えれば、ハーブティー独特の後味がさっぱりとなるんだ。
 ココリナちゃんとカトレアさんは私の話に耳を傾けながらも、優雅に飲むリリアナさんの真似をしながら、優雅とは程遠い振る舞いで必死にお茶を飲んでいく。
 あぁ、そういうことか。ココリナちゃん達ってテーブルマナーを教わっていないんだ。ソーサーの扱い方もぎこちないし、緊張しているのかカチカチとカップをソーサーに置く音がなってしまっている。

「うぅ、アリスちゃんはともかく、なんでリリアナさんもパフィオさんも簡単そうにお茶を飲めるの? もしかして二人とも実は貴族だったとかいわないよね?」
 ココリナちゃんの言葉にリリアナさんは笑顔で返し、パフィオさんは何故か隣で焦っていた。
 ん? なんだろう今の反応……
「って、なんで私はともかくなの?」
「だってねぇ?」
「うん、アリスさんですもん。紅茶の知識には驚いたけど、それ以外は……」
「「ねぇ」」
 いつの間にかココリナちゃんとカトレアさんの間に深い友情が芽生えていた。



「ん~、やっぱりリリアナさんの入れてくれたお茶は美味しいなぁ」
 一通りの実習が終了し、今は全員がテーブルについての反省会。
 私たちの前にはリリアナさんが入れてくれたお茶と、お茶受けのクッキーが置かれている。

「ありがとうございます、ですがアリスさんの知識にも驚かされました。ブレンドなんてお店の人に聞かなくては難しくてとても真似できませんわ」
「えへへ、ありがとう」
 私より凄いリリアナさんに褒められるとなんだか照れてしまう。
「ホントだよ、アリスちゃんに教えられるのは何だか負けた! って気分になっちゃうよね」
「ココリナちゃん、何だか最近私の扱い酷くない?」
 何だか最近ココリナちゃんに酷いことを言われ続けている気がするのは気のせいだろうか?

「気のせいだよアリスちゃん」
「そうなの?」
 多少腑に落ちないが、ココリナちゃんが言うのならきっとそうなのだろう。リリアナさん達がクスクス笑っているが、皆んなが笑顔ならそれでいいか。

「それにしてもあの人は一体何を考えているんでしょうか」
 そう言いながらパフィオさんがある人物を見つめながら独り言のように呟かれる。その視線の先にいるのは男爵令嬢のイリアさん。
「そうですわね。私も先ほどから見ておりましたが二回ともご令嬢役をされておられましたので、一体何を学びにこの学園へと来られたのでしょうか?」
 えっ、二回ともご令嬢役? イリアさんの立場なら当然テーブルマナーやお茶の嗜み方などは教育されているはず。ならばメイド役を二回してもいいぐらいなのに、何故今更ご令嬢役を二回もする必要があるのだろう?

「全くあの方はこの学園に来て一体何を学ぼうとしているのか、ヴィクトリア以外でも学べる学園は他にもあるというのに。
 アリス、もし今後あの方から何か言われましたら私にご相談ください。必ずお力になりますので」
「え、あ、うん。ありがとうパフィオさん」
 あれ? なんだろう今の……一瞬パフィオさんの姿が主に仕える女性騎士に見えてしまった。
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