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終 章 ヴィクトリア編
第78話 私の名は
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「サクラぁー、お姉ちゃんは心配だよー」
あれは私がスチュワート学園の入学が決まった時のこと、同じく就職先が決まったお姉ちゃんが別れを惜しむように私に抱きついてきた。
お姉ちゃんは私がこれから入学する学園を入れ替わるように卒業し、今は就職先で暮らす為の準備をしている。
なんでもお姉ちゃんが働く先は住み込みが定められており、これからは私たちが暮らすこの家に帰ってくるのも難しくなるんだとか。だけどこれはメイドとして働いていくからには当然の心得であるし、商会に勤められたとしても下働き時代には住み込まなければならない仕事も沢山ある。
そう考えればお姉ちゃんがこれから暮らす先は生活面での保証は十分されており、お給金も実家への仕送り用にと手当てが付いている上、メイドでは珍しく十分に余裕があるほどの一人部屋を充てがわれているんだとか。
「もうお姉ちゃんは心配性だなぁ。寧ろ私はお姉ちゃんの方が心配だよ」
こんな心配性のお姉ちゃんだけど、中身はとっても凄い人。
一般入学では困難と言われているスチュワート学園に見事一発合格。その上学生生活の中で優秀な成績を修めたとかで、お城から就職先のスカウトが来たんだとか。
毎年スチュワート学園にはお城からも求人が来るそうだけど、その倍率は相当なものだと聞いている。そんな中で向こうの方からスカウトが入るんだから、お姉ちゃんの実力は相当なものだと噂になっているらしい。
「でもね、平民が多いスチュワートって言っても、実は貴族のご令嬢がこっそり紛れ込んでいたり、公爵家の次期ご夫人になる人が気さくに挨拶をしてきたり、実はお忍びで入学された聖女様と、それを護衛する女性騎士が隣の席にいるかもしれないんだよ」
「何バカな事を言ってるのよお姉ちゃん。そんな物語のような出来事が本当に起こるわけがないじゃない」
「そうだけどぉー」
よく物語などでそんなシチュエーションが描かれている事もあるけど、現実にそんな事はあるはずがないと分かる歳にはなっている。
小さい頃は学園で王子様とバッタリと出会い、そのまま恋に落ちちゃうなんて夢物語を描いていた頃もあったけれど、実際この国の王子様はすでに卒業されているというし、すでに婚約者も決まっているとも聞いている。
噂じゃ2学年上に王女様がヴィクトリア学園にいらっしゃるという話なので、もしかすると遠くから拝見出来るんじゃないかという期待はあるけれど、所詮はその程度の考えしか持っていないんだ。間違えても聖女様に「やっほー」なんて気軽に挨拶をされるなんて考えは微塵もない。
「ハンカチ持った? お財布は忘れてない? そうだ、お金が足りないといけないからお姉ちゃんが少し渡しておくね」
「もう、大丈夫だよ。大体入学式に出るだけなのになんでそんな大金がいるのよぉー」
お姉ちゃんが自分の財布から取り出した金貨を見て、受けとらないように慌てて両手を後ろに隠す。
お姉ちゃんは学生時代からたまにお城でアルバイトをしていて、すでに幾らかのお給金は貰っていたんだという。
大半は家の家計にとお母さんへ渡していたそうだけど、それでもお小遣いようにと少しは持っていたのだろう。だからといって、金貨をサラッと出すなんてちょっと金銭感覚おかしくなっていない?
