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二章

VS カイウス

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――バチィッ!!――

「くっ!」

 シルヴァは最初の剣戟以降、カイウスの間合いに入れずにいた。カイウスが周囲に電撃を発生させ続け、身を守っているからだ。その様は雷の障壁のようで、電撃が際限なく飛んでくる。切り込もうにも隙がない。
 幸い、あの状態の時はその場から動けないらしく、突撃してくる様子は無い。それでも電撃は脅威であり、その都度対処を迫られる。 

――バチンッ!! バチンッ!!――

「この、調子に乗るな!!」

 電撃を避けながらも隙を見て、衝撃波を発生させる。が、それらも周囲の電撃に阻まれてしまい、煙となって霧散する。やはり近づいて一撃を入れないと厳しいようだ。
 こちらはなんとかカイウスを正気に戻したい。しかし、相手は自分を倒す事に特に興味は無いようだ。恐らく、先行したクレア達を捕らえるまでの時間稼ぎが目的なのだろう。

「くそっ! なんとか状況を変えたいが……」

 
 ふっとカイウスに視線を向ける。その眼は虚ろで、自分のことは視界に入っていないようだ。
 そんなライバルにシルヴァは昔のことを思い出し、ポツリと呟いた。

「ーーカイウス。お前とはまだまだ切磋琢磨していきたいんだ。だから……いつまでもそんな表情をするんじゃない」


 シルヴァはこの国の第一王子として生まれた。そしてその才能は皇太子に相応しいものだった。だからこそ、対等な者など、この世に誰一人としていない。
 それは物心ついてすぐ、父に言われた言葉。「シルヴァ。お前は次代の国王。誰より強く、賢くあらねばならぬ。だからこそ我ら王となる者は、決して孤独を恐れてはならない」と。

 当時はその言葉の意味がよくわからなかった。が、それでも自身に課せられた皇太子という立場は、相当に重たい責務なのだ、という事は幼いながらにも自覚した。
 そしてその後の彼に待っていたのは、ただひたすらに己を鍛える日々だった。朝起きて勉強し、昼を食べて剣を振り、夜はまた机に向かい、疲れて寝る。それが当たり前だったから、それらを辛いとも苦しいとも思わなかった。
 しかし、そんな日々を繰り返す中で勉学も武芸も、彼に並ぶものはいなくなっていった。そしてその事に、段々と恐れを感じるようになった。これが父の言っていた孤独なのだと、理解するのに時間はかからなかった。

 だが、そんな日々の中でも彼に並ぼうとした者達がいた。それがサラとカイウスだった。

 『サラが自分に一目惚れした』ということはシルヴァも知っていた。だが、当時はそのことについて特になんとも思わなかった。何故なら初めて顔を合わせた時の彼女は、シルヴァから見れば凡人そのものだったからだ。
 だが、そんな彼女の努力は彼から見ても非凡なものだった。それこそ、5歳で婚約した時には大した能力があるようにも見えなかった彼女が、10歳になる頃には勉学ではシルヴァにも引けを取らなくなった。マナーや教養等も身に着けていき、彼が神剣に選ばれてからは、素人レベルだった槍術をたった数年で標準の兵士と並ぶ程にまで鍛え上げていた。

 カイウスは同い年としては、初めて剣で敗けた相手だった。とはいえ、『十数回戦ったうちの一本を取られた』という程度のものであったし、カイウスも悔しそうに泣いていた。それでも当時のシルヴァにとっては衝撃的な出来事だった。更に、カイウスが武器を槍に変えてからは、十本勝負をしてもシルヴァが勝ち越す事は無くなっていった。

 その後、父からゼルクの弟子となるよう命じられた時は内心落ち込んだ。とうとう孤独になるのだと思ったからだ。だが、そんなシルヴァの元に『カイウスがゼリカの弟子になった』という知らせが届いた。
 当時、その報告を聞いたシルヴァは飛び上がるほどに喜び、その勢いのまま周囲の反対を押し切って、無理やりにカイウスを同格とした。それはカイウスにも皇太子と同等の重責を負わせる、という無責任な行動だ。

 その時の自分を思い出し、我ながら馬鹿な事をしたものだ、と苦笑する。
 それでも、そんな自分の愚行にもカイウスは文句一つ言わずに努力を続けた。そして今では対等に話せる無二の友となった。

 シルヴァは勉学にも武芸にも優れた才能がある事を自覚していた。だから、努力をすればするほど周囲とは差がついて、孤独になる事を知っている。
 それでも、二人はそんな彼に並ぼうと、それ以上の努力で追いかけてきてくれる。それがどれほど心強いか。サラからは甘えてくれて構わない、と言われたが、シルヴァにとってはそれこそ今更な話だった。
 シルヴァは神剣を構えなおし、改めてカイウスに向かい合う。

「カイウス……お前は必ず救ってみせる。サラの時と同じように、大切なものを……守る為に!」


――バゴォォォォォン!!!――

 シルヴァの背後から爆発音が聞こえてくる。

「これは……玉木の話していた4本腕の自爆か?」

 つまり、師匠達は4本腕を倒したという事だ。あの二人の事だ。多少のケガはしているだろうが、まず無事だろう。なら、このままカイウスの時間稼ぎにつきあい、二人と合流すればこの状況もーーと考えたところで、カイウスが周囲の電撃を解除した。そして槍に電気を集中させ、構えなおす。
 どうやらこちらの意図に気づかれたようで、そのまま突っ込んでくる。


