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 オーティの補足ポイントまであと少しの距離に近づくいた加崎はここまでの行程に何か爆然とした不安を感じとる。なぜなら、ワニ型の穢れ以外に遭遇しておらず、他の部隊からもこれといった情報は送られてこない。
 まるで、オーティにこの場所まで来るようにと誘導されているように感じていた。罠を張って、待ち構えているのではないか、と。その不安が顔に出ていたのだろう。加崎は有川に声を掛けられる。

「どうしたよ、加崎」
「オーティはどういう腹積もりなのか、と思いまして」

 有川にもその疑問はあった。だが、有川はふざけた調子で言う。

「まあ出たとこ勝負しかねえだろ、元々俺ら強行偵察部隊だし」

 そうですね、と加崎はつぶやく。加崎は何事もなければいい、と思う。その瞬間に、南方のほうで赤色の信号弾が上がる。それは救援信号だった。それを確認したここにいる全員が緊張感を高める。有川は御澤に尋ねる。

「どうする?御澤」

 御澤は救援信号のほうを見ながら答える。

「オーティの補足ポイントまで近い。となると、オーティに襲撃されている可能性が高い。であれば行くべきだろう」

 加崎と有川は頷く。御澤と同意見だった。御澤はすぐに指示を出す。

「救援信号のほうに向かう。また、他の部隊と連絡を取れるか試せ」

 全員が頷き、行動を開始する。少しして、御澤の部下の一人が大声で言う。

「他の部隊との通信できません。通信回線自体に問題はありませんが」
「となると、他の部隊すべてが通信をとれない状態にあるってことか」

 加崎はそうつぶやく。つまり、それはかなり苦戦していて、本当に余裕がないか、それとも。そこで、加崎は頭の中に浮かんだ最悪の考えを、首を振るって払う。今は信じるしかない、と思いながら。
 彼らはしばらくして、救援信号が上がったポイントと思われる場所に到着する。そこには激しい戦闘の跡が見られた。そして、ここには誰もいなかった。

「おい、誰かいねえのか」

 有川は大声でそう叫ぶ。だが、誰からの反応もない。御澤は小さくつぶやく。

「全員やられたな」

 有川はそのつぶやきを聞きながら、そうだろうな、と思っていた。そもそも加崎以外の全員が漠然とそう思っていた。
 なぜなら、彼らはこの場で戦っていたはずの部隊のことを少なからず知っていた。顔も名前もどんなやつらだったのかをある程度知っていた。だが、今その記憶がすべて思い出せなかった。彼らのことに関する記憶に関してもやが、かかっているかのように感じられていた。有川は御澤に言う。

「ヤス、いや守谷中佐の部隊が残っているはずだ、そちらとの合流を目指そう」

 そうだな、と御澤が言った瞬間、有川の端末にその守谷からの通信が入る。有川は端末をスピーカーモードに切り替えながらその通信に応答する。

『ゲン、聞こえるか?』

 守谷の声は若干かすれた弱々しいものだった。

「ヤス、どうした?」
『しくったぜ、オーティの野郎に俺以外の全員がやられちまった』

 それを聞いていた全員に驚愕が走る、守谷の言っていることが真実ならば、現在展開できている部隊はここの部隊だけになることになる。

「今どこにいる?」

 有川は尋ねる。守谷を助けるべきという思考の下に。

『オーティはたぶんそっちに向かってる。気を付けろ』
「聞いてんのか、今どこにいる?」

 有川は声を荒げる。加崎も我慢しきれずに声を荒げて、守谷に問う。

「守谷さん、今どこにいるんですか?」
『ありゃ、加崎君も来てんのか?来なくていいものをよ』

 そう言いながら、へへへ、という守谷の笑い声が聞こえる。それに守谷の声はどんどん弱くなっているようだった。

「ヤス、いいから答えろ。今どこにいる?」
『ゲン、加崎君。オーティに勝って生き残れよ』

 守谷は問いかけに無視して、そう言う。有川はふざけんじゃねえぞ、と守谷に怒る。加崎は半分泣きながら言う。加崎はもうわかっていた。守谷に助かる気がない、ということを。
 それでも、加崎は言う。

「守谷さんも一緒に」
「そうだ、ヤス、お前も生き残るんだ」

 二人の悲痛な叫びだった。だが、端末から聞こえてきた守谷の言葉はシンプルなものだった。

『じゃあな』

 それは別れの単語。そのたった一つの単語で守谷の運命が把握できるものだった。そして。通信は切れる。
 二人は呆然とする。御澤たちはただ黙り込む。何も言えることがなかった。少しして、有川が大声で言う。

「ヤスを探すぞ、ヤスの部隊が展開しているはずのポイントにだ」

 全員は黙り込む。それに、移動する様子もなかった。

「お前ら、何してる。どうした?」

 御澤が淡々とした調子で有川に告げる。

「オーティの迎撃が最優先だ」
「御澤、味方の窮地でお前は、そうまでして穢れの排除を優先するのか」

 有川は声を荒げて御澤に突っかかる。だが、御澤も即座に反論する。

「特佐、あなたもわかっているだろ、今私たちがすべきことを」

 有川はそれを聞いて、黙り、加崎のほうに視線を向ける。加崎はそれを見て、最初驚く。なぜなら、こんな有川は見たことがなかったからだ。いつもふざけた調子でも自信があった有川が助けを求めるような視線をしていたから。

 その有川の視線に加崎は黙って首を振る。そう、通信が切れて少ししてから、加崎は守谷に関する記憶がどんどん消え始めていた。そもそも、今誰のことで、こんなにもつらい気持ちになっているかわからなかった。おそらく、通信が切れた瞬間、もしくはそのあとに、守谷は穢れに食われたのだと考えられた。
 だからこそ、気づいてしまう、守谷が生きていないという事実に。きっと有川も気づいていた。有川はしばらく黙り込むと少しして、上を向いて叫び出す。

「くそが、くそが。ふざけんじゃねえぞ」

 有川のその悔しみと怒りが混じった声は響く。この静まり返ったこの場所で…
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