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一章

新たな日々

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「ただいまー。もー。だるかったー。なんであたしが駆り出されなきゃならないのよ」

「……うるさい。私だってこんな事になるなんて思ってなかった」

「はー? 何その態度。こっちはあんたの後始末を手伝ってやったんだけど?」

「おい、貴様ら。うるさいぞ。客人の前だ」

「何言ってんの? あんたの尻ぬぐいも含まれているんですけど? あんたらが守護騎士とやらに能力を見破られるからこんな事になったんでしょ?」

「やかましい。すまんなマルタ公爵。騒がしくして。さて、どこまで話したか」


 青肌の男女に囲まれ、マルタ公爵と呼ばれた男は冷や汗を流しながらも答える。
 歳の頃は50を過ぎているが、特別大きくもないその身に宿る覇気で何人もの貴族達を屈服させてきた。だが、そんな彼の覇気ですら魔人相手には通じないようだ。

「あ、あぁ。ドゥーク侯爵の連行後についてだ。恐らく、こちらはそのまま処刑となるだろう。殿下……失礼。王子達としても生かしておく理由もないだろうからな」

「別に殿下のままで構わんぞ? 下手に取り繕ってボロが出ても不味かろう。我らの主の為、貴様にはまだまだ生き残ってもらわねばならんからな。
 それから、守護騎士がどうやって我らの能力を察知したかについてはどうだ?」

「すまない。いかんせん情報が少なくてな。だが、数日も調査すればーー」

「いや……無理だな。神鏡はその時の感情によって能力が変わる。今日の情報で分からなければもう、分からんと見ていい。
 その上、守護騎士も水だけでなく、複数種存在するからな。能力の検証がこれほど難しいものはあるまい。まぁ、だからこそ使い物になるには時間がかかるがな」

「そうなると、当初の予定通り目立たないように国をかく乱するのか?」

「まぁそうだな。主の力が戻るのはあと2年半といったところだ。それまでは慎重に事を進めるしかあるまい。
 魔人は我らだけではない。無理に支配したところで漁夫の利を喰らうのがオチだ」

 そう言って頭をかく魔人。そんな魔人を男は戦々恐々とした様子で見ていた。

(恐ろしい男だ。単純な武力は勿論のこと、透明になる能力に加えてこの慎重さだ。この男がその気になれば、殿下といえどもすぐに殺されるだろう。殿下も神鏡の娘もまだ未熟。主とやらの復活まで時間を稼ぎ、なんとか成長してもらわねば。……まぁ、この男も私の思惑はわかっているようだが)

 そんな男をよそに、三つ目の女が不満そうな声をあげる。

「て、ゆーかさぁ。キャロルはなんで現場に証拠を残したのさ。幻覚と実体が違う状態をそのままにしとくとか悪手にもほどがあるんですけどー?」

「……兵達の動きまで予想できない。槍が引っかかって壁にぶつかるなんて想定してなかった。大体、わざわざ火薬まで使ったのに、そこを無視してそんなとこに着目するとか意味がわからない。
 そもそも、アミーラやフォウなら印そのものを盗めた筈。幻覚が消えても印字が消えなければここまでにはなってない」

「悪かったな。確かに今回の事は守護騎士を甘くみた結果だ。だが、公爵家に入って痕跡が残るリスクを考えれば、わざわざ盗むのはどの道無しだろう」

「大体どーして小娘一人殺すのに、こんなめんどくさい事が必要なのよー!」

「……はぁ……。何度も言っているだろう。あの娘は我々では殺せん。だから魔人召喚で取り入って、破滅に向かってもらう予定だった。しかし、それが何故か失敗した。もう一度方法を考え直さなければなるまい」

 その言葉に男は繭をひそめる。

(なんだと? シルフォード家の娘『は』? どういうことだ? ……いや、やめておこう。下手に考えて警戒されても面倒だ)

 そしてその考えは目の前の魔人、フォウにも気づかれたようだ。

「クク……流石。一々説明がいらんのは助かるな」

「なんのことかわからんな。それで? 私は今後どのように動けば?」

「しばらくは動かなくても良い。折をみて、連絡する」


 こうして、魔人との会合は終わる。

(ドゥークが捕らえられた以上、彼らもこれまで以上に慎重になるだろう。これは公国にとっては幸いだ。やつらの主がどれ程の化け物かは分からん。が、どちらにせよ現時点では勝ち目がないのだ。なんとか、国への致命傷を避けつつ時間を稼がねば)


 …………


「サラちゃーん。おはよー。入っても大丈夫ー?」

「あ、ちょっと待ってね。まだ朝の準備してるから」

「覗いたら殺しますからね?」

「しないって。でも、なんか新鮮だね。こういうの」

「あ、そうかもね。玉木を召喚してから私、外に出ることがなかったから、朝の準備も最低限しかしてなかったものね」

「フフ……お嬢様の朝を準備するのはこのフローラの仕事。貴方には到底出来ない仕事です」

「そうだね。サラちゃんの生活には、フローラさんの存在は欠かせないよね」

「分かっているではないですか。そう、お嬢様の全てはこの私がーー」

 フローラさんがそこまで喋っていると、執事長が扉の前にやってきた。

「サラ様? そろそろ出発しなくては、学校に間に合いませんよ? フローラ。主に恥をかかせたくなければ無駄口を叩く前に早くしなさい」

 珍しくフローラさんが怒られる。やーいやーい。怒られてやんの。

「……クソ魔人? なにやら不遜な気配がしますよ? 良いでしょう。私を舐めているようですから本気を出しましょう!! 刮目して見るがいい!!」

「いや……本気を出されてもオレ、見えないんだけど……」


 こうして準備を終えたサラちゃん、フローラさん、オレの3人で馬車に乗り込む。
 今日はいよいよ登校日。なんだかんだ、オレはゲームでしか学校を見ていないからな。どんな様子なのか少し楽しみだ。
 ……それは良いんだが……

「ねぇ…。なんでオレ、馬車の扉と同化しなきゃいけないの?」

「貴方は浮遊して移動出来る。その上疲れない。座席に座る必要などないでしょう。大体、何が悲しくて貴方の隣や正面に座らなければならないのか」

「……じゃあ、オレがサラちゃんの正面に座ればいいじゃん」

「貴方をお嬢様の正面に? お嬢様と見つめあいたいと? このロリコンが」

「それで扉と同化? こっちの方がおかしくない?」

「お嬢様は、貴方も一緒に登校する事をご所望でしたからね。私が許容出来るのはこの形です。……ただ、お嬢様にここまでウケるとは思いませんでしたが」

「プクク……。いや、だって……あまりにもシュールなんだもん……。玉木のその姿、幽霊にしか見えないわよ……」

「グヌヌ……このクソ魔人……! そこまでしてお嬢様に気に入られようと……!」

「いや!? この状況にオレの意思はカケラも存在してないんだけど!?」

「も、もう無理……おなか痛い……」

「なっ!? 貴様、どこまでお嬢様を苦しめて……!」

「濡れ衣にも程があるよ! オレ、悪い所一切ないよ!」


 こうして、オレ達の新しい1日が幕を開けた。
 きっと今日も騒がしくなるのだろう。
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