在るべきところへ

リエ馨

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◆在るべきところへ◇13話◇異変・前編 ②

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◆在るべきところへ◇13話◇異変・前編 ②


 誰かが側で話をしていると、インティスは感じた。

 一人は森の国の人間だ。言葉が……これまでの二週間で疲れてしまったのか、意味のわかる単語を耳が拾おうとせず、会話の内容がわからない。
 もう一人は聞き覚えのある声だ。やはり言葉の意味はわからなかったが、レイの声だ。

 久しぶりに聞いた懐かしさに、反射的に目が覚めた。
 知らない初老の男と、思った通りレイがいた。
 レイは医者に見えるその男を部屋から退出させると、インティスの横たわるベッドに腰掛けた。

「気がついたかい、具合は?」
「……よくわかんない」

 彼が砂漠の国の言葉で話しかけてきたので、自分でも驚くほど自然に同じ言葉で答えていた。もう二週間も口にしていなかったのに。
 そう思うと、急に現実が押し寄せてきた。彼は彼の妹と精霊への交渉をしていたのではなかったか。彼がここにいることで、少なからず中断されているはずだ。

「……ごめん……」
「いや……私こそ悪かった。明日からは顔を見に来るよ」
「そ、そんなことしなくていい。子供じゃないんだし」
「そうかい?」

 レイはくすくすと笑いながら、ふかふかの布団越しにインティスの胸のあたりをぽんぽんと叩いた。

「少し安静にすれば起きられるようになるよ。私はすぐには来られないかもしれないから、何かあればフェレナードに相談するといい」
「……わかった」

 またこの国の言葉を使うのか……とは思ったが、返事はしておいた。
 それから、よく見るあの炎の夢も伝えた。

 彼は床に膝をついてその話を聞いてくれたが、特にそのことについて何か言うことはなかった。
 昔からそうだ。彼はいつも、可能性があるという段階の話はして来ない。
 けれど、それが確定したら必ず教えてくれる。今回もきっとそうなのだろう。
 精霊との交渉の進み具合についても、この場では何も話題にならなかった。なので、「また来るよ」とだけ言って、彼は部屋から出て行った。

 慣れ親しんだ言葉に、不思議と少しだけ気持ちが楽になった気がする。
 布団に埋もれたまま、インティスは小さく息を吐いた。


    ◇
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