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第18話 ネガティブのチラ見せ・後編
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一度後ろ向きな方向に傾いてしまった思考は止められなかった。
思っていたこと、言いたかったことはたくさんあったのだ。
「……暗いって思わないのはたまたまだよ。今、呪いの文献の調査があるって言うからみんなとここでこうしてるけど、あっちでは全然クラスに馴染めてないし、むしろクラスの人と喋ってると温度差感じるから友達なんて別に欲しくないって思ってるんだよ。普通に暗いじゃん。オンラインの繋がりだって面倒なだけ。基本的にヒトと話すのが苦手なんだよ。学校行事みたいにいつもと違うことは嫌いだし、だからって授業が好きなわけでもない。部活も興味ないし、読書もゲームもするけど、実際面白いかどうかっていうとわかんない。どっちも話の流れは大体決まってるから、一人で時間つぶすのにちょうどいいくらい。毎日楽しいも嬉しいもない、何も考えずに誰とも話さずに一日終わればラッキーみたいに思ってるやつが話すことなんて、面白くないに決まってるよ」
考えていたことを全部言ってしまって、優貴はしまったと思った。
恐らく、誰もがこうした一方的な回答は求めていないはずだ。会話の中で言葉のキャッチボールを繰り返しながら、少しずつ答えていけばいいことなのに、抑えていた癖がつい出てしまった。だから会話がうまく成り立たないのだ。
一生懸命喋る自分と、その情報量に圧倒されて何も言えなくなってしまう相手。この温度差が嫌で、気をつけようと心がけてていても弾みがつくと出てしまう。奇跡的にこの異世界では相手とうまくコミュニケーションが取れていると思っていたのに、とうとう失敗した。現代日本の用語についても全く補足していない。
「……そう? そんな風には見えないけどな」
王子からはそれだけ返って来た。いつも通りに聞こえたが、返事が短くて感情が読み取れない。言葉ではそう言っても、実際は嫌われたかもしれない。
自分を落ち着かせようと一つ息を吐き、優貴は平常心を保つ努力をした。
「そ……そんなことないよ。武村……、ことみが最初のうち、俺を避けてたのもわかってる。クラスみんなが俺にそうだから」
優貴の言葉は諦めにも似た雰囲気が感じられ、インティスは眉を顰めた。ことみが避けていたと優貴は思っているようだが、実際はただの八つ当たりの可能性もあるのだ。原因は優貴が来ることを勿体ぶって言ったフェレナードにあることを、インティスは知っている。
王子から返事が来なくなり、優貴が恐る恐る視線を上げると、彼は壁の方を向いて瞳を伏せ、何かを考えているようだった。
何を思っているのだろう。こういう時、次に来る反応がとてつもなく怖い。優貴の背中に嫌な汗が流れた。
扉越しのラウンジから物音が聞こえなくなり、インティスは開けてもいいか戸惑った。
だが、今この扉を開けて空気を壊すのはいけないような気がして、念のため後ろのフェレナードに目線で確認する。
彼も同じ考えだったようだ。開けるな、と首を横に振るので、まだ様子を見ることにした。
優貴の視線の先で、王子の宝石のような碧色の目が深く沈んでいた。
「王子……」
思わずかける言葉を見失うほど、表情がない。
そのまま沈黙を破ったのは王子だった。
「……ねえ、ユウキがそう言うなら、僕も言っちゃうね」
「え……?」
王子の言葉には、いつもの明るい声も抑揚もなかった。
言葉は軽いが空気が重くて、優貴は身動きが取れない。
「……僕ね、みんなが僕を守ってくれるけど、生きたいの? って聞かれたらわかんないんだ」
その声は決して消え入りそうなほど小さくはなかった。
扉越しに聞こえたインティスが、思わず息を呑む。
