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第二章 スチュワート編(二年)
第45話 恐怖の家庭訪問
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目の前に見えるのは左右にズラリと並んだメイドさん。一度は断った迎えの馬車も、歩いて行くには手続きが大変だと言われ、結局お言葉に甘える事になったのだが、連れてこられたのはお城の最奧部と言ってもよい綺麗に整地されたお屋敷を前に、ただ呆然と立ち尽くすのみ。
はぁ……なんでこんな処まで来ちゃったんだろう。私はただ生徒たちから慕われる先生になりたかったと言うだけなのに。
事の始まりは数週間前、思い出したくもない恐怖のお仕事体験を終えた私に学年主任が放った一言。
「か、家庭訪問ですか!?」
告知された内容は生徒のお宅を訪問し、来たる卒業に向けての進路相談をするという話だった。
本来なら生徒の両親に学園へと足を運んでもらうのだが、中にはご家庭の事情により先生が生徒のお宅へと訪問する場合もあり、先方の都合に合わせて予定を組まれる事も珍しくはない。
さすが名門と呼ばれるスチュワート学園だと感心する反面、生徒を大事にするならもっと教師側にも配慮してよと抗議したいが、所詮私たち教師は雇われの身、学園の方針に真っ向から反論する勇気は持ち合わせていない。
「まぁ大変だとは思うがこれも経験だ、胸を張って頑張って行ってこい」
何が経験だ、何が頑張ってこいだ。
その表情からも自分が行きたくないという様子がマジマジと伝わってくる。
あの日、国王様を目にして倒れた私はお城の医務室で目を覚ました。
後で聞いた話だが、あれは公爵様や国王様のちゃめっけで行われた言わばドッキリのようなものだったらしく、目を覚ました私にわざわざ謝罪に来られた国王様に、思わずこちらから先に謝罪したのは言うまでもあるまい。
ただ一緒にいたアリスさんに叱られている国王様と公爵様の図、と言うのが余りにもミスマッチで笑いがこみ上げてきたが、翌日から三日間ずっと夢でうなされてたのだから、それなりに恐怖体験として私の中には残ってしまったのだろう。
それにしてもアリスさんが国王夫妻に育てられているなんて、誰が想像出来ると言うのだろうか。っていうか学年主任も知っていたなら事前に教えてもらいたいというもの。
聞いた話ではアリスさんの亡くなった両親が由緒ある方で、身寄りのいなくなった彼女を国王夫妻が引き取ったと言う話だったが、教えてくれた学年主任が何か言いにくそうに言葉を詰まらせていた様子から、他にももっと秘密があるんじゃなかろうかと勘繰りしてしまう。
まぁ、相手が国王陛下となれば如何に学年主任といえど言葉を詰まらせてしまうのかもしれないが。
そして今、私は家庭訪問と言う名の進路相談の為に、国王夫妻が暮らすと言われているお屋敷の前へと立っている。
はぁ、帰りたい。
「ロサ先生いらっしゃい」
可愛らしいドレス姿で迎えてくれたのは言わずと知れたアリスさん。
学園での黒のワンピース型の制服ではなく、今のドレス姿の方がしっくりと来るのだから、あながち両親が由緒ある人物と言うのも間違いではないのかもしれない。
アリスさんに案内されるままやってきたのは客間と思しきだだっ広い空間。
本当は『部屋』と言いたい処ではあるが、ここはもう部屋と言う概念ではなく空間と表現した方がピッタリとくるだろう。
嬉しそうなアリスさんを横目に、私はこれから会うであろう人物に心臓がはち切れそうな勢いだ。
まず最初に先日気を失ってしまった事を再度謝罪し、その後事前に作っておいたメモ書き通り話を進めれば問題はないはず。
一年生の成績では比較的優秀なアリスさんなら、ある程度希望するお屋敷に仕える事も出来るだろうし、場合によっては国王夫妻の推薦でお城に仕えるという線もあるかもしれない。
とにかく今は素早く話を終わらせ、とっととこんな息が詰まるような場所からは退散しないと、私のリスのような心臓が持ちそうにない。
「お待たせしました先生、アリスの母のフローラです」
メイドさんを付き従え、やってこられたのはやはりと言うべきか王妃様。
それにしてもよくこうも堂々とアリスの母だと言い切れるものだ。なにも知らない者からすると、隠し子か連れ子かと勘違いされてもおかしくはない。それなのに一片の迷いもなく娘と言い、周りのメイド達も注意やフォローといった言葉も飛び出さない。
