正しい聖女さまのつくりかた

みるくてぃー

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第二章 スチュワート編(二年)

第56話 海だ水着だ精霊だ(前編)

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 ココリナちゃん曰く、ミリィの真の恐ろしさを体験した翌日。私が施した癒しの奇跡のお陰で無事回復し、朝起きる時には何時もの明るいココリナちゃんに戻っていた。

「それにしてもアリスの癒しの奇跡でないと治せないって、ミリィはもう少し反省なさった方がよろしいわよ」
 礼儀や作法に厳しいリコちゃんが先頭に立ち、私とルテアちゃんからも厳しく注意されたミリィは小さくなって反省する。
 さすがに昨日、目の前でココリナちゃんが気を失い、周りが大慌てをした事でようやく理解できたのか、今朝の朝食は私に任せ、本人はずっとココリナちゃんの看護に付き添ってくれていた。

 それにしても聖女候補生でもあるルテアちゃんが手に負えない症状って一体……。

「悪かったわよ。流石に昨夜の料理は私だって反省したわ。あそこでマーマイトじゃなく、島国で採れるゴーヤを使うべきだったね。今度から注意するから心配しないで」
 前言撤回、ミリィは全く反省していなかった。
 って言うか、マーマイトって何!? そんな食材何処から持ってきたの!?

「もう、ミリィは料理場に入る事は禁止! これから皆んなのお料理は私が全部作るからココリナちゃんのお世話に専念して」
「いや、アリスちゃんそれも出来ればご遠慮したいなぁーって」
「わ、わかったわよ、今回だけは私も反省する処があるからアリスに任せるわよ」
 私が少々キツく当たった為、渋々という感じではあるがミリィが素直に引き下がる。
 因みにココリナちゃんが何やら言ってた気もするが、ここは全力でスルーさせてもらう。だって、今は皆んなのお腹を守る方が大切だもんね。

「それで、今日はどのようなご予定なので?」
 いつ迄も食事の事で話し合っているのに恐怖を感じたのか、イリアさんが代表して私たちに尋ねてくる。
「この別荘から少し下ったところにプライベートビーチがあるのよ。今日はそこでゆっくりしようかと思ってね、誰も来ない処だから多少水浴びをしても大丈夫よ」
 プライベートビーチは左右が崖に囲まれている上に、公爵家の私有地だから誰も近づかないんだ。
 今はビーチに簡易東屋カゼボを用意してもらっているので、お茶を楽しみながら海を見られるって訳。
 あとは浜辺で貝殻を探したり、押し寄せてくる波に足をつけたりして楽しもうって感じかな? ティアお義姉様の話では、東にある商業都市に水着って言う水の中に入る為の服があるとは聞いたけど、普段から水の中に入るという概念がない私たちにとっては無縁のもの。
 今だって夏場に涼しいワンピース姿で、足元を海の水に浸ける程度にしか考えていない。

「心配しないでイリアさん、お昼のサンドウィッチは私とリリアナさんの二人が作ったから」
 恐らく今皆んなが一番心配しているであろう昼食を、安心させるようにアピールする。
 皆んなの為に朝早く起きて頑張って作ったんだからね。
 リリアナさんはそんな私を見かけて手伝ってくれたって訳。皆んなは昨日の移動で疲れてぐっすり眠っていたけど、リリアナさんだけは日頃の習慣で朝早くに目が覚めてしまったらしい。

「それじゃ着替えて出かけることにしましょ」
 そうミリィの一声で皆んなが準備を始めようとした時、突如現れた一人の女性。
「ミ・リ・ィ、だぁーれだ」
「ぎゃーーーっ」
 ミリィの余りにも女性らしくない悲鳴に思わず頭を抱えたくなるが、本人はそんな事を忘れるぐらい相当意表を突かれたのだろう。
 背後から物音一つ立てずに現れ、両手で突如目隠しをすると同時に声を掛けられる。ミリィじゃなくても悲鳴の一つや二つは上げてしまうだろう。
 それにしても、精霊たちにすら気配を感じさせなかったって一体どんな言霊を使ったんですか!?

「なな、なんで姉様がこんな場所にいるんですか!?」
「なんでって、皆んなにプレゼントを持ってきたに決まっているでしょ?」
 さも当然の如く付き添いのメイドさんたちが持ってきた荷物をテーブルに広げ、さぁどうぞとばかりに並べられていく衣装の数々。
 もしかしてまた何時ものこすぷれという服かとも思ったが、目に飛び込んでくるのは色とりどりの下着たち。いや、普段着ているコルセットやドロワーズ等といった下着よりもさらに肌を隠す面積が少ないんじゃないだろうか。
 これって一体?

