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二章

それぞれの戦場

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 夕日を背景に5人の人影が大聖堂に向かう。
 それを確認した偵察兵はすぐさまガスクへ報告に走る。

「す、枢機卿様! こちらの予定通り5人で突入してきました!」

「分かった。別動隊は?」

「いえ、動いているのは王子達だけです。残りの兵力は全て包囲に使っているようです」

「そうか。ならお前も装備を整え、すぐに隊列に加われ」

「はっ!」

 命じられてすぐに準備を始める偵察兵。彼と同じような伝令兵は礼拝堂に1人、カイウスのいる廊下に2人、配置されている。それぞれの場所で、どのような組合せで戦闘になるかをガスクに伝えるためだ。

(ふむ……こちらの狙い通りではあるが、随分素直に動いたな? 人質の救出は後回しということか……?
 そうなるとフォウ殿に頼まれた、現場の混乱も難しいか?
 いや、神鏡の娘の動き方次第だが、いくらでも対応できるか。神鏡の娘が駒として浮かなかった場合、私が兵を率いて外の兵と戦えばいい。もし、メルクと共にここまで来れば捕らえて脅せばいい。神鏡に選ばれたとはいえ、ただの小娘。メルクを人質にでもすれば十分脅せるだろう)

 考えがまとまったガスクはすぐに指示を出す。

「よし、お前たち。予定通り、あと二人の伝令が来るまで待機だ。いつでも動けるようにしておけ!」

「はっ!!」


(さて、やつらはどう動く……?)


 …………


 ゼルク達一行は大聖堂に突入後、入り口の礼拝堂で4本腕の傀儡と遭遇した。その手には刃の部分が曲がった4本の剣、シミターが握られている。剣というのは普通、両手で一本の剣を握る。てこの原理を活かし、高い威力の斬撃を繰り出す為だ。逆に言えば、片手では大した威力が出せない。だというのに、この傀儡は2刀流どころか4刀流だ。
 ゼルクはその異様な姿に呆れつつも、反面、この傀儡から強者特有の気配を感じていた。

(可能ならシル坊達と連携してーーとも思ったが、こいつは下手すりゃ足手まといになるな)


「シル坊! 予定通りこいつはオレとゼリカで相手する。お前たちはーー」

――ガパッ――

 言いかけたタイミングで4本腕の口が開く。

(不味い! 玉木の話じゃこれはーー)

「クレア!」

「はい! ドリアード!」

「ほいさぁ!」

 案の定、4本腕の口から何十本もの針が飛び出す。が、幸いある程度の攻撃は玉木から聞いていた。それらは全てドリアードの出した木々の壁に防がれる。
 それを確認した4本腕は大きく跳躍し、壁の内側に降り立った。そしてそのままこちらに向かってくる。

「お前ら! この木の壁を盾にして、なんとか突入しろ!! ゼリカ!!」

「あいよぉ!!」

 そのまま突っ込んでくる4本腕に、ゼリカがハルバードを突き立てる。

――ガキィン!!――

 しかしゼリカの突きを上腕の2本で弾き、そのまま下腕の2本で切りかかる。

「させるかっ!!」

 1歩前に出て、大剣で薙ぎ払う。だが、傀儡は腰から上を90度後ろに曲げて回避する。

「はぁっ!? なんじゃそりゃあ!?」

「ならこれでっ!」

 ゼリカが弾かれた勢いそのままに、水平になった上半身に、ハルバードの斧の部分を叩きつける。

――ギャリリリリィィィ! ダンッ!――

 流石に受けきれないのか、4本全ての剣で受け流して回避しつつ、跳躍して後退する。その後は距離を保ったまま、こちらの様子を窺っている。

 こいつはとんだ化け物だ、とゼルクは独りごちた。そんな彼の横にゼリカが並ぶ。

「シル坊たちはなんとか進めたようだね」

「あぁ。それにしても想像以上にやばい相手だな」

「そうだね。こうやって相対するまではピンとこなかったけど、こりゃあ1対1じゃ殺されるって話も納得だね」

「あぁ。玉木のお陰で助かった。だが、2対1でも油断すりゃ死ぬな」

「本当にね。ったく……今後もこんなレベルの相手と何度も戦うんだろう? 嫌になってくるよ」

「全くだ。まぁ、まずはここを乗り切るぞ」

「あいよ」


 そう話す二人の様子を窺いながら、再度構える4本腕。シルヴァ達も心配だが、今はここを乗り切る事だけ考えるしかない。大剣を強く握りしめ、ゼルクは一歩踏み込んだーー


 …………


 激しい剣劇の音が、通路まで聞こえてくる。

「ゼルクさん達、大丈夫でしょうか?」

「……安易に大丈夫と言える相手じゃないだろうな。だが、オレ達も覚悟を決めるしかない」

「そうですね。それに僕達も楽な戦いになる訳じゃないでしょうし……」

「あぁ。ガスクが待ち伏せているという会議室はこの先だったな。人質が囚われている部屋も向こうだったか?」

「はい。もう少し奥ですね」

「ドリアード。周囲に人影はあるか?」

「いや。無いっすね。根を張って索敵してるっすけど、今の所周りの部屋とかに潜んでいる気配はないっす」

「わかった。だがなんにせよ、どこで奇襲を受けるかわからない。警戒を怠らないようにして進もう」

「「はい」」

 
 周囲を警戒しながらゆっくり進む。カイウスの獲物は槍。戦場にするならこんな通路だろう。そして、不意打ちするなら壁を壊して突撃してくるはず。その場合は、クレアとドリアードにフォローを頼むしかない。
 そう考えていたシルヴァだったが、不意打ちの警戒は杞憂だったようだ。通路を進んだところで、カイウスが仁王立ちしていた。
 だが、戦いの邪魔になるからと、いつも上げていた前髪は垂れ下がっている。その上、眼は虚ろで据わっており、自分達の事が視界に入っているかどうかも怪しかった。

「……いたか。ドリアード。どうだ?」

「大丈夫っす。カイウスっちだけっす」

「わかった。あとはどう突破するかだがーー」

 そこまで口にしたところで、カイウスが通路端に寄って槍を置いた。その姿を疑問に思っていると、洗脳されたカイウスが口を開く。

「神鏡の娘とメルクだけなら先に進ませてやる。だが、王子はここに残るがいい」

「なっ!?」

「……罠ですかね?」

 友の口から出た『王子』の呼び名。洗脳されているのが良くわかる。

「いや、玉木の話を聞く限りクレアとメルクを先行させるのは、敵の思惑でもあるようだ。不意打ちしようとすれば、私がフォローする。警戒しながら少しずつ進むんだ」

「「わかりました」」


 こうして、ゆっくりと進む2人。だが、カイウスは特に気にも留めていないようで、シルヴァをじっと見つめている。
 そのまま、カイウスを通り過ぎたあと、二人は一度シルヴァを見る。このまま挟撃することも出来る。その確認だろう。だが、カイウスはどうしても自分が止めたかった。それにこのまま二人がここで戦えば、その間にガスクに逃げられてしまうかもしれない。
 首を振り、あごをしゃくる。すると二人は頷いてそのまま先に向かう。二人も心配だが、そこは信じるしかない。

 カイウスが床に置いた槍を拾う。

(あれが……魔槍ゲイボルグ……)

 随分と禍々しい。そう思っていると、バチバチと音を鳴らしだす。
 事前に聞いた話では、雷を操るということだった。ということはつまりーー

――バチバチバチ……バン!!――

「っ!」

 案の定、槍の穂先から電撃が飛び出した。なんとか避けたが、床が焦げ付いている。直撃は避けた方が良さそうだ。

「カイウス。それがお前の武器の力か。だがな、私もこの数日遊んでいたわけじゃない。カルム!!」

 神剣の名。カルムを口にして鞘から引き抜く。すると、そんな声に応えるかのように、シルヴァの全身を風が包み込む。

「行くぞ!」

 一歩踏み出して、カイウスの元へ走る。槍の電撃も飛んでくる。しかし、まだ雷の扱いは未熟なようで、風に包まれたシルヴァを捕らえることが出来ないようだ。そうしてカイウスの間合いに近づく。

「ここっ!」

 寸前でステップを変え、体をずらして突進する。だが、カイウスはそれに反応してくる。

「ちぃっ!!」

 このまま突っ込んでは、くし刺しになる。そう判断しすぐに後ろに下がる。

「洗脳されていてもカイウスはカイウス。そう簡単に間合いには入れてくれないか……。だがっ! ここで敗ける訳にはいかない!! カイウス! オレはお前をなんとしても倒して、お前を救ってみせる!!」


 シルヴァが吠えるが、カイウスは何の反応も示さない。
 それでもいい。自分がやる事は変わらないと、その青色の瞳に決意をたたえ、シルヴァは友と向かい合った。
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