優貴が言ったことに対して言い返すのかと思ったが、そうではなかった。
これは、これまで周りに対して無邪気に笑っていた王子の本心だ。自分や、フェレナードにさえ見せたことのない部分。
どう答えていいかわからない優貴を前にして、抑揚のないまま淡々と王子は続ける。
「インティスとフェレナードはいつも僕の側にいてくれるよ。フェレナードは僕の呪いを解こうとしてる。僕は、周りにそうやって迷惑をかけながらこの世界に存在してるんだよね」
インティスの後ろでその声を聞きながら、当人であるフェレナードが目を細める。
「そうしてまで生きなきゃいけないのはどうしてかな。あ、王様になれるのは僕しかいないからか。だけど、僕が死んでも跡取りを用意してる人たちはいるんだよね」
以前フェレナードに解説してもらい、暁に覚え方を説明したことがある。王位を継承させたがっている二つの貴族がいた。
「……でも、代わりはいるから死んでいいよって言われたら、それも怖いんだ」
「それはっ……」
優貴は思わず身を乗り出したが、言葉が続かない。
命を捨てろと言われてためらわずに捨てられる人間なんて、世界にどれくらいいるだろう。ゼロではないだろうが、多くはないと思う。自分にはそんな勇気はない。
「生きたいの? 死んでもいいの? って、ずっと考えてるけど……まだ答えが出ないよ」
王子は視線を外し、溜息混じりにそう言うと、両肘をテーブルに乗せて頬杖をついた。
いつもほがらかに笑うあの大きな瞳が、本当は自身の存在意義に疑問を持っていたなんて全く気付かなかった。
インティスやフェレナードはこのことを知っているのだろうか。
「……ごめん、ユウキが何かいつもと違うから、僕もつい言っちゃった」
「ぜ、全然!」
優貴のクラスでの悩みや、王子にどう思われているかという不安は一瞬で吹き飛んでしまった。
むしろそれは、抱え込みすぎてはいけないものではないだろうか。
優貴はそう言おうとしたが、王子の表情はもういつも通りに戻っていた。
フェレナードはインティスの腕を引くと、音を立てないように扉から数歩離れた。
「フェレ……」
王子の話に怪訝な顔をしているインティスに対し、フェレナードの表情はそれほど深刻そうではない。
「大丈夫、狙い通りだ。このままユウキに任せよう」
「あ……」
小声で交わしたやりとりで、インティスは以前フェレナードが言っていた、優貴たちに文献調査を依頼している理由を思い出した。
歳の近い相手の方が思いを共有しやすいから、フェレナードは高校生たちと王子を近付けたのだ。
インティスの納得した顔に頷くと、フェレナードは今度はいつも通りに廊下を歩き、扉を開けた。
「ユウキの性格が暗い~なんて、全然わかんなかったけどな」
「そうかな~……あっ、フェレ」
王子と優貴は入ってきたフェレナードに視線を向けたが、そこに秘密の会話を聞かれたかどうかの警戒心は感じられなかった。
「やあ。インティスから、次の部屋に出てきた守護獣のことを聞いて気になってね」
「あ、あの鳥?」
優貴が尋ねると、続いて部屋に入ってきたインティスが答えた。
「扉に姿形まで彫ってあって、何か特別な感じがした」
「特別? 特別な鳥かぁ……なんだろうね」
王子の疑問に対し、インティスもフェレナードも心当たりはないようだった。
「むしろ、日本にそういうのはいないだろうか」
「こっち?」
フェレナードが逆に質問してくるとは思わなかったので、優貴は思わず聞き返してしまった。
「そう、あいにくこの国には話に聞いたような鳥はいなくてね」
「赤い鳥かぁ……」
優貴は考えた。考えてはみたが、今のところ何も思い当たるものがない。
そういえば、暁が投げた石に対し、ずいぶん大きい反撃をしてきたのは気になった。
とにもかくにも、家に戻らなければ調べようがない。この世界には電波がないので、手元の端末では検索できないのだ。