「何ですかこれ? って言うかどうやってここに来たんですか!?」
 ミリィは精霊たちと会話ができる私に絶対的な信頼を寄せている。そんな私が別荘に近づく馬車を見逃すはずがないと思っているのだろう。
 私だって初めからお義姉様が乗っているかどうかもわからない状況で、皆んなに馬車が近づいていると伝えない訳がない。仮に事前連絡を受けていたとしても、念のために近づく馬車があるよと伝えていただろう。それなのにたった今、ミリィの背後に現れるまで全く気がつかなかったんだ。

「これは水着という服で、ここヘは公爵家の馬車で来たのよ」
「いやいやそんな事を聞いているんじゃなくて、アリスの結界をどうやって気づかれずに抜けてきたのかと聞いているんです」
「あらあら、私にだって隠し技の一つや二つは用意しててよ。うふふ」
 お義姉様は教える気がないのか、にこやかな笑顔を見せながら微笑まれるだけ。私だって詳しくは知らないが、聖女にだけ伝えられている言霊と呼ばれる秘術が幾つか存在しているらしく、前にイリアさんのお兄さんの記憶を消したのだって、この言霊と呼ばれる現象の一つなんだって。
 私は知らずに精霊たちにお願いしただけなんだけど、あの時は相当周りが大慌てをしていたと、後でお義姉様たちから聞かされた。

「もう、私たちを脅かす為だけに聖女の力を無駄遣いしないでください」
「大丈夫よ、別に減るようなものでもないし、アリスに気づかれなかったのであれば言霊を使った甲斐があったってものよ。それにミリィ達、ではなくミリィとアリスを脅かしに来たのよ。間違っても二人のお友達を脅かそうなんて思ってもいないわよ」
 いやいやいや、聖女であるお義姉様がここにいる時点で全員驚いていますが? 普段からよくお城に出入りしているルテアちゃんやリコちゃんですら、突然の出来事で驚きを隠せないでいる。

「お義姉様はもうちょっと聖女と言う自覚を持った方がいいですよ。護衛も連れずに急にくる、な、ん、て……」
「うふふ」
 突如ミリィから私へと標的が変わり、笑顔のままで近寄ってこられる。
「そんな事をいうお口はこれかしら?」
「え、ちょっと、お義姉にゃまぁーー!」
 いきなり両手でホッペを左右に引っ張られ、思うように言葉が喋れない。
「おねにゃまー、いふぁい、いふぁいれす(略:お姉様、痛い、痛いです)」
 そういえば、ミリィのお仕置きすぺしゃるはお義姉様直伝だった。

 私の涙顔に満足したのか一通りうにうにされた後に解放され、再び目の前の水着へと問題が戻る。
 私は勿論、ここにいる全員が目の前の水着を初めてみるのではないだろうか。以前に似たような下着に丸い尻尾と、長い兎耳を付けた姿をさせられた事があったが、これはそれ以上に肌を隠す面積が少ない。中にはスカートのようなものがセットになっているものもあるが、残念な事に上は胸を隠すだけの余りにも頼りない物となっている。

「まさか姉様、これを私たちに着ろと言うわけではありませんよね?」
 ミリィが代表で私たちの心を代弁してくれるが、無情にもお義姉様から返ってきた言葉は『その通りよ』。
「いやいや、さすがにこれは肌を隠す面積が少なすぎますよ」
 普段でもこんなにも布面積が少ない下着すら着た事がないと言うのに、いきなりこれはハードルが高すぎ。だけど、そんな言い訳を許してくれるお義姉様ではなく、笑顔でニッコリと微笑まれては怯えて首を縦に振るしかなく。皆んな出来るだけ布面積が多い水着を選び出した。

「あれ? これちょっと可愛いかも」
「ホント、これなんかルテアに似合うんじゃない?」
 最初こそ渋々ではあったが、そこは女心をくすぐる可愛いデザイン。自分が着る水着を選んでいると次第に気分が向上していく。
「これは……巻きスカート、なんでしょうか? スカートと水着の下が取り外せるようになっていますわ」
「それはパレオっていう種類ね、肌が気になるようなら上着を羽織るといいわよ」
 リコちゃんが手にした水着の着こなしをお義姉様がレクチャーしてくれる。お義姉様って積極的に他国の文化をレガリアに取り入れようと学んでいらっしゃるからね、私に着せるこすぷれ衣装だってその一環なのだと聞いた事がある。
 まぁ、かなり個人の趣味が入っているとは思うけど。

 結局それぞれが似合うと思う水着に着替え、浜辺へと出かけるのであった。




※作中で出てきましたマーマイトはイギリスで使われている調味料の一つ。
 ビールの醸造課程で増殖して最後に沈殿堆積した酵母、いわばビールの酒粕を主原料とした、ビタミンBを多く含む食材らしいのですが、粘り気のある半液状で塩味が強く、独特の臭気を持っており、他に類を見ない味と香りのため外国人には理解できない味とされているとか。
 日本や米国などでは悪評が高く普及はしてはいないそうです。
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