「それじゃ行ってくるね、ココリナお姉ちゃんもお仕事がんばってね」
こうして私のスチュワート学園での生活が始まった。
あれから約2ヶ月。
私は改めてお姉ちゃんの偉大さを感じる日々を過ごしている。
「サクラちゃんのお姉さんって、あの伝説のココリナ様なんだよね?」
「凄いよねぇ、ココリナ様。お城からスカウトが来るってこの学園でも初めてらしいよ」
「それ私も聞いた、なんでも学園社交界で王女様からご指名が入ったんだって。王女様って言えば今年三年生なんだよね? もしかすると妹であるサクラちゃんにご指名が入るんじゃない?」
私がお姉ちゃんの妹だと知るやいなや、皆んなが羨ましそうに話しかけてくる。
そもそも伝説のココリナ様って誰が言い出したのよ。
私としては自慢のお姉ちゃんなので、皆んなが褒めてくれるのはすごく嬉しいけど、本人は自分がこんな噂になっていると知ると、きっとフリーズして動かなくなっちゃうんだろうなぁ。
そんなある日、ヴィクトリア学園とスチュワート学園の合同による学園社交界が発表される。
「サクラさん、貴女にご指名が入っていますよ」
先生がホームルームでそう告げると、教室中から私に対しての大きな声援の声が響き渡る。
「おめでとうサクラさん」
「おめでとうございますサクラさん、私たちの分まで頑張ってください」
仲のいい友達からも声をかけられるが、正直内心は複雑な気持ちでいっぱい。
だって、私はお姉ちゃんのように優秀でもないし、この学園に入学出来たのだって実は試験に合格したわけではなかったりする。
詳しくは教えてもらえなかったけれど、私がお姉ちゃんのようなメイドになりたいと言ったら、なぜか推薦してくれる人が現れ、入学費から生活面での費用まで全面的に支援してもらった。
恐らくこれも伝説のメイドと呼ばれているお姉ちゃんの存在が成しえた事なんだろうとは思うけど、過大な期待はかえってプレッシャーに感じてしまう。
そんなこんなで私のスチュワート学園の入学が決まったわけだが、私自身はそれほど特色があるわけでもなく、また学費を支援してもらえるほどの優秀な成績では決してない。
今はお姉ちゃんの妹ってだけで、周りからももてはやされてはいるけれど、いつか私の無能さに気づかれてしまったらどうなるかと不安でいっぱい。
別に持て囃されている事に優越感を抱いている訳ではないが、お姉ちゃんの名前をキズ付けたり、実は大した人じゃなかったんだと思われる事はしたくない。
だから私は毎日必死にがんばっているんだ。
「先生、サクラさんのご指名ってやはり王女様なんですか?」
生徒の一人が興味があるかのように先生に質問を投げかける。
「残念だけどそれはないわね。今は国の情勢が情勢だけに、今年は王女様の担当はお城から派遣されるそうよ」
確かに先生のいう通り、今はお隣の国との戦争中だからその辺りの警備は厳しいのだろう。でもだったら私をご指名されたのっていったい?
ざわざわざわ
私を指名されたのが王女様じゃないと分かると、クラス中が相手を予想しようとざわつきだす。
「それじゃサクラさんのご指名相手ってどなたなんですか?」
「えーっと、サクラさんいいかしら?」
生徒の一人が我慢できずに口を開き、先生も困ったかのように私へと尋ねてくる。
「あ、はい。大丈夫です」
どうせ今言わなくてもすぐに噂として知れ渡るのだ、ならば潔くクラス中に知れ渡った方が変に気を使わなくてすむと言うもの。
だけど聞かされた名前は私の予想を遥かに超えるものだった。
アリス様? だれだろう?
私はお姉ちゃんの様な貴族マニアではないので、名前だけ言われてもピンとこない。でも逆を言えばそれほど名前が知れ渡っていない人ならば、変に意識せずにすむのではないか?
だけどその目論見も次の瞬間全てが砕け散る。
「ハ、ハ、ハ、ハルジオン!?」
その名が出た瞬間クラス中から割れんばかりの声援が響き渡る。
ハルジオンと言えばこのレガリアの四大公爵家と呼ばれる最上級の貴族様。それもハルジオンを名乗る事を許されているという事は、お姫様と呼ばれてもよい存在。昨年お姉ちゃんのお友達がエンジウム公爵家に招かれたと聞いているが、それもこの学園では異例中の異例だったと言う話だから、このご指名がどれだけ凄いかはある程度想像してもらえれば分かってもらえるだろう。
でもなんでハルジオン家なんだろう?
