華都のローズマリー

みるくてぃー

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三章 それぞれの翼

第54話 最初で最期の問題

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「それじゃ私から出す問題なのだけれど、その前に公平さを保つために誰か見届け人は要らないかしら?」
「見届け人ですか?」
「えぇ、これだけ大勢の人たちが見ているんですもの。お互い不利益になりそうな事を持ち出されて、要らぬ不信感は出したくはないでしょ?」
 只でさえ王都で注目されているライバル店のオーナーが、こうして公衆の面前で対立してしまったのだ。
 彼方としては何がなんでも私に盗作疑惑をなすりつけたく、私はその潔白を証明するため問答に持ちかけた。ならばこのまま互いの主張する内容が異なれば、どこまで進んだとしても平行線は崩れないだろう。
 だから勝敗の有無ではないが、第三者から審判をしてくれそうな人をつけようと持ちかけた。

「なるほど、大衆の面前ならではの処置という事ですね」
「えぇ、お互い店を経営している者として、企業秘密にしている内容もあるでしょう? これはそういった質問を規制すべくの対処だと思ってくれればいいわ」
 一見こちらは1問、あちらは無制限に質問できる対策に見えるが、本当の狙いは後で『騙された』『罠に嵌められた』等と、要らぬゴタゴタに巻き込まれたくないためのも。
 向こうも始めから正攻法で攻めようとは思っていないだろうし、ケーキの製造方法を公表したくないのは彼方としても同じ事。
 それに今もっとも重要な事はお互い身の潔白を証明する事なので、ここで相手からの問答に答えられなければ、それはそのまま見ている人たちへの不信感に繋がってしまう。
 もし審判もなしにお互い殴り合いを続ければ、気づけばケーキの製造方法すべて暴露していたり、共に自滅している可能性もあるので、これはある種の保険だとでもご理解いただきたい。

「いいでしょう。その代わり審判をされる方は完全なる第三者、何方の店にも肩入れしていない方でなければいけません」
「もちろんよ。出来れば飲食に関わっているような人か、お店の経営に携わっているような人がいいのだけれど……」
 これはあくまで平等の立場の方でなければいけない。
 ここで『それじゃうちのスタッフから』なんてなれば、間違いなく不信感を抱かれるのは私の方だろう。
 ならばセオリーとして、先ほどからこちらの様子を伺っているお客様の中から選ぶ事になるのだが、そう都合よく適した人材がいるとも限らないし、協力してもらえるとも限らない。
 そんな事を考えながら満席状態の店内を見渡していると、ふと一組のある男性客と視線が絡み合う。

「失礼、私はレストラン・カモミールのオーナーを務めておりますギュンター、こちらはシュエフのモーリッツと申します。失礼とは思いましたが、先ほどからお二人のお話を伺っておりました。もしよろしければ、その立会人を私たち二人にさせて頂けないでしょうか?」
 突然名乗りを上げてくださったギュンターさんとモーリッツさん。
 確かカモミールって結構有名なレストランだったはずなので、そこのオーナーさんとシェフが間に立って下されば、これ程安心出来ることはいないだろう。

「どうかしら? 私としては折角の申し出なのだから、このままお二人にお願いしたいのだけれど」
「……いいでしょう。私から是非お願い致します」
 ブリュッフェルは一時考えた様子ののち、同じく申し出ていただいた二人を承認する。
 恐らく私との繋がりを一瞬疑ったのだろうが、親しい間柄ならばこの様な一般席ではなく個室か客間に案内するだろうし、仮に繋がりがあるのだとすれば後々非難できる内容に繋がってくる。
 早い話が繋がりが有るにしろ無いにしろ、メリットはあれどあちら側にデメリットは無いという事だ。

「という事ですので、改めてお願いしてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、私ども大変興味がある内容ですので、是非おねがいいたします」
 するとやはり自分の店にケーキが出せないかの偵察だろう。
 私は随分と盗作疑惑で叩かれてしまったが、この世界じゃ著作権や独占する権利があるわけではないので、寧ろ足蹴く通い、研究やら開発に従事されている方が余程正常な感覚なのではと思っている。

