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二章

神鏡と婚約

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 次の休日から訓練に参加すると言って、カイウス君は立ち去っていった。

 なんというか、生真面目そうな子だったな。オールバックに鋭い目つきと少し強面な風体だけれども、出てくる言葉は決して粗野ではなかった。寡黙な武人といったところか。
 
 メルク君も真面目そうだったし、案外他のメンバーの勧誘もスムーズにいくかもな。

 あれ? そういえばーー

「ねぇサラちゃん」

「ん? どうしたの?」

「さっきシルヴァ君は『次の休日』って言ったけど、じゃあ今週の放課後は訓練しないの?」

「あ、そうね。シルヴァ様、先ほど『訓練は次の休日』とおっしゃいましたが……」

「おや? お父上……シルフォード公爵からは聞いていないかい?」

「お父様からですか? いえ、特には……」

「そうか。いや、実はね。今週は王城での会議がある。私も師匠達も参加しなければならないんだ」

「会議ですか? シルヴァ様はともかく、双竜のお二人も? と、いうことは議題は国境の防衛についてでしょうか?」

「いや、今回の議題はーークレアについてだ」

「え? 私ですか?」


 黙って二人の会話を聞いていたクレアちゃんだったが、急に自分の名前が出た事でトレードマークのリボンを揺らす。

「あぁ。クレアはここ一か月で神鏡に選ばれ、襲撃され、引っ越して、守護騎士を召喚しただろう? その上、状況証拠のみとはいえ、魔人の存在まで確認出来た。流石に一度整理して情報を共有しないとね」

 シルヴァ君が困り眉で肩をすくめる。

 そういやそうだな。オレはサラちゃんの周りでバタバタしてたけど、ここ1ヵ月で状況は大きく変わった。それに冤罪事件では公爵家当主が容疑者となった上、真犯人は侯爵。どちらも日本でいう大臣クラスかな? 政治に大きく関わるはずだ。そりゃあてんやわんやになるわなぁ……。

「他の参加者はお父様含む三公の方々と侯爵方ですか?」

「あぁ。それから2神教の教皇殿と枢機卿殿もお越しになる」

「そうなのですか? それは珍しいですね」

 サラちゃんが驚くが、オレも驚いていた。大臣たちの会議に教会のNo.1とNo.2が出席? この世界は宗教と政治の結びつきが深いのか? まぁ、王政を敷いている世界で言う事でもないのかもしれないがーー

「へぇ……。あれ? でも、確か授業では政教分離って……」

 オレが疑問に思っているとクレアちゃんが呟いた。あ、やっぱりその原則はこの世界にもあるんだ。

「あぁ、そうだな。勿論、普段は2神教は政治には関わらない。だが、話は神剣と神鏡についてだ。勝手に進める訳にもいかなくてな」

「へぇ。そうな、んです……ね……」

 クレアちゃんが相槌をうつ途中で顔を青くした。

「……と、いうことは……。……私もそれに参加しなくちゃ、いけないとか……?」

 上目遣いで不安げに尋ねるクレアちゃん。そんな彼女に王子は優しく微笑んだ。

「フフ、嫌そうだね。でも大丈夫。君がそう言うだろうことは僕も師匠達も分かっていたからね。だから師匠達が参加するんだよ。君の代理人兼、保護者としてね」

「本当ですか! ありがとうございます! 良かったぁ……」

 胸元に手を当てて大きく息をつくクレアちゃん。
 そうだよなぁ。平民どうこうじゃなくても、国のトップが議論する場になんか立ち合いたくないわな。議題が自分についてなら余計だろう。