結局このクラスでご指名が入ったのは私だけ。
通常、入学したての一年生でご指名が入る事自体が異例らしく、私は不安な気持ちを抱きながら学園社交界の当日を迎えるのだった。
あれは私がスチュワート学園の入学が決まった時のこと、同じく就職先が決まったお姉ちゃんが別れを惜しむように私に抱きついてきた。
お姉ちゃんは私がこれから入学する学園を入れ替わるように卒業し、今は就職先で暮らす為の準備をしている。
なんでもお姉ちゃんが働く先は住み込みが定められており、これからは私たちが暮らすこの家に帰ってくるのも難しくなるんだとか。だけどこれはメイドとして働いていくからには当然の心得であるし、商会に勤められたとしても下働き時代には住み込まなければならない仕事も沢山ある。
そう考えればお姉ちゃんがこれから暮らす先は生活面での保証は十分されており、お給金も実家への仕送り用にと手当てが付いている上、メイドでは珍しく十分に余裕があるほどの一人部屋を充てがわれているんだとか。
「もうお姉ちゃんは心配性だなぁ。寧ろ私はお姉ちゃんの方が心配だよ」
こんな心配性のお姉ちゃんだけど、中身はとっても凄い人。
一般入学では困難と言われているスチュワート学園に見事一発合格。その上学生生活の中で優秀な成績を修めたとかで、お城から就職先のスカウトが来たんだとか。
毎年スチュワート学園にはお城からも求人が来るそうだけど、その倍率は相当なものだと聞いている。そんな中で向こうの方からスカウトが入るんだから、お姉ちゃんの実力は相当なものだと噂になっているらしい。
「でもね、平民が多いスチュワートって言っても、実は貴族のご令嬢がこっそり紛れ込んでいたり、公爵家の次期ご夫人になる人が気さくに挨拶をしてきたり、実はお忍びで入学された聖女様と、それを護衛する女性騎士が隣の席にいるかもしれないんだよ」
「何バカな事を言ってるのよお姉ちゃん。そんな物語のような出来事が本当に起こるわけがないじゃない」
「そうだけどぉー」
よく物語などでそんなシチュエーションが描かれている事もあるけど、現実にそんな事はあるはずがないと分かる歳にはなっている。
小さい頃は学園で王子様とバッタリと出会い、そのまま恋に落ちちゃうなんて夢物語を描いていた頃もあったけれど、実際この国の王子様はすでに卒業されているというし、すでに婚約者も決まっているとも聞いている。
噂じゃ2学年上に王女様がヴィクトリア学園にいらっしゃるという話なので、もしかすると遠くから拝見出来るんじゃないかという期待はあるけれど、所詮はその程度の考えしか持っていないんだ。間違えても聖女様に「やっほー」なんて気軽に挨拶をされるなんて考えは微塵もない。
「ハンカチ持った? お財布は忘れてない? そうだ、お金が足りないといけないからお姉ちゃんが少し渡しておくね」
「もう、大丈夫だよ。大体入学式に出るだけなのになんでそんな大金がいるのよぉー」
お姉ちゃんが自分の財布から取り出した金貨を見て、受けとらないように慌てて両手を後ろに隠す。
お姉ちゃんは学生時代からたまにお城でアルバイトをしていて、すでに幾らかのお給金は貰っていたんだという。
大半は家の家計にとお母さんへ渡していたそうだけど、それでもお小遣いようにと少しは持っていたのだろう。だからといって、金貨をサラッと出すなんてちょっと金銭感覚おかしくなっていない?