「ありがとうございます。それじゃ後ほど何かお礼が出来るようなものをご用意させていただきますね」
「お心遣いありがとうございます」
 さすがに無償というわけにいかないので、ここは何かお礼の品を用意しておいた方がいいだろう。
 あえてお礼の品を口にしないのは、この時点で買収疑惑を持たれ無いための処置だとご理解いただきたい。

「それじゃ改めて……」
 私は予め決めていた最初で最期となる質問を、ブリュッフェルに対して投げかける。

「私から出す問題はケーキの生地となる小麦について。うちではすべてミルトニア地方の北部で採れる小麦を使用しているのだけれど……」
「偶然ですね、私の店で使用しているものも全く同じです」
「えぇ、知っているわ。私もそちらのケーキを食べた事があるからね」
 元々私がケーキの生地に合うよう、小麦の選定に細く拘ったのだから当然であろう。
 この世界でも細かな小麦の方が菓子には向いているという知識はあるようだが、ケーキに使っているのはその中でも更にキメが細かな物ばかり。実際ここまで拘ったからこそ、ふっくらと柔らかなスポンジ生地が出来ているのだ。

「そこで本当の問題なんだけれど、なぜミルトニア地方の……しかも北部で採れる小麦に拘らなければいけないか、理由を知っているかしら?」
「ふむ、少しよろしいでしょうか?」
 私の質問に対し、最初に反応されたのはカモミールのオーナーであるギュンターさん。
「それはお互い不利益に繋がる機密事項に抵触しませんか?」
「そうね、確かに見方によれば抵触するでしょうね。だけど何処の産地の小麦を使用しているかなんて、取引先の商会を調べれば簡単にわかる事でしょ?」
 私がローズマリーでケーキを取り扱うようになって既に1年が経過している。ならばギュンターさんのように研究熱心ならば、同じ素材を取り寄せて試作を繰り返しているのではないだろうか?
 そもそもケーキが真似できないのは上に乗るクリームの部分であり、生地の部分は石窯の調整さえわかれば、比較的誰でも簡単に再現出来てしまう。

「それにね、全てを秘密にしておいたら、それこそ子供クイズ大会になっちゃうじゃない」
「なるほど。開示しても問題のない部分、ということですね」
「もちろん其方が機密事項に抵触するというのならこの質問は取り消すわ。だけど……えっと、モーリッツさん……でよろしかったでしょうか? 貴方のような研究熱心のシェフならば、私が求めている答えを既にご存じなのではありませんか?」
 突然私から話を振られ、モーリッツさんが驚いたようにこちらを見つめられて来られる。
「これは私の推測なのですが、今日こちらにお越しになられた理由は偵察及び分析、といったところではないでしょうか?」
 先ほどフロアを見渡した時、私と視線が絡み合ったのは何も偶然ではないはず。もし聞き耳を立てるなら視線を敢えて外し、耳だけで聞き入ればいいのに、この二人私たちの様子を伺うようにマジマジと観察していた。すると少しでも自分たちの為になる情報をと、一語一句、動作一つをも見逃さないように見入っていたのではないだろうか?

「ははは、これは手厳しい」
「私も市場調査で他店に視察を出したりしていますので、その辺りはお気になさらないでください」
 お互いニッコリと笑い、『今更隠し事をしても仕方がないわね』との意思表示。
 この業界にいる限り、技術や知識は盗み盗まれるのなんて別段珍しい事ではないので、改めて責められる内容でもないだろう。要は如何に努力を惜しまず技術を伸ばせるかが大事なのだ。

「ご推察の通り、アリス様が求めておられる答えと同じかは分かりませんが、おおよその検討はついております」
 まぁ料理をする者にとって、手触りだけで小麦の粒が細かいか細かくないかなんて、簡単に見極められるわよね。
 だが逆にこの程度の見極めが出来ないのなら、それは三流の料理人であり三流以下のパティシエだと言っているようなもの。
 つまりケーキに携わるシェフがわかって、日頃からケーキ作りに携わっている者が答えられなえれば、疑惑を抱かれるのは彼方側という事になる。

