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二章

人質救出

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 大聖堂の地下。
 そこでは教皇の妻子が幽閉されていた。
 上からは剣劇の音や雷のような爆音が聞こえてくる。

「お母様……」

 母の裾を掴み、不安気に見上げる少女。

「大丈夫よ。きっと助けが来てくれたのよ」

 母はそんな娘を励ましたーーいや、それ以上に自分に言い聞かせた。
 1年近くも監禁されてきた彼女とて、娘同様に不安はあった。だが、それでも彼女が狂わずにいるのはひとえに娘がいたからだ。絶対にこの子だけは守らなければという気持ちでここまで耐えてきた。

 ふっと上を見上げ、先ほどまで自分達を見張っていたカイウスの事を考える。
 ゼリカの弟子、カイウスのことさは噂話程度には知っていた。確かな才能と強靭な精神を持った青年だと。
 しかしここでの姿は噂とはかけ離れたものだった。目は虚ろで覇気は無く、意思など存在しないかのようだった。
 そんな彼が上に向かい、この戦闘音。間違いなく攻め込まれている。きっと、夫が救援を出してくれたのだろうと希望が浮かぶ。

 しかし、見張りの男はそんな彼女らを見透かしたように笑う。

「はっ。安心しろよ。お前らには上のやつらとは別のお迎えが来るそうだからな。生活は変わらねーよ」

「……っ!」

「教皇様にはこの場所を知りようがないからな。大した兵力は出せない。
 その上、オレ達には恐ろしい化け物が付いている。見張りの4本腕の傀儡がいただろう? あいつは双竜すらも殺せるらしいぜ。そんな化け物が上で暴れている。お前らの為に何人死ぬんだろうなぁ!!」

「う……く……」

「お、お母様……」

 男の言葉に何も言い返せず、歯噛みする。こんな理不尽な目に合わされていながら、今の自分には相手を睨むことしか出来ない。それがあまりにも悔しかった。自然と目からは涙が溢れる。

「ぅわははははは!」

――ガンッ!――

「は……」

 高笑いをしていた見張り。しかし突如、背後にいた何者かに殴られ気絶した。
 先程言っていた自分達を迎えに来た者だろうか、と体をこわばらせる教皇夫人。だが、暗闇の中から姿を現したのは1人の少女だった。薄明かりに照らされたその黄金の髪に、思わず目を奪われる。

「全く、虫唾が走るわね。とりあえず拘束しておいて、と……」

 見張りを拘束する少女。先ほどまでは人影も無く、音だって一切なかった。彼女は一体どこから来たのだろうかと思う。いや、そもそも彼女はーー

「あ、貴方はもしや、シルフォード家の……?」

「えぇ。初めまして。サラ・シルフォードです。驚かせて申し訳ありません。貴方方を救出に参りました。えぇと、鍵は……。あ、コレね」

 牢屋の扉が開く。それを見た途端、思わず体の力が抜けた。娘も緊張が解けて泣きそうになっている。

「あ……あぅ……」

「待って。嬉しいのは分かるけど、まだ泣いちゃダメ。泣くのは脱出してからよ? レディは簡単に泣いちゃダメ」

「うぅ……グス……。うん。お姉ちゃん」

「偉いわ。もう少し頑張りましょ?」

「うん」

 娘の頭を撫で、優しく宥めるその姿。サラを一目見た時に感じた「少女」という印象は間違いだったと胸を熱くする。

 そんな彼女の想いは知らず、サラは二人に脱出の手引きをする。

「すぐにここから脱出します。ですので、少し目を瞑ってください」

「え?」

「お二人をここから逃がします。が、そこの入り口からでは戦闘に巻き込まれかねません」

 目の前の入り口を使わないとはどういうことだろうか、と疑問を口にする。

「あの、どういうことでしょうか?」

「申し訳ありません。入口以外から脱出するのですが、説明が難しいのです。ですからこの場は目を瞑り、私が良いというまで開けないでください」

「お姉ちゃん。開けたらどうなるの?」

「……もしかしたら助けられなくなるかもしれないわ。だからお願い。私を信じて? 必ず助けるから」

「う、うん!」

 そう言われて必死に目を瞑る娘。サラは自分にも顔を向けた後、頭を下げてくる。

「不安なのは分かっています。ですが、この方法でしか救出出来そうにないのです」

「……分かりました。サラ様。貴方を信じます」

 
 そうだ。どうやってここまで来て、どのように自分たちを助けるかはわからない。けれど、彼女は自分たちを助けに来てくれたのだ。信じる他は無い、と言われるまま目を閉じた。