もしかすると私が間違っているんじゃないかとも思えてしまう。
「初めまして、アリスさんの担任をさせて頂いておりますロサと申します」
椅子から立ち上がり、まずは挨拶と先日お城で気を失ったお詫びと、介抱して頂いたお礼を告げる。
「まぁ、わざわざありがとうございます。先日の件は主人達にキツく注意しておきましたので、どうか許してあげてくださいね」
何だか拍子抜けのようにのほほんとされている王妃様だが、アリスさんが隣で「お義母様、あれはやりすぎだよー。お義父様涙を浮かべながらエリクお義兄様の部屋で一晩過ごされたんだよー」と、妙に気になる言葉が飛び出す辺り、見た目に騙されてはいけないと私の中で警報が鳴り響く。
それにしても、国王様が涙を浮かべて王子様の部屋で一夜を過ごすって、一体どんな事が行われたかがすんごく気になる。
「それでアリスさんの成績ですが……」
予め作成しておいた書類を出しながら簡単に今の現状を説明する。
「教養面、実習面共に問題はございません。授業も真面目に受けておられますし、先生方からの評判も良いので、ある程度はご希望される方面へと就職出来るかとは思います」
自分で言っておいてなんだが、成績は間違いなく優秀なグループに入ってはいるが、先生方からの評判という点については些か疑問を感じる。もちろん私から見ても愛らしく、人懐っこいアリスさんは可愛い生徒ではあるが、他の先生方……特に主任クラスの先生方は、何処か壊れ物を扱うかの如く丁寧に接するか、もしくは恐怖の対象として近づかないかのどちらかに分かれてしまう。
中でも今年の2年生を受け持つ学年主任は後者にあたり、担任である私にあれやこれやと指示はするが、自分では決して近づかない典型的な中間管理職といえよう。
「まぁ、そうなんですか? 母親の私が言うのもなんですが、義娘は可愛く素養があっておっちょこちょい。簡単に騙される事に少々不安を感じますが、そこがかえって可愛く扱いやすい……コホン、純粋さがアリスのいいところなんです」
コラコラ、可愛い娘とか言っておいて扱いやすいとか何言っちゃっているのよ王妃様。アリスさんは聞き取れなかったのか無反応だが、後ろで控えているメイドさん達が顔色変えずにいるという事は、これが普通なのか大した問題ではないのかのどちらかであろう。
もしかして、アリスさんを将来何かに利用しようと企んでいるのなら、先生という立場上救わなければならないが、本人や周りの友達らの様子を見る限りでは随分と愛されて育てられているようなので、その点に関しては心配いらないだろう。
「それで、学園の卒業後のご予定ですが。やはりお城にお仕えされるので?」
気を取り直して慎重に言葉を選びながら質問を繰り出す。
昨年の資料によると、学園社交界では同居しているであろうミリアリア王女の支度役に指名があり、お仕事体験では公爵家からのご指名が入っていた。恐らく将来は公爵家かお城でメイドになるかを考えておられるのだろう。これがヴィクトリア学園に通わせていたのなら就職という事は考えられないが、生憎アリスさんが通っているのは使用人を育成するスチュワート学園。就職せずに結婚、という考えもあるが、それならわざわざ学園に通わす必要はないし、ヴィクトリアへ通わせる方がよほど近道であろう。
ならば返ってくる答えはおのずと絞られてくるのだが、返ってきた答えはそのどちらでもない言葉だった。
「いいえ、義娘は来年からヴィクトリアに通わせる事が決まっておりますの」
ブフッ
何故か王妃様の隣に座るアリスさんが驚きのあまり紅茶を吹き出しているが、周りのメイドさん達の様子は至って普通。素早く吹き出した紅茶を拭く辺り、さすがプロのメイドさんだと感心する反面、実は初めから全員知っていたんじゃないかとも思えてくる。
「お、お義母様!? そんな話聞いてないよー」
「あら、言ってなかったかしら? ほら、あの時に……」
「ん? あの時? ん~、聞いたかなぁ?」
目の前で義親子の押し問答が始まり、アリスさんが考える素振りを見せるも。
「ねぇ、あの時っていつの事?」
っと、当たり前の事を質問するが、王妃様は軽く笑いで誤魔化し軽く受け流す。
って、今サラッとアリスさんを言いくるめようとしていなかった!?
