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第一章 ダンジョン脱出編
16、元王子、平和喪失刑に処される。
しおりを挟むそれは、平和喪失刑と呼ばれる重い刑罰であった。
平和喪失者(アハト)は、その領域内で一切の財産や権利をもつことが許されず、またその領域内に住むあらゆる人々が平和喪失者を殺したとしても一切の罪に問われることはなかった。
つまり、ジークフリード=ミッドランドはミッドランド国内において死人になったも同然であった。
「ぼくが……平和喪失者(アハト)だと? ……そんなこと許されてなるものか! ありえない! そんな刑などぼくは認めない! ふ、ふざけるな!! ぼくは王家の血をひく高貴な者なのに! ふざけるな! ふざけるなぁああああ!」
「ごめんなさいねジーク」
「なんでだ! なんでこんな酷いことをするんだキャロライン!!」
「お父様曰く……これしか手段がなかったのだそうよ。新たな王家として他の貴族から忠誠心を勝ち取る方法と従来の王家を弱らせる方法。この二つを一度に行えるのが、この平和喪失刑だけだった」
「忠誠心を勝ち取る?」
「誰しも褒美には弱いわ。どんな領主であってもね。お父様が一番恐れたことは、他の公爵や伯爵があなたたちを担ぎ上げ、わたくしたちに反旗を翻すこと。
もちろん、わたくしは言ったわ。そんなことなどありえない、と。
でも、そのまさかがありえるのが政治だ、とお父様は言った。
そこでお父様は思いついたのよ。
あなたたちの土地、財産をすべて没収して王家の領地を他の貴族たちで分け合うことで、貴族たちからの忠誠心を勝ち取る方法を。
ケーキを切り分けるように、王家のもつ莫大な土地を気前よく皆に分け与える。
ただし、その恩恵にあずかるためには、他の貴族たちはあなたとミゲル元陛下を平和喪失者と認めなければならなかった。それがお父様のだした条件だった。
皆、驚くぐらい簡単にあなたたち親子を平和喪失者とすることに同意したわ。
本当に……おどろくほどあっさりと」
「ケーキのようにぼくの土地を切り分けるだと? ふざけるな! なんとかしろキャロライン! 君は女王だ! 君の命令ならそれを撤回できる! そうだろう? ぼくらの間には愛がある。愛する人をそんな目にあわせて罪の意識を感じないのか? 情けない、と。自分のことを悪人だとすら思ったはずだ。
平和喪失令を解け。そうすれば許してやる! そして君が一番ほしいものをやろう」
「わたくしがほしいもの? ……それは何かしら?」
「愛さ! そうだろう? ぼくからの愛がほしいんだろう? 当然だ、ぼくに乗せられて冒険者になったほどだからね。
そのぼくからの愛を独占できる。こんなに贅沢なことなどないはずだ!」
キャロラインはその言葉を鼻で笑うと、ゆっくりとした口調でこう言った。
「ジーク……、わたくし、今回の騒動で一つだけ良いと思えたことがありましたの。それが何か分かるかしら?」
「……」
「わたくしは、恐らくあの地下100層に置き去りにされたとき、はじめて自分独りで現実に向き合わなければならなかったの……
わたくしは公爵令嬢だった。そして、わたくしの実家はお金持ちだった。
だから、わたくし自身は、何かをする、ということがなかったの。
誰かを助けることもなく、誰かの盾になることもなく、守られるのが当然だった。
だって、わたくしはキャロライン=ドンスターなのですもの。そうされるのが当然だと思っていた。
でもね……、あの経験が気づかせてくれたわ。
当然じゃないんだ、と。
わたくしもただの人なのだ、と。
そして、ただの人である以上、わたくしはたった一人で現実に立ち向かわなければならないのだ、と。
現実は突然無慈悲になる。
地位なんて関係ない。お金なんて関係ない。なにも当然なことなんてない。すべてがありえるのだ。ありえないことなど何もない。
そう、教えてくれたの、あの経験が……
だからかしら……、あなたにもう魅力を感じることができなくなったの。何故だか分からないわ。でも、きっとこういうことかもしれない。
水槽の中で飼われている熱帯魚は美しいけど……、ただそれだけ。
あなたはきっとそういう存在なのよ、ジーク」