だがその後、戻って調べてみると、答えは驚くほどすんなり出た。
そこから、優貴は一つの仮説を立てた。
実験に近いが、明日早速向こうの世界で試してみることにしよう。
思っていたこと、言いたかったことはたくさんあったのだ。
「……暗いって思わないのはたまたまだよ。今、呪いの文献の調査があるって言うからみんなとここでこうしてるけど、あっちでは全然クラスに馴染めてないし、むしろクラスの人と喋ってると温度差感じるから友達なんて別に欲しくないって思ってるんだよ。普通に暗いじゃん。オンラインの繋がりだって面倒なだけ。基本的にヒトと話すのが苦手なんだよ。学校行事みたいにいつもと違うことは嫌いだし、だからって授業が好きなわけでもない。部活も興味ないし、読書もゲームもするけど、実際面白いかどうかっていうとわかんない。どっちも話の流れは大体決まってるから、一人で時間つぶすのにちょうどいいくらい。毎日楽しいも嬉しいもない、何も考えずに誰とも話さずに一日終わればラッキーみたいに思ってるやつが話すことなんて、面白くないに決まってるよ」
考えていたことを全部言ってしまって、優貴はしまったと思った。
恐らく、誰もがこうした一方的な回答は求めていないはずだ。会話の中で言葉のキャッチボールを繰り返しながら、少しずつ答えていけばいいことなのに、抑えていた癖がつい出てしまった。だから会話がうまく成り立たないのだ。
一生懸命喋る自分と、その情報量に圧倒されて何も言えなくなってしまう相手。この温度差が嫌で、気をつけようと心がけてていても弾みがつくと出てしまう。奇跡的にこの異世界では相手とうまくコミュニケーションが取れていると思っていたのに、とうとう失敗した。現代日本の用語についても全く補足していない。
「……そう? そんな風には見えないけどな」
王子からはそれだけ返って来た。いつも通りに聞こえたが、返事が短くて感情が読み取れない。言葉ではそう言っても、実際は嫌われたかもしれない。
自分を落ち着かせようと一つ息を吐き、優貴は平常心を保つ努力をした。
「そ……そんなことないよ。武村……、ことみが最初のうち、俺を避けてたのもわかってる。クラスみんなが俺にそうだから」
優貴の言葉は諦めにも似た雰囲気が感じられ、インティスは眉を顰めた。ことみが避けていたと優貴は思っているようだが、実際はただの八つ当たりの可能性もあるのだ。原因は優貴が来ることを勿体ぶって言ったフェレナードにあることを、インティスは知っている。
王子から返事が来なくなり、優貴が恐る恐る視線を上げると、彼は壁の方を向いて瞳を伏せ、何かを考えているようだった。
何を思っているのだろう。こういう時、次に来る反応がとてつもなく怖い。優貴の背中に嫌な汗が流れた。
扉越しのラウンジから物音が聞こえなくなり、インティスは開けてもいいか戸惑った。
だが、今この扉を開けて空気を壊すのはいけないような気がして、念のため後ろのフェレナードに目線で確認する。
彼も同じ考えだったようだ。開けるな、と首を横に振るので、まだ様子を見ることにした。
優貴の視線の先で、王子の宝石のような碧色の目が深く沈んでいた。
「王子……」
思わずかける言葉を見失うほど、表情がない。
そのまま沈黙を破ったのは王子だった。
「……ねえ、ユウキがそう言うなら、僕も言っちゃうね」
「え……?」
王子の言葉には、いつもの明るい声も抑揚もなかった。
言葉は軽いが空気が重くて、優貴は身動きが取れない。
「……僕ね、みんなが僕を守ってくれるけど、生きたいの? って聞かれたらわかんないんだ」
その声は決して消え入りそうなほど小さくはなかった。
扉越しに聞こえたインティスが、思わず息を呑む。
優貴が言ったことに対して言い返すのかと思ったが、そうではなかった。