「もう、お義母様また誤魔化そうとしていない? エレノアさんも聞いてないよね?」
アリスさんの質問に王妃様はしれっとすっとぼけ、エレノアと呼ばれたメイドさんは視線をそらして知らぬフリ。あれ? もしかして皆んなしてアリスさんをヴィクトリアへ通わそうとしている?
これらのやりとりからメイドさん達からもどうやら可愛がられているようだが、全員でアリスさんを言いくるめようとしているのがアリアリと伝わって来る。
「アリス、ヴィクトリアに通う事は立派なメイドになるためには必要なんですよ。王妃様もそれが分かっているだけに勧めておられるのです。あなたはセリカのようなメイドになりたいのでしょ?」
後ろで控えておられたメイド長らしき女性からすかさずフォローの言葉が飛び出す。ここはさすが熟練のメイドさんだと感心する一方、ヴィクトリアに通う事が立派なメイドへの道とは少々強引すぎるのではないかと口にしたい。
まぁ、怖いからしないけどね。
「そうそう、ノエルの言う通りよ。セリカみたいなメイドになりたいのなら、ヴィクトリアには通わなくちゃね」
なにが『そうそう』なのかは知らないが、今の説得でどうやら迷っている様子のアリスさん。
王妃様の言う通り確かに騙されやすい……コホン、純粋な心の持ち主なのだろう。担任としてはそっと本当の事を教えてあげたい気持ちもあるが、アリスさんの背後からメイドさん達から必死に頼み込むポーズを見せられては口を閉ざすしかないだろう。
「……本当? ヴィクトリアに通えばお母さんみたいなメイドになれるの?」
「もちろんよ、私がアリスに嘘を言った事があったかしら?」
「うん、いっぱい」
「……」
一瞬部屋中の空気が凍りつくも、必死に誤魔化そうと慌ててメイドさん達のフォローが入る。
「ア、アリスさん。ヴィクトリアに通えばいつでもミリアリア様と一緒にいられるんですよ」
「そうですよ、学園で王女様のお世話をするのもメイドにとって大切な事。これも勉強だと思って頑張ってみては?」
「何事も経験ですよ、ここは騙されたと思ってヴィクトリアに通うべきですよ」
「ですです。そうでないと私たちが叱られ……むぐっ」
お見事とも言える連携で、無理やりアリスさんを言い聞かせるメイドさん達。
中には本音とも言える内容も飛び出していたが、これも最後まで言い切る前に他のメイドたちが口を押さえて防いで見せるところを見ると、やはり全員グルでアリスさんをヴィクトリアへ通わそうとしているのだろう。
私としてはヴィクトリアに通おうが、お城に就職しようがどちらでも構わないので、ここは第三者として黙って様子を見守らせてもらう。
だけど……
「先生だってそう思いますよね?」
「え、えっーー!?」
突然話を振られ、思わず自分でも間の抜けた言葉が飛び出すも。
「そう、思いますよね!」
「は、はいぃ!」
王妃様とメイドさん達の無言の圧力で、軽く涙を浮かべながらそう答えるのだった。
怖いよママーー。
結局私の答えが決め手となり、アリスさんは「ロサ先生がそう言うのなら……」と渋々ではあるが了承し、メイドさん達からは無言の感謝の気持ちを送られる。
少々複雑な気分だが、ここは見なかった事として過ごさせてもらおう。私だってまだ命が惜しいもん。
「よかった、ロサ先生がそう言ってくださるのなら安心ね。これからも義娘をよろしくお願いしますね。」
「「「「よろしくお願いいたします」」」」
「は、はい!」
何とか無事に家庭訪問を終え、王妃様とアリスさん、そして大勢のメイドさん達に見送られ、馬車へと乗る瞬間。
「あぁ、そうそう。(くれぐれもアリスに本当の事を悟られないように。ボソッ)娘の事をこれからもよろしくお願いしますね、ロサ先生。おほほ」
「ひぃ!」
王妃様にボソッと低いトーンで耳打ちされ、カクカクと頷くことしか出来なかった私は悪くない筈。第一誰がこんな状況を責める事が出来るというのだろうか。
そういえばココリナさん達が言ってたっけ。『先生、ガンバ!』っと。
が、頑張れるわけないじゃなーーい。
どうやらこの一年間は私の人生で最大の苦難となりそうだ。