「それじゃ行ってくるね、ココリナお姉ちゃんもお仕事がんばってね」
こうして私のスチュワート学園での生活が始まった。
あれから約2ヶ月。
私は改めてお姉ちゃんの偉大さを感じる日々を過ごしている。
「サクラちゃんのお姉さんって、あの伝説のココリナ様なんだよね?」
「凄いよねぇ、ココリナ様。お城からスカウトが来るってこの学園でも初めてらしいよ」
「それ私も聞いた、なんでも学園社交界で王女様からご指名が入ったんだって。王女様って言えば今年三年生なんだよね? もしかすると妹であるサクラちゃんにご指名が入るんじゃない?」
私がお姉ちゃんの妹だと知るやいなや、皆んなが羨ましそうに話しかけてくる。
そもそも伝説のココリナ様って誰が言い出したのよ。
私としては自慢のお姉ちゃんなので、皆んなが褒めてくれるのはすごく嬉しいけど、本人は自分がこんな噂になっていると知ると、きっとフリーズして動かなくなっちゃうんだろうなぁ。
そんなある日、ヴィクトリア学園とスチュワート学園の合同による学園社交界が発表される。
「サクラさん、貴女にご指名が入っていますよ」
先生がホームルームでそう告げると、教室中から私に対しての大きな声援の声が響き渡る。
「おめでとうサクラさん」
「おめでとうございますサクラさん、私たちの分まで頑張ってください」
仲のいい友達からも声をかけられるが、正直内心は複雑な気持ちでいっぱい。
だって、私はお姉ちゃんのように優秀でもないし、この学園に入学出来たのだって実は試験に合格したわけではなかったりする。
詳しくは教えてもらえなかったけれど、私がお姉ちゃんのようなメイドになりたいと言ったら、なぜか推薦してくれる人が現れ、入学費から生活面での費用まで全面的に支援してもらった。
恐らくこれも伝説のメイドと呼ばれているお姉ちゃんの存在が成しえた事なんだろうとは思うけど、過大な期待はかえってプレッシャーに感じてしまう。
そんなこんなで私のスチュワート学園の入学が決まったわけだが、私自身はそれほど特色があるわけでもなく、また学費を支援してもらえるほどの優秀な成績では決してない。
今はお姉ちゃんの妹ってだけで、周りからももてはやされてはいるけれど、いつか私の無能さに気づかれてしまったらどうなるかと不安でいっぱい。
別に持て囃されている事に優越感を抱いている訳ではないが、お姉ちゃんの名前をキズ付けたり、実は大した人じゃなかったんだと思われる事はしたくない。
だから私は毎日必死にがんばっているんだ。
「先生、サクラさんのご指名ってやはり王女様なんですか?」
生徒の一人が興味があるかのように先生に質問を投げかける。
「残念だけどそれはないわね。今は国の情勢が情勢だけに、今年は王女様の担当はお城から派遣されるそうよ」
確かに先生のいう通り、今はお隣の国との戦争中だからその辺りの警備は厳しいのだろう。でもだったら私をご指名されたのっていったい?
ざわざわざわ
私を指名されたのが王女様じゃないと分かると、クラス中が相手を予想しようとざわつきだす。
「それじゃサクラさんのご指名相手ってどなたなんですか?」
「えーっと、サクラさんいいかしら?」
生徒の一人が我慢できずに口を開き、先生も困ったかのように私へと尋ねてくる。
「あ、はい。大丈夫です」
どうせ今言わなくてもすぐに噂として知れ渡るのだ、ならば潔くクラス中に知れ渡った方が変に気を使わなくてすむと言うもの。
だけど聞かされた名前は私の予想を遥かに超えるものだった。
アリス様? だれだろう?
私はお姉ちゃんの様な貴族マニアではないので、名前だけ言われてもピンとこない。でも逆を言えばそれほど名前が知れ渡っていない人ならば、変に意識せずにすむのではないか?
だけどその目論見も次の瞬間全てが砕け散る。
「ハ、ハ、ハ、ハルジオン!?」
その名が出た瞬間クラス中から割れんばかりの声援が響き渡る。
ハルジオンと言えばこのレガリアの四大公爵家と呼ばれる最上級の貴族様。それもハルジオンを名乗る事を許されているという事は、お姫様と呼ばれてもよい存在。昨年お姉ちゃんのお友達がエンジウム公爵家に招かれたと聞いているが、それもこの学園では異例中の異例だったと言う話だから、このご指名がどれだけ凄いかはある程度想像してもらえれば分かってもらえるだろう。
でもなんでハルジオン家なんだろう?
結局このクラスでご指名が入ったのは私だけ。
通常、入学したての一年生でご指名が入る事自体が異例らしく、私は不安な気持ちを抱きながら学園社交界の当日を迎えるのだった。
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