「ふっ!!」

 その場で剣を振り、小さな斬撃を飛ばす。が、それらは電撃に弾かれる。
 このまま逃げても良い。だが、カイウスは自分とゼルク達が合流する事を防ぐ為に戦い方を変えたようだ。もし彼らと合流しようと退けば、そのまま逃げられてしまうだろう。ならばカイウスの方から仕掛けてきた今、ケリをつけるしかない。
 十本勝負をしても勝率は五割を切る。はっきりいって、自分が勝てる見込みは少ない。


「それでもーーやるしかない! カルム! この場でカイウスを止める! 力を貸してくれ!!」

 その叫びに応えるかのように神剣が震え、周囲を包む風が勢いを増す。
 カイウスが迫ってくる。それに対し、その場で中段突きをして、竜巻のようならせん状の衝撃波を発生させる。そしてその衝撃波を盾に、低い体勢で駆けだす。初めてゼルクから1本を取った時と同じ動きだ。

 衝撃波は直前で電撃にかき消されてしまうが、その影響で辺りに煙が立ち込める。それを目くらましに、更に深く沈みこむ。
 『敵をくらますのは良いが、自分まで相手を見失ってはならない』それはゼルクに叱られたことだ。
 だからこそシルヴァは深く沈みこんだ。辺りは煙に包まれているが、地面のあたりはそれほどでもない。そして目線を下げるとカイウスの足元が見える。それだけでカイウスの構えが予想出来た。
 
 これならば、槍の死角から不意打ちが出来る。
 足の位置を頼りに、カイウスの真横に飛び込む。

「ここっ!」

 振り向きざまに剣を向けて突撃する。神剣が震え、うなりをあげた。
 だがーー

「ぐぁっ!?」

 煙から飛び出したシルヴァの勢いは、カイウスのまとう電撃に殺されてしまう。そしてシルヴァがひるんだ一瞬のスキをついて、ただただ無情な槍撃がシルヴァを貫いた。

――ザシュッ!!――

「っ!? があぁぁぁぁぁぁ!」

 ゼルクの拳すら弾いた風の鎧も、槍の電撃にかき消されてしまったようだ。シルヴァの左肩に風穴が開いた。
 激痛が走る。ジュウと肉の焼ける匂いがする。

 痛みを紛らわすように声をあげ、ギュッと目を瞑りながらも、シルヴァは混乱していた。
 こんな立ち回りはカイウスにも見せた事は無い。同様の戦法で師からも一本とった。それに加えていきなり視界を奪ったのにーーと、そこまで考えた所で気づく。

「はは……ここまできて……私はどこまで甘いのだ……」

 自分の相手はカイウスではない。『魔人に操られたカイウス』なのだ。ゼルクは20年以上戦いの場にいた男だが、魔人は500年以上も生きているのだ。年季が違う。
 そもそもあの時のゼルクは衝撃波を受けたが、カイウスには雷で防がれたせいで体勢も崩せていない。その上この狭い通路でこちらの動きは制限される。
 だいたい、『カイウスを捕らえる』というこちらの目的は読まれている。視界を奪われればすぐに雷の障壁を再展開するのも当然だ。
 普段ならそんなことに気づかない筈もない。だが、カイウスが障壁を解除したのを見て、『カイウスを逃がしてはいけない』と冷静さを欠いてしまった。これでは負けるのも当然だった。

「ははは……。私の……負けだな……」

 目を瞑ったまま、シルヴァは自嘲した。渇いた笑い声をあげ、自分の愚かさを呪った。普段のカイウス相手でさえ勝率は五割も無いのだから、この結果も当然と言えるのだろう。

「ーーだがな!!」

 カッと目を見開き、神剣を握りなおす。

「止血してくれて好都合だ! カイウス!! 私はまだ止まらん!!」

「!?」

 肩に槍を貫通させたまま踏み込む。左肩の強烈な痛みで涙が出てくる。電撃をもろに受けたせいで体が震える。
 それでもこれは試合ではなく、命をかけた実戦だ。どちらかが動きを止めるまでは、勝負は決まらない。
 いう事を聞かない自分の体を、周囲の風で無理矢理に動かしてカイウスの懐に入る。

「カルム! カイウスを止めろぉぉぉ!!」

 ゼロ距離で刃を当て、衝撃波で吹っ飛ばす。予想外の攻撃に、カイウスは槍を手放したようだ。そのまま壁に押さ
えつけられ、口をパクパクさせている。

 そうしてどのくらいの時間が経っただろうか。衝撃波が収まり、壁にもたれかかった形でカイウスが崩れ落ちる。
 何故カイウスは口を開けているのかと思っていたが、どうやらあれは呼吸が出来なかったらしい。それで酸欠になったようだ。

 なんとか勝てたとシルヴァはほっ、と一息をつく。

――ドサッ――

 しかし、息を吐いたと同時に体の力が抜けてしまい、膝から倒れこんでしまう。

(はぁ……。疲れたな……)

 最早喋る気力もない。

――タタタタ……――

 床に耳が付いているせいか、こちらに近づいてくる足音が聞こえる。

(これは……師匠か? 一人分の足音しか聞こえないが……)

 意識がぼんやりとする。その上、電撃をもろに喰らったせいか、体に力が入らない。なのに、左肩は未だに泣くほど痛い。痛みで涙を流すなどいつぶりだろうか。あまりにも痛いと自然と涙が出るものらしい。体に力が入らないなら痛みも感じなければいいのに、不便なものだと思う。
 それでも向こうから駆け寄る師の姿を確認したシルヴァの表情は、カイウスを救えた事による安堵で破顔していた。
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