はぁ……なんでこんな処まで来ちゃったんだろう。私はただ生徒たちから慕われる先生になりたかったと言うだけなのに。
事の始まりは数週間前、思い出したくもない恐怖のお仕事体験を終えた私に学年主任が放った一言。
「か、家庭訪問ですか!?」
告知された内容は生徒のお宅を訪問し、来たる卒業に向けての進路相談をするという話だった。
本来なら生徒の両親に学園へと足を運んでもらうのだが、中にはご家庭の事情により先生が生徒のお宅へと訪問する場合もあり、先方の都合に合わせて予定を組まれる事も珍しくはない。
さすが名門と呼ばれるスチュワート学園だと感心する反面、生徒を大事にするならもっと教師側にも配慮してよと抗議したいが、所詮私たち教師は雇われの身、学園の方針に真っ向から反論する勇気は持ち合わせていない。
「まぁ大変だとは思うがこれも経験だ、胸を張って頑張って行ってこい」
何が経験だ、何が頑張ってこいだ。
その表情からも自分が行きたくないという様子がマジマジと伝わってくる。
あの日、国王様を目にして倒れた私はお城の医務室で目を覚ました。
後で聞いた話だが、あれは公爵様や国王様のちゃめっけで行われた言わばドッキリのようなものだったらしく、目を覚ました私にわざわざ謝罪に来られた国王様に、思わずこちらから先に謝罪したのは言うまでもあるまい。
ただ一緒にいたアリスさんに叱られている国王様と公爵様の図、と言うのが余りにもミスマッチで笑いがこみ上げてきたが、翌日から三日間ずっと夢でうなされてたのだから、それなりに恐怖体験として私の中には残ってしまったのだろう。
それにしてもアリスさんが国王夫妻に育てられているなんて、誰が想像出来ると言うのだろうか。っていうか学年主任も知っていたなら事前に教えてもらいたいというもの。
聞いた話ではアリスさんの亡くなった両親が由緒ある方で、身寄りのいなくなった彼女を国王夫妻が引き取ったと言う話だったが、教えてくれた学年主任が何か言いにくそうに言葉を詰まらせていた様子から、他にももっと秘密があるんじゃなかろうかと勘繰りしてしまう。
まぁ、相手が国王陛下となれば如何に学年主任といえど言葉を詰まらせてしまうのかもしれないが。
そして今、私は家庭訪問と言う名の進路相談の為に、国王夫妻が暮らすと言われているお屋敷の前へと立っている。
はぁ、帰りたい。
「ロサ先生いらっしゃい」
可愛らしいドレス姿で迎えてくれたのは言わずと知れたアリスさん。
学園での黒のワンピース型の制服ではなく、今のドレス姿の方がしっくりと来るのだから、あながち両親が由緒ある人物と言うのも間違いではないのかもしれない。
アリスさんに案内されるままやってきたのは客間と思しきだだっ広い空間。
本当は『部屋』と言いたい処ではあるが、ここはもう部屋と言う概念ではなく空間と表現した方がピッタリとくるだろう。
嬉しそうなアリスさんを横目に、私はこれから会うであろう人物に心臓がはち切れそうな勢いだ。
まず最初に先日気を失ってしまった事を再度謝罪し、その後事前に作っておいたメモ書き通り話を進めれば問題はないはず。
一年生の成績では比較的優秀なアリスさんなら、ある程度希望するお屋敷に仕える事も出来るだろうし、場合によっては国王夫妻の推薦でお城に仕えるという線もあるかもしれない。
とにかく今は素早く話を終わらせ、とっととこんな息が詰まるような場所からは退散しないと、私のリスのような心臓が持ちそうにない。
「お待たせしました先生、アリスの母のフローラです」
メイドさんを付き従え、やってこられたのはやはりと言うべきか王妃様。
それにしてもよくこうも堂々とアリスの母だと言い切れるものだ。なにも知らない者からすると、隠し子か連れ子かと勘違いされてもおかしくはない。それなのに一片の迷いもなく娘と言い、周りのメイド達も注意やフォローといった言葉も飛び出さない。
もしかすると私が間違っているんじゃないかとも思えてしまう。
「初めまして、アリスさんの担任をさせて頂いておりますロサと申します」