「そういう事なのですが、如何なさいますか? プリミアンローズのオーナー」
 ここまで煽っておけば、流石に答えたくないとは言えないだろう。
「構いませんよ。ですが私は店を運営する立場の人間、細かな事にはこちらにいるパティシエのラウロが答えますが、よろしいですか?」
「えぇ、もちろん」
 私としては誰が答えてくれたとしても構わないので、ここは素直にラウロ君の参戦を承認することにする。
 若干話を振られた当人が驚いたような顔をしているが、私が考えている通りの人物ならば……

「えっ、えぇー!?」
「どうしました? ラウロ。さっさと答えてしまいなさい」
 急に話を振られ、驚きの声を上げながら焦るラウロ君。
 やはりこの程度のことで慌てるなんて、ラウロとかいうこのパティシエの青年、ブリュッフェルが思っているほど優秀な人材ではない。
 リリアナから以前偵察に来ていたとい話を聞き、私はある結論に達した。それは彼が十分に商品分析が出来ず、その結果が今のローズマリーとプリミアンローズの差ではないかと考えたのだ。
 そうでなければ自分の店で取り扱っている生クリームと、当店で取り扱っているホイップクリームの違い程度は気づく筈だ。
 これはある種の賭け、私が思っているような三流パティシエならば正しい解答には答えられず、本当に優秀なパティシエならば私はこのクイズに白旗を上げる。
 もっとも今の私にはクイズの勝敗はそれほど関係ないのだけれど、それでも明確に勝利するにはこれ程効果的なものもないことだろう。

 私は十分に答えられるだけの時間を待ち、今まさに勝利を確信するも。
「そうだ、ケーキに使っている小麦はよりキメが細かな物。これが答えです」
 『おおぉ』と思わず周りから声が漏れ、見事に答えたラウロに観客から拍手まで向けられる。
 これは少々意外な展開。
 私はてっきり答えられないだろうとタカを括っていたんだが、答える間も導き出した答えも、お見事といった感じ。
 でも同時にそれは盗まれたレシピがそこにあるのだと、私の中で確かな確信へと繋がることになる。

「正解よ。さすがプリミアンローズのパティシエね、参ったわ」
「と、当然です。この程度の問題なんて、僕にとっては容易い事です」
 正直答えられた事に驚きもしたが、よくよく考えれば簡単な事。
 プリミアンローズにはメインとなる焼き菓子があり、常に二種類の小麦を扱うパティシエにとって、その違いぐらいは把握しているだろう。
 これは私に取っても大誤算ね。

「どうやら私たちの勝利のようですね」
 やれやれ、参ったわね。
「えぇ、完璧な答えを出されてはお見事としか言いようがないわね」
 このラウロ君、思っていた以上に出来る子だったようだ。
「それにしても良く知っていたわね」
「当然です。僕はプリミアンローズのパティシエを任されている副チーフです。この程度の問題など間違えるはずがありません」
 クイズを振られた時は『えっ、えぇー!?』とかいって動揺していた割に、以外と現金な性格をしている。悪く言えばお調子者?

「勝負は私の負けね」
「以外とアッサリと認められるのですね」
「それはそうでしょ? クイズを持ちかけたのは私だし、見事に答えたのは其方のパティシエ。これで文句を言えば非難されるのは私の方じゃないかしら?」
 負けは負け、もともと勝負の勝ち負けには拘っていないのだから、ここは潔く負けを認めるしかないだろう。

「それにしてもどうしてキメが細かい小麦だと、あれ程やわらかい生地が焼けるのでしょうか?」
 クイズに一区切りついた時を見計らい、素朴な疑問をギュンターさんが呟かれる。
 この世界じゃグルテンだとかタンパク質って、まだ認知されていないのよね。
 私が前にいた世界でも小麦粉に種類をつけていたのは日本という国だけで、日本のパティシエが作ったチーズケーキを、外国のパティシエが『何だこの柔らかい生地は!?』と、驚きの声を上げたことは結構有名な話だったりもするのだ。
 私は少し考え……。うーん、まぁいいか。

「えっとその質問を簡単に説明しますと、小麦に水を加えて練った時に発生する、弾力性や粘りが原因なんです」
 弾力や粘りの説明をしだすと、含まれているグルテン量と言うことになるのだが、そこまで難しい話を持ち出しても今はまだ理解はしてもらえないだろう。

