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第7話 放課後作戦会議・前編
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せっかく作戦会議を開こうと思ったのに連絡先を知らないことに気付き、優貴は失意のうちに翌日を迎えた。
仕方がないので、授業と授業の合間の短い休み時間のうちにとりあえず用件だけ伝えておこうと思い、隣のことみのクラスを覗いた。
彼女は窓際の席で、他の女子二人と何やら喋っている。手元にはお菓子が並んでいて、軽い女子会のようになっていた。
しかし、そうなるとますます声はかけづらい。教室の喧騒に自分の声なんてかき消されそうで、到底呼ぶことなんてできなかった。でも作戦会議の話はしなきゃいけないので、声をかけようか、やっぱやめようかを繰り返してしまう。
「……どうしたの」
その挙動不審な様子を見ていたのか、優貴の一番近くに座っていた、廊下側の一番前のメガネの男子が声をかけてきた。真面目そうで、見るからに学級委員長のようなやつだ。
「えっと、あの……ことみ……じゃなかった、武村さんに話があるんだけど」
「武村? わかった」
男子は立ち上がると、その場でことみを呼んだ。
「武村ー! 誰か来てる」
「は?」
怪訝な顔をしたことみと目が合うと、彼女は大きな溜息をついて席を立ち、優貴の方へ歩いて来た。
「……何の用」
用件を尋ねることみの顔は不機嫌極まりない。それはそうだ。せっかくの休み時間なんだし。
「そ、その……作戦会議をしようと思うんだ。昨日のやつ」
「どこで」
「学校帰りのフードコートがいいかなって…」
「あんなとこ人が多いから無理。やるならネラスじゃなきゃ嫌」
「わ、わかった」
ことみはやり取りを早く終わらせたそうだった。
話を切り上げられそうなので、早く一番大事なところを言わなければ。
「そ、それでその……暁にも連絡したいんだけど……連絡先知らなくて」
「……あたしから言っとく。会ったら連絡先交換しといて」
「う、うん……」
じゃあね、と言ってことみは自分の席に戻って行った。
雰囲気は怒られ気味だったが、とりあえず約束を取り付けることはできた。上々だ。自分のクラスに戻ろう。
「あいつ、隣のクラスの牧野じゃない?」
「あー! 名前思い出せなかった! そいつ!」
「なんでことみと話してんの?」
ことみが席に戻る途中で、サキとシオリの会話の後半が聞こえてきた。
今年のクラス替えがきっかけで話すようになった二人で、サキは今日も賑やかだ。
「ことみー、牧野が何だって?」
「後で教科書貸してって」
「そっか。そういえばあいつってことみと中学同じなんだっけ」
当たり障りのない嘘をついたが、あっけなく受け入れられた。
「ていうか二年になってもそれ言ってくる?」
「他に友達いないんじゃない?」
「そっちか~! これでお互い付き合ってるとかだったらびっくりなんだけど!」
「……違うわよ」
サキに対し、ことみはそれだけ言った。他愛のない、会話自体それほど意味のないものなのに、勝手に決めつけられたようで何だか嫌な気分だ。
「はいはいわかったわかった! 進展したら教えてね~!」
「あ、チャイム鳴った。次の数学の先生、教室に来るの早いよ」
「やばーい!! お菓子しまってしまって!!」
冷静なシオリに対し、サキは終始声が大きい。二人でばたばたと片付け始め、ことみが返事をする前に会話は終えられてしまった。
◇
授業中、ぼんやりと黒板を眺めながら、ことみはインティスとのやり取りを思い出していた。
昨日、敗北から薬屋に戻り、そのまままっすぐ自分の部屋から元の世界に戻ろうとした時、ノックの後に扉を開けたのはインティスだった。
「コトミ、ちょっといい」
「何」
ことみはいいとは言わなかったが、返事を了承と捉えてインティスは本題を切り出す。扉の隙間から見えたラウンジには、暁の姿も既になかった。
扉を閉めると空気が妙に重くなり、インティスが溜息混じりに腕を組んで言った。
「……いい加減、ユウキにいちいち怒るのはやめたら」
「別に怒ってないわ」
「怒ってるだろ。アカツキや俺に同じことを言うか?」
「…………」
ことみはぐっと言葉に詰まったが、イライラしたように吐き出した。