椅子から立ち上がり、まずは挨拶と先日お城で気を失ったお詫びと、介抱して頂いたお礼を告げる。
「まぁ、わざわざありがとうございます。先日の件は主人達にキツく注意しておきましたので、どうか許してあげてくださいね」
何だか拍子抜けのようにのほほんとされている王妃様だが、アリスさんが隣で「お義母様、あれはやりすぎだよー。お義父様涙を浮かべながらエリクお義兄様の部屋で一晩過ごされたんだよー」と、妙に気になる言葉が飛び出す辺り、見た目に騙されてはいけないと私の中で警報が鳴り響く。
それにしても、国王様が涙を浮かべて王子様の部屋で一夜を過ごすって、一体どんな事が行われたかがすんごく気になる。
「それでアリスさんの成績ですが……」
予め作成しておいた書類を出しながら簡単に今の現状を説明する。
「教養面、実習面共に問題はございません。授業も真面目に受けておられますし、先生方からの評判も良いので、ある程度はご希望される方面へと就職出来るかとは思います」
自分で言っておいてなんだが、成績は間違いなく優秀なグループに入ってはいるが、先生方からの評判という点については些か疑問を感じる。もちろん私から見ても愛らしく、人懐っこいアリスさんは可愛い生徒ではあるが、他の先生方……特に主任クラスの先生方は、何処か壊れ物を扱うかの如く丁寧に接するか、もしくは恐怖の対象として近づかないかのどちらかに分かれてしまう。
中でも今年の2年生を受け持つ学年主任は後者にあたり、担任である私にあれやこれやと指示はするが、自分では決して近づかない典型的な中間管理職といえよう。
「まぁ、そうなんですか? 母親の私が言うのもなんですが、義娘は可愛く素養があっておっちょこちょい。簡単に騙される事に少々不安を感じますが、そこがかえって可愛く扱いやすい……コホン、純粋さがアリスのいいところなんです」
コラコラ、可愛い娘とか言っておいて扱いやすいとか何言っちゃっているのよ王妃様。アリスさんは聞き取れなかったのか無反応だが、後ろで控えているメイドさん達が顔色変えずにいるという事は、これが普通なのか大した問題ではないのかのどちらかであろう。
もしかして、アリスさんを将来何かに利用しようと企んでいるのなら、先生という立場上救わなければならないが、本人や周りの友達らの様子を見る限りでは随分と愛されて育てられているようなので、その点に関しては心配いらないだろう。
「それで、学園の卒業後のご予定ですが。やはりお城にお仕えされるので?」
気を取り直して慎重に言葉を選びながら質問を繰り出す。
昨年の資料によると、学園社交界では同居しているであろうミリアリア王女の支度役に指名があり、お仕事体験では公爵家からのご指名が入っていた。恐らく将来は公爵家かお城でメイドになるかを考えておられるのだろう。これがヴィクトリア学園に通わせていたのなら就職という事は考えられないが、生憎アリスさんが通っているのは使用人を育成するスチュワート学園。就職せずに結婚、という考えもあるが、それならわざわざ学園に通わす必要はないし、ヴィクトリアへ通わせる方がよほど近道であろう。
ならば返ってくる答えはおのずと絞られてくるのだが、返ってきた答えはそのどちらでもない言葉だった。
「いいえ、義娘は来年からヴィクトリアに通わせる事が決まっておりますの」
ブフッ
何故か王妃様の隣に座るアリスさんが驚きのあまり紅茶を吹き出しているが、周りのメイドさん達の様子は至って普通。素早く吹き出した紅茶を拭く辺り、さすがプロのメイドさんだと感心する反面、実は初めから全員知っていたんじゃないかとも思えてくる。
「お、お義母様!? そんな話聞いてないよー」
「あら、言ってなかったかしら? ほら、あの時に……」
「ん? あの時? ん~、聞いたかなぁ?」
目の前で義親子の押し問答が始まり、アリスさんが考える素振りを見せるも。
「ねぇ、あの時っていつの事?」
っと、当たり前の事を質問するが、王妃様は軽く笑いで誤魔化し軽く受け流す。
って、今サラッとアリスさんを言いくるめようとしていなかった!?