「でも、クレアは覚悟しておいた方が良いと思うわよ」

「え?」

 安心して気の抜けていたクレアちゃんに、サラちゃんからの追撃がかかる。

「貴方が望む望まないに関わらず、神鏡の使い手である以上、相応の振る舞いが求められるわ。それこそ、今後は大衆の面前で演説することもあるでしょうね」

「まぁ、そうだね。今回は急なことだから許されたけれど、魔人との戦いが終われば会議にも出席しなければならないだろうね。それに各家の当主への挨拶も必要だな」

 二人の言葉に、クレアちゃんの顔は絶望に染まった。


==========


 その日の夕方、王城の一室には貴族たちが集まっていた。

「ーー以上が、ここ一か月のクレアについてだ」

 シルヴァは貴族たちにクレアについての報告を行っていた。
 報告を受けた彼らの反応は様々だ。
 魔人の存在に驚く者、守護騎士の召喚に喜ぶ者、我関せずとする者等だ。

「また、彼女は今後も双竜の家で過ごす予定だ。二人による護衛は勿論、私やカイウスと共に魔人との戦いに備えた訓練も出来る」

 その言葉に侯爵の一人が口を開く

「殿下。兵達との合同訓練はいかがされますか?」

「あぁ。そちらもいずれすることになるだろうな。だが、彼女はまだ神鏡に選ばれたばかりで、色々と苦悩も多い。暫くは気のおけない環境で過ごしてほしいと考えている」

「成程。確かにその通りかもしれませんね」

「それに殿下と仲睦まじくなっていただければ、我々としても安心ですからな!」

「違いない!」

 そう言って笑う一部の侯爵達に、シルヴァは内心で溜息をついた。

(まぁ悪意はないのだろうが……。私はまだ婚約破棄してからひと月も経っていないのだがな……)

 なんとなくサラが粗雑に扱われているようで良い気はしない。
 と、そこで一人の男が異議を唱えた。

「皆様、一つよろしいでしょうか」

 その男は2神鏡の枢機卿。メルクの父、ガスク・ハーディ男爵だった。
 息子と同じ黒髪に眼鏡といった容貌だが、その顔に貼り付けた笑顔はなにか薄ら寒いものがあった。

「なんですかな?」

「ふむ、枢機卿殿は何か意見が?」

 参加者の視線が彼に集まる。だが、その殆どが嘲笑の目だった。彼は枢機卿といえ所詮は男爵であり、本当ならばこのような場に出席出来る身分ではないからだ。
 そんな視線に彼の目は一瞬だけ濁る。だが、すぐに快活な声で話を進める。

「神鏡に選ばれたとはいえ、彼女は平民です。貴族の責務がある我々と違って、彼女の人生をこちらの都合で縛るのはいかがなものでしょうか」

 その言葉に貴族たちはいぶかしむ。中には「貴族の我々? 男爵等と一緒にするな」などと陰口をたたく者もいた

「それに殿下は先日婚約破棄をされたばかり。それもシルフォード公爵からの申し出によって。それを無視して盛り上がるのはシルフォード公爵やご息女に対して無礼でしょう」

 侯爵の一人が異論を唱える。

「シルフォード公爵が婚約破棄をしたのは貴族としての責務を果たす為。要らぬ気遣いこそが無礼であろう」

「これは失礼。他人を敬うのは2神教の教義の1つでしてね。賞賛すべき行動には敬意を持ちたいのですよ。シルフォード公爵とご息女。それと……殿下にです」

 言葉の中に嫌味を混じえながら、チラリとシルヴァを見やる。

「殿下は婚約破棄の事を自ら婚約者に告げたとか。そんな殿下に次の相手を押し付けて急かすような真似はしたくありません」

「ふん。そう言って自らの息子でもてる気か? 確か枢機卿殿のご子息はクレア様と同じ学園に通っているだろう」

「いやいや。そのようなつもりはありませんよ。私の愚息には既に婚約者がおります。何か特別な理由でもない限り、それを反故にするなどとてもとても……」

 そんなやり取りを聞いていたシルフォード公爵が口を開く。

「枢機卿殿。気遣い、感謝いたします。しかし、2神教としてはよろしいのですか? 殿下とクレア様の婚約はそちらにとっても重要な案件では?」

「いえいえ。私共にとってお二方は信仰の対象です。だからこそ、お二方の幸せを心より願っているのです」

「そうですか。因みにそれは……教皇殿も同じお考えでしょうか?」


 シルフォード公爵が押し黙っていた教皇に話を振る。彼は会議室に入室してからは一言も発言していなかったが、少しの沈黙の後、口を開く。

「ーーえぇ。私の考えは枢機卿が代弁してくれました」

「……分かりました。ありがとうございます」


 シルフォード公爵と教皇とのやり取りを、先ほどの侯爵は忌々し気に眺めていた。だが、それ以上は彼も反論する事もなく、会議は進んでいった…………
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