「……そもそもフェレが悪いのよ、あんなこと言うから」
「フェレが?」
インティスは思いも寄らぬ名前が出てきてきょとんとした。
「そうよ。あいつを呼ぶちょっと前に、フェレがもう一人増やすっていう話をしたじゃない」
「あー……」
インティスには思い当たる記憶があった。
それは優貴を呼ぶ一週間くらい前、暁とことみをラウンジに呼び寄せ、フェレが三人目を連れて来るという話をしたことがあった。
◇
優貴を呼ぶ一週間くらい前とは、もうかれこれ一ヶ月くらい前のことだ。
「まだ増えんのか」
「次で最後だよ」
暁の疑問に、フェレナードは簡単に答えた。
「どんな人?」
単純な興味でことみが尋ねる。
「直接相手とやり合えるアカツキと、魔法が使えるコトミを戦力として迎えたから、今度は総合的な能力のある人物にしようと思ってるんだ」
「総合的……?」
聞いていた二人は、言葉の意味がわかるようなわからないような顔だった。
インティスはこの会話を少し離れたところから聞いていた。
◇
「あの時の?」
「そうよ。フェレが総合的な能力なんていうからどんなすごい人が来るかと思ったら、牧野なんだもん」
「マキノ……ああ、ユウキのこと」
「そう。あいつ、中学の時から友達といるところ見たことないし、ずーっと本読んでるし、運動会で見たけど足はめちゃくちゃ遅いし……そんなやつに文献調査ができると思う? 疑うのは当たり前でしょ?」
ことみは一気にまくしたてたが、対するインティスは一通り聞いた後、大きく溜息をついた。
「……あいつを選んだのはフェレで、お前じゃない。来たばかりのやつをいきなり自分と比べるな」
◇
黒板に書かれる文字の音も、先生の言うことも、みんな右から左で耳をすり抜けていく。
インティスに言われたこともわかる。わかるけれど、どうにも納得できない。
結局、学校が終わって帰宅し、世界をまたいでもイライラは抜けなかった。
優貴が先導した作戦会議だが、全く集中できない。
もっと人をぐいぐい引っ張ってくれるカリスマ性があって、周りが自ずとそれに導かれていくようなリーダー像を求めていたのに、実際現れたのは同じ中学のへっぴり腰な根暗キャラ。話したこともなかったのに。
暁が優貴と話をしているが、会話が頭に入って来ない。
イライラの原因はもう一つあった。今日の学校での休み時間に、優貴が来た時のことだ。
男子と女子が至近距離で話していると、すぐ付き合ってるだなんだになるのはよくある話だ。サキがからかうように言ったのも深い意図はなく、お決まりの流れの中での発言という可能性が高い。彼女はいつも底抜けに明るくてクラスのムードメーカーのような存在だが、たまに勢いでデリカシーのないことを言うのだ。
だからこちらが気にしなければいいだけなのに。
『これでお互い付き合ってるとかだったらびっくりなんだけど!』
『進展したら教えてね~!』
「……っ、ふざけないでよ!」
「えっ……」
思わず漏れた苛立ちが、言葉になってしまっていた。
ラウンジが一瞬静かになって、優貴がおどおどしながらことみを見る。
「……どうした」
暁が睨んでくるが、元々目つきが悪いだけだ。
「……何でもない。ごめん、今日は帰る」
「わ、わかった……」
ことみは立ち上がり、乱暴に椅子をテーブルに戻すと、そのまま部屋に戻って行ってしまった。
すると、続いて暁も立ち上がった。
慌てて見上げる優貴を、暁は溜息混じりで睨んだ。
「三人でやんなきゃ意味ねぇだろ。俺も戻る」
そう言って暁が自分の部屋に帰るのと、インティスが城から戻って来たのはほぼ同時だった。
「あれ、一人?」
「今しがたから……」
しょぼんとした優貴から経緯を聞いたインティスは、ことみにも色々あるんじゃない、と補足しつつ、明日仕切り直すようアドバイスした。
優貴は素直にそうしようと思った。今日はきっと日が悪い。何だか機嫌悪そうだったし。二人の連絡先は聞けたので、明日もう一度集まることにした。
◇
その日の夜、インティスが三階建ての薬屋の各部屋の点検や戸締まりを終え、二階の魔法陣から城に戻ろうとすると、一階の入り口の扉を小さく叩く音がした。
「……何だ?」
階下に降りると、正面の扉の向こうで人の気配がする。危険はなさそうだ。
隙間を開けて伺うと、栗色の長い髪が見えた。