「弾力性や粘りですか?」
「えぇ、もう少しわかりやすく説明すると、キメが粗い物はパンやパスタなどの麺に適していて、キメが細かな物はお菓子などに適していると言われているわ」
 もっとも全てがこれに当てはまるわけではなく、あえて歯ごたえを生むためキメの粗い小麦でスコーンを焼いたり、うどんやドーナッツなどは中間の小麦が適しているとも言われている。
「これは余談なのだけど小麦でキメが粗い物は強力粉、細かなものと粗い物の中間が中力粉と言うのよ」
「強力粉と中力粉ですか?」
「ではキメの細かなものは差し詰め弱力粉、といったところでしょうか?」
 私の説明にモーリッツさんとヒュンターさんが食いつくように尋ねてこられる。
 まぁ、強・中とくれば最後は弱が来ると普通ならばそう思うわよね。
 この種類となる名前の由来は、大手製粉会社が薄力粉を商品化した際、単純に強力粉の反対の弱力粉では印象がわるいから、という理由から付けられたのだとも言われている。
 逆に『薄い』の反対では『濃い』となってしまい、それでは根本的に意味が違ってくるという事で、強力粉>中力粉>薄力粉という呼び名になったのだそうだ。
 因みに小麦製粉発祥の地であり先進国でもあるヨーロッパやアメリカには、キメの細かさ(グルテンの量)で小麦の種類は分けられてはいないのだそうだ。

 私は若干苦笑いをしながら……
「それが違うんですよ」
「違う?」
「はい」
 話を振ってしまったのは私だが、何処まで与太話を付き合わせていいのかと若干後ろめたさを感じてしまう。
 でもまぁ、小麦の特性を知っていても悪い話ではないわよね。
 実際小麦を使い分ける事で食の技術が大きく発展するのだし、出来上がりの美味しさも格段に進歩する。ならばこのまま話を続けたといても恨まれるような事はないだろう。
「キメが細かなものは……」
 私がモーリッツさんとヒュンターさんに答えようとした時。
「薄力粉と言うんですよ」
 質問に答えたのは私……ではなく、なぜか話を隣で聞いていたラウロ君。 
 ……おや?

「薄力粉ですか?」
「えぇ、キメが細やかな小麦は薄力粉といって、ケーキの生地に最適なんです」
「なるほど、初めて知りました」
 思わず良い知識が入ったと知り、慌てて持っていた手帳に書き込むモーリッツさん。
 この人、別のおかし作り専門のパティシエではないというのに、ここまで勉強熱心な方は、シェフからパティシエに鞍替えしてもらったディオンぐらいではないだろうか。

「それにしても薄力粉なんて言葉を良く知っていわね。貴方も相当勉強しているのね」
「別に褒められるようなことはありませんよ。一流のパティシエとしては当然の知識です」
 うん、どうやらこのラウロ君、やはりリリアナの見立て通りの人物なようだ。
 恐らくブルッフェルはいま、私にどう質問を投げかけ、どの様に罠に嵌めようかと頭を悩ませていることだろう。私たちの話に耳を向けながら、良からぬ言動で罠を仕掛けて来ないかと警戒しつつも、こちらの会話には参加する素振りすら見せて来ない。
 だけどね……

「でも変ね、中力粉と強力粉は勿論だけれど、薄力粉に関してもローズマリーのパティシエ以外が使う言葉じゃないのよね」
「えっ?」
「それはどういう意味ですか?」
 私の一言に前者はラウロ、後者はモーリッツさんが声を上げる。
「だってその言葉、私が勝手に付けた呼び方なのですもの」
 そう、ローズマリーの人間以外が知るはずがないのだ。
 そもそも小麦の種類は、前世の記憶から私が勝手にそう呼んでいるだけであって、この世界では実在しない言葉。
 そしてその呼び方は私がエリク達に渡した、ケーキのレシピ帳にもそう書き示している。つまり私がそう教えたローズマリーのスタッフか、あの日盗まれたレシピを目にした人物でなければ、薄力粉なんて言葉は知ることもできないということだ。
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