これは、これまで周りに対して無邪気に笑っていた王子の本心だ。自分や、フェレナードにさえ見せたことのない部分。
どう答えていいかわからない優貴を前にして、抑揚のないまま淡々と王子は続ける。
「インティスとフェレナードはいつも僕の側にいてくれるよ。フェレナードは僕の呪いを解こうとしてる。僕は、周りにそうやって迷惑をかけながらこの世界に存在してるんだよね」
インティスの後ろでその声を聞きながら、当人であるフェレナードが目を細める。
「そうしてまで生きなきゃいけないのはどうしてかな。あ、王様になれるのは僕しかいないからか。だけど、僕が死んでも跡取りを用意してる人たちはいるんだよね」
以前フェレナードに解説してもらい、暁に覚え方を説明したことがある。王位を継承させたがっている二つの貴族がいた。
「……でも、代わりはいるから死んでいいよって言われたら、それも怖いんだ」
「それはっ……」
優貴は思わず身を乗り出したが、言葉が続かない。
命を捨てろと言われてためらわずに捨てられる人間なんて、世界にどれくらいいるだろう。ゼロではないだろうが、多くはないと思う。自分にはそんな勇気はない。
「生きたいの? 死んでもいいの? って、ずっと考えてるけど……まだ答えが出ないよ」
王子は視線を外し、溜息混じりにそう言うと、両肘をテーブルに乗せて頬杖をついた。
いつもほがらかに笑うあの大きな瞳が、本当は自身の存在意義に疑問を持っていたなんて全く気付かなかった。
インティスやフェレナードはこのことを知っているのだろうか。
「……ごめん、ユウキが何かいつもと違うから、僕もつい言っちゃった」
「ぜ、全然!」
優貴のクラスでの悩みや、王子にどう思われているかという不安は一瞬で吹き飛んでしまった。
むしろそれは、抱え込みすぎてはいけないものではないだろうか。
優貴はそう言おうとしたが、王子の表情はもういつも通りに戻っていた。
フェレナードはインティスの腕を引くと、音を立てないように扉から数歩離れた。
「フェレ……」
王子の話に怪訝な顔をしているインティスに対し、フェレナードの表情はそれほど深刻そうではない。
「大丈夫、狙い通りだ。このままユウキに任せよう」
「あ……」
小声で交わしたやりとりで、インティスは以前フェレナードが言っていた、優貴たちに文献調査を依頼している理由を思い出した。
歳の近い相手の方が思いを共有しやすいから、フェレナードは高校生たちと王子を近付けたのだ。
インティスの納得した顔に頷くと、フェレナードは今度はいつも通りに廊下を歩き、扉を開けた。
「ユウキの性格が暗い~なんて、全然わかんなかったけどな」
「そうかな~……あっ、フェレ」
王子と優貴は入ってきたフェレナードに視線を向けたが、そこに秘密の会話を聞かれたかどうかの警戒心は感じられなかった。
「やあ。インティスから、次の部屋に出てきた守護獣のことを聞いて気になってね」
「あ、あの鳥?」
優貴が尋ねると、続いて部屋に入ってきたインティスが答えた。
「扉に姿形まで彫ってあって、何か特別な感じがした」
「特別? 特別な鳥かぁ……なんだろうね」
王子の疑問に対し、インティスもフェレナードも心当たりはないようだった。
「むしろ、日本にそういうのはいないだろうか」
「こっち?」
フェレナードが逆に質問してくるとは思わなかったので、優貴は思わず聞き返してしまった。
「そう、あいにくこの国には話に聞いたような鳥はいなくてね」
「赤い鳥かぁ……」
優貴は考えた。考えてはみたが、今のところ何も思い当たるものがない。
そういえば、暁が投げた石に対し、ずいぶん大きい反撃をしてきたのは気になった。
とにもかくにも、家に戻らなければ調べようがない。この世界には電波がないので、手元の端末では検索できないのだ。
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