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一章

現場検証

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「忙しい所すまない。このようなことに付き合わせてしまって。流石に私一人で女子寮を歩くわけにはいかなくてな」

「いえ、そんな……滅相もありません。生徒たちも今回の事件は不安に思っているようです。殿下直々に調査いただければ、少しは不安も紛れるかと」

 学生寮を歩くシルヴァ。彼は今、襲撃現場の検証の為、当時現場にいた女性兵と2人で女子寮に来ていた。
 正確にはもう1人いるが、それは女性兵には知る由もない事だ。

「そうか。どちらにせよ今回の事件は襲撃者の身元も含め、わからない点が多い。今日の調査で少しでもわかるといいのだが」

「……殿下は今回の襲撃の黒幕が、シルフォード公爵令嬢ではないと?」

 女性兵が少し、不安そうに訪ねてくる。彼女も色々と噂を聞いているのだろう。それこそ、自分の主、ドゥーク侯爵の黒幕説など。だが、証拠も無いうちに無責任な発言は出来ない。

「いや、それはわからない。だから調査をしてはっきりさせるんだ。君も不安だとは思うが協力してもらえると助かる」

「は、はい! 勿論です」


 まず、襲撃者が自爆した場所にやってきた。

(何か違和感があるとすればここだと思うが……)

 襲撃者は布一つ残さず姿を消した。だが、魔人の力が使われたのならば、何か痕跡があるかもしれない。

「この角か? 襲撃者が自爆した場所は?」

「はい。ここで男はこのように構えて自爆しました」

 女性兵がその時の状況を再現してくれる。火薬の匂いはもう残っていないが、周囲は焦げ、壁の一部が吹き飛んでいた。

 シルヴァは少し考えてから、手のひらを上に向けて質問する。

「君はこの場所、何か違和感を感じるか?」

「違和感ですか……? あの男の痕跡が一切残っていないことですかね……。壁も壊れているとはいえ、人が通れる程の穴は開いていませんし、逃げたのか、文字通り消滅したのか……」


 困惑しながら答える女性兵。それを聞きながらも、シルヴァの意識は自身の手のひらに向いていた。そこには二つの小さな石が置かれている。
 それは、サラの魔人との決め事。手のひらを上にしている際の質問は、全て魔人に向けたもの。そして、魔人はその質問に対し、肯定なら石を一つ。否定なら石を二つ。それ以外なら石を三つ置くようにする。

(しかし、否定ということは幻覚は使われていないということか……)

 サラからの手紙によると、今回関わっている可能性が高い魔人は三種類。透明魔人、洗脳魔人、幻覚魔人。そして、サラの魔人は幻覚を見破れる可能性があるとのことだった。


「わかった。ありがとう。では、襲撃者を発見してから、ここまでの流れを説明してもらってもよいだろうか?」

「わかりました。こちらです」
 

 そうして、襲撃者が発見された最初の場所に来た。周辺には花瓶や時計があるが、それ以外、気になるものは置かれていない。
 そこまで来たところで、寮中に鐘の音が響く。

ーーボォーン……ボォーン……ボォーン……ーー

 寮に置いてある全ての時計から音がする。随分と騒がしい。

「これは、昼を示す音か?」

「えぇ。寮の食事は食べる時間も決まっていますからね。食事に限らず、寮生活のルールの為に必要なんですよ」

「なるほど。それで、通路にも時計が置いてあるのか」

「はい。っと、脱線しましたね。失礼しました」

「いや、聞いたのは私だ。気にしなくていい」

 そうした会話を続けていると、襲撃者との遭遇地点についた。

「ここです。あの男はここでいきなり現れました」

「いきなり?」

「はい。なんの気配も無かったところにいきなりです」

「それほどの手練れだったのか?」

「それが……私たちもそう思って警戒したのですが、その後の動きはまるで素人で……私たちにも意味がわからないのです」

 女性兵は素直に答えるが、彼女も困惑しているようで歯切れが悪い。

「この辺りの傷は?」

「あぁ、それはいきなり現れた男に、戸惑った兵が槍を構えようとぶつけた傷です」

「ふむ……」

 魔人という何でもありの生き物の話を聞くと、細かい傷や凹み等、普段なら気にもならない筈のものですら、なにもが怪しく思えてきた。

(……良くない傾向だ。このまま迷走していては真実に辿り着くのはいつになるのか)

「その後槍を突き立てられた男は、すぐに後ろに下がろうとしました。ただ、一人の兵士の槍が服にひっかかり、そのまま壁にぶつけられました。その時にあの指示書を落としたのです」

「成程。この凹みはそのときのものか」

「そうです。その後、男はすぐに立ち上がり、逃げ出したので、そのまま後を追ったのです。このまま、案内を続けてもよろしいでしょうか?」

「あぁ。このままーーっ!?」

「殿下?」
 

 そのまま彼女に付いていこうとするシルヴァの腕が掴まれる。いや、正確には掴まれた感触がある。
 恐らく魔人だろう。そして何かしらの理由が無ければこんなことはすまい。シルヴァは戸惑いつつも、魔人の意図を確かめる為に口を開く。

「いや、少し待ってくれ。この通路、何か違和感を感じないか?」

「違和感ですか? うーん……」

 通路を指して彼女の気を逸らす。その隙に腕の力を抜く。すると魔人も察したようで、そのまま腕を先ほどの凹みに持っていく。

(なんだ? この凹みが何かーーっ!? これは!?)

 間違いなく凹んでいるように見える。なのに手の感触が違う。傷一つ無いように思える。

(と、いうことはーーこれが幻覚か!?)

 そこまで考えた所で女性兵が振り返る。

「すみません殿下。おっしゃっている違和感というのがーー殿下? いかがされました?」

 片膝をつき、腰を落として壁に触れるシルヴァに、彼女はキョトンとした顔をする。帯剣したまま腰を落とした為、鞘の先端だけが床についている。
 シルヴァはすぐに立ち上がる。

「あぁ、いや。なんでもない。そうか。私の気のせいかもしれないな……。すまない、ここから先の説明を頼む」

「はい。わかりました」

 その後の説明では特に魔人からの接触も無く、幻覚はあの凹みだけらしかった。
 手がかりは一つだけ。

 それでもシルヴァは大きな手ごたえを感じていた。

(これで魔人が関わっている確証が得れた。しかしそうなると、指示書そのものが幻覚である可能性も出てきたな。
ならば幻覚を晴らす方法はないだろうか? 師匠達とも相談してみよう)

 冷静に思考を巡らすシルヴァだが、同時に自分の心に可笑しな感情が湧き上がってくるのを感じた。
 
(しかし……魔人が仲間だとは頼もしいものだな)

 魔人はいずれ倒すべき相手。そんなものに頼もしさを感じるなど、矛盾もいいところだと口端を上げる。だが、それも全てはサラが魔人と契約したお陰だとも思う。

(だからこそ、絶対に彼女は助けなければならない。今回も、契約が終了となる三年後も)

 そうして決意を新たにした彼は自室に戻り、師匠であるゼルク達に連絡を取った。
 まずは今回の冤罪から、彼女を助けるために……
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