「もう、お義母様また誤魔化そうとしていない? エレノアさんも聞いてないよね?」
アリスさんの質問に王妃様はしれっとすっとぼけ、エレノアと呼ばれたメイドさんは視線をそらして知らぬフリ。あれ? もしかして皆んなしてアリスさんをヴィクトリアへ通わそうとしている?
これらのやりとりからメイドさん達からもどうやら可愛がられているようだが、全員でアリスさんを言いくるめようとしているのがアリアリと伝わって来る。
「アリス、ヴィクトリアに通う事は立派なメイドになるためには必要なんですよ。王妃様もそれが分かっているだけに勧めておられるのです。あなたはセリカのようなメイドになりたいのでしょ?」
後ろで控えておられたメイド長らしき女性からすかさずフォローの言葉が飛び出す。ここはさすが熟練のメイドさんだと感心する一方、ヴィクトリアに通う事が立派なメイドへの道とは少々強引すぎるのではないかと口にしたい。
まぁ、怖いからしないけどね。
「そうそう、ノエルの言う通りよ。セリカみたいなメイドになりたいのなら、ヴィクトリアには通わなくちゃね」
なにが『そうそう』なのかは知らないが、今の説得でどうやら迷っている様子のアリスさん。
王妃様の言う通り確かに騙されやすい……コホン、純粋な心の持ち主なのだろう。担任としてはそっと本当の事を教えてあげたい気持ちもあるが、アリスさんの背後からメイドさん達から必死に頼み込むポーズを見せられては口を閉ざすしかないだろう。
「……本当? ヴィクトリアに通えばお母さんみたいなメイドになれるの?」
「もちろんよ、私がアリスに嘘を言った事があったかしら?」
「うん、いっぱい」
「……」
一瞬部屋中の空気が凍りつくも、必死に誤魔化そうと慌ててメイドさん達のフォローが入る。
「ア、アリスさん。ヴィクトリアに通えばいつでもミリアリア様と一緒にいられるんですよ」
「そうですよ、学園で王女様のお世話をするのもメイドにとって大切な事。これも勉強だと思って頑張ってみては?」
「何事も経験ですよ、ここは騙されたと思ってヴィクトリアに通うべきですよ」
「ですです。そうでないと私たちが叱られ……むぐっ」
お見事とも言える連携で、無理やりアリスさんを言い聞かせるメイドさん達。
中には本音とも言える内容も飛び出していたが、これも最後まで言い切る前に他のメイドたちが口を押さえて防いで見せるところを見ると、やはり全員グルでアリスさんをヴィクトリアへ通わそうとしているのだろう。
私としてはヴィクトリアに通おうが、お城に就職しようがどちらでも構わないので、ここは第三者として黙って様子を見守らせてもらう。
だけど……
「先生だってそう思いますよね?」
「え、えっーー!?」
突然話を振られ、思わず自分でも間の抜けた言葉が飛び出すも。
「そう、思いますよね!」
「は、はいぃ!」
王妃様とメイドさん達の無言の圧力で、軽く涙を浮かべながらそう答えるのだった。
怖いよママーー。
結局私の答えが決め手となり、アリスさんは「ロサ先生がそう言うのなら……」と渋々ではあるが了承し、メイドさん達からは無言の感謝の気持ちを送られる。
少々複雑な気分だが、ここは見なかった事として過ごさせてもらおう。私だってまだ命が惜しいもん。
「よかった、ロサ先生がそう言ってくださるのなら安心ね。これからも義娘をよろしくお願いしますね。」
「「「「よろしくお願いいたします」」」」
「は、はい!」
何とか無事に家庭訪問を終え、王妃様とアリスさん、そして大勢のメイドさん達に見送られ、馬車へと乗る瞬間。
「あぁ、そうそう。(くれぐれもアリスに本当の事を悟られないように。ボソッ)娘の事をこれからもよろしくお願いしますね、ロサ先生。おほほ」
「ひぃ!」
王妃様にボソッと低いトーンで耳打ちされ、カクカクと頷くことしか出来なかった私は悪くない筈。第一誰がこんな状況を責める事が出来るというのだろうか。
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