放課後はファンタジー

リエ馨

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第27話 すれ違い・前編

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 七月も中旬を過ぎ、文化祭のシーズンがやってきた。
 王子を文化祭の最終日の花火大会に連れて行くという優貴からの提案は、とうとうフェレナードの許可が下りなかった。
 高校生たち三人は異世界で行動を共にしているが、日本でもそうとは限らない。
 文化祭当日、優貴は一人で、ことみはクラスメイトと三人で回ることになっていた。暁は高校が違うので、世界をまたいで学校をサボり、今日も薬屋で時間を潰すのだろう。
 高校二年目の文化祭だが、楽しかったとことみは思う。最近はずっと異世界の王子に関することで頭がいっぱいだったので、久し振りに現実世界の空気を思い出したような気がした。
 ことみはクラスメイト二人と一緒に模擬店を回ると、その成果物を広げるために空き教室へ滑り込んだ。幸い他に人もいないし、落ち着けそうだ。
 教壇に並んで座って、三人で買ったたくさんの軽食を広げる。たこ焼き、焼きそば、焼き鳥、チョコバナナ、わたあめ、買ったばかりのかき氷。飲み物も持ちっぱなしだったので、ようやく置くことができた。
 クラスメイトであるサキとシオリと一緒に過ごすのは久々だった。これまで放課後を守護獣討伐のための特訓に使っていたり、祖母の葬儀などがあったりで接点を持てなかったのだ。優貴の冷やかしの件で持ちづらかったこともある。

「ね! さっき見たでしょ! タキモトさんと一緒にいたの、隣のクラスのアイハラくんだったの! あの距離は絶対付き合ってるよね~!」
「はいはい」

 決定的瞬間を押さえた! と言わんばかりにはしゃぐサキに、相変わらずシオリの返事は冷静だ。
 だが、言われてみると確かに二人は肘が触れそうなほどの距離だった。違うクラスの知らない男子がそんなに近くにいるのはちょっと違和感がある。このきゃぴきゃぴした友人はそういう人同士の空気を一瞬で察知するので、ことみは特殊能力に近いとさえ思うようになっていた。

「どう、ことみ。模擬店楽しかった?」

 かき氷を食べ終えたシオリが、紙の器を潰しながら声をかけてきた。

「……そうね、売り切れる前に一通り買えたし、満足かな」
「あ! シオリのかき氷ブルーハワイだったよね! 舌青くなった!?」
「そりゃなってるでしょ、ほら」
「ほんとだー!!」

 シオリがぺろっと出した青い舌を見て、サキが嬉しそうに笑う。
 いつも通りの高校生活。ただ数ヶ月前と違うのは、自分はこの生活に加えて世界をまたぎ、王子の呪いを解こうとしていることと、祖母が亡くなったこと。
 たこ焼きにつまようじを刺しながら、ローザの言葉を思い出していた。
 祖母が亡くなったことで抱えていた苦しさを彼女に吐き出した時、彼女は日本の友人にも話した方がいい、と言っていた。ある面だけぴったりっていう人もいるかもしれないと言うのが彼女の持論だ。
 同じ世界に住む人間の方が共感されやすい、と言いたかったのだろうが、別に自分は共感して欲しいわけではないのだ。サキとシオリからは、以前優貴といたことで冷やかされたこともある。けれど。
 ぷす、ぷす。

「ことみ?」
「はっ……」

 シオリに名前を呼ばれ、自分がたこ焼きをつつきまくっていることに気付いた。

「ご、ごめん……」
「いいよ別に。今まで大変だったでしょ?」
「っ……」

 シオリからさらっと流れ出るその一言で、自分を気遣ってくれているのだとわかった。
 言いたくないことは言わなくていい、きっと彼女はそう言うだろう。恐らくサキも。
 けれど、本当にそれでいいのだろうか。
 心配してくれている彼女たちに、共感して欲しいわけではないという理由だけで黙っているのは、申し訳ない気がした。