ジークフリードは言葉を発することができなかった。
「そういえば、質問があるのジーク……、あなたはわたくしがダンジョンに置き去りにされたと知っていたのでしょう?」
「そうだ」
「どうして?」
「それは、君の兄君が……」と言いかけてジークフリードはやめた。
そうだ、もっと深くこの豚女を愛していたということにしよう。ジークフリードは頭を回転させる。ここが正念場だと分かっているからだ。必ず平和喪失令を撤回させなければならない。それだけは断じてあってはならない! 元々冒険者を雇ったという話もデマカセであったが、嘘に嘘をうわぬったとして何が悪い、とも思った。
だから、こんな嘘をついた。
「君が心配だから、ぼくはずっと君にみつからないように、配下の者に君を見張らせていたんだ。それこそ冒険のはじめからずっとだよ。だから、君がダンジョンに置き去りにされたことが分かったんだよ。そして、直ちに手を打ったわけだ」
どうだ? とジークフリードは思った。これほどまでに君の安否を気にしている男に酷いことなどできないだろう? そして駄目押しのように言った。
「君との結婚だって諦めるよ。でも、せめて伯爵程度でいいじゃないか。土地だって、半分ほどは他の貴族に分け与えてやっても良い。なあ考えてみてくれ、こんなに君の安否を気遣う諸侯がぼく以外にいるというのか? いないはずだ。皆欲深の豚共ばかりだからだ。
ぼくを平和喪失者にするのは君にとって大きな痛手のはずだ。考えろキャロライン! 君の味方はぼくしかいないんだ! そうだろう?」
キャロラインは複雑な表情でジークフリードを眺めると、何かを諦めたようにうなだれた。
ジークフリードはその表情の意味するところが分からなかった。
だから、まるで魚が餌をほしがるようにパクパクと口を開けたのだ。
「その言葉が本当であってほしかった……」とキャロラインは声色を震わせ、正面のジークフリードを見据える。
キャロラインの目からハッキリとした意志が読み取れた。
怒り。
それは激しい怒りの目であった。
そして、それは同時に明確に今のジークフリードの言葉を嘘と気づいた目であった。
なぜだ、とジークフリードは思った。
完璧な嘘であったはずだし、バレるはずがないという確信もあった。
であるのに、どうしてキャロラインは気づいたのだろう?
ジークフリードは自身の明確な間違いに気づいていなかった。
それは、あのとき……トライデント平野にて両軍が向かい合ったとき、ジークフリードが真実を知ってさえいれば、アルバトーレ=ドンスターの要求が本当であると判断できたからだ。
あの時、王家はその情報の真偽を判断できず、ドンスター軍を遮るように展開した。
それはつまり、キャロラインがダンジョンに置き去りになっていた事実を王家側は把握していなかった、ということを指し示していた。
「キングスガード! これへ!」とキャロラインは叫んだ。すると、奥の部屋から金色の装備を身に纏った強面の男が二人、ジークフリードの両脇に並ぶように立った。
キャロラインは凛とした声で言った。
「キャロライン=ドンスターの名において、今日、この瞬間より、ジークフリード=ミッドランドを平和喪失者(アハト)と認定し、この国からの退去を命ずる!」
「まってくれキャロライン!」とジークフリードは思わず叫び、飛び掛かろうとする――が、キングスガードに両脇をおさえられ、身動きがとれない。
そして次にジークフリードはキングスガードに両脇を抱えられたまま外に通じる唯一の扉に向かって引きずられていく。
「違うんだ! これは違うんだ! 聞いてくれキャロライン!」と力のかぎりジークフリードは叫ぶが、もはやあとの祭りだった。
王の間に通じる唯一の扉が開けられ、そして、ジークフリードは両脇を引きずられながらどこかに消えていった。
ギィィ、という重々しい音と伴に扉は閉められ、キャロラインは目をつぶった。
そして、深く座る玉座で、もう一つだけ自分にはやるべきことがあるのだ、とキャロラインは思い出す。
自分をダンジョンに置き去りにした者たちの処分を忘れてはならない、と。
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