「ローザ?」
「……遅くにごめんなさい。フェレを呼んでほしいの」
仕方がないので、授業と授業の合間の短い休み時間のうちにとりあえず用件だけ伝えておこうと思い、隣のことみのクラスを覗いた。
彼女は窓際の席で、他の女子二人と何やら喋っている。手元にはお菓子が並んでいて、軽い女子会のようになっていた。
しかし、そうなるとますます声はかけづらい。教室の喧騒に自分の声なんてかき消されそうで、到底呼ぶことなんてできなかった。でも作戦会議の話はしなきゃいけないので、声をかけようか、やっぱやめようかを繰り返してしまう。
「……どうしたの」
その挙動不審な様子を見ていたのか、優貴の一番近くに座っていた、廊下側の一番前のメガネの男子が声をかけてきた。真面目そうで、見るからに学級委員長のようなやつだ。
「えっと、あの……ことみ……じゃなかった、武村さんに話があるんだけど」
「武村? わかった」
男子は立ち上がると、その場でことみを呼んだ。
「武村ー! 誰か来てる」
「は?」
怪訝な顔をしたことみと目が合うと、彼女は大きな溜息をついて席を立ち、優貴の方へ歩いて来た。
「……何の用」
用件を尋ねることみの顔は不機嫌極まりない。それはそうだ。せっかくの休み時間なんだし。
「そ、その……作戦会議をしようと思うんだ。昨日のやつ」
「どこで」
「学校帰りのフードコートがいいかなって…」
「あんなとこ人が多いから無理。やるならネラスじゃなきゃ嫌」
「わ、わかった」
ことみはやり取りを早く終わらせたそうだった。
話を切り上げられそうなので、早く一番大事なところを言わなければ。
「そ、それでその……暁にも連絡したいんだけど……連絡先知らなくて」
「……あたしから言っとく。会ったら連絡先交換しといて」
「う、うん……」
じゃあね、と言ってことみは自分の席に戻って行った。
雰囲気は怒られ気味だったが、とりあえず約束を取り付けることはできた。上々だ。自分のクラスに戻ろう。
「あいつ、隣のクラスの牧野じゃない?」
「あー! 名前思い出せなかった! そいつ!」
「なんでことみと話してんの?」
ことみが席に戻る途中で、サキとシオリの会話の後半が聞こえてきた。
今年のクラス替えがきっかけで話すようになった二人で、サキは今日も賑やかだ。
「ことみー、牧野が何だって?」
「後で教科書貸してって」
「そっか。そういえばあいつってことみと中学同じなんだっけ」
当たり障りのない嘘をついたが、あっけなく受け入れられた。
「ていうか二年になってもそれ言ってくる?」
「他に友達いないんじゃない?」
「そっちか~! これでお互い付き合ってるとかだったらびっくりなんだけど!」
「……違うわよ」
サキに対し、ことみはそれだけ言った。他愛のない、会話自体それほど意味のないものなのに、勝手に決めつけられたようで何だか嫌な気分だ。
「はいはいわかったわかった! 進展したら教えてね~!」
「あ、チャイム鳴った。次の数学の先生、教室に来るの早いよ」
「やばーい!! お菓子しまってしまって!!」
冷静なシオリに対し、サキは終始声が大きい。二人でばたばたと片付け始め、ことみが返事をする前に会話は終えられてしまった。
◇
授業中、ぼんやりと黒板を眺めながら、ことみはインティスとのやり取りを思い出していた。
昨日、敗北から薬屋に戻り、そのまままっすぐ自分の部屋から元の世界に戻ろうとした時、ノックの後に扉を開けたのはインティスだった。
「コトミ、ちょっといい」
「何」
ことみはいいとは言わなかったが、返事を了承と捉えてインティスは本題を切り出す。扉の隙間から見えたラウンジには、暁の姿も既になかった。
扉を閉めると空気が妙に重くなり、インティスが溜息混じりに腕を組んで言った。
「……いい加減、ユウキにいちいち怒るのはやめたら」
「別に怒ってないわ」
「怒ってるだろ。アカツキや俺に同じことを言うか?」
「…………」
ことみはぐっと言葉に詰まったが、イライラしたように吐き出した。
「……そもそもフェレが悪いのよ、あんなこと言うから」
「フェレが?」
インティスは思いも寄らぬ名前が出てきてきょとんとした。
「そうよ。あいつを呼ぶちょっと前に、フェレがもう一人増やすっていう話をしたじゃない」
「あー……」
インティスには思い当たる記憶があった。
それは優貴を呼ぶ一週間くらい前、暁とことみをラウンジに呼び寄せ、フェレが三人目を連れて来るという話をしたことがあった。
◇
優貴を呼ぶ一週間くらい前とは、もうかれこれ一ヶ月くらい前のことだ。
「まだ増えんのか」
「次で最後だよ」
暁の疑問に、フェレナードは簡単に答えた。
「どんな人?」
単純な興味でことみが尋ねる。
「直接相手とやり合えるアカツキと、魔法が使えるコトミを戦力として迎えたから、今度は総合的な能力のある人物にしようと思ってるんだ」
「総合的……?」
聞いていた二人は、言葉の意味がわかるようなわからないような顔だった。
インティスはこの会話を少し離れたところから聞いていた。
◇
「あの時の?」
「そうよ。フェレが総合的な能力なんていうからどんなすごい人が来るかと思ったら、牧野なんだもん」
「マキノ……ああ、ユウキのこと」
「そう。あいつ、中学の時から友達といるところ見たことないし、ずーっと本読んでるし、運動会で見たけど足はめちゃくちゃ遅いし……そんなやつに文献調査ができると思う? 疑うのは当たり前でしょ?」
ことみは一気にまくしたてたが、対するインティスは一通り聞いた後、大きく溜息をついた。
「……あいつを選んだのはフェレで、お前じゃない。来たばかりのやつをいきなり自分と比べるな」
◇
黒板に書かれる文字の音も、先生の言うことも、みんな右から左で耳をすり抜けていく。
インティスに言われたこともわかる。わかるけれど、どうにも納得できない。
結局、学校が終わって帰宅し、世界をまたいでもイライラは抜けなかった。
優貴が先導した作戦会議だが、全く集中できない。
もっと人をぐいぐい引っ張ってくれるカリスマ性があって、周りが自ずとそれに導かれていくようなリーダー像を求めていたのに、実際現れたのは同じ中学のへっぴり腰な根暗キャラ。話したこともなかったのに。
暁が優貴と話をしているが、会話が頭に入って来ない。
イライラの原因はもう一つあった。今日の学校での休み時間に、優貴が来た時のことだ。
男子と女子が至近距離で話していると、すぐ付き合ってるだなんだになるのはよくある話だ。サキがからかうように言ったのも深い意図はなく、お決まりの流れの中での発言という可能性が高い。彼女はいつも底抜けに明るくてクラスのムードメーカーのような存在だが、たまに勢いでデリカシーのないことを言うのだ。
だからこちらが気にしなければいいだけなのに。
『これでお互い付き合ってるとかだったらびっくりなんだけど!』
『進展したら教えてね~!』
「……っ、ふざけないでよ!」
「えっ……」
思わず漏れた苛立ちが、言葉になってしまっていた。
ラウンジが一瞬静かになって、優貴がおどおどしながらことみを見る。
「……どうした」
暁が睨んでくるが、元々目つきが悪いだけだ。
「……何でもない。ごめん、今日は帰る」
「わ、わかった……」
ことみは立ち上がり、乱暴に椅子をテーブルに戻すと、そのまま部屋に戻って行ってしまった。
すると、続いて暁も立ち上がった。
慌てて見上げる優貴を、暁は溜息混じりで睨んだ。
「三人でやんなきゃ意味ねぇだろ。俺も戻る」
そう言って暁が自分の部屋に帰るのと、インティスが城から戻って来たのはほぼ同時だった。
「あれ、一人?」
「今しがたから……」
しょぼんとした優貴から経緯を聞いたインティスは、ことみにも色々あるんじゃない、と補足しつつ、明日仕切り直すようアドバイスした。
優貴は素直にそうしようと思った。今日はきっと日が悪い。何だか機嫌悪そうだったし。二人の連絡先は聞けたので、明日もう一度集まることにした。
◇
その日の夜、インティスが三階建ての薬屋の各部屋の点検や戸締まりを終え、二階の魔法陣から城に戻ろうとすると、一階の入り口の扉を小さく叩く音がした。
「……何だ?」
階下に降りると、正面の扉の向こうで人の気配がする。危険はなさそうだ。
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「ローザ?」
「……遅くにごめんなさい。フェレを呼んでほしいの」
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