「……あ、あのさ」

 ことみは僅かに顔を上げた。
 にぎやかな文化祭の片隅で、自分たち以外誰もいない静かな教室。

 打ち明けるなら、今しかない。



 当時のことをローザに話してから一週間ほど経っていたので、前ほど思いが込み上げてくることはなかった。返って冷静に、客観的に話せたのではないかと思う。
 風貌が変わってしまった生前の祖母にどう対応したらいいかわからなかったことや、そのせいで昔の思い出が蘇って来なかったこと。
 棺への献花の時に死化粧のおかげでようやく思い出したものの、それまで何もできなかったと後悔していること。
 シオリはともかく、サキも思いの外大人しく話を聞いてくれていた。

「わかる。わかるよ~。そういうのってさ、引きずるんだよね~」
「う、うん……」

 さっきまできゃいきゃいうるさかったサキから同意が返って来ることが意外すぎて、思わずことみの相槌がすかすかになってしまった。
 きょとんとしたその視線がかち合うと、サキはえへへ~とごまかすように笑った。

「あたしんちね~、中学の時に家が火事になって、お母さんが死んだの」
「えっ?」

 いつもの世間話のようなノリで重い事実を知らされ、ことみはようやく食べようとしたたこ焼きを落としそうになった。

「あたしが学校行ってる間に。あたし一人っ子だからさ~、お父さんが会社に行ったら、お母さん専業主婦だから家で一人なんだよね」

 サキが通う中学校は名前くらいしか知らず、そんなことがあったなんて知る由もなかった。
 ことみが反応に戸惑っているのを見て、サキがもう少し話を続ける。

「お葬式やったんだけど、最後のお花を棺に入れるやつ? だっけ? あの時初めて棺が開いて、中覗いたら……包帯でぐるぐるになったお母さんがいてさ。顔も全部包帯だから見えなくてね~……ほんとにお母さんなのかなって思っちゃうくらい。お母さんなんだけど」

 ことみの中で、体験したばかりの葬儀の記憶が呼び起こされる。
 自分が過去の思い出の中に生きていた祖母だと確信したあの場面で、友人は母親の突然の死に直面していたのだ。しかもそれは、顔の見えない壮絶な死。

「何かそれがずっと頭の中で覚えてて、今でもじっとしてると思い出しちゃうの。怖くて寂しくて、黙ってられない感じ。楽しくしてないと負けそうな気がしちゃってさ~」

 ことみははっとしてサキを見た。いつもきゃぴきゃぴしている本当の理由は、それだったのだ。
 人同士の空気を一瞬で察知するのも、その葬儀以来、耳に入ってくる大人同士の会話で状況を察するようになってしまったのではないだろうか。
 どう声をかけていいかわからなくなってしまったことみに、シオリが話しかけた。

「……びっくりでしょ。私も最初聞いてびっくりしたの。ことみがお葬式で休むって連絡があって、初めてサキとそういう話題になったから聞いたんだけど」
「まぁ~普通はそんなにぽんぽん言えないよね~」

 神妙な顔で話すシオリと、相変わらず口調の軽いサキ。まるで同じ話題について話しているとは思えない。
 シオリが続ける。

「ことみ最近何か忙しそうだったしさ。私たちはことみん家の事情はわかんないから、そういう話になるまでは今まで通りでいようって、二人で話してたの。私は……お葬式はまだ行ったことないけど、サキの話聞いちゃったら簡単には話題に出せないよね」
「そっか……ごめん」
「いやいや謝るとこじゃないでしょ!?」

 ことみの謝罪に、サキが驚いて手をばたばたさせた。

「違う、違うの……ごめん」

 祖母の話をしてもわかってくれないと思っていたのに、まさか自分と同じように身内の死に対する悩みを抱えていたなんて。
 慌てるサキを宥めながら、ことみはローザの言葉を思い出していた。

 どの部分も合わなかったのに、ある面だけぴったりっていう人もいるかもしれないわ

 ほんとにそうだった。
 優貴とのことを冷やかされて嫌な気分になって以来、ことみから話しかけづらくなったのは事実だ。ちょうどそのタイミングで放課後を文献調査の特訓に充てることになったので、サキとシオリから余計に遠ざかることになった。
 それなのに、彼女たちは自分を気遣い、心配してくれている。
 一つ嫌なことがあったからといって、それが何度も続くとは限らない。少なくとも今回は。

 すれ違いだと思っていたのは、自分がそう思っていただけだったんだ。

 ごめんなさいとありがとうをもう一度言って、ことみはようやくたこ焼きを頬張ることができた。
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