悪役令嬢キャロライン、勇者パーティーを追放される。

Y・K

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第一章 ダンジョン脱出編

15、元王子、嘘を並べ女王と結婚を試みる。

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 跪いた姿勢のままその顔を見て、何かが違う、とジークフリードは思った。


 キャロラインの顔である。


 一年前のキャロラインは果たしてこういう顔をしていただろうか?


 大きなたれ目も、まっすぐ通った鼻筋も、くるりと伸びた眉毛も、ウェーブのかかった赤毛も何もかもが同じ、でも明らかに何かが違っていた。


 別にそれは、頭の上に王冠が乗ったから、ということではない。


 これまでのキャロラインとは何かが違っていたのだ。


 何かが……


「ずっとその姿勢も疲れるでしょう。立ち上がってもよろしくてよジーク」とキャロラインは王座に腰かけたままやさしく言った。


「では、お言葉に甘えて」と言い、ジークフリードは立ち上がった。


 玉座の下には高さ1、5m、縦横の幅が4、5mほどの台座が設けられ、ジークフリードがいる位置に比べ、やや高くなっていた。そのせいもあり、ジークフリードが立ち上がっても、やや上を向き女王を見上げることとなる。

 臣下は王を見下してはならない、という礼儀作法があるために、ミッドランド城の王座はこのような構造になっていた。

「ところで、お話というのは?」とジークフリードが聞くと、キャロラインはこう答えた。

「色々ありますが、まずはわたくしの結婚についてです」

 その言葉を聞いた時、あくどい笑みで頬を引きつりそうになったが、すぐさまそれを打ち消し「陛下のご結婚?」とジークはとぼけた。

 もちろん、狙いを見透かされないためにである。

 キャロラインは溜息混じりに言った。

「お父様が言うのです。婿選びは、とっても大事なことだ、と。わたくしの結婚相手はいわば共同統治者とも言えるでしょうし、女王の夫となれば、時の権力に最も近づくことになります。だからこそ重要だ、とお父様は考えているのでしょう」


「なるほど」とジークは爽やかな笑みを見せる。「つまり、これから君には君のことを愛しておらず、君のもつ権力のみに惹かれた松明にむらがる蚊のような男が寄ってくる、というわけですか」


「ええ、おそらく」


「まったく、くだらぬことだな。そんなもの、真実の愛に比べれば遥かにくだらぬことだ。そうは思わぬかキャロライン」

 ジークフリードは王子だったころの口調でそう言った。

「真実の愛であればこそ、助け合える。そうであろう? 利害のみでつながるということは、利害がなくなれば終わりだ。そんな夫婦ほどくだらぬものはない」


「そうかもしれませんわね」


「そういう意味でぼくと君は非常に運がよい」


「どういう意味でございましょう?」


「そこに真実の愛があるからだ」


 キャロラインとジークフリードの視線が交錯する。


「真実の愛?」とキャロラインは笑った。


「そのとおりだ。ぼくは嬉しく思っていたんだよ。ぼくの言葉を受け入れて、冒険者たちの中に混じっていった君をね。そうやって愛をたしかめていたんだ。

 今の君なら分かるだろう?

 ぼくは次代の王だった。だからこそ、蜜にむらがるように女性が寄ってきた。

 だから、ぼくは見極めなければならなかったんだ。
 真にぼくのことを愛する女性を……ね」


「だから、わたくしに冒険者になるよう促した……、と?」


「そのとおりだ。自分の地位を捨て去ってまでぼくのために過酷な環境に身を置けるか試したかったんだ。そして、君がそういう選択をしたことで、君の想いが伝わってきた。どれほどぼくを愛しているか、という想いが本当に伝わってきたんだ。

 だからこそ、ぼくの君に対する愛も膨らんでいった。なんて素晴らしい女性なんだ……、ぼくは絶対にこの人を離してはならない……、とね」


「では、わたくしがダンジョンに置き去りにされたときも」


「当然じゃないか。すぐさまダンジョン攻略のプロを雇い、君を探させたよ。君を待つ間、この胸が引き裂かれそうだった。だから、こうして君に会いにきたんだ。本当に無事かこの目で確かめたくてね。それが、今日ぼくがここにきた理由さ」


「そう……、ありがとうジーク」


「いいんだよキャロライン」とジークフリードは言い、胸ポケットに差した赤い薔薇をキャロラインに差し出した。「これは、ぼくからのほんのささやかなプレゼントだ。それは魔実島と呼ばれる絶海の孤島にのみ生息する薔薇で、ただの赤い薔薇じゃない。
 真紅の薔薇と呼ばれる赤い色がとっても深い薔薇なんだ。
 どうか受け取ってくれ」

 キャロラインがそれを手に取ろうとすると、ジークフリードは強引に手を引っ張り、腰を抱き寄せた。


「これを髪飾りとして君のあたまに差し、そして、ぼくらは真実の愛によって結ばれ、誰にも侵されない強く新しい王家を作るんだ。そうだろう? キャロライン」


 鼻と鼻が触れるほどの距離に互いの顔があった。

 そしてジークフリードは更に顔を近づけ、唇を奪おうとするが、キャロラインは人差し指でジークフリードの唇を押した。


 それは拒絶の合図だった。


 もう、完全にいけると思っていたジークフリードは困惑顔でキャロラインを見つめる。


 すると、キャロラインは鼻を鳴らしたのだ。

 まるで、人を小ばかにしたような笑みで。


「本当に変わってらっしゃらないのね、ジークフリード……。何も……、何一つ……、本当にそのまんま……、まるであなただけ時が止まったように変わらない……。本当にお可愛いこと……」


「なにを……」


「あなたにちょうど話があると、わたくしは言ったはずよ」


「だから、ぼくと君との結婚の話だろう?」


 そうジークフリードが言うと、キャロラインは口角の片方をあげる。


「ふふふ。何を言っているのかしら。わたくしの結婚はすでに高度に政治的な問題となったと話したはずよ、さきほどね。それに、あなたはもうわたくしと結婚できなくなってしまったのよ。その話をしたかったの」


「え?」

 結婚できない?

 しない、ではなく……できなくなった?

 訳が分からなかった。キャロラインが何を言っているのかもよく分からなかった。

 だから力いっぱい叫んだのだ。

「我がミッドランドに、これ以上似合いのカップルがいるだろうか!」と。
「王家の血筋をひくこのぼくと、女王である君。これ以上この世に高貴かつ素晴らしいカップルなどない。汚らしい庶民共が畏れ多く近づけないほどの高貴な血がぼくらには流れている! 他の豚共と君はつりあわないし、豚共とぼくもつりあわない。ぼくにつりあうのは君しかいないんだよ! ぼくらが結婚するしかないんだよキャロライン!」

 すると、キャロラインは悲しそうな目をしてこちらを見た。

「王家? 王子? ふふふ。それは残念ねジーク。
 だって、あなたはもう、王子でもなければ貴族でもなく、ましてや、市民というわけでもないのよ……」


 ――え?


「あなたは、もうこのミッドランド王国において、永遠にあらゆる権利を剥奪されたのよジーク。そう、それこそがお父様の下した結論だったのよジーク」
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