「ありがとうございます」

 その言葉から少し間をおいて、娘の悲鳴が聞こえる。

「ひぅっ!? な、なに!?」

「大丈夫よ。貴方は今抱っこされている。けれど悪いものじゃないわ。だから、何があっても私が良いというまで目を開けないで?」

「う……うん」

 何が起きているのだろうか、と戸惑うが、暫くすると娘の声は消え、自分とサラの息遣いしか聞こえなくなった。サラの事を信じてはいるが、何が起こっているのかどうしても不安になり、つい、サラの名前を呼ぶ。

「あの……サラ様……」

「大丈夫です。今、あの子を外に連れ出しているところです。もう少ししたら、貴方の番です。……っと、丁度戻ってきたようですね。そのまま、両手を前に出していただいても?」

「? はい……。ひっ!? 男!?」

 言われるがままに手を出していると、自分の体に男の背中らしきものが当たる。

「大丈夫です。彼は味方です。私を信じて、彼の背中に抱き着いてください」

「は……はい……」

 不安を抱えながらもその背中に抱き着く。そうしてどれだけ背負われていただろうか。いや、然程時間は経っていないと思うが、歩いているような振動もなく、気づいたら、降りるよう促された。降りる先を触ると、木の板のような触感がある。だが、牢屋にそんなものは無かった筈。

 そうして戸惑っていると、サラの声が聞こえてきた。

「ありがとうございました。もう、目を開けても大丈夫です」

 その言葉に従い目を開ける。辺りは夕日で真っ赤に染まっている。

「ここは……?」

「大聖堂の外です。これから、この馬車ですぐそこの兵士達と合流します。フローラ。お願い」

 自分が座っている場所を見ると、馬車の荷台の上だった。
 どうやってここに来たのか、自分を連れてきた男はどこにいったのか、何故御者台にメイドが座っているのか。分からない事だらけだった。

「あの……サラ様? どうやって脱出を?」

「……申し訳ありません。方法についてはお伝え出来ないんです。けれど、必ずご家族の元にお届けします」

 言葉の意味がよくわからなかった。娘も同様のようで、首を傾げる。
 しかし戸惑っていた彼女らも王家の旗を掲げた兵士達と合流した時、ようやく自分たちが助かった事を実感した。そうして、親子は大声で泣いた。
 自分達を助けたサラへの感謝を口にしながら。
 

 …………


「なんとか人質を助けられたね」

「えぇ。フローラ、玉木。お疲れ様」

「お嬢様もお疲れ様でした」

 無事、オレ達の任務は完了した。サラちゃんの機転で目を瞑ってもらったけど、正解だったな。お陰で最低限の説明で救出が出来た。オレの存在は出来る限り隠しておきたいからな。
 しかし、かなり時間が経ったはずだが、未だに戦いは終わっていないようだ。激しい戦闘音が聞こえる。
 どこも厳しい戦いだろう。だが、オレなら力になれる筈だ。そう思ってボウガンの準備をしていると、サラちゃんが声をかけてくる。
 
「玉木、皆の支援をするの?」

「うん。このボウガンとゴーストがあれば不意打ちし放題だからね」

「なら、私も連れて行って」

「え?」

 え? サラちゃんを? 確かにずっとゴースト化していれば、サラちゃんにも危険はないが……

「私なら、戦闘中に玉木にも指示を出せるわ。戦闘経験は玉木よりあるもの。フローラに比べて体も小さいから邪魔にならない筈よ」

 そう言ってオレを見てくる。
 きっと、それだけが理由じゃない。ゼルクさんもゼリカさんも、メルク君もクレアちゃんも、そして何より王子も、全員がギリギリの戦いをしている筈だ。力になりたいと思うのは当然だろう。
 なら、オレはその願いを叶える。オレはこの世界に来た時から、サラちゃんの力になるって決めたんだ。

「うん。分かった。一緒に行こう」

「ありがとう。玉木……」

 そんなオレの考えが彼女にも伝わったのだろう。御礼を言ってくる。

「魔人」

「フローラさん?」

「お嬢様を……頼みます」

「勿論。傷一つつけないさ」

「お嬢様の傷一つは貴方の腕一本以上の価値があると思いなさい」

「あはは……」

 冗談めかして笑った後、神妙な顔でフローラさんと目を合わす

「……分かってる。オレ達の大切な主だからね」

 そんなオレに、フローラさんは珍しくフッと笑う。
 そうしてサラちゃんを背負う。皆! 無事